JX金属株式会社

 JX金属は、銅を中心とする非鉄金属に関する鉱物資源の探査・採掘・製錬から電子材料製品の生産・販売・開発、リサイクルまでを手がけており、その製品の多くが国内トップ、世界でもトップクラスの生産量を誇る。グローバルな企業間競争がますます激しくなる中、他社との差別化を図るためには技術者の「先行提案力」の強化が重要であると考えた同社は2011年、技術者のマインド変革という大きなチャレンジに踏み出した。この活動で技術者たちはどう変わっていったのか、その軌跡と今後の展望などをお聞きした。

若き技術者たちよ、今こそ「山師的な発想」を取り戻せ!

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 JX金属の歴史は、1905年(明治38年)に日立鉱山の開発に着手したことに始まり、以降100年余りの間、さまざまな事業の変化に対応しながらグローバルな取り組みをしてきた。現在は、銅を中心とする非鉄金属の製造・販売などを手がけ、上流の「資源開発」、中流の「金属製錬」および下流の「電材加工」「環境リサイクル」までの一貫した事業を展開している。スマートフォンなどのプリント基板に使用されている同社の"圧延銅箔"は、世界シェア70%を誇る。

 近年、企業間競争がますます激しくなる中で、他社との差別化が重要であると考えていた同社は、製品開発にもっと顧客の声を反映させる必要があると考えていた。

 「一昔前までは、技術者がお客様の所へ行くときには"ご用聞き"として営業や問屋に同行をしていて、それで成り立っていました。しかし、グローバル化が進み、お客様の要請が多様化してきている今、これまでのやり方のままでは競争力が確保できないため技術者にはもっとお客様とコミュニケーションをとってほしい、と考えるようになりました」と話すのは、本活動の担い手である結城典夫氏(当時の技術開発センター電材加工グループ長、現在は執行役員・技術本部副本部長)だ。

 しかし、日立技術開発センターは顧客が多く集まる東京とは少し距離があり、お客様に自ら会いに行くという意識を維持しにくい環境にある。結城氏は「技術者はみな真面目で、目標に向かっていく馬力も非常にあります。ただ、最近は昔からあった『山師的な発想』が少し弱くなってきていると感じています。ひとりでじっくり考えようとする傾向が強いので、発想が内にこもらないよう、もっと外向きになってほしいとも考えていました」と語る。

 この「山師的な発想」は1914年(大正3年)、日立鉱山の山肌に這わせていた煙突を天高く立ち上げ、煙害の激減に成功したことに象徴される。当時の常識を覆したこの大胆な発想は風土として受け継がれ、今もなお「大煙突をつくった発想に学べ」と語られている。こうして2011年、JX金属はJMACをパートナーに技術者のマインド変革に乗り出した。

「ご用聞き」から「先行提案型」への脱却

 まずは、技術者たちの「外向きマインド」を醸成するとともに技術者たちの問題意識を喚起するためJMACとともに半日のセミナーを企画・開催した。本セミナーの講義と「仮想カタログ※」の作成を通じて受講生たちは「顧客目線」への理解を深めた。

 このセミナーを受けて、結城氏は「顧客目線の不足」と「コミュニケーションのあり方」の2つに課題を感じたという。「普段から『お客様は大事だよ』と伝えているつもりでしたが、想定していたよりも『顧客目線』が不足しているのが実情でした。やはり頭ではわかっていても経験がなく、実感が伴っていなかったのだと思います。また、彼らはそれまで研究テーマの違う社内の技術者とはあまり話したことがなかったのですが、実際に集まって議論してみると、自分がこれまで気がつかなかったことに気づくことができて、技術者同士のコミュニケーションの重要性を再認識したようです」(結城氏)

 この課題を解決すべく、JX金属は本格的な「先行提案力強化活動」を行うことに決めた。結城氏は当時の思いをこう振り返る。

 「外に目を向けて、お客様の『ご用聞き』をするだけではなく『こちらから先に提案』していこうではないかと。いつもお客様へ先行提案を持っていってビジネスができるわけではないが、そういうアプローチがあると知り実際に体験してみる、そのために必要なスキルを勉強して身に付ける、というところに意義があると考えましたし、体験することで刺激を受けてほしいという期待もありました」

