DM三井製糖株式会社
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製糖業界ツートップの合併で加速した人事制度改革の舞台裏
左から、人事部長(旧三井製糖)太田信之さん、
人事部 人事課長(旧大日本明治製糖)細谷育生さん
DM三井製糖株式会社
2022年10月、三井製糖と大日本明治製糖が合併し、DM三井製糖に。精製糖のほか砂糖関連商品、機能性食品の製造・販売を行う。製糖業における国内市場シェア約4割。
三井製糖と大日本明治製糖の合併で「DM三井製糖」が発足して2年半が経った。三井物産系と三菱商事系という大きく企業文化が異なる2社の、統合に伴う人事制度の1本化の大変さは想像に難くない。給与や評価制度、働き方など多岐にわたる改革をどのように行ってきたか、人事担当者の話から改革の舞台裏に迫った。
DM三井製糖の課題
企業文化の違い/納得感の醸成/管理職の適正配置
東京都港区にある本社ビル
日本の各業界では、生き残りをかけた業界再編が進んでいる。製糖業界では、2021年4月に三井製糖と大日本明治製糖が経営統合しDM三井製糖ホールディングスが発足。その後2021年11月には、傘下の三井製糖と大日本明治製糖を2022年10月に合併することが発表された。
DM三井製糖・人事部人事課長の細谷育生さん(旧大日本明治製糖)は「合併は既定路線でしたが、ホールディングス発足から2、3年先のことだろうと考えていました。それが、合併まで1年もないという状況になった。どうやって進めていくのか、これは大仕事になるなと思いました」と当時を振り返る。合併発表から2022年9月末まで10カ月という短期間で、人事諸制度を統合しなければならない。そこでDM三井製糖は、JMACに支援を依頼した。
人事部 人事課長・細谷育生さん️
合併に伴う人材マネジメント関連の取り組みは、等級・評価・報酬などの制度や労働条件といった人事諸制度の統合のほか、採用・配置・育成など人材フローの方針や仕組みの統合、人材業務プロセスの統合や再整備、人事システムの統合や構築、さらには経営理念の浸透や組織文化醸成まで多岐にわたる。JMACは合併までの期間を考え、統合後の「一体感醸成」を視野に入れつつも、今回は「人事諸制度の統合」に焦点をあてた支援内容を提案した。
合併に伴う人事制度の統合
「統合フェーズ」から「抜本改革フェーズ」へ
人事諸制度の統合では、両社の現行制度をベースにどちらか片方へ寄せていく「統合重視」の考え方と、新会社で目指す姿をベースにコンセプトからつくりなおす「変革重視」の考え方がある。どちらの考え方でいくかは、基本的にはプロジェクトの期間による。そのため、今回のプロジェクトでは合併前を「統合フェーズ」、合併後を「抜本改革フェーズ」とする2段階で進めることにした。まずは合併前の短期間で着実、効率的に既存の制度を統一し基盤を構築。そして合併後に、新たな人事戦略に基づく抜本的な改革へとつなげていくという流れだ。
統合フェーズでは、人事制度と労働条件の把握や差異を整理する現状分析に始まり、人事諸制度統合方針や改革ロードマップの策定、統合案の詳細設計を進めるスケジュールを組み、定期的に労働組合と協議を行い、検討状況を従業員に発信していった。
「フレックス勤務やテレワークなど福利厚生は大日本明治製糖が良い仕組みをもっていたので、その制度をうまく取り入れることができました。コロナ禍でテレワークのニーズが強くなっていましたが三井製糖はまだ検討中だったんですね。そのあたりは非常にスムーズに統合できたと思います。一方で、かなり違いがあった給与や就業規則、評価制度は、三井製糖に寄せていく形で統合されました。そのため、労組との協議では不利益変更にならないよう配慮を求められました」と、人事部長の太田信之さん(旧三井製糖)は語る。
人事部長・太田信之さん
合併で生活がどう変わるのか社員はみな不安を感じていた。とくに大日本明治製糖は合併により就業規則や給与体系が変わることになったことから、この不安を解消するため、合併後にどう変わるのか全社員向けにシミュレーションをつくり、全国の事業所や出向先を回って説明することに力を注いだ。
ここで大事だったのが、「各社員の処遇を詳細にシミュレーションし、できるだけわかりやすく、理解を得られるまで何度でも丁寧に説明することだった」とJMACの大久保秀明はいう。給与体系の変更は、社員のモチベーションに直結するためだ。
大きな課題となった企業文化の違い
違いがあったのは、給与や就業規則、評価制度だけではない。企業文化の違いもまた、人事制度の統合において大きな課題だった。三井製糖は上場企業として、効率的に業務を実行するため、指示命令系統を明確にした組織づくりをしていた。一方で、大日本明治製糖は三菱商事の100%子会社で非上場企業。三井製糖より規模が小さい分、上長との距離が近い組織となっていた。
「大日本明治製糖では、たとえば非管理職社員が直接役員とやり取りする場面が少なくありませんでしたが、三井製糖だとよりフォーマルな承認ルート、厳格な決裁プロセスが求められます。これはリスク管理の強化につながることですが、現場は部長や役員が遠い存在になり、意思決定のスピードが落ちたと感じることもあるのではないかと思いました」(細谷さん)
この懸念点を払拭するため、合併前の助走期間には両社の営業部門、生産部門、管理部門など、それぞれの部門に分科会を設けて議論し、交流を深めた。加えて、合併後のコミュニケーション強化として、ラウンドテーブル形式の座談会を定期的に実施。現場社員の声を経営層が直接聞く場を設けた。
「人事諸制度の違い以上に、働き方や意思決定の違いが課題になると考えました。そのため、経営層と現場社員の対話の場を意図的に増やし、直接意見を交わすことで納得感を醸成していったのです」(太田さん)
重複する管理職ポジションをどうするか
