アネスト岩田株式会社

 創業90年の歴史を持つアネスト岩田に脈々と受け継がれてきた「ものづくりのDNA」は、技術者が後輩にたたき込んだ職人気質により形づくられてきた。それが薄れかけていることに危機感を抱いた同社は、JMACの改善体感トレーニングセンター「カートファクトリー」と出会ったことをきっかけに、ものづくりの教育を復活させるべく立ち上がった。今回、「アネスト岩田のものづくりのDNA」とは何か、そして、その伝承をかけた活動の軌跡と今後の展望をお聞きした。

「ものづくりのDNA」を次世代につなげ!

vol61_03_01.png アネスト岩田は、1926年(大正15年)に中古旋盤2台を据え付けただけの小さな町工場として創業した。以来、国産初のスプレーガンや世界初のオイルフリースクロールコンプレッサなど、国内初、世界初となる製品を数多く開発し、今では海外売上比率が5割というグローバル企業となった。革新的技術で最高の品質・技術・サービスを提供し続けてきたこの「ものづくり力」は、DNAとして今もなお脈々と引き継がれている。とくにコア技術・コア部品に関しては自社で生産技術を構築し、スプレーガンのノズルなどは外注せずに内製化し、独自の技術を磨いている。さらに生産管理の仕組みを構築し「当日受注・当日出荷」体制をつくるなど、福島工場と秋田工場をマザー工場とした、ものづくりへのこだわりは尽きない。一方、新システムの開発にチャレンジする精神も旺盛で、組立の自動化などにも積極的に取り組んでいる。
 「メーカーゆえのものづくりに関する職人気質は非常に強い」と話すのは自身も技術者出身であるという壷田貴弘氏(代表取締役 社長執行役員)だ。壷田氏はかつて塗装設備の技術者で、「先輩技術者の、その"職人気質"によって育てられた」という。「設計図を描くときには、『軸の一つひとつまで、加工するときのことをよく考えろ』といった、大切なことをすべて教わってきました」と当時を振り返り、「メーカーにとって重要な生産部門の中で、先輩が教えながら技術者を育ててきたこと、技術と製品を大事に育ててきたこと、それこそがアネスト岩田の『ものづくりのDNA』だと思うのです」と話す。
 しかし今、「そのDNAをいかに伝承していくかに苦労している」とも話す壷田氏。「これまではある意味、職人気質に頼っていたところがあり、職人気質の技術者たちがマニュアルにはない、ノウハウや哲学をいかに伝えていくかが課題」であり、また、グローバル化を進展させる中で「メンタリティの違う海外法人のメンバーにDNAをいかに伝え、理解してもらうかも課題」であるとし、国内外双方に"アネスト岩田のものづくりのDNA"をいかに伝承していくかが今、大きな課題となっていると語る。

「ものづくり教育」の復活にかける熱い想い

 同社はもともと、2年ほど前から「グローバル人材マネジメントの構築」プロジェクトをJMAC支援のもと推進中だったが、その中で人材育成については、やはり次のステージに進まなければいけないと感じていたという。
 昔はIE(=Industrial Engineering)やVE(=Value Engineering)について、社内でお互いの顔と顔を突き合わせて、侃々諤々と議論する機会がたくさんあったが、そういった場面が次第に少なくなってきたと話すのは、岩田仁氏(管理部人事グループ マネージャー)だ。
 「私が入社した15年前はIEやVEの教育も盛んで、泊り込んでじっくり議論していましたが、事業や拠点が拡大する中で、そういった、ものづくりについて語り合う機会がどんどん減ってきていました。今は各職場での職制によるOJT教育が主流となっていますが、教える側がプレイングマネージャー的になってきているため、そこまで手が回らないのが現状です。このような中で、『メーカーとして、ぜひものづくりの教育を復活させたい』と思い、JMACの"カートファクトリー"の導入を決めました」(岩田氏)

失敗しながら学べる! "カートファクトリー"って何だ?

