アステラス製薬株式会社

 近年、創薬のトレンドは低分子医薬品からバイオ医薬品へと大きく移行し、医薬品産業はかつてないパラダイムシフトを迎えている。こうした経営環境の中、CMC部門はグローバルでの要員や設備投資など、中長期にわたる開発・生産戦略を立案し実行していく必要がある。アステラス製薬の医薬品の開発から生産を担う部門である技術本部では、ものづくりと経営のエッセンスをあわせ持つ技術経営の感性を持った高度な人財の育成を目的にMOT実践研修を導入。その意義、効果などを技術本部長、人材開発担当者、受講生にお聞きした。

創薬のパラダイムシフト到来 バイオで革新的な新薬開発を目指す

 アステラス製薬(以下、アステラス)は、2005年に山之内製薬(1923年創業)と藤沢薬品工業(1894年創業)の合併により誕生した。「世界にまだないくすりのために」----この言葉を胸に、アステラスは一貫してアンメットメディカルニーズ(いまだ治療満足度が低い疾患領域)に対する新薬開発で世界の人々の健康に貢献することにこだわってきた。一般用医薬品や後発医薬品は手掛けず、新薬ビジネスに集中し、医療用医薬品の売上は国内第2位、世界50ヵ国以上で自社販売している日本発のグローバル企業である。

vol62_02_01.png 合併後も着実に業績を伸ばしているアステラスだが、「創薬トレンドが低分子医薬品主体のマスプロ医薬品からバイオ医薬品主体の個別化医療向け医薬品に大きくシフトしたことに伴い、アステラスの事業環境も大きく変わった」と話すのは松田充功氏(上席執行役員 技術本部長)だ。「低分子医薬品は各社の研究開発が進んだ結果、現在は未知の部分がなくなりつつあります。低分子医薬品では改良を重ね、グローバル化を進めてビジネスとして成長させてきましたが、さらに革新的な新薬開発を目指すため、バイオ医薬品など新しいモダリティ(モダリティ:低分子化合物、天然物、抗体などの基盤技術)へと創薬の方向性を大きくシフトしました」と話す。バイオ医薬品は、抗がん剤や自己免疫疾患の治療薬などとして利用され、アンメットメディカルニーズに対する新薬開発も期待できるため、世界的なトレンドとなっている。

 アステラスは今、バイオ医薬品をはじめとするニューモダリティ領域を軸に、新たなビジネスの確立に向けた挑戦を続けている。

今だからこそ技術者に必要な「もうひとつの力」

 松田氏が統括する技術本部は、アステラスが高品質な新製品をスピーディーに開発・販売・供給していくための要の役割(原薬・製剤の技術開発、治験薬・製品の生産・調達、製商品の供給管理)を担っているが、創薬の方向性のシフトに伴い、大きな環境変化を迎えた。

 2013年に行われた「研究体制の改革」では、新薬創出力強化のため、"創薬の入口"(創薬標的を探し出し、アプローチする窓口)が多様化された。すると、これまで経験したことのないニューモダリティが技術本部に次々と舞い込むようになり、それを新しいビジネスにつなげていく必要性に迫られた。

 そのような環境の中で、松田氏は「新たな戦略企画を進めようと考えたとき、技術本部にはそれができる人が少ないことに気づいた」という。「私が若手だったころは、とにかく専門家になれ、と言われてきました。それぞれの専門家が会社に揃っていれば、仕組みにのせて新薬は出せるという発想だったのでしょう。それが何10年も続いた結果、技術本部は専門家集団となりました。よく考えれば、専門性ばかりを要求され続けてきているような風土の中で、戦略企画や経営を考えることができる人が自然に出てくる訳がありません。これからの技術者には経営の視点を持ってほしいと感じたことから、MOT(Management of Technology)実践研修の実施を決めました」と話す。

 こうしてアステラス技術本部は研修をスタートさせた。

MOT実践研修で技術者に経営の視点を

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 MOT実践研修は、技術を核にした事業化実践研修だ。自らが技術・事業化展開を推進する牽引役(ゼロから立ち上げる人)になることを目指し、実践テーマ・演習を通じて技術者でありながらもビジネスの「目利き力」と事業企画力、プロジェクト実践力をつけ、商品化、事業化の方法を体得する。技術本部ではスタッフ部門のみならず研究職、分析・生産技術職も含め、今よりも高い視野・視座を持って業務に取り組み、これからの事業化展開までを見据えられる人財の候補者20名程度を選抜し、年間通して約12日、合宿研修も交えながら行っている。この取組みは継続的に行われており、2014年度には第2期が実施され、2016年度には第3期がスタートした。

