日本ペイントホールディングス株式会社

洋式塗料国産化の草分けである日本ペイントホールディングス株式会社は、創業からのチャレンジ精神を脈々と受け継いできた。しかし、塗料の特性からお客様の要望に応える意識が徐々に強くなり、そこに危機感を感じていた工業用塗料事業本部(現:日本ペイント・インダストリアルコーティングス) FP部 部長 山本 明氏は、従来と違った視点で新規事業を考える人材の強化に動き出した。その活動の背景や思い、メンバーの成長、今後の方向性についてお伺いした。

日本ペイントの歴史は日本の洋式塗料の歴史

日本における洋式塗料の歴史は、日本ペイントホールディングス株式会社(以下日本ペイント)の前身である光明社の設立に始まる。それまで輸入に頼っていた塗料を、茂木 春太、重次郎の兄弟が初めて亜鉛華の製造から固練り塗料の国産化に成功し、1881 年(明治14 年)塗料会社が誕生したのである。1897 年(明治30 年)には「亜鉛華製法」の特許を取得、1898 年(明治31 年)日本ペイント製造株式会社として改組し、日本初の塗料工業会社として新たなスタートを切った。1927 年(昭和2 年)から現社名へと改称し、今年で創業134 年を迎える歴史を積み重ねた企業である。

創業からのDNA を引き継ぎ、研究開発、技術の蓄積に努めてきた同社は、塗料の用途を、自動車、工業用、船舶用から、道路や家庭用にまで範囲を広げてきた。さらに現在では、塗料技術の応用から表面処理の付加価値を追求して、ファインケミカル、エレクトロニクスなどの新規分野にも積極的に参入し、日本で唯一、塗料と表面処理をワンストップで提供できる総合塗料メーカーとして、さらなる多角化を推進している。

今までのやり方では限界が見えてきた

paint_yamamoto.jpg長年培ってきた技術力を、新規事業へと結び付ける開拓やチャレンジを続けてきた同社だが、被塗物、いわゆる塗られる"物"があって初めて活きるという塗料の特性から、お客様の要望に応える開発が多くなり、受け身の感覚が強くなってきていたと語るのは、工業用塗料事業本部 FP部 部長 山本 明氏だ。山本氏は「当社は他の塗料メーカーに比べて、新規事業開拓へのチャレンジには歴史があると思っています。また、1970 年代からオイルショック前後も含めて、一般の塗料ではない領域に我々の技術を活かしていこうという流れがあり、その流れは今も脈々と受け継がれています。その一方で、私は入社以来ずっと新規の開拓を担う組織におりますが、次の新たな商品がなかなか生み出せないというジレンマも抱えています。今までの延長線上の考え方やアプローチでは限界がくると感じており、やがて頭打ちになるのではないかという危機感を持っていました」と語る。

日本の経済が順調に伸び、新しい産業が次々と台頭してくる時代には、新たなチャレンジの場が自然に生まれていた。このような時代ならば、今までの取り組みをベースにした材料開発、チャレンジのあり方でも一定の成果を出すことができた。しかし、市場や経済が成熟化し方向性が見えづらくなる中、従来の発想や進め方を続けていては近い将来限界がくるだろう。山本氏の危機感のベースにはこうした時代背景があった。

山本氏はこの課題にどんな長期視点で取り組めば良いのか悩み、様々なセミナーに参加して模索する日々が続いた。併せて戦略企画部門と共に、複数のコンサルティング会社の提案から、自分たちに合った方法を熟考し、準備も進めていた。最終的にJMAC の「未来構想」という考え方をベースに実践研修形式で進めるということが決まったのは2013 年6 月だった。

限界の壁をどう乗り越えるか!

