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株式会社片浜屋

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働き手不足が加速している近年、多くの従業員を擁する従来型のビジネスモデルは継続しにくくなっている。宮城県気仙沼市のスーパー片浜屋も、数年前から採用難と人手不足に悩んでいた。そこで2016年、片浜屋は経済産業省の「小売業生産性向上事業」に応募・参加し、少子高齢化時代の生き残りを賭けた挑戦に踏み出した。「少ない人員で業務を回せる仕組みづくり」を目指しながら、その先に見据えていた「小売業の新しい形」とは何か。地方だけではない、国全体が抱える少子高齢化問題を解決するヒントがここにある。株式会社片浜屋 代表取締役社長 小野寺洋氏に、震災を乗り越えて今回の活動へ取り組んだ想い、今後の展望などを伺った。 =

被災した翌日も休まず営業 「食」と「心」を支え続けた日々  

もし自分が大規模災害の被災者になったら、まず必要なものは何か? その1つに、食料品をあげることができるであろう。  

2011年3月11日の東日本大震災で、気仙沼市は津波や建物倒壊など大きな被害を受けた。その中で、地元のスーパー片浜屋も店舗が被災したものの、翌日も休まず店頭販売を続けた。「あのときに強く実感したのは、食という地域のライフラインを守ることの大切さでした」と語るのは、片浜屋の代表取締役社長である小野寺洋氏だ。  

気仙沼は三陸の海に面し、親潮・黒潮が交わる世界有数の豊かな漁場を有する国内屈指の漁港として栄えてきた。しかし、その風景は震災で一変した。  

小野寺氏はこう語る。「水産業関連で雇用の6割を占めるなど、気仙沼市はまさに水産業の町でした。しかし、震災で大きなダメージを受け、今もまだ元どおりにはなっていません。7万4000人いた人口も、1割以上も減って6万6000人になりました」。復旧・復興率についても、「漁船数こそ震災前の9割と比較的戻ってきていますが、港湾の再築率は6年経ってもいまだ7割です。水産加工業の回復率は3割で売上げは半減、ワカメ・カキなどの養殖業も、950ほどあった経営体は3割以上が廃業し、売上げにも大きく影響しました」と説明する。  

片浜屋における津波被害も甚大で、本社家屋は流失し、所有する3店舗のうち1店舗に床上2メートルの浸水があった。幸いにも従業員は全員無事だったが、設備は海水で全滅し、床には重油混じりの重く、強烈な臭いの泥が堆積したという。  

「従業員が泥まみれになりながら一生懸命片づけてくれて、店舗は2ヵ月後の5月には復旧することができました。本社家屋も同年11月、内陸に移転・新築して今に至ります。ショーケースの取引先やスーパーの業界団体なども、ビジネスを超えた強力なバックアップをしてくださり、それにもずいぶん助けられました」  

冒頭でも述べたように、こうした中でも従業員は自ら被災しながらも翌日には営業を再開した。地域の人々は、なじみのあるいつものスーパーで買い物をし、近所の人たちと顔を会わせて会話できたことがどれほど心強かったことか。食に加え、心の支えになったという意味でも、スーパー片浜屋は地域のライフラインとして大きな役割を担ってきたのである。

vol65_03_onodera.png代表取締役社長 小野寺洋氏

「最少人員で業務を回す」仕組みで慢性的な人手不足を解消する  

株式会社片浜屋は、宮城県気仙沼市で「スーパー片浜屋」を3店舗展開する地元密着型の企業である。創業は1937年(昭和12年)とその歴史は古く、スーパーマーケットを始めて50年、前身の乾物屋の時代から数えると80年もの間、気仙沼で商いを続けてきた。  

小野寺氏は震災の2ヵ月後、2011年5月に代表取締役社長に就任したが、そのころから人材不足に悩み続けてきたという。「今、深刻な人手不足が全国で騒がれていますが、この地域は震災の影響もあり、5、6年前から採用難や人手不足に苦しんできました。当社で募集しても応募すらない状況で、いつもぎりぎりの人数で業務を回しています。そうした中では1人でも欠けると部門の運営が滞り、お客様へのサービスレベルも下げざるを得なくなってしまう。今のままではいつか、店舗の運営さえもままならないという危機感がありました」と当時の心境を明かす。  

こうした中、「一刻も早く『少ない人員で業務を回せる仕組みづくり』を行い、スタッフ一人ひとりの負担を減らすことが最重要の経営課題である」と考えた小野寺氏は、この課題を解決すべく、経済産業省の「小売業生産性向上事業」に応募・参加することを決めた。そして今回、経産省の委託を受け活動を支援したのがJMACである。  こうして2016年9月、片浜屋はJMACをパートナーとして、生産性向上に向けた活動をスタートさした。

