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研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜

第25回 “不確実性”を前提としたプロジェクトマネジメントをすべし

  • R&D・技術戦略
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塚松 一也

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研究・開発プロジェクトの“不確実性”

 研究開発プロジェクトの“不確実性”は多岐にわたるが、大きく分けると次の3つがある。

① 技術の不確実性
 そもそも新たな研究とは、既存の理論では説明できなかったことを説明できる新しい法則を見つけ出すことである。何回繰り返せば終わるのか「神のみぞ知る」試行錯誤を、なにかを見出すまで辛抱強く続けるようなタイプの研究もよくある。そして残念ながら、結局なにも見つからないこともある。

 また基礎研究は、将来の活用用途が必ずしもわからない中で研究を始め、徐々にその技術分野の全体像・技術のポテンシャル・応用先・活用イメージ・用途が見えてくる。研究を進めながら出口を見つけようという、ある種のムービングターゲット的な側面もある。

 加えて、ある機能を実現する技術方式が複数ある場合、将来的にどの技術が主流になるのかもわからない。ある技術方式を研究し開発できたとしても、商品に採用されなかったということは、数えるときりがない。

② 顧客ニーズの不確実性
 将来顧客がどのような商品を望むのか、研究が生み出した技術によって実現できる機能に対してどの程度の対価を支払うようになるのかは、予測しにくい。ある技術を生み出して商品化できそうなところまで進めることができたとしても、顧客が望む価格で商品をつくることができそうもないために、研究成果が経済的な効果に至らないことも珍しくない。

③ 競争環境の不確実性
 競争相手が、どのような戦略・どのような商品・どの程度の資源配分・どの時期・どのようなビジネスモデルで市場に参入するのかは、わからないものである。
 例えば、今後成長が見込める有望市場には多くの企業が参入してくる可能性が高いため、読みどおりに市場全体が成長したとしても過当競争が起こって収益的には魅力のない市場になってしまう可能性がある。自分たちが見つけた新市場・新商品だったのに、参入プレイヤーが多くなってしまい、過当競争下では魅力がないと判断され、その分野の開発(およびそのための研究)が取りやめになることもよくある話である。

技術の不確実性(自然科学の不確実性)を前提にしたプロジェクトマネジメント

 研究開発のプロジェクトが対峙せざるをえない“不確実性”は、上記の3つである。

 顧客ニーズ(市場)の不確実や、競争環境の不確実性は、大きくいえば人間の営みの複雑性に起因するものだが、技術の不確実性(自然科学の不確実性)はまさに「神のみぞ知る」の世界である。技術の不確実性とは「こういうやり方をすれば、このぐらいの期間で、こんな結果が生み出せるのではないか」という当初の技術的な仮説が間違っている可能性がある。「筋が悪い」という言葉もあるように、やり始めてみたら「なにか違うな」と感じることはよくある。研究のスタート時点では、その旅がどうなるのかは、文字通り「神のみぞ知る」。

「やってみないことにはわからない」と言うと、研究投資をする経営トップの人から怒られそうな気もするが、研究プロジェクトの何割かはそういう性質を有するものだ。また、研究を進めながら、出口を探しながら前に進めていくようなプロジェクトもある。 神の御加護によってすべてが望みどおりにいくことはない。研究所メンバーは、すべてのくじ引きで「当たり」を引くというようなウルトラ強運の持ち主だらけということもない。

 この現実を直視するならば、研究のプロジェクトマネジメントは次のように考えるべきだろう。 「すべて自分たちが思うとおりにいくわけではない。ベストシナリオ以外のルートを取らざるをえないこともある」を前提に、研究プロジェクトマネジメントを考えるべきである。そうであるならば、研究プロジェクトの計画を立てる際には、ベストシナリオ以外の可能性のあるルートを描いておき、上司を含め関係者で認識を合わせておくことが、極めて有効である。

研究プロジェクトのさまざまなシナリオ

 上図は、食品系の研究プロジェクトを例に複数のルートを表したもの(架空の話)である。一番ハッピーなのは、一番上のルートをたどって「特保素材として開発に引き渡し」ができる技術を生み出せることだが、それは“希望”であって、実際には違うルートで違うゴールにたどり着く、あるいはゴールにたどり着けずに終了ということもありえる。大まかにどのようなルートをたどる可能性がありうるのかを、枝分かれ線として表現して共有するひと手間をかけることが有効である。

 ただ、実際には、うまくいくルートだけで計画が立てられていて、図の点線より下の部分は研究担当者の頭の中で“暗算”されているだけのことが多い。また、上位管理職も、最初にベストルートだけしか説明をうけていないため、進捗確認の場で「研究が遅れている」「ゴールがコロコロ変わる」というような不満・不信を、プロジェクトに対して抱いてしまうこともよくある。それらを避けるために、研究プロジェクトが取りうるルート全体像を共有化しながらプロジェクトを進めていくことが有効である。このルート全体を共有する手間は、かけた以上のメリットを、研究プロジェクトにもたらしてくれるものだ。

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