従来の商品開発においては、現在の商品に対する不満や改善要望といった顧客の声を元にしたテーマに偏りがちで、どうしても今の延長線になってしまい、姿勢も"受け身"になりがちだ。現状の延長線ではなく、飛躍(ストレッチ)した未来を描き、飛躍した未来のお客様は誰なのか、どのようなシーンなのかをイメージアップするのが「未来構想」という考え方だ。

山本氏は「目の前にある開発、製品をいかに作り上げていくかということも大切ですが、一度、将来どうあるべきか、という一歩高い視点から思考した上で、現在の製品開発を考えていくことが必要だと考えました。我々が新たな材料を提案することで、最終的な商品の未来を変えていくような、そんな提案型の製品開発に変えていきたいという思いがありました」と語る。今までの「潜在ニーズの先取り」から「潜在ニーズの提案」へと風土を変えていきたいという思いが込められていた。

paint_komori.jpg企画段階からメンバーに加わった、工業用塗料事業本部 FP部 課長 古森 秀樹氏は、「新しい分野を開拓したいという気持ちは私自身も持っていました。ただ、塗料という限られた範囲の中で、他社も同じように取り組んでいます。その中で我々だけが抜きん出るということはなかなか難しい、そんな行き詰まりも感じていました。今回の活動は、その壁をどう打破していくのかを考える良いきっかけになると思いました」と振り返る。

発想の自由度や、バイタリティを持ったメンバーに集まってほしいという思いの山本氏だが、何よりも自主性が必要と感じ、手挙げ方式でメンバーの多くを募った。研修には9 人のメンバーが集まり、5 回の座学とディスカッションを中心に、最後に発表の場を設けるというゴールも設定し、「未来構想&マスタープラン作成」実践活動は2013 年8 月からスタートした。

今回の活動を支援したチーフ・コンサルタントの山中淳一は「最初は皆さんこういった活動に慣れていないこともあり、不安でいっぱいの雰囲気でした。ただ、参加に自主性を重んじられたこともあって、『何か持って帰ろう』という意欲の強さを感じました」と当初の印象を語る。

"きつい"でもこの活動を利用しよう

paint_hayashi.jpgこの研修の参加者のひとり、事業開発プロジェクトリーダー 林 泰弘氏は「私は2013 年4 月にFP部に異動してきました。それまで商品開発や技術開発といった技術畑で、新たな事業を生み出すことに携わってこなかったため、全く自分の型がない中もがき苦しんでいました。
業務も忙しい中での研修は負荷を感じましたが、それよりも新たな自分の一面を引き出せる場はプラスになるだろうと思い、むしろこの機会を積極的に利用してみようと決意して参加しました」と振り返る。

また、事業開発プロジェクト 空間デザインチーム アシスタントマネージャー 藤田 恭子氏は「私も異動してきて1年目で、それまで人事部、労働組合といった事務方を担当してきましたので、マーケティングもわからない状況でした。
その中で事業を提案していくためには、走りながら勉強していかなくてはならないと悩んでいる中、今回の研修の話を聞きました。すぐに是非やらせてほしいと手を挙げました」と語る。

paint_fujita.jpg自身を高めようとする意識を持ったメンバーであったが、"ストレッチした未来"を生み出すことは予想以上にきつい作業だったという。林氏は「これまで経験していた研修は座学で教えてもらう場でした。今回の活動は、最初にとにかくアイデアを出し、ひたすら発散し続ける場でした。アイデア1000 個を出すことが宿題になり、明け方まで考え続ける日々が続いて、とにかくしんどかった。しかし、自ら手を動かし、説明して、メンバーからも様々な意見を貰ってまた考えるという場にいられたことは、とても自分にとってプラスになりました」という。林氏は、現在もフォーマットの一つである「仮想カタログ」を使用し、自分の頭の整理、未来の顧客への価値が不足している点をしっかり見直す機会に役立てている。

藤田氏も「研修中は辛かったですね。まず考える癖付けができていなくて、自分でもアイデアの真価を問いますし、ディスカッションでもメンバーから切り込まれます。目の前の問題に向き合わざるを得ない状況でした。これほど、塗料の価値は何なのか、どうすれば塗料の価値を上げていくことができるのか考えたことはありませんでした」と話す。