vol61_03_02.png カートファクトリー(Kart Factory)は、頭と体を使う体感トレーニングセンターだ。実際の生産現場を再現した空間で、ペダルカートをつくりながら、ものづくりについて総合的に学ぶ。チームで生産性向上にトライし何をどうすれば改善できるのかを体験するプログラムで、JMACではそれを"リアル・シミュレーション"と呼んでいる。
 カートファクトリーはJMAC海外法人で2006年に開発され、多くの海外メーカーで導入されている。これを日本版にアレンジし、2014年4月に逆輸入した。同年共同研究として、慶應義塾大学理工学部ではカートファクトリーを使ったIE実験の授業もスタートしている。
 詳細を聞いた同社は、「これは日本だけではなく、海外を含めたアネスト岩田のグループ会社全体にまで使えるだろう」ということで、「横浜の日本本社がアネスト岩田のグローバルラーニングセンターとなる」ことを念頭に、まずは2015年2月から本社敷地内に設置することにした。
 この話を聞いたとき、「最初はカートファクトリーのイメージがまったくつかめなかった」と話すのは、桑田透氏(液圧機器開発グループ マネージャー)と佐藤徹氏(圧縮機事業部 圧縮機開発・技術部グローバル開発グループ マネージャー)だ。しかし慶應義塾大学の矢上キャンパスに見学に行ってみると、すぐにイメージがつかめたという。
 桑田氏は「『仕事上の失敗はなかなか許されないが、ここではわれわれも失敗してもいいのだ』という感覚を持ちました」と語り、佐藤氏は「実際に見てみると、やろうとしていることがとてもよく理解できた。いろいろな要素が入っている総合的な教育なのだと感じました」と振り返る。

簡単なようで難しい! トライ&エラーで意識改革

 こうして導入したカートファクトリーだったが、実際に研修に参加したときには「思いどおりにいかないことが多かった」という佐藤氏。「1日目はまずチンプンカンプン。『何をやれば?』『どうやればよいのか?』と混沌とする。『こうしなさい、ということがほとんどない』というところがカギなのだと、後からわかった」という。カートファクトリーの特徴は、まさに教える側が先回りしてのガイドはしないところにある。自由度が高く、自分たちで考え、自分たちで解決していくためのトレーニングツールなのだ。
 また、佐藤氏は「チームでどういうディスカッションを重ねていけば目標にたどり着くのかを、ここで何度も経験する」そして、「自分たちがどうしても抜けきれない枠を超えて発想が転じたところが面白かった。設計とか購買とか部門の枠に留まっていたら多分ああいう発想には至らなかっただろう」と話す。さらに佐藤氏は、「『生産ラインってどういうもの?』という初歩的なところから、VA/VEなどの生産改善の手法についても学ぶことができるほか、たとえば、ねじの長さ一つの設計が組立後工程にいかに影響してくるかなど体験を通しての気づきの要素も多く含まれていますよね」と続ける。ここでは、自分で考えたアイデアをすぐに試すことができ、結果もすぐにフィードバックされるので、自分のアイデアがどんな影響を及ぼしたのかが体感でき、ものづくりに必要な気づきを得られるのだ。
 もうひとつの特徴が「楽しみながら」できるところにあると桑田氏は言う。「実際にカートをいじりながら議論ができますし、目標時間内での生産台数を競うタイム競争も楽しかったですね。私は、治具づくりなど、機材準備からサポートしてきたので、それ自体も楽しめました」と話す。
 実際にカートにも乗ってみたという社長の壷田氏は「この研修は簡単なようで、すごく難しいですよね。カートファクトリーは、いろんなやり方や課題を原点から捉え直し、これまでと違う角度や視点で見ることが求められます。さまざまな要素が入っているからこそ、総合的な教育の場として、メーカーにとって非常に有効だと思います。楽しみながらできるところもいいですし、自分たちの力不足を思い知らされて針路をとることもできるので、われわれの意識改革に大きく役立つと思います」と評価する。