現状把握こそが課題解決の近道 「なぜそうなるのか」を解明する  

スーパーには、青果・精肉・鮮魚・レジなどの部門があり、商品が消費者の手元に届くまでには、発注や配送、バックヤード業務、陳列・補充・整備、レジなど、いくつもの作業が発生する。今回の取組みでは、とくに人材が不足している「バックヤード業務」の効率化に向けて課題を明らかにし、いくつかの具体策をトライアルで進めていった。  

支援はJMACのコンサルタント数名で行ったが、代表を務めたチーフ・コンサルタントの角田賢司は、当初の様子をこう振り返る。「初めて店舗を訪れたときに感じたのは、『一人ひとりに過剰な負担がかかっている』ということです。みなさん、とても前向きに一生懸命働かれているのですが、もはや一人のがんばりだけでは耐えきれないところまできていました」  

そこで、まず行ったのは現場の作業実態をつかむ「現状把握」だ。日々現場で起きていることが「どういう理由で」「どのくらい」出ているのかを終日観測する。このとき、店舗全体の効率化を図るため、バックヤード業務だけではなく売り場業務の観測も行った。  

小野寺氏は、「一緒に取り組んでいく中で、ものごとの改善には『現状把握』がいかに大切かを改めて認識した」と語る。今回は国の補助事業のため、短期間でという厳しい条件下での活動であった。小野寺氏はその点にも触れ、「短期間ということもあり、JMACには8割超もの時間を『現状把握』に割いていただいたのではないでしょうか。『改革のプロも、ここまで重視するのか』と驚くと同時に、自分自身はその大切さを認識してはいたものの、果たしてそこまで重視していただろうか、と反省もしました」と語る。また、「現地調査の回数は必ずしも多くなかったかと思います。その中で各スタッフへの聞き取り調査や作業の実測などを行ったのですが、短い時間の中でも集中的・科学的に行えば、ここまで正確に実態を把握できるということにも驚きました。スタッフもみな、『今まで気づかなかった』『勉強になった』とかなり好意的に受けとめています」と述べる。  

コンサルタントの角田は「われわれは、しっかりと現状把握したうえで店舗の方とそれを共有し、両者の思いが一致する方向性を打ち出せてこそ活動の意味があると考えています。活発なコミュニケーションをとりながら密度の濃い活動ができたのは、小野寺社長をはじめ、店舗のみなさまの熱意があったからにほかなりません」と語る。

抜本改革で生き残れ! 必要なのはコスト投入の「覚悟」  

この事業におけるJMACの支援は、2017年1月にいったん終了した。約4か月という限られた時間の中ではあったが、品出しに使うカートの積載量をアップして、バックヤードと売り場の往復回数を25%削減するなど、一定の成果を得ることができた。小野寺氏は、「JMACには、さまざまな面で改善の提案をしていただき、スタッフ1人当たりの作業負担が大きく軽減した」と評価する。  

しかし一方で、「まだまだ少ない人員で業務を回せるところまではいっていない」と述べる。スーパーマーケット業界はその長い歴史の中で、科学的手法を用いて常に運営方法を改善し、作業効率を向上してきた。ゆえに「その中でさらなる効率化を図り、少ない人員で業務を回す仕組みをつくり上げていくことは容易ではない」と改めて感じたという。

そして、その実現のためには「マンパワーによる作業効率の改善だけではなく、ICT(情報通信&コミュニケーション技術)を活用することが重要である」とし、「自動発注やセミセルフレジなどのシステムを最大限活用し、効率的な運用を追求して初めて最少人員で業務を回せる仕組みづくりができると考えています。当社でもすでに利用していますが、まだ活用しきれていません。これからは『ICTを使ってどこまで効率化できるか』を考えていきたい」と述べる。

今後はバックヤード業務を集約化して、マンパワーとシステムの相乗効果をねらう構想もあるといい、「将来的には、店舗ごとに行っている商品製造を1ヵ所に集約化したいと考えています。そうすれば、まとめ生産が可能となり生産性が向上するほか、ミートスライサーなどの自動化設備への投資も1つ分ですむため、メリットも大きい。この場合、各店舗への効率的な配送方法についても併せて考えていく必要がありますが、突き詰めて工夫していけば必ず結果を出せると考えています」と述べる。

そして、この活動を通して一番変わったのは、自身の「覚悟」の持ち方であったかもしれないとも語る。「これらを実現するためには、手間とコストがかかることでしょう。われわれ中小企業にとっては大掛かりな改善ではありますが、今後を見据えて結果を出していくためには、覚悟を決めて取り組むべきであると強く感じています」