メンバーに個性と主張が出てきた

山中は「通常の研修ではインプットだけになりがちですが、今回は実践研修ですので、とにかく一人ひとりにとことん考えてもらうこと、そして、チームで議論し考えるという2つの考えるを大切にしました。その中では『仮想カタログ』を作成することでディティールまで描き、詳細のつじつまを検証すること、また顧客の力も借りて価値を検証する巻き込みも大切にしました」とその意図を語る。

古森氏は「『仮想カタログ』を作りましょうという課題だと、こなすための『仮想カタログ』を作る受け身になりがちです。今回は始めにアイデアを出しましょう、次に1000 個のアイデアを出しましょうというスタイルでした。すると面白いことにその人のやりたいことが出てきて、個性をうまく引き出せる形になったと感じました。今年は新たなメンバーで自走していますが、ディスカッションをしている時には事業化に近そうだと考えているアイデアでも、いざ仮想カタログという一枚の絵にしてみると、足りない要素が多数出てくるのです。事業化には何が必要なのか、障壁は何か、どう乗り越えなければならないかまで広く深く考えることで、非常にスキルアップができたと思っています」と考え抜くことの重要性を感じている。

メンバーの変化を感じている山本氏は「メンバーは自分なりに考え抜いたアイデアを出してきますが、まだまだ荒削りですのでダメ出しをする場面もあります。なぜダメなのか、こんな風にアレンジしたら良いのではないか、外部のこんな意見もある、と検証もしてきます。自分の意見を主張できるようになったことは、今までにない大きな変化です。またリーダー層も、自らが生み出す苦労を経験していますので、従来と違う目線で指導ができていると変化を感じています」とメンバーが自信を付けたこと、その成長が何よりも成果だという。

人の成長が新しいものを生み出す原動力になる

JMAC の指導に関してメンバーは、「議論の場ではじっくりと自分たちの中にあるものを引き出してもらえたと思います。併せて、毎回出る宿題に対して私たちが提出した資料に、メールで丁寧に答えていただき大変参考になりました」と声を揃える。

山本氏は「我々は、被塗物があって初めて活きる塗料の特性から、いつの間にかお客様に応えようという意識が強くなり、新しいものを生み出す土壌が衰えてきていたのだと思います。新しいものを生み出すことは難しい挑戦ですが、あえてそこに挑んでいます。山中さんには、資料のまとめ方、情報の取り方、整理の仕方など、基本的なところから丁寧に教えていただきました。1年目は考え方・進め方を一度詰め込んで、今はそれを消化して血肉にしている段階だと思っています」と活動を継続させることで本物の風土になると語る。

そして「これからは、知恵で戦っていかなくてはならない時代、今までと違う視点、違う知恵の出し方が求められると思います。その知恵をお客様にも提供しながら次を作っていく、それは簡単なことではありませんが、挑戦し続けていきたいと思っています」と未来を見据える。

そのような取り組みの一つが内装の塗料化という提案だ。実は日本には戦後に培われた壁紙文化がある。これは、早く家を建てるため、簡単に短時間で貼れる壁紙を使用する日本独自の住宅文化だ。藤田氏は現在ROOMBLOOM というブランドに携わり、今回の取り組みの経験も踏まえ、新たな選択肢や豊かな生活の提案をすることで文化の創造に取り組んでいる。

業界のリーディングカンパニーとして業界を牽引してきた同社は、2014 年10 月から、日本ペイントホールディングスに商号を変更し、日本のパイオニアから世界の日本ペイントになろうと新たな挑戦を始めている。

担当コンサルタントからの一言

自分事化をとおして"壁"を突破する

「未来構想」手法は、"壁"を突破する有効なアプローチです。ここでは手法を使う側の人に目を向けて補足をします。今回の活動では、テーマ発案者、討議メンバーともに「製品・サービスを使う人の側」に立って真摯に考えることを大切にしました。新たな製品・サービスを検討する場面では、ややもすると独りよがりに、また、他人事になりがちです。テーマを「自分事」として考え、誰が(who)、なぜ(why)、何を(what)、どのように(how)をセットで考えることが必要です。

山中淳一(チーフ・コンサルタント)

※本稿はBusiness Insights Vol.57 からの転載です。