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サントリーホールディングス株式会社

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ものづくりを支えるスキルを高める仕掛け

何のためにTPMを行うか。その目的が「人材育成である」とはっきりと定めているサントリー。迅速なスキルアップが行われるその舞台裏はどうなっているのだろうか。

サントリーホールディングス株式会社

課題・ミッション

  1. お客様の期待を超える価値を生み出す
  2. 現場力を強化する
  3. 次世代の技術を開発する
  4. 持続的にキャッシュを生み出す

業当初から変わらぬミッションである顧客満足に加えて、品質向上を追求し続けるための現場力強化、そして時代の変化を見据えた技術力のブラッシュアップなどが課題だが、いずれも"人づくり"ありきである。

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ものづくりスキル・ナレッジセンターのある京都ブルワリー

TPMを確実に回すため生み出した教育システム

創業者、鳥井信治郎氏の口癖に「なんでもやってみなはれ、やらなわからしまへんで」という言葉があった。この言葉に秘められていたのは、価値ある商品をつくり出すために、積極果敢に挑戦し続けよ、ということだ。そしてこの言葉はサントリーの企業理念となり、ものづくりの根幹ともなっている。

京都府長岡京に、〈天然水のビール工場〉京都ブルワリーがある。ザ・プレミアム・モルツの生産拠点だ。この広大な敷地の一角に「ものづくりスキル・ナレッジセンター」が完成したのは2015年。人材育成に特化したセンターで、現在では121の研修を実施している。

「人材育成プログラムのスタートは、1990年、大阪工場の倉庫を活用して、リーダー的な立場の人たちに設備面での技術を教えるのが目的でした。当時は生産現場の人に対して設備に関することを教えるシステムがなかったんです。すると、スキルにばらつきがでる。その差は生産性、効率に現れてきます。大阪工場と時を同じくして、武蔵野、利根川、京都の各ビール工場でも、それぞれ"メンテナンススクール"という名前をつけてローカルで人材教育の学校のようなことを始めました」と話すのは、ものづくりスキル・ナレッジセンター所長の石垣政昭さん(写真)。

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ものづくりスキル・ナレッジセンター所長 石垣政昭さん

なぜこのタイミングで始まったのか。それは、各工場でTPM(Total Productive Maintenance:全員参加の生産保全・全員参加の生産経営)の導入がスタートしたからだ。
「それまでは、設備保全は専門家の担当でした。保全担当が設備をチェックし、オペレーターが動かしていましたが、TPMを始めると現場のオペレーターが設備のメンテナンスも行うようになります。つまり、自主保全ですね。設備を動かしながらメンテナンスを行うので、このほうが断然効率がよく、TPMを確実に遂行していけるようになりました。また、洋酒工場やビール工場など、保全方法に違いがあるものの、原理原則や不具合の解析手法など、共通のスキルもあります。それらを統合して体系立てて人づくりをすることになり、全工場の従業員が学べる場所として、このセンターをつくりました。今では年間約1500名がここで研修を受けています」

ものづくりの根幹となる全従業員への指針

サントリーには「ものづくり行動指針」が定められている。これは、鳥井信吾副会長(当時は副社長)が2008年に定めたもので、以下に項目を紹介する。

ものづくり行動指針

  1. お客様主義
  2. プロの矜持
  3. やってみなはれ! やってみなわかりまへん
  4. 絆と連帯
  5. 鳥瞰考動

vol72_suntory_keyword_01.png鳥井氏はかつてのインタビューで「ものづくりには、こうした志や行動の仕方が何より大切。『ものづくり行動指針』はグループの社員全員が考えたり、行動したりするヒントのあり方を示したものです」と答えている。また、センターの立ち上げにも尽力し、「学ぶことは無限にある。それだけ変われるチャンス」と教育の重要性についても語っている(M-Bridge 2009 3月号)。

センターのエントランスには「ものづくりは人づくり」というメッセージが掲げられている。これも鳥井信吾副会長の直筆の書だ。生産工場において、人づくりは不可欠であるというサントリーの経営哲学である。

人事制度と紐づいたスキルマネジメント

vol72_suntory_keyword_03.pngセンターでの研修は、TPMの内容とかなりリンクした内容になっている。
「たとえば、TPMが導入されると、設備を見る目が能動的になってきます。するともっと知りたいことや、工夫したいことも出てくる。設備保全はもちろん、コスト改善手法もそうですし、指標に関する研修も入ってきます。これらの研修を行うことで、全員が同じレベルまで、早く到達するのです。オペレーションを行いながら品質や生産性を上げていくには、一定の研修を揃えたほうが、全員が同じようにスキルが上がっていきます。そういう意味では、教育の目的の一つは、TPM推進のためとも言えますね。逆もあり、TPMを使って人づくりをしているとも言えます。人材教育の観点からしてもTPMは非常にいいツールだと思います」

