株式会社池田模範堂

外用剤のトップメーカーである株式会社池田模範堂は、創業106年を迎える老舗の医薬品製造販売会社である。時代のニーズに挑戦し続ける中、システム化が進むにつれ人的組織が弱くなりつつあることに危機感を感じていた。問題解決のカギはコミュニケーションの復活にあると考えた同社は、「人の和づくり」を中核とした改革に乗り出した。その活動の背景や思い、メンバーの成長、今後の目指す姿についてお伺いした。

池田模範堂の歴史は越中富山の置薬に始まった

株式会社池田模範堂(以下池田模範堂)の歴史は1909年(明治42年)、池田嘉市郎氏が越中富山で家庭配置薬販売を創業したことに始まる。

1914年(大正3年)に称号を「池田模範堂」と決定、1926年(大正15年)には「ムヒ」の製造を開始した。1948年(昭和23年)に組織改編し、現社名の株式会社池田模範堂を設立した。

「池田模範堂」という社名には「社会の模範となる会社になろう」という思いが込められている。「ムヒ」という商品名には「比べるものがないほど優れた効き目」という意味が込められていて、「唯一無比」が語源となっている。

2010年にはCI(コーポレート・アイデンティティ)を一新。次の100年を見据えて、コーポレートロゴを「ムヒ」から「MUHI」へ、スローガンを「かゆみを科学する」から「肌を治すチカラ」へと改めた。製品用途を虫刺され・かゆみ止め分野から、肌のトラブル・スキンケア全般の「肌分野」に広げて、まだ誰も目を向けていない肌の悩みを解決すべく、新分野での積極的な事業展開を図っている。

最新設備、環境ゆえの悩み横のつながりが希薄に

長年培ってきた技術と伝統を継承しながら、時代のニーズへのチャレンジを続けてきた同社だが、2002年の新工場移転を機に、新たな問題に直面することになった。

新工場に移転しシステム化が進み、メンバー間のコミュニケーションが希薄になっていったと語るのは、取締役工場長・吉田裕一氏だ。吉田氏は「旧工場にはなかったシステムを使用し始めてからは、社内連絡の多くが電子メールで行われるようになり、情報管理もシステム化されて人の手がかからなくなりました。フェイストゥフェイスでなくても仕事ができるようになって、コミュニケーションがどんどん希薄になっていくのを感じていました」と語る。

このときの状況を、製造グループグループ長・巽和弘氏は「旧工場では、扉を開けると隣の現場があって、物理的にも心理的にもつながっているという実感がありました。ちょっとモノを持って行ったり打ち合わせをするにしても、顔を見て現場で話をするという光景が普通にありました。しかし、新工場では搬送設備やシステムが整ったことで、互いに持って行き合っていた資材などは倉庫で集中管理されるようになり、現場もグループ分けが進んでこじんまりとまとまって作業をするようになりました。それぞれが別々に作業するようになり、以前あった触れ合いがなくなっていきました」と語る。

vol.58_yoshida.png取締役工場長
吉田裕一氏

包装グループグループ長・嶋田哲雄氏は「新工場への移転当初は、まだ旧工場でのつながりがあったからよかったのですが、だんだんシステムが自動化されるにつれ、それに慣れてきて皆話さなくなっていきました。製品の自動搬送もされるようになって、ますます横のつながりがなくなっていきました」と当時を振り返る。

アンケートで不満が噴出!意識のギャップを埋めるには

vol.58_tatsumi.png製造グループ グループ長
巽 和弘氏


2010年CIを一新し、会社は経営理念である「変身への挑戦」をさらに推し進めようとしていた。しかし、吉田氏は「皆、決められたことはきちんと真面目にこなすが、挑戦しようという欲があまりない」と感じていた。そして「横のつながりが弱く、コミュニケーションが希薄なままでは、同じ目標に向かってがんばる、変身すると言っても単なるお題目になりかねません。工場内の意識や体制を改革するなら今しかないと思いました」と当時の思いを語る。

