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栗東積水工業株式会社

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安全活動で醸成される「人間力」がものづくりの総合力を高める! ~マザー工場の力を育む「道場」の効果~

積水化学工業株式会社・滋賀栗東工場では、災害撲滅に向けた改善活動や訓練などの安全活動を再優先の取組みとしている。同工場では、『安全と生産性や利益確保は相反するものでなく、安全の推進が事業全体の基本であり、ひいては生産性を高め、利益体質を生む』と考え、事業活動を行っている。同工場の生産を担っている栗東積水工業株式会社の代表取締役社長・岩田吉信氏は、長らく同社全体の安全活動の「仕掛け人」として尽力してきた。同氏に、現場の安全づくりへの思い・人づくりのモットーなどをお聞きした。

現場・現物・現実の精神を「道場」で継承していく

積水化学工業株式会社は、プラスチック製品のパイオニアとして1947 年に創業、戦後日本の生活および産業へのプラスチックの普及に貢献してきた。同時に海外進出などのグローバル化、住宅などの事業の多角化も進めてきた。現在、「住宅」「環境・ライフライン」「高機能プラスチックス」の3 つのカンパニーにより事業を展開している。環境・ライフラインカンパニーに属する滋賀栗東工場は、給排水・建設設備・下水道などに使用される管工機材の主力工場であり、高い生産力・技術力を有するマザー工場の役割も担っている。

同工場には、安全・品質・環境・KAIZEN・保全の5種類の「道場」が設置されている。この「道場」は技術・技能伝承と向上のための研修施設であり、優秀事例やトラブル事例のパネル・材料・工具・測定器などの現物も展示されている。とくに安全道場には、さまざまな災害(挟まれ・巻き込まれ・感電など)を疑似体験できる設備や機器が設置され、従業員の訓練に活用されている(次頁写真)。同工場の道場は、技能教育の場として他の模範となっており、全国に広く普及している。

vol.59_01.png代表取締役社長代表取締役社長 岩田吉信氏

「気がついたら、道場だらけになりました」と笑いながら語る岩田氏は、長く現場第一線でものづくりに従事してきた。その当時について岩田氏は「設備・原料が原因でのトラブルが多く、現場で働いていて苦労しましたね。しかしそれを克服するために、技術やスキルを磨くことができたのです」と振り返る。

岩田氏は「昔と比べて今は、トラブルが激減しています。そのため、標準以外のことはできず、三現主義(現場・現物・現実)に現人※を加えた『四現主義』が希薄になっています」と危機感を抱いている。安全においてもこの四現主義は必要不可欠だという信念もある。積水化学グループ統一スローガンの「安全無くして品質無し安全と品質無くして生産性無し!」のとおり、まず安全なのだ。もちろん、その時々の事象は千差万別で、道場ですべてを再現することはできない。そこで岩田氏が重視したのが、「学び」「躾」「モチベーション」である。

「擬似体験を目的とした道場はよくありますが、当社の道場では、従業員の『躾』を重視しているのが特徴です。躾の基本は声を出すことですから、四現主義へのモチベーションを上げるために、道場では声を出すところから訓練できるように設計しました。躾と疑似体験がセットになってこその道場だと考えています」(岩田氏)。

また、岩田氏がモチベーションを大切にする理由は、自身がモチベーション高く活動を推進してきたからだ。日本では高度経済成長期から、各企業でQC サークル活動が活発になり、さらにTQC・TQM・TPM などの全社的な活動に発展していった。岩田氏もこれらの活動をモチベーション高く推進してきた。

岩田氏は「製造職はものをつくってお客様に提供するのが仕事。トップの方針でTQC・TPM 活動があるのを知ったとき、最初は『なぜこんな活動をするのか?』と疑心暗鬼でしたが、これらの活動を行っているうちに、自らの成長を実感できたのです。とくにTPM ではステップが進むごとに、自分の中にマネジメント力、指導力が身につきました」とモチベーションを高く保って活動したことで、大きく成長できたことを振り返る。

