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未来志向のアイデアでオンリーワンの技術創出を目指す

 新規事業の企画は千三つ(せんみつ)である――千のうち三つしか成功しないとも言われるこの世界に、挑戦し続ける研究者たちがいる。東芝テックの「未来Create活動」のメンバーたちだ。数限りないアイデアを出し続けるために、彼らが選択した方法とは。そして、新規事業の企画に挑戦し続ける中で、どのようにしてモチベーションを保ち続けてきたのか。活動で培ったスキルと信念を糧に、新たに目指す境地とは。今回、活用した5つのアプローチの事例を交えながら、活動の軌跡と今後の展望を伺った。

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商品・技術戦略企画部リサーチ&デベロップメントセンター センター長附
菅野 浩樹 氏

未来Create活動で 「第3の事業の軸」をつくる

 東芝テックは1950年(昭和25年)、当時の東京芝浦電気株式会社(現・株式会社東芝)から分離独立し、当初は蛍光灯、和文タイプライタが主要事業であった。現在はPOS(販売時点情報管理)システムを中心として流通小売業向けソリューションを扱うリテール事業と、デジタル複合機など主にオフィス向けソリューションを扱うプリンティング事業の2つを柱とし、オートID(自動認識)やインクジェットヘッドも含め国内外で広く展開している。

 POSシステムは国内ではTECブランドとして知られ、国内・海外ともにシェアNo.1を誇るが、最近とくに成長しているのはセルフレジだ。2017年に衣料品店向けに開発した「RFID読取りセルフレジ」は、その革新的な技術が話題を呼んだ。従前のセルフレジでは客が自分でバーコードをスキャンする必要があったが、このセルフレジではその必要がない。無線の「RFIDタグ」ですべてを一括でスキャンできるため、買い物かご内の複数商品を自動でスキャンしてくれる。繁忙時のレジ待ち時間の短縮と店舗内の回転率向上が期待できるこの新技術は、リテール事業(セルフレジ)にRFIDの自動認識技術を応用したソリューション提供だ。

 こうした先駆的な開発を進めながらも、同社は近年の急激な事業環境の変化に危機感を募らせている。リテール事業ではタブレット端末の普及でPOS端末が減少しつつあり、プリンティング事業ではペーパレス化が進むなど、事業の市場成長が鈍化しており、もはや安泰ではいられないという状況にある。

 こうした背景をもとに始まったのが、今回の「未来Create活動」だ。この状況に危機感を抱いた研究者たちが、新規事業の創出を目指して2011年に立ち上げた。活動を主導してきた菅野浩樹氏(商品・技術戦略企画部 リサーチ&デベロップメントセンター センター長附)は、当時の想いをこう語る。「2つの主要事業の市場成長が鈍化する中で、事業を成長させるために研究所ができることは何か。それは技術を核にした新規事業や商品の創出ではないかということで、既存事業にとらわれない新たな『第3の事業の軸』をつくりたいと考えたのです」

ポリシーは「起業家マインド」 つねに未来を考え続ける

 未来Create活動には、実業務の研究開発と並行して全員参画で取り組んでいる。ポリシーは「起業家マインド」。起業家は24時間アイデアを探し続けているとも言われるが、なぜ研究者が、そして全員が「起業家マインド」を持つべきなのか。菅野氏は「やはり、『研究者がいつも未来を考えている』ことは非常に大切です。だからといって、机の前に座ってウンウンと唸っていればアイデアが出てくるというものでもない。頭の片隅でつねにこの活動のことを意識していれば、日常のふとしたことがアイデアにつながる可能性もある。そういうこともあって、『全員で起業家マインドを持って取り組みましょう』と掲げています」と説明する。

 それでは、実際の活動はどのように進めたのか。活動当初はとくに何かの手法は取り入れず、皆で集まっていろいろとアイデアを出し合っていたが、「次第に新しいアイデアが出なくなり、方法を工夫しようといろいろな取組みを始めた」(菅野氏)という。その後は毎年アプローチを変えながら、合計5つのアプローチ(右図)を活用して新規事業企画に取り組んできた。

 1つ目の①「メガトレンド起点」のアプローチでは、自社以外の成長事業領域(食料・エネルギー・医療・教育)も対象にしてそのトレンドを調査し、それをヒントに研究テーマを探索した。2つ目の②「未来洞察(スキャニング手法)」では、インパクトが強いニュース情報を収集し、そこから将来の社会変化を予測してアイデアを出していった。これら最初の2つは社内メンバーのみで取り組んだが、研究テーマの創出にはつながらなかったという。  

