研究所にとって、良いテーマとはどんなテーマなのか
- R&D・技術戦略
- 人事制度・組織活性化
大崎 真奈美
テーマを探すことは難しいが、訓練できる
最近、企業の研究所から、「自ら研究テーマを設定することが難しい」という話をよく聞く。そのとおりである、研究テーマを見つけるのは難しい。大きなコンセプトはあるが、具体的にどこを目指したらいいのかわからない、という悩み。完全に自分で見つけて良いと言われているが、なにからやっていいのかわからない、という悩み。顧客要求には答えられるが顧客に提案できるようなテーマ設定ができない、という悩みを聞く。
話がそれるが、私は小学校5年生の時に、学校の先生に声をかけられ、夏休みに先生や仲間と一緒に自由研究に取り組むことになった。まず、テーマをどうするかということになり、虹はなぜ七色なのか、どういう条件なら石鹸の泡立ちがよくなるのかなどのテーマ案を持って行ったのだが、受理されない。今でもあの時の教員室に差し込む西日と先生の険しい顔は忘れられない。結果として、先生が設定したテーマで研究を行い、良い表彰もいただいたが、悔しさが残った。
また、私は学部の卒業論文も修士論文もテーマをいちから見つけないとならない研究室であった。卒業論文のテーマはもうこれ以上待てない、というタイミングまで悩みつづけ、ぎりぎりになって、「ゼミで一番疑問に思っていること」を取り上げた。修士論文は社会に出ることも見据え、この時も一番関心のある「技術者はどのような顧客理解をすると革新的なテーマに結びつくのか」を仮説検証した。さらに、JMACには研究会という仕組みがあるが、私は過去の経験的学習と先輩の指導から、ある程度研究したい課題やテーマを見つける、ということについては慣れてきているという実感もある。7年前から取り組んできた自分の研究テーマが、今まさにコンサルティングサービスに応用されようとしている実感もある。さらに「トレーニングすればテーマ設定の能力はあがる」という実感もある。
研究所が取り組むべきは、「できればすごいができっこない」と言われるテーマ
今、技術・開発部門の中でも、こと研究所のテーマ探索に期待されていることとして、3点の特徴がある。1つ目は、「圧倒的な水準」であることである。会社によって多少文脈は異なるが、既存の延長や他社と類似の研究をしていても、勝ち目もなければ価値もでない。また、経営から見ればリスクを負って投資をしているわけで、高い利益率も期待する。
2つ目は、「その水準を自分たちで設定する」ことである。そもそも企業経営においてその水準を誰が設定すべきなのか、は論点ではあるが、どの層・どの機能組織を見回してもできる人がほとんどいないのが現実である。私は、未来をつくるのは研究所であると思っているし、研究を継続的に行うためには自分自身の意志が重要で、その観点から、研究所が自らその水準を設定することは、現実的に理にかなっていると考えている。
3つ目は、研究・開発プロセスのどこかに「唯一のアプローチ」をとることである。いくら大志を描いていても、他社と同じ戦法をとっていては消耗戦になり高収益を見込めない。
たとえば、某化粧品メーカーでは、しわの世界では存在しなかった「医薬部外品」の認可を目標とし、「しわを防ぐ」ではなく「しわを改善する」に挑戦し、現在ヒット商品となっている。しわをなくすことはどの企業も競って取り組んでいた中での挑戦である。当時の開発秘話を読んだが、当時のリーダーの一人は、研究機関においても「そんなものはできっこない」と言われ続けたそうだ。
この3つの要素が含まれているかどうかが、中長期を見据えて大きなインパクトを残したい研究所のテーマとしてはポイントになる。総称すると、「できればすごいができっこない」というテーマではないだろうか。
圧倒的な水準とは、どう考えたらよいか
「健康になる」「きれいになる」「快適になる」など、目指す方向性は言葉になっていても、その程度が議論されていないケースがある。先ほどのしわ改善でいえば、一消費者の目線でいえば、「肌科学のエビデンスに基づいているから確かに良くなっていく」という信頼こそが価値のように思う。もちろんしわに対する効能は謳われているが、それは他社の商品も同様である。
つまり効能の差で勝負するのではなく「信頼性」という軸で勝負することで、「圧倒的な安心」という価値水準を実現した。あるいは、顧客視点に立つことで「圧倒的に速く」「圧倒的に安く」「圧倒的に手軽に」など市場に出すという観点もビジネスの点では重要である。(研究部門ではなく開発部門のタスクではないか、という議論はここではおいておく)
これらの実現においても、主流になっている技術方式ではない(できっこない、あるいは技術的には水準が低いと言われる)非常識な方法をとることによって実現している例も多くある。
たとえば、「圧倒的に健康」など、もともと訴求していた価値に枕詞をつけてみてもいいのだが、企業の研究所であれば「圧倒的に〇〇な健康」を考えることも選択肢に入れておいた方がいいかもしれない。なぜなら、その過程に顧客は何を望んでいるのかを自ら考えることにもなるし、その結果他社が着目していない機軸を見つけられる可能性も高まるからである。実際、研究成果で事業成果を収めたリーダーたちは、初めから事業化を目的にしている。
本質は思考法ではなく共感
とはいえ、他社が着目していない、となると、世の中にエビデンスがないため「できっこない」「うれっこない」の逆風にさらされる。実際に、どの研究開発事例を見ても、意志の強いリーダーをもってして長い期間がかかる。よって、「圧倒的に〇〇」というコンセプトを立てるにしても、相応の覚悟や思い入れ、自分個人とのつながりが必要である。「圧倒的に〇〇」を考えること自体は短時間のワークショップでもできるかもしれない。
しかし、その実現に向かうことを前提とすると、どのような社会を作りたいと思うのか、という研究者のセンスを磨くことから始まると考えている。サイエンスだけではなく社会にも目をむけ、顧客や消費者に意識を向け、その結果として「圧倒的に〇〇」が生み出されていくものだととらえてほしい。
研究所が取り組むテーマは、「できればすごいができっこない」と言われるような「圧倒的な〇○」テーマであり、それを生み出すには、研究者自身の社会や消費者への共感力を高めていき、自分はどんな世の中をつくりたいのか、自分とのつながりを見つけることが大事であることを伝えた。研究者自身のセンスを磨くのは時間を要するが、いつでもどこでもできるというメリットがある。ぜひ今日から、自分自身でも考えてみてほしいし、習慣的にメンバー同士で語り合いを続けてほしいと思う。
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