さらに「今は『定年まで勤めるのが吉』という時代ではなく、転職もめずらしくありません。製造業に入って定年までものづくりをするという人だけでなく、サービス業から転職した人、短期で働く人などで組織が構成されているので、ものづくりのスキルを今までどおりじっくり高めることができないのです。人材育成のために、TPM の再スタートを模索したこともあります」と語る岩田氏は、これらの活動への思いをとても強く持っている。しかし現在では、かつてのTPM のような活動の展開はむずかしい状況にあるという。そこで、道場の役割が重要になってくる。

これまで岩田氏と何度か議論する機会があったJMACマスターTPM コンサルタント大崎秀夫も「一般的にトップの任期が短くなってきて、TPM のように3 年かけて全体を底上げしていくような大掛かりな活動は、取り組みにくくなっているのは事実。導入するとしても限られた範囲の活動になる傾向にあります。活動で人が育つ機会が減った分、道場の機能と役割が重要になってきます」と語る。
※現人:現場の現物・現実を確認し改善するのは「人」であること

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道場に集まることで人と人との接点が生まれる

岩田氏が「道場」に期待している機能は、単に個人が知識・技術・技能を習得することだけではない。大きなねらいとして、岩田氏は「道場に人が集まり、コミュニケーションを取ることが重要」と語る。

確かに岩田氏の若いころと違い、今では設備の大型化・自動化で製造現場の人の数が少なく、コミュニケーションも少なくなっている。コミュニケーションがないと「教え合い学び合う」機会もなくなる。大崎も「設備高度化の流れは、人づくりと逆行する面もあります。故障が起きても部品を交換するだけで、再発防止のための解析が不十分なままになっていることが少なくないし、故障を放置していても誰も指摘しなくなる。人がいないからと言えばそれまでですが、だからこそまず道場に人を集めることで、人と人の接点やつながりを意識してもらうことが大切です」と岩田氏のねらいに賛同している。

「環境や設備が変わるのは、仕方のないことだと考えています。しかし、それらがどう変わってきても、われわれのような上の立場の者が最重要視すべきことは、人づくりです」と岩田氏は断言している。岩田氏が、これからの人材育成面で力を入れていきたいのは、技能や技術力だけでなく「人間力」を伸ばすことだという。

岩田氏は「マネジャー層・リーダー層には、現場に足を運ばず、現場の状況を知らないまま、机のパソコンで処理する人が増えてきました。管理指標を学び・見るだけではなく、リーダーにはものづくりのイロハのすべてを学んでもらいたいのです」と育成への思いを語る。組織がひとつになって大きな目標に向かっていくときに、リーダーシップ・部下への思いやり・コミュニケーションによる「人間力」が大切であることを、岩田氏は自身の活動経験から身に染みて感じている。

知恵を絞った改善で考える力をつける

こうしたコミュニケーションは道場だけでなく、仕事上でも必要なため、同工場では「安全巡回スタンプラリー」を実施している。目的はスタンプそのものではなく、現場に足を運んでライン長・安全担当者が作業員に声をかけ、コミュニケーションを取ることにある。このコミュニケーションが全員の安全意識の向上に役立っている。さらには、管理者が現場に足跡(気づき)を残し、潜在的な危険・見えないリスクを抽出することで、不安全行動や不安全状態の改善にも大きく貢献している。

「素晴らしい活動を思いついても、それを実行して定着させなければ意味がありません。活動を定着させるためには、管理者がどれだけ現場に通うかで決まります」と岩田氏は現場主義を強調する。

さまざまな仕掛けづくりをしてきた岩田氏が今年のテーマとしているのが「考える力」だという。岩田氏は「標準によるものづくりが定着して、当たり前に製品ができていくため、考える機会がなくなっているのではと危惧しています」と語る。そこで、改善活動を通じて考える力を伸ばすことをねらい、現場改善王の表彰を昨年度から行っている。「私が製造現場でものづくりをしていたころ、自分が考えた改善が職場の中で活用されていることが非常にうれしかった。この喜びを皆に味わってもらいたいのです。まだまだこれからですが、現場9 大任務〔P(生産性)・Q(品質)・C(原価)・D(納期)・S(安全)・M(設備)・M(道徳・志気)・E(環境)・E(教育・訓練)〕の向上のために、もっと現場が知恵を絞るようにしていきたいですね」(岩田氏)。