 新たなアプローチを模索していた菅野氏に転機が訪れたのは、2014年7月のことだった。参加した「新規事業を継続して創出できる研究所への変革セミナー」(JMAC主催)の中で、従来取り組んでこなかった「社外有望技術起点の新規事業企画アプローチ」が紹介されたのだ。JMACチーフ・コンサルタントの小田原英輝が講師を務めていた。このアプローチに興味を持った菅野氏は、JMACに支援を依頼することに決めた。

 こうして2014年8月、東芝テックはJMACをパートナーとして、新たな挑戦へと踏み出した。

技術起点への転換で さらに発想豊かに

 ここからJMAC支援のもと、3つ目のアプローチがスタートした。③「社外有望技術起点」のアプローチでは、世の中にある有望技術の情報を集め、自社の新規事業に活かせないかを考えていった。

 その中で活用したのが、「有望技術シート」と「仮想カタログ」だ。「有望技術シート」には、探索した100の技術を1つずつ「技術の概要」「技術を使える製品・サービス」「顧客価値」などの視点でまとめた。100もの技術をどうやって探索したのか。菅野氏は「研究所のメンバーは自分の専門分野・興味のある分野から探すため、どうしても限定的・主観的になりがちです。社外の技術を網羅的・客観的に探索するために、JMACに『どの情報源にアクセスすればいいのか』『どんな探し方をすればいいのか』のアドバイスを受けながら、一緒に探索していきました」と説明する。探索した100の技術はJMACが提示した評価項目(尖鋭性・応用性・実現可能性など)で点数付けして、次のステップに進める技術を選抜した。

 これと並行して行ったのが、マクロトレンド調査だ。世の中の成長商品を調査して、その成長要因から将来のニーズを予測する。このマクロトレンドと選抜した有望技術を掛け合わせてアイデアを発想した。「仮想カタログ」には、これらのアイデアを1つずつ「顧客価値」「製品・サービスイメージ」などの視点でまとめていった。

 このアプローチの特徴は、それまでの「社会課題起点」から「技術起点」に転換したところにある。菅野氏は当時の様子を「われわれは技術者ですから、技術起点になってからはさらに発想が豊かになり、議論も盛り上がりました」と振り返る。

 翌年の2015年は、①「メガトレンド起点」に再度取り組んだ。2016年には④「保有コア技術起点」で自社が保有する技術の進化により展開できる新規事業を企画し、2017年には⑤「社会課題SDGs起点」で国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)をヒントに社会課題の解決を目指して企画した。こうして毎年アプローチを変え、時には過去のアプローチを深堀りしながら、多角的に新規事業の企画に取り組んできた。

 菅野氏は、「アイデアを出し続けることは非常にたいへんですが、JMACは『どうやったらアイデアをひねり出せるか』という知見と経験が豊富なので、そこに一番期待しています」と語る。

 JMAC小田原は、「新規事業の企画では、日常的にアンテナの感度を高めることが大事です。研究者の方はその専門性の高さゆえ自分のテーマに集中しがちですが、この活動で外に目を向けることで視野が広がったのは大きかったと思います」と語る。

千三つの世界で必要なのは 諦めない「覚悟」と「粘り強さ」

 未来Create活動では、事業提案のスキルを磨くのと同時に、メンバーのモチベーション維持にも注力してきた。本活動のような新規事業の企画はなかなか成果が出にくいため、千三つ(千のうち三つしか成功しない)とも言われている。そのため、いかにモチベーションを保ち、心折れることなく活動を続けられるかが重要となる。

 菅野氏は、メンバーの参画意欲を醸成するため、日ごろから活動の意義を伝えるよう心がけているという。「研究所のミッションは事業の未来を担えるような研究をしていくことであり、未来Create活動はそのための活動である、ということを機会があるごとに話しています」

 また、成功のイメージを持つために、新規事業を実際に成功させた経験者を他社から招き、講演を聞く機会を設けている。JMACを介してこれまでに2回開催したが、菅野氏は「社外の講演会では一方的に話を聞いて終わることが多いのですが、この形式だと直接いろいろと話を聞くことができたので非常に役立ちました」と話す。

 さらに、研究所の中だけで活動を完結させるのではなく、全社に向けての情報発信も積極的に行っている。たとえば、年に一度行われる全社に向けた「研究所の成果発表会」では、未来Createのコーナーをつくり、研究者が自らパネルを使って紹介している。会場には東芝テックの経営層や各部門の社員が何百人と来場するため、今では「未来Create活動」という言葉は全社的によく知られるようになった。「とくに経営層やマーケティング部門からの関心が高く、その場で参考になる助言を直接受けることができるため、メンバーにとって非常に大きなモチベーションになっています」(菅野氏)