現在、研修メニューは121にまで増えた。TPM関連だけではない。たとえば「原因究明のための合理的思考方法」「生産現場のエクセル(業務効率化)」「ものづくりマネジメント実践」など多岐にわたり、きめ細かなコースが用意されている。特徴的なのは、実施される研修は、人事考課と結びついているという点だ。

「当社では、人事階級ごとに遂行すべきスキルが定められています。たとえば入社4年目くらいで『T1ドライブスキル研修』があり、品質管理スキルは必須になり、ベテランの課長クラスになると『T5ドライブスキル研修』があり、マネジメントスキルや専門性も問われます。それぞれの階級にミッションがあり、スキルが昇格の基準となっています。また、TPMが求める人材像というものがありますが、それも資格制度の中に盛り込まれています」

vol72_suntory_keyword_02.png研修メニューは、TPMに関する項目と資格体系を掛け合わせた"神業的なマトリックス"になっている。では、これだけ完成度もレベルも高い研修の講師陣はどうしているのだろうか。

「センターのメンバーが講師を行うのは当たり前ですが、工場メンバーで研修を受けた人に何年かあとにあえて講師を依頼して、後輩たちに教えてもらっています。こうすることでメンバーは『研修で教わる』→『現場で実践』→『研修講師となり自分が教える』という3つのサイクルを回してスキルを確実に身に付けます。さらに自分の言葉で教えることで、自らの考えや経験をおりまぜた製造現場に則した講義を行うことができます。また教える、育てるという大切さも実感させる。このサイクルが工場で人が育ちTPMもきちんと遂行されるという現場力につながるのです」

ちなみに、サントリーの各工場は、1994年からほぼ毎年、TPMに関する賞を受賞するという快挙を成し遂げている。

現場力を格段に上げる仕掛けの数々

センター内には模擬ラインなどが用意され、現場ではあまり起こり得ないトラブルなどを体験できるようになっている。また、いくつかの条件を変え、問題がどこにあるかを検証したり、現場力が格段に上がっていく仕組みも用意されている。

「実は、効率化という観点から、研修を遠隔からできないか、という議論もあります。全国からわざわざ人を集めて研修を行うのは予算も含めて検討の余地はないのかと。もちろん、テレビ会議のようなやり方でできる研修もあると思います。しかしこういった現場さながらの模擬ラインでの研修は、やはりここでしかできませんし、何より他工場の仲間と一緒に研修を受けるのは大きな刺激になります。お互いのやり方を確認したり、新たな気づきが生まれたり。そういう意味でも、ものづくりは人づくりなのだと実感しますね」

さらに、毎年2月には「ものづくりウィーク」が実施される。これは、行動指針と志について全部署で話し合い、全員がそのことについて考える機会。チームで話した内容を展開したり、「ものづくり行動指針大賞」を選考して表彰しているという。

「ベクトルを合わせ、全員がひとつにまとまり、力を結集する感じですね。ものづくり行動指針ができた2008年から続いています」

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現場では滅多に体験できない不具合など経験し、対応能力を身につける。右は組み立て工程などを学ぶ研修

時代に合わせた変化と基本に立ち返ること

120年前に赤玉ポートワインの製造から始まったサントリーも、今や多岐にわたるビジネスを展開している。商品数が増えれば作業工程が倍増し、従業員のスキルアップを同時に行わなければならない。さらにIoTの導入もはじまり、新たな教育体系の確立は急務だ。一方で、ものづくりの現場が先端技術に向かえば向かうほど、サントリーのものづくり技術のベース、DNAの伝承が不可欠になる、と石垣さん。

「これから生産現場の設備や人の在り方も変わっていくでしょう。しかし、時代が変化するときこそ、ものづくりの基本、ベースのスキルをしっかりと学んでおくべきです。それがお客様への約束であり、期待に応え続けることでもあります。ものづくりスキル・ナレッジセンターは、そのミッションを担う、重要な拠点なのです」

2021年春には、長野県大町市に「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」が完成し、稼働が始まる予定。最高レベルの人材でスタートを切るはずだ。


JMACコンサルタントEYE(担当コンサルタントからの一言)

「ものづくりは人づくり」を実践するために

TPMとは、ものづくりの中でロスをなくし、人を成長させるプログラムです。その実践は、学びあう、教えあう場づくりであり、人づくりにつながります。このTPMの特徴を活かせるかどうかがカギです。サントリーさんは、「講師の確保」や「人事制度との結びつき」でスキルアップの仕組みをつくり、「ものづくりは人づくり」を実践しています。

和泉 高雄(JMAC顧問 マスターTPMコンサルタント) 


本稿はBusiness Insights Vol.72からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。

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生産現場の人、設備、材料、製造方法とマネジメントシステムを改善して生産性向上をはかります。生産現場は製品特性や製法により多種多様の特性を持つ複雑系です。そのため私たちは、現場でじっくり見て聞いて、フィットする特別な改善プログラムを作ることから仕事を始めます。少しだけ時間はかかりますが、そのことは現場力を高め、現場の一人ひとりが成長を感じられる魅力的な職場になることを知っているからです。

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