合併後の抜本的改革フェーズでもっとも苦労したのが、「複線型人事制度の導入」だ。合併により、管理職ポジションが重複する問題が発生した。そこで、幹部職以上は組織の管理・運営を担う「マネジメント職」と専門スキルを生かし企業価値向上に貢献する「スペシャリスト職」にわけ、等級と役割を新たに定義、整理した(上図参照)。両社ともに導入していなかった新たな試みでもあり、JMACは導入事例や制度設計上のポイント、運用面まで含めた専門家としてのアドバイスを行い、また経営陣や社員に説明するための各種資料作成の支援を行った。
「人事戦略とそれに基づく人事制度の抜本的改革の内容については、経営陣と密にコミュニケーションを取りながら進めたので、複線型の等級制度の導入に関しても会社の意志は明確でした。後はそれをいかに社員の方々に理解・納得してもらうか。そこで丁寧なコミュニケーションをとることを心がけました」(JMAC・大久保)
実際、スペシャリスト職について社員からは「スペシャリストの処遇はどうなるのか?」「スペシャリスト職とマネジメント職はどちらが昇進しやすいのか?」「スペシャリストとして何をすればいいのかわからない」「幹部職が増えすぎて人件費高騰につながるのではないか」など、数多くの質問や懸念点が人事部に寄せられた。
新たに定義された「等級と役割」
「労働組合経由で届く質問にどのように回答していけばいいか、どう伝えていけば懸念点が払拭されるのか、われわれだけでは考えあぐねていたと思います。対応に困ると、世の中の情報やこれまでの知見をもとにした助言をJMACからもらうことができ、明快に素早く回答することができました。
ここは手を抜かず、理解を得られるまで何度も説明することが大事だと考えました。労働組合との協議は定期的に行い、直接、社員に説明する機会もつくり、時間をかけて意見を聞く場を設けていきました。いまも幹部職対象のオンラインセミナーを月1回開催するなど、現在進行形で取り組んでいます」(太田さん)
懸念点を払拭するため、社長、副社長、CHRO(最高人事責任者)が参加するラウンドテーブルを複数回実施。スペシャリスト向けの具体的な業務設定と役割を整理。それぞれの評価制度を明確化し、説明会を開催した。
「説明会を何度も実施しましたが、社員からの質問は尽きることがありませんでした」(太田さん)
人事制度について、規模の大小問わずさまざまなミーティングを重ねた
人事制度改革を社員の意識変革・組織文化変革に
もうひとつ、2024年4月に行った人事評価制度の改定は2025年3月で1年が経ち、現場からは「評価制度の公平性をどうやって確保するか」など課題点があがっている。
「制度はつくって終わりではなく、運用段階での対話がもっとも重要なんですね。疑問や懸念点があがってきたら横に置かず真摯に対応する。手を抜いたり粗末に扱うと、ルールは守られなくなります。新しい制度を浸透させるのは時間がかかるものだというのを念頭におき、評価者の目線が現在のルールに合っていなければしっかり指導、教育して改善し続けることが大切だと考えます」(細谷さん)
合併によって、制度面だけでなく、働き方やキャリアパスの考え方も変わった。「今後は社員に挑戦や主体性を求める。制度の運用を通じて社員の意識変革につながるよう、継続的な取り組みが必要だ」とJMACの大久保はいう。
住宅・社宅制度の統合・改定、導入の是非を含めたエリア社員制度の検討など、まだまだ課題は山積みだ。
「社員のモチベーションや会社への愛着心、貢献意欲などを測定するエンゲージメントサーベイをやったところ、また新たな課題が見えてきました。リーダーシップ研修の強化が必要だなと感じているところです。新基幹システムを導入し、人事業務の効率化も進めたい。適材適所の人材配置を実現するため、社員のスキルと業務のマッチングをより精緻に行う必要もあります」(太田さん)
人事制度改革は、継続的な社員との対話が成否のカギを握る。DM三井製糖の改革はこれからも粘り強く続いていく。
DM三井製糖の商品
担当コンサルタントからのひと言
シニア・コンサルタント
大久保 秀明(おおくぼ ひであき)
合併は会社が厳しい経営環境の中で生き残るために大きな決断のもとでなされるものですが、成功するかどうかはひとえに社員が合併後の会社の将来に希望を持てるか否かにかかっています。その意味で合併後の人材マネジメントの基盤となる人事制度の統合・改革は極めて重要なテーマです。円滑なトランジション(移行)のために、制度の十分な検討に加えて何より大事なのが社員とのコミュニケーション。不安の解消や将来への期待の醸成を図るコミュニケーションプランを推進計画に組み込むことが肝要です。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』79号からの転載です。
社名、役職名などは取材時(2024年12月)のものです。
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人事制度の改革では、"経営課題の実現を後押しするための人事制度"という位置づけを明確にしたうえで、"現場"の実態をしっかりと踏まえて制度設計に反映していきます。また、「○○主義」や「○○システム」のようなコンセプトや手法ありきではなく、クライアントとの議論を十分にしながらオーダーメイドで制度を設計します。そして、制度設計の後の運用を特に重視し、人事制度をマネジメントツール・セルフマネジメントツールとして活用できるようにしていきます。 組織活性化の手法・テクニックを覚えても「課題解決」はできません。現場・現物・現実を見る目と、「思考プロセス」・「ものの見方・考え方」を体験から身に着けることが重要であると考えています。コンサルタントが、経営課題を解決していく体験知から蓄積・検証されたノウハウをベースにして、プログラムとして提供しています。お客様の育成課題に応じて事例や体験学習を重視した構成でコンサルティングを企画いたします。