そこで、まず工場のメンバーの思いを聞くための社内アンケートをとることから始めた。折しも、人事評価制度が変わって能力主義が採用されるようになったこともあり、「上司が正当な評価をしてくれない」「連携がうまくいかず、思うように仕事が進まない」といった不満が殺到した。「自分たちの思いと現場のメンバーの思いとのズレを突きつけられました」と吉田氏、巽氏、嶋田氏の全員が声を揃える。これはまさしくコミュニケーションが不足しているから起こったのではないか、と強い危機感を感じた。そしてJMACをパートナーに選び、改革へと動き出した。

JMACを選んだ理由について吉田氏は「JMAC含め2社に提案をしていただきましたが、『"人"にフォーカスして活動をしていきましょう』と言ってくれたのがJMACでした。コミュニケーションの問題を解決したかった私たちがたどりたいプロセス、ゴールを提案してくれたのでJMACに決めました」と当時の思いを語る。

改革を支援したJMACチーフ・コンサルタントの今井一義は、「良い製品仕様、良い製造システム、良い設備があっても、それを機能させて生産するのは"人"です。池田模範堂の工場の方々は、自社の製品に誇りと愛着を持っているがゆえに、次のステップを踏み出せず、停滞している状況でしたが、工場で働く人が自分や仲間の成長を感じ、やりがいを持って仕事ができる環境をつくれば、さらなる飛躍が期待できると確信しました」と語る。

「人の和」をつなぎコミュニケーションを復活

vol.58_shimada.png包装グループ グループ長
嶋田哲雄氏

プロジェクト始動にあたっては、リーダー職以上の社員に再度アンケートを行い、生産体制の実態と課題を把握した。その後、ディスカッションを重ねて「変身への挑戦」をベースに以下の6テーマを策定した。

1.安全推進、2.生産性向上、3.生産状況の見える化、4.他社との交流、5.人材育成、6.人の和――である。

この中で、活動の中核をなしたのが「6.人の和」だ。目標値・達成率を見い出しやすいテーマが並ぶ中、目に見えない「人の和」はいささか異質にも感じる。なぜこれをテーマに選び、中核としたのだろうか――その理由について吉田氏は、「人の和」はすべてのテーマを有機的につなぐ重要なテーマであると説明し、「生産性向上なども非常に重要なテーマではありますが、結局は人と人とのつながりがないとうまくいかないと感じていました。そのため、まずはコミュニケーションを活性化して相互理解を深めていくことが大切だと考えましたので、皆で話し合い、これを中核にして活動することに決めました」と語る。

活動当初は「現業が忙しいのにさらに業務を増やすのか?」という声もあがった。しかし、活動が進むにつれてメンバー同士の協力関係が生まれ、ひとつの方向に動き始めた。「半年が経ったころ、メンバーたちが『この活動をしていけば自分たちの不満も解消されて、いい方向に進むのではないか』という意識を持ち始めてからは、積極的な取組みに変わっていきました」と巽氏は語る。

この変化のキーポイントとなったのが、スタート時に行った「目標の見える化」である。各自の目標を付せん紙に書き込み、模造紙に貼っていくことで、お互いの目標を知ることができた。すると、お互いにどうフォローすればうまくいくのかを考えて実行するようになり、他メンバーの目標を知り奮起してさらに高い所を目指すメンバーも現れた。今井は「目指す方向性を共有することは、一緒に仕事するうえで重要なこと。会社の目標だけでは、なかなか自分の役割に落とし込み行動することは難しい。自分や仲間の目標を共有することで身近な存在になり、精神的距離感がグッと縮まった。本プロジェクトでは、さらにその目標の背景(なぜそのような思いに至ったか)をメンバー間で共有したことで、より親近感が高まった」と見える化の効用を説く。

自分事として行動できれば人は育ち、風土が変わる

メンバーの変化について、「2.生産性向上」を担当した巽氏は、皆で協力して何かを成し遂げようとするとき、思いもよらない相乗効果を得られると実感したという。「私たちは、最新設備の能力を100%引き出し、良品を安定的に生産していくことを目指しました。そのために重視したのは設備の保全です。自分たちの設備は自分たちで守っていこう、もっと高い所を目指そう、という気概が生まれたのもこのときでした。また、リーダーが自ら積極的に生産指標や出来高、保全トラブル件数などのデータを活用し、生産性向上につなげていこうと動き出しました」と語る。