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▲スーパー片浜屋(古町店)の従業員のみなさん。 震災の被害を乗り越え、全員一丸となって生産性向上活動に取り組んだ。小野寺社長とともに、新しい時代のスーパーマーケットづくりに励んでいる。

脱・小売業の常識 「多能化」で従業員に連休を  

片浜屋は引き続き、今回の活動の定着と次なる課題への対応を進めていく方針である。その中で、「従業員の満足度向上」にも取り組む姿勢だ。「われわれの業界では、今までは繁忙期にあたるゴールデンウィークやお盆、年末年始は休めない、というのが当たり前でした。しかし、これからは年に何回かでもいいから、まとめて休みをとらせてあげたい。こうした部分の改善や、従業員の満足度向上への取組みも並行して本気で行う必要があると思っています」と、これまでの小売業の常識にとらわれず、ワーク・ライフ・バランスの実現にも注力していく。  

スーパーのような形態では、とくに部門ごとに専任化していることが多いが、この点についてコンサルタントの角田は、「1人の従業員が複数部門の仕事をできるようになれば、他部門が忙しい時間帯にヘルプに入ったり、休みをとった人の代わりができたりするため、連休取得にも一歩近づくのではないでしょうか」と述べる。

小野寺氏は、「複数部門の仕事をできる人がいると、だいぶん違ってくると思います。ぜひそれは取り入れたいですね。ただ、長く専任で仕事をしてきたベテラン層にとってはハードルが高いと思うので、まずは新人の段階からそういった形の育成をして、徐々にベテラン層にも広げていきたいと考えています」と、状況を見極めながら、しかし積極的に進めていきたいと語る。

「食のライフライン」としての使命 「独自戦略」で時代の要請に応える  

片浜屋は平成29年度、宮城県名取市に新店舗をオープンする予定だ。実に20年ぶりの新規出店であり、他の地域への出店はこれが初めてとなる。オープン前の人材募集は、既存店舗の募集とともに片浜屋のホームページで積極的に行われている。各部門の仕事内容と先輩の声を写真入りで紹介しており、入社後にどのような職場で働くのかが非常にイメージしやすい。小野寺氏も「一緒に当社の未来を切り開いていきましょう!」という力強いメッセージを寄せている。 

働き手不足はこれからも課題として残り続けるはずであるという小野寺氏は、「『人が来ない、来ない』と嘆くだけでは、事態は好転しません。限られたリソースを活用し、積極的に新しい形を探求していきたい」と述べる。

今後の展望については、
①人員不足への早急な対応
②従業員の満足度向上
③地域のライフラインとしての役割の強化
という3点に重点を置くと語り、「まず、先ほどからお話ししているとおり、当社にとっては人員不足への対応が現在の最重要課題の1つですから、引き続き、早期改善に向けて注力していきたいと考えています。また、『最少人員で業務を回せるようになりました』というだけではなく、従業員の満足度向上も同時に目指し、働き方改革につなげていきたい」と話す。  

さらに、「今、労働集約型の産業は人件費をはじめ、さまざまなコストが上昇しています。少子高齢化の進行が速い地方では、商売の環境はますます厳しくなっていくでしょうし、われわれのような中小企業には遅かれ早かれ限界が訪れると予想しています」と述べたうえで、「震災のときにも強く実感しましたが、『食』という地域のライフラインを守るためにも、 そういった時代に対応できるわれわれ独自のスーパーマーケットの形を生み出せるよう、危機感を持って活動を続けていきたいと考えています」と今後の抱負を語る。  

少子高齢化時代に向けた独自戦略を進め、食のライフラインとしての役割を全うしていきたいと熱く語る小野寺氏。気仙沼発のこの取組みは、日本の未来予想図を描くうえで、大きなヒントになるに違いない。

担当コンサルタントからの一言

活力ある店舗づくりには生産性向上活動が有効

人の生産性を向上させるには作業を変え、現場を変え、人の意識を変えることが大切だと考えます。現場に浸透しない付け焼刃の改善は成果が出ず、すぐに元に戻ります。社長の想いである食のライフラインを守り抜き、地方の活力を生み出すスーパーになるためにも、現場を見て現場の人と討議し、現場の人が納得する改善を進めてほしいと思います。人口が減少し、環境はますます厳しくなります。店舗が変化しなければ生き残れません。変化を起こすのは働いている人です。従業員の気持ちを変え、行動を変え続ける取組みを続けることで、活力ある店舗づくりを続けてほしいと思います。

チーフ・コンサルタント 角田 賢司

※本稿はBusiness Insights Vol.65からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。

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