「仮想カタログ」で苦戦! 現実の厳しさを思い知る

 こうして2012年8月からおよそ4ヵ月間の実践型研修がスタートした。そのときのことを今もよく覚えていると話すのは、田中幸一郎氏(技術開発センター・電材加工グループ 技師)だ。「あのときは、ちょうど自分で開発した電磁波シールド材のバージョンアップ製品が完成して、これからお客様の所に提案に行こうという一番楽しい時期でした。このタイミングで『先行提案型研修』を受講できると知って、研修から1つでも多くいいところを学びとって活かしていくぞ、と意気込んでいました」と、高いモチベーションで研修に臨んだと語る。

 実際に研修を受けてみると、まさに新しい体験の連続だったという田中氏は「研修では"顧客目線に立つ"といった自分でも大切だ、当たり前のことだと思っていたことについて、具体例をあげた講義やグループディスカッションでどんどん掘り下げていきました。その中で『知っていること』と『できること』がこんなにも違うものか、と思い知ったのです」と当時を振り返る。

 田中氏がそのことについて身を持って実感したのが「仮想カタログ」を作成したときだった。「開発している商品の特長なんてわかってる、簡単に表現できると最初は思っていましたが、実際に仮想カタログをつくり、グループディスカッションで『何をアピールしたいの?』『これを使うメリットは何?』と聞かれても、ちゃんと答えられない。そういう体験をして、ああ、これでは顧客に製品の良さが伝わらないんだなと実感しました」(田中氏)

 結城氏は「仮想カタログ作成などの体験を通して、みなの意識は確実に変わりました。受講者がそのとき一番重要だと考えていたテーマで行ったことも真剣勝負となり、よかったですね。私が仮想のお客様役になって提案のロールプレイングを行いましたし、本人から営業部門への仮想提案を行ったこともありました」と評価している。

「顧客目線」が技術者を変えた!

 グループディスカッションは研修が進むにつれ活発になっていったが、当初はぎこちなさもあったという。田中氏は「それまでは、他の技術者の開発品については、たとえ同じ部門の人でも、どこか遠慮があり、率直に意見を言いにくい雰囲気がありました。しかし、研修は顧客への提案仮説をみんなで練り上げるためのディスカッションという雰囲気の場であったので、お互いに遠慮なく意見交換できるようになっていきました」と、気兼ねなく議論できる場をつくることの重要性を指摘し「その後も、研修を受けた人たちは積極的に意見を言うようになりましたし、同じチームだった仲間とは今でも、自分たちで日常の議論の場を盛り上げていこうと話をしています」と、リーダーシップの大切さも感じるようになったと話す。

 田中氏は現在、研修前に完成していた次世代向けのバージョンアップ製品を顧客に提案し、サンプル評価の段階に進んでいる。最重要ターゲット顧客に対しては、あいにく研修中にアポイントが取れず、研修の半年後にやっと実際に提案することができたが、「今思えば、研修後に提案に行けてよかった」と振り返る。「自分はお客様の声を聞きながら苦労して開発してきたという自負があったので、今のままでも十分だろう、という気持ちも半分ありました。しかし、実際にお客様を訪問したときには、研修で学んだことがとても役立ちました。たとえば、『具体的に提案すると具体的な反応が返ってくる』ということです。たとえ的外れな提案であったとしても、それが具体的なものならば、お客様は『違う、そこじゃなくてここに困っているんだよ』と具体的に返してくれるので、今ではお客様の本当のニーズを知るために、積極的に何でも聞いてみようという気になりましたね」と笑顔を見せる。

 そして、おもむろに自ら作成した二種類の仮想カタログを広げて「実は、研修でつくった仮想カタログと、半年後にもう一度考えてつくった実際の提案用カタログの構成や訴求ポイントがほぼ同じだったのです。行き着くところはここだったんだなと。研修期間中に仮想カタログづくりに本気で取り組んで、研修のチームメンバーと何度もバージョンアップを繰り返して完成度の高いものができていたんだなぁ、と改めて感じました」と、実践型研修の効果について実感を込めて語る。

 結城氏は「研修後、田中君は現行品に満足している顧客に対しても『こうするともっといいことがある』と先行提案をして、実際に成果を出し始めています。このように、田中君に限らず参加した技術者一人ひとりが一つひとつ実績を積んでいくことができればといいなと思います」と、その成長ぶりをうれしそうに語った。

活動成功のカギは「決意」「動機づけ」「エンカレッジ」

 こうして、開発現場の最前線にいる技術者たちは変革の一歩を踏み出した。結城氏は研修を通じた実践活動の成果について「彼らが顧客目線や外向き指向の不足を実感できたこと、クリエイティブな議論をする風土やそのためのコミュニケーション能力を持つことが大切で、それが自分たちの重要な課題だと認識できたことは大きな成果でした。また、グループディスカッションでリーダーシップが育まれたことや、ヒアリングやプレゼンのスキルが向上したことも忘れてはならない成果です」と語る。