そして「3.生産状況の見える化」を担当した嶋田氏は、「見える化」がメンバーの意識と行動を変えていったと語る。「活動するにあたり『見える化』がコミュニケーション活性化のきっかけになるようにしました。たとえば、トラブル発生時には関係各所に連絡するだけでよいにも関わらず、横のつながりがないため、どこに連絡したらよいのか理解していない人が多数いました。そこで、トラブル発生時の連絡網を明示、つまり『見える化』しました。こうした道筋をつけると皆が動きやすくなります。自分たちで動くようになったことでコミュニケーションが活性化され、日々発生する課題の解決もスムーズにいくようになりました」と語る。

「5.人材育成」を担当した吉田氏は、スキルマップで5年後になりたい姿を考えるという手法を取り入れた。その成果について「スキルマップを使うことで、どの方向にどう成長していくかを考え、自らを高めていくことへの意欲が芽生えたと感じています。また、さまざまな職場の人と一緒に課題を出し合うことで連帯感が生まれたことが、プロジェクト成功のカギになりました。やはり、こういった活動では、上層部だけではなく全体で盛り上がれるようにすることが大切だと感じました」と語る。

さらに、この活動を通じてリーダーが育ち、風土が変わったと吉田氏は言う。「人が育ってくれるのは、本当にうれしいですね。とくにリーダーたちの成長はめざましく、今も彼らが中心になって組織を引っ張ってくれています。そして、皆が物事を自分事(じぶんごと)として捉えるようになって、風土が確実に変わりました。まさに『変身への挑戦』への手応えを感じます」と喜びを語る。

土台はできた!いざ第二工場そして新しい未来へ

JMACの支援に関して「今井さんはとても精力的で、道筋をつけてうまく皆をまとめながら引っ張っていってくれました。そして何より、同じ目線で議論を進めてくれたところが良かったですね」と全員が声を揃える。巽氏は「話のストーリーも、ゴールまでどうつながっているのかがわかりやすく、説得力がありました。だから皆、迷うことなく引っ張っていってもらったんだと思いますね。当初はこの活動に抵抗感を持っていたメンバーが、今井さんの言葉を素直に受け入れて熱心に動き出したのを見たときには、やっぱりJMACにお願いして良かったと思いました」と語る。

今井は「池田模範堂の工場の方々は、真面目で良いと思ったことは我先に皆で盛り上がってやる気質があり、すでに一人ひとりの素材は揃っていました。JMACは、そこに少しのスパイスを加え、味を調えたに過ぎないのです」と、もともとのポテンシャルの高さを評価した。

現在、15年ぶりの新工場が建設中である。操業は2017年の予定だ。吉田氏は「今後ますます仕事は変わっていきますし、GMPのレベルアップも求められます。今回の活動を通じて、環境の変化に対応し続ける自信を持つことができました」と今回得た自信と今後への抱負について語る。「人の和」をベースに、社内全体の相互理解を深めつつ、会社の風土を変え、さらなる進化を遂げた池田模範堂。今もなお、「変身への挑戦」を続ける同社から生み出される商品が世に出る日が楽しみだ。

担当コンサルタントからの一言

「人の和」を職場全体に広げていく

「人の和」とは仲間の困りごとを解決することです。そのためには、仲間の話を聴くこと、仲間を知ることが重要です。池田模範堂さんでは、皆さんがこのことを理解してからプロジェクトが加速していきました。たとえば、先輩が後輩に作業を教えるときに、そこにやりがいやスキルを伝承できた喜びを感じるようになりました。一方で、後輩は教わることへの感謝や成長を実感できる喜びなどを味わうのです。こうして「ありがとうの輪」が、職場で部門を超えさらに工場全体へとどんどん広がっていったのです。

 今井一義(シニア・コンサルタント

※本稿は2015年8発行のBusiness Insights Vol.58 からの転載です。