お問い合わせ

生産現場の「ここが変だよ!」

第6回 順番が分かっていない改善活動

  • 生産・ものづくり
  • 生産現場の「ここが変だよ!」

有賀 真也

hendayo_6_top.jpg

改善効果が大きければ大きいほど、優先順位が高い?

 いざ「改善活動をスタートしよう」となった時に、みなさんの職場ではどのような考え方に基づいて活動の優先順位を決めるだろうか?コンサルティングの現場でよく聞かれるのは、「優先順位は各職場、各工程のロスの大きさ、言い換えると改善に取り組んだ時に見込める成果量で決めています」というコメントである。(ちなみにロスの測定手法に関して現場管理者の感覚で推測している会社もあれば、IEなどの技術を活用して定量的に測定している会社もあると思うが、本項では測定手法そのものを論点とはしない)。
※IE=Industrial Engineering(生産工学)

 確かに、ロスが大きければ大きい工程ほど、改善がうまくいったときの成果は大きくなり、得られる現場の達成感も大きい。しかし、改善活動において本当に大事なポイントは、<工場横断でのスループット(時間当たり処理量)を最大化すること>にある。その観点でいえば、各工程のロスの大きさそのものは、実は最優先すべきポイントではない。

 併せて、同質の問題を抱えている事例をもう一つ紹介する。実際に現場をまわっていると時折、工程間の仕掛品が数日分たまっている場面に出くわすことがある。理由を聞いてみると、「頑張って役員を説得してこの設備を導入したんです!すごい生産スピードでしょう!」と誇らしげに仕掛品が生じている理由を解説してくれるのだが、この事例も先ほどの優先順位付けの話と同様、スループットを考えていない誤った取り組みといえる。個別工程の生産能力をどれだけ引き上げたとしても、ボトルネックを超過した能力はムダにしかならない。それどころか、場合によっては不稼働在庫として廃棄になってしまう可能性さえある。こういった事例は、枚挙にいとまがない。

ボトルネック工程

「全体最適」を意図しない改善に取り組む現場

 先述したような「ロスの大きさで改善に取り組む優先順位を決めてしまう」現象、「各工程の能力バランスを崩してしまうような設備投資が行われる」現象が起きてしまうのはなぜなのか。その理由は、改善活動から「全体最適」の考えが抜け落ちてしまっていること、別の観点でいえば<全体最適を実現するための改善活動の体制作りができていないこと>が真っ先に挙げられる。すなわち、役割が職場もしくは工程単位で細分化され、図らずも個別最適が当たり前、「よそはよそ、うちはうち」の活動になってしまっているのである。

俯瞰的・横断的な改善活動で、全体最適を実現する

 この問題を解決するためのキーワードは「俯瞰」と「横断」である。「工場横断でのスループット最大化」を実現するためには、個別工程起点でものごとを考えるのではなく、工場の活動全体を俯瞰的に捉えることが必要となる。また、活動の枠組みとして、各工程横断で改善に取り組むことができる体制を、経営者と工場上位役職者が連携して構築することが重要である。

  まず第一歩として、俯瞰的視野を有する人材を育成することが必要である。遠回りに聞こえるかもしれないが、何事においても意識改革のともなわない活動は長続きしない。やや余談になるが、われわれコンサルタントがクライアントに向け改善指導する際に常に意識しているのは、「担当のコンサルタントが現場から抜けても活動を継続させられるか、そのための準備ができているか」である。本当に大事なのは、本を読んで実践を積めば体得できる改善技術ではなく、改善に取り組む方々の意識である、とこれまでのクライアント支援経験から強く感じている。コンサルタントの支援期間は有限であり、コンサルタントが抜けて元の状態に戻ってしまうのでは、何の意味もない。

 本育成においては、先述した全体最適の考え方を十全に落とし込むことに加え、管理技術としては先述したスループットの概念をその骨格に含むTOC(制約理論)の習得がもっとも有効である。TOCとは「企業の目的達成を阻害する制約条件(ボトルネック)を見つけ、全体最適の視点で集中的に素早くそれを改善し利益を確保する手法」である。

<TOCの基本的考え方>
① 各工程の能力ではなく、モノの流れ(スループット)をバランスさせること
② 非ボトルネック工程の稼働計画は、当該工程の能力ではなくボトルネック工程の状態で決まる
③ スループットを増やすことと、各工程の稼働率を上げることは、同じ意味ではない
④ ボトルネック工程の1時間の損失は全システムの1時間の損失に等しい
⑤ ボトルネック工程以外の工程で1時間節約しても蜃気楼に過ぎない
⑥ ボトルネックが、企業の生産性(スループット)と在庫の両方を決定する


 TOCのような技術的知見と全体最適の意識付けがあって初めて、個別最適改善から抜け出すことができる。

  もう一つのキーワードである<横断的な活動の実現>は、各職場の努力だけでは難しい。経営層ならびに工場の上位役職者が音頭を取ることが必要となる。加えて中立的な立場で活動を管理する事務局を設け、運営を担わせることで、個別最適への逆戻りを抑制することができる。

 ここまでに述べた俯瞰的・横断的活動の準備・仕組みづくりができれば、あとは全体最適の考え方に基づく優先順付けを行い、粛々と改善活動を進めていくのみである。

ボトルネックの改善

ここで改めて、改善のコツをまとめる。
1.改善活動に取り組む際は、常に「全体最適」を意識する
2.全体最適の改善活動の第一歩は人材育成から。俯瞰的視野を有する人材が、活動を活性化させる
3.優先的に習得すべき管理技術としてスループット最大化を骨格とするTOCが挙げられる
4.全体最適を意図した改善活動の推進体制構築時は、経営者と工場上位役職者が連携することが重要
5中立的な立場で活動を管理する事務局を設け、運営を担わせることで、個別最適への逆戻りを抑制することができる


 以上、本項では「俯瞰」と「横断」をキーとした改善活動の進め方を解説した。実際に取り組んでみると分かるが、個別最適を捨て全体最適を選ぶことは思いのほか難しい。各職場長は、どうしても自工程を優先に考えてしまうためである。しかし、だからこそ、全体最適を意図した取り組みは想像以上の効果を生むのである。活動事務局をうまく活用しながら、是非俯瞰的・横断的な改善の取り組みを行ってみて欲しい。制約条件を取り払い続ける改善こそが、最大成果創出のために最も効率的・効果的であると実感できるはずだ。

オピニオンから探す

研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜

  • 第30回 心理的安全性は待つものではなく、自ら獲得するもの

イノベーション人材開発のススメ

  • 第6回 イノベーション人材が育つ組織的条件とは
  • TCFDに基づく情報開示推進のポイント
  • オンラインサービスは新たなCXをもたらしたのか? オンラインサービス体験から見えた、メリットデメリット
  • 一人一人の「能率」を最大化させる、振り返りのマネジメント「YWT」のすすめ
  • 第5回(最終回) 全社員をデジタル人材に!
  • 第5回(最終回) 全社員をデジタル人材に!
  • 【業務マニュアル作成の手引き・後編】マニュアルが活用されるための環境づくり
  • 品質保証の「本質」を考える ~顧客がもつ、企業に対しての「当たり前」~

オピニオン一覧

コラムトップ