 結城氏は、このような活動を組織的に推進するためには、マネジメント層の「決意」「動機づけ」「エンカレッジ(行動変容を促す)」が大切であると説明する。「まず、上に立つ人間が『この活動をする』と決意すること、そして実際に活動を始めたら、初めにきちんと動機づけをすることが重要です。われわれの場合は、研修の始めにさまざまなメッセージを介してこの活動の大切さを伝えました。また日々、中だるみしないようにエンカレッジも重要でした」と語り、最後に本社のポジティブなバックアップがあったことやJMACに任せきりにせず、一緒に活動するという意識を持ち続けたことも、成功の要因だったと付け加えた。

技術者の育成に会社の夢と未来をのせて

 今後の抱負について、田中氏は「あれからお客様に提案する機会が増えてコネクション(人脈)が広がり、信頼関係も構築されてきました。これからも、研修で得たスキルを発揮してお客様の困りごとを聞き、その声を開発につなげていきたいと思います」と、意欲的に語る。

 結城氏は「今後、中長期の研究を実施するためには、テーマ設定力や企画力といった個人の能力に関する全体的な底上げと、将来の組織運営を担うキーパーソンの選抜と育成、この両方を考えていかなければなりません。また、新任管理職の育成も差し迫った重要課題です。一般的な管理スキルのほかに研究・開発特有のマネジメント教育を新たに行う必要があります。今後もひとりよがりにならないため、そして広い視野を持つためにも、有効なプログラムを積極的に利用していきたいと考えているので、JMACの幅広い支援を期待しています。会社としても新体制のもとで技術者の育成をさらに強化していこうと動き出しています。これからがまさに正念場です」と今後の課題と抱負を熱く語った。

 「顧客目線」を持つことで大きな変革への第一歩を踏み出したJX金属の技術者たち。「山師的な発想」を取り戻しつつある今、画期的な製品を世に出し続けていくに違いない。

活動で得た「顧客目線」を開発業務に役立てる!

vol61_01_02.png 活動に参画したメンバーの方々から当時の感想や今後の抱負などをお聞した。

▶澁谷義孝氏(技術開発センター・電材加工グループ 主任開発員)

 ニーズに応える先行提案をするためには、会話の中で「お客様が今、何を必要としているのか」を把握できる力が必要だと実感しました。周りの人と議論して協力する姿勢が身に付き、目標だった「社内全体に加えて顧客も巻き込む開発」を実現できたことも大きな収穫でした。

▶今村裕典氏(同 主任開発員)

 顧客目線・相手目線の大切さや、ディスカッションで視野や仕事の幅が広がることに気づいてからは、業務の進め方が大きく変わりました。「仮想カタログ的発想」で相手のメリットをわかりやすく説明できるようになり、他部署の人とも連携をしやすくなったと感じています。

▶吉澤彰氏(同 技師)

 顧客目線の大切さを学んでからは、お客様の要望にどう応えるべきかを考えるようになりました。お客様のニーズにマッチする製品を提供するため、高品質化とコストのバランスを図りながら、技術力を駆使して最高品質のものを開発できるよう努力を続けています。

▶中願寺美里氏(同 技師)

 仮想カタログの作成を通して、顧客目線で考えることの難しさを改めて感じました。研修中に習慣化したYWT(やったこと、わかったこと、次にやること)をこれからも日々積み重ね、お客様の求めているものは何かをよく考えて、開発につなげていきたいと思います。

コンサルタントからの一言

自分たちらしく、外向きなR&D組織をつくろう

 仮想カタログは、企画構想段階のツールとして広く活用されていますが、カタログづくりそのものだけではなく、「顧客にダイレクトに仮説を提案する」「そこから得られた情報に対して組織の知を結集させる」といった技術者集団の行動変容につなげる意味が大きいです。新商品企画のみならず、技術開発目標の先鋭化、次のネタ発掘など、「より上流段階からR&Dの生産性向上に寄与するもの」「研究組織らしいクリエイティブなマネジメントツール」として位置づけてほしいですね。自社らしい価値発掘プロセスづくりや、R&D組織の能力開発・風土改革の追求につながると思います。

庄司実穂(シニア・コンサルタント)

※本稿はBusiness Insights Vol.61からの転載です。