次は現場での実践にトライ! 「DNAの伝承」を加速せよ

 昨年春から機材の準備が始まり、コアメンバーによる慶應義塾大学でのカートファクトリー体験コースの受講を経て、ベーシック・コースの社内実施がスタートした。現在は社内講師の育成へ着手、そしてデザイン・コースの実施準備が進んでいる。2016年度の計画では次のステップとして、①受講者階層の拡大、②現場実践への橋渡し、③グローバル展開への足がかりづくり――と展開する予定だ。
 岩田氏は「カートファクトリーで実感したこと、新たに気づいたことを、徐々に現場で試してほしいと思っています。福島と秋田工場の受講者数が増えて、現場実践が進んできたら、次は海外メンバーと接する経験をしてもらうため、2016年度中に数名の海外研修生を受け入れたいと思っています。そして、営業や管理部門の人たちにもどんどんカートファクトリーに参加してもらって、メーカーとして、ものづくりについて活発に議論する風土を浸透させていきたいですね」と展望を語る。
 桑田氏は「メンバーからアイデアを出し合い、治具などをもっとブラッシュアップして、進化させることが楽しみです」と語り、佐藤氏は「今はまだ、このカートファクトリーを使った教育が浸透し始めたところですが、これからもっと広がっていくでしょう」とアネスト岩田の未来に想いを馳せた。岩田氏は「カートファクトリーで、『ワンアネスト岩田』の一体感を実現していきたいと考えています。これからも、やればやるほど色々なアイデアが出てきて、非常におもしろい研修にできそうです」と期待を込める。

JMACのオリジナル体感プログラム「Kart Factory」とは

 「Kart Factory」は、ものづくりのさまざまな要素を体感できるJMAC独自のプログラムだ。ベーシック・コースでは改善の基本はもちろん、経営的な観点からも、ものづくりの全体像を学ぶことができる。デザイン・コースでは、マーケットニーズを設計に落とし込んで差別化につなげる経験もできる。JMAC海外法人では、道場Dōjōと名づけ、ラーニングスタイル別に5つのカテゴリーで「Kart Factory」を展開している。今後日本では、各社の要望を聞きながら順次導入していく予定だ。

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100周年に向けて原点に戻る 「メーカー」としての誇り

vol61_03_04.png アネスト岩田は、2016年度に創業90周年を迎えるにあたり、「100周年に向けて、もう一度メーカーとしての原点に戻る」ことを第一に掲げている。
 これまでは、その収益力の高さから「エクセレントカンパニー」を目指していたが、「われわれが、次に目指すべきなのは『エクセレントメーカー』になることです」と壷田氏は語る。「きちっとしたものを効率的につくるためにはどうしたらいいかということに、お金と知恵を使うべきである」とし、そのためには「今後、技術者や生産現場、生産機械の効率化にも、さらなる投資をしていきたい」と話す。また、日本にはまだオイルフリーコンプレッサのコア生産が残っており、中心は福島工場であるため、先の東日本大震災ではBCP(生産現場の危機管理)について多くの教訓を得たと言い、「生産拠点の拡大についてはBCPを踏まえながら慎重に、しかし積極的に実施したい」と今後の指針を語る。
 さらにJMACについて壷田氏は、「JMACには、海外法人も含めて、ここのところずっとお世話になっています。会社によっては目的ごとにコンサルティング会社を替えるところもありますが、私たちはどちらかというと、より知っていただいた方が、さらにさまざまなご提案をいただけると思っています。JMACは経験豊富ですから、これからも積極的な関与と提案をお願いしたいですね。自分たちだけでは気づかないことや、なかなか難しい局面もあるので知恵をお借りできればと思います」と期待を寄せている。
 創業以来90年受け継いできた「ものづくりのDNA」を次世代、そして世界へと伝承するため、大きな第一歩を踏み出したアネスト岩田。「エクセレントメーカー」を目指し、カートファクトリーでの切磋琢磨の日々は続く。

担当コンサルタントからの一言

世界の仲間と"ツーカー"になるために

 アネスト岩田様ではグローバルベースで、①人材育成、②人事制度、③グループ拠点管理の仕組みをつくることに挑戦されています。この3つそれぞれを個別に改革するケースが一般的ですが、3つ同時に連携させて再構築することで、グローバルでの人材流動を促進されようとしています。その中でKart Factoryはグローバル人材育成のための一つのツールとして位置づけられています。文化背景の異なるさまざまな国のメンバーと一緒にKart Factoryという場を共有し、改善の基本メソッドを体感するとともに、言葉や価値観の壁を越えて"Anest Iwata Way"を全世界に浸透していくことが期待されています。

「同じ釜の飯を食べ、試行錯誤を重ねることで共通言語が生まれます」
田丸信幸(シニア・コンサルタント)

※本稿はBusiness Insights Vol.61からの転載です。