標準があるとはいえ、現場は生き物なので状況は一様ではない。標準を守るだけは対処できないケースも少なからず出てくる。「考える力があると、イレギュラーに対処する選択肢の幅が広がります。その対処が良い事例となって、道場などの教材で共有化され、次の改善のヒントになっていくはずです」(大崎)。

ゼロ災を目指して全員が参画する活動を

岩田氏がこうした道場の設置やさまざまな「仕掛け」を打ち出してきたのは、環境・ライフラインカンパニー12工場の安全を担当していたことに由来する。そのころ半期で数件の不休災害があり、何がなんでもゼロにしたいと目標を定めた。

「ゼロにするために何をしたらよいか?そのためには、従業員全員が安全に関心を持つべきだと考え、他社事例を学び、『仕掛け』をつくり実行しました」(岩田氏)。岩田氏の思いが詰まった安全道場は、全社に展開され同様の道場が各工場に設置されている。

「道場をつくれば、災害がなくなるわけではありません。重要なのはケガをさせないための真剣な思いで、日頃から安全を言動に表すことが大切です。スタンプラリーによる声がけもそうですし、栗東積水幹部会の会議も『ご安全に!』という言葉で始めています」と語る岩田氏は、道場というハードそのものよりも、日頃からの意識や関心の喚起が大切だと強調する。

岩田氏が「ご安全に!」に込めている思いは、トップは「誰ひとりケガをさせない」、管理監督者は「部下にケガをさせない」、全従業員は「自分はケガをしない・仲間にケガをさせない」という思いをそれぞれ持ってほしい、ということ。全社的にSafety First の文化があるが、40 年以上も安全を突き詰めて考え抜くことに尽力してきたからこその思いである。

「何よりもまず安全が最優先です!その次に品質・運転条件・設備条件などへ枝分かれし、さらに人間力を高めることで、ものづくりの総合力が上がると考えています。どんなに自動化が進んでも、ものづくりは人が行うので、ケガがなく元気なものづくりを実現することを大切にして、これまで仕事をしてきました」(岩田氏)。

vol59_pic03.jpgその思いを同社の活動に感じ取った大崎は「安全を軸にして組織でまとまった活動を展開できているのは、岩田さんが常に" わかりやすさ"を追求しているから。一般的な知識の伝達ではなく、具体的にどうすれば現場でケガなく安全を保てるかを、わかりやすく伝える工夫が随所にある」と見ている。

安全活動はどこでもやっているので、当たり前の活動として考えられがちだ。しかし、安全はすべての人に関わることなので、全社員が取り組むべきテーマだ。「組織をまとめる際に、安全を切り口にしたことは効果があったと自負しています。災害ゼロという目標の達成は、全部門が協力しないと不可能です。安全活動は当たり前ですが、当たり前を徹底させてゼロにしていくのは難しいことです。マンネリにならないように、常に新しい発想で新しいことを取り入れていかないと活動を継続できません」(岩田氏)。

休業災害だけでなく、不休災害や交通災害なども含めた「1,000日ゼロ災」を目指し、結果5年間ゼロ災を達成することができたのも、全従業員の協力があってこそだと岩田氏は考えている。
 
安全活動を通じて人間形成が行われ、それが現場力・改善力の向上へとつながっていく。この力がこれからも積水化学グループのものづくりを支え続けていくに違いない。

担当コンサルタントからの一言

「道場」はものづくり人材育成に欠かせない

かつてのように人も時間もコストも活動にかけられない中、岩田さんご自身が活動で得た学びの体験を、後の世代のために「道場」で実現しようとしている意義は、非常に大きいと思います。今後のものづくり人材育成では、道場のような「場づくり」は必要不可欠となるはずです。道場には「師範」も必要ですから、道場を学ぶ場だけでなく、教える人を育てる場にすることも意識すべきです。漠然と見よう見まねでつくるのではなく、岩田さんのように考え抜いた道場でなければ、効果も期待できません。また、「師範」になる人はトップとつながりながら、ニーズを現場に伝える役割も持ってほしいと思います。

大崎秀夫(TPMコンサルタント)

※本稿はBusiness Insights Vol.59からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。

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