 JMAC小田原は、「今回のような技術を核にした新規事業開発では、技術者自身が企画に取り組むことで、テーマに対する夢・意欲を醸成することが大事です。技術者のみなさんには、事業立ち上げまでのさまざまな課題を解決していく中心人物として、事業化まで諦めない『覚悟』と『粘り強さ』を持ってほしいと思います」と語る。

さらなる成果を目指して 足跡を見つめ直し、前進する 

 こうして2011年から7年間にわたり未来Create活動を続けた結果、いくつかの成果を残すことができた。1つの例としては「研究テーマの創出」で、2014年の③「社外有望技術起点」から出た研究テーマを事業部に移管し、研究を継続している。他の例としては「技術中期計画へのテーマの反映」で、2016年の④「保有コア技術起点」から出たテーマがこれにあたる。未来Create活動から技術中期計画に反映するようなテーマが生まれたことは、大きな一歩となった。
 菅野氏は一連の活動を振り返り、実業務との相乗効果を得られたことも大きかったと語る。「活動で視野が広がり、いろいろ調べたことが既存事業のヒントになることも多かったですね。また、JMACと一緒に活動する中で『市場性はどうか』『どのようなビジネスモデルにするか』といった視点も習得できたので、実業務のほうでも研究テーマの事業アウトプットを描くうえで非常に役立っています」

 そして今、2018年はこれまでの膨大な記録を整理するため、未来Createの全員活動を一時的に休止している。「毎回、かなりの比率で似たようなテーマが出てくること、今後入ってくる新入社員は過去の活動を知らないことから、専任部隊をつくって過去の記録をもう一度読み返し、閲覧・活用しやすい形にまとめています」(菅野氏)

オンリーワンの技術創出で 強い事業をつくる

 今後の活動に向けて着々と準備を進める中で、菅野氏はメンバーへの期待を次のように語る。「先ほど小田原さんのお話にもありましたが、研究者は専門性が非常に高い人達なので、身近なところにある事業に集中しがちです。今は異業種の参入が加速していますから、視野を広げて異業種とのクロスにも積極的に取り組んでいってほしいですね。視野を広げることが未来Create活動の目的ですから、そこに期待しています」

 また、組織としても時代のスピードに対応した研究開発をしていかなければならないと話す。「まさに今、ソサエティ5.0(日本政府が提唱する科学技術政策の基本指針のひとつ。IoT やAI、ロボットを駆使して社会課題の解決を目指す)やESG(持続的成長を目指すうえで重視すべき3つの要素。環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)などがあり、産業をクロスさせなければ先に進めません。時代のスピードに合わせてIoTの導入などにきっちりと取り組める組織にしていきたいと考えています」

 最後に、未来Create活動の新たな挑戦課題についてこう語った。「2011年の活動当初に比べ、現在は事業環境変化のスピードがさらに加速し、市場競争も激化しています。こうした中、わが社は中期経営計画で、2つの主要事業の事業領域を"店舗やオフィス"からその周辺の"一般消費者や物流、製造"まで拡大する方針を打ち出しました。われわれは技術の会社ですから、その実現のためには外から技術を買ってくるのではなく、たとえばRFID一括セルフレジのような、われわれのコア技術で、われわれにしかできない技術・商品を創出していかなければなりません。ですから、今後の未来Create活動では、これまでの新規事業の創出に加え、新しい技術の創出にも挑戦していきたいと考えています。『技術起点で強い事業をつくりたい』という想いがありますので、そのためにはどのような研究をしていったらいいのかも含め、未来Create活動のあり方を検討しています」

 千三つの世界に挑み続けた東芝テックの研究者たち――その確かな技術と未来Create活動で培った底力を糧に、今、さらなる飛躍のときを迎えている。

コンサルタントからの一言

未来の社会課題洞察が新事業企画のポイント

 中長期の研究開発に取り組む研究開発部門における新規事業企画では、未来の社会課題を洞察し、その社会課題を解決する技術を構想することが求められます。ただし、何のインプットもなしに未来の社会課題を洞察することは難しく、未来の社会像を鮮明に描けるように、さまざまな観点から変化の兆しの情報を集めることが不可欠です。東芝テック様においても、メガトレンドや社外技術といったいくつもの観点から、専門分野以外も含めて変化の兆しの情報を集めて企画を進めました。未来Create活動を通じて変化の兆しに関するアンテナ感度を高め、企画のための組織能力をさらに高めていくことも期待しています。

小田原 英輝(チーフ・コンサルタント

※本稿はBusiness Insights Vol.68からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。

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