これまでにMOT実践研修の実施を担ってきた戸田篤志氏(技術本部 技術企画部 人事統括グループ課長代理)は、人材開発において大切なのは「視野を広げることのできる機会をどれだけ提供できるか」であるという。そして「MOT実践研修の目的は、他の研究所や部門外の人と話すことで外へと視野を広げることにより、自分や自部署、自社を客観的に見ることができるようになることです。今、どういう経営判断をしていくべきなのかを技術を軸足に感じてほしいと思います」と語る。

 松田氏は「ビジネスを成功させるためには、ビジネスと現場感覚の両方がわかる人が中心になっている会社が望ましいと考えています。MOT実践研修では、技術本部の中でビジネスがわかる人たちを育成し、現場感覚に根差した経営を担っていけるような人財を輩出したい」と、技術本部メンバーの活躍に期待を寄せる。

マインドセットを外せ 新ビジネスはスピード勝負だ

 "創薬の入口"を多様化してからこれまでの経験則では対応しきれない状況が発生し、その影響が川下の技術部門にも出始めた。これについて松田氏は、「低分子で磨き上げられた仕組みや成功体験に基づくマインドセットが、新しい挑戦に対してはブレーキになっている」と感じている。

 新ビジネスの立ち上げにおいては、いかに早く新しいものをつくるかが勝負だ。そのため、松田氏は技術本部のメンバーに「新しいことにチャレンジするためには、まず発想を変えろ、むしろ何を止めるかを考えろ」という話をよくするという。「今の最大限効率化された仕組みの中では余裕がないため、発想を大きく変えない限りキャパシティは出てきません。ですから無駄をなくし、外に出せるものは外部委託して、まずはやることを減らしなさい、と言っています」と述べる。

 今後について松田氏は「必要だと決めた技術に関しては組織横断的なタスクフォースチームをつくり、必要性が明確になれば、新たな技術プラットフォームを構築していきます。このチームのメンバーに対しては既存の仕組みからくる制約を外してあげて、責任はこちらが負うからリスクを恐れず挑戦しなさい、スピード勝負だ、球を打たなければホームランも出ない、と積極果敢に挑戦できる場を用意したいと思っています。また、メンバーをどんどん入れ替えることにより、本部全体に波及させていきたい」と語る。

MOT実践研修で何を得たか? 受講者の声①

「周りを巻き込む力」で組織を牽引する

vol62_02_03.png 研修では、自分にスピード感が足りなかったことに気付き、もっと外部環境を知り、積極的な提案をしていかなくてはいけないと痛感しました。こうした「危機感」を持つようになってからは、部署の目標や本部直轄のプロジェクトの意図を今まで以上に理解できるようになりました。

 また、自部門のあるべき姿をより明確にイメージできるようになりました。課長から「経営職的な視点を持ってくれているね」と言っていただけたのも、研修の成果だと感じています。今後は、「周りを巻き込む力」を身につけ、「このようにやっていくべきだ」と一歩先の提案をし、それをメンバーに浸透できるようになりたいと思っています。

種岡 剛太 氏(ATEC高萩技術センター 品質管理部商用品担当主任)



強みは「結合力」 ニューモダリティでチャンスをつかむ

 そして今、技術本部には「外部機関で対応できないことを、技術本部でなんとかしてほしい。早急にやってもらえなければ、本当に前へ進めない」という差し迫った依頼が増えてきている。

 これについて松田氏は、「MOT実践研修を始めたころはこのウェーブへの認識が薄かったのですが、あのときに研修を始めてよかったと思っています。研修を受けた人はこの変化に気づきやすいと思いますし、先を考えたときに『もっとフレキシブルにならなければだめだろう』と心の底から納得しやすいと思います」と述べ、「定型的に手堅くやってきた低分子と違い、ニューモダリティには新たな発想が必要です。未知の技術だからと臆することなく、これを大きなチャンスと捉えてどんどん挑戦していってほしいですね」と技術本部メンバーへの期待を語る。

 さらに、「技術本部だからこそできることがある」と松田氏は続ける。「技術本部には、『統合力』という強みがあります。安全かつ安定的に供給できる新薬は、膨大な要素を全部統合してはじめてでき上がります。これは低分子医薬品、バイオ医薬品ともに本質的には変わりません。技術本部は全社の中でもとくに、製薬のライフサイクルすべてのフェーズですべての機能と付き合っている部門ですから、全体が見えやすく、統合力を発揮しやすい。その強みを活かして、戦略企画や経営への目線を持ち、事業環境変化にスピーディーに対応できる人財を多く育成したいと思います」と今後の展望を語った。

MOT実践研修で何を得たか? 受講者の声②

明確な「ビジョン」が未来を変える

vol62_02_04.png 「私は危機感を持っている。技術本部の未来を一緒に考えてほしい」という松田本部長の言葉が、心に"ガツン"と響きました。研修では、「2つ上の視座でものを考える」ことを叩き込まれ、今、それが非常に生きています。常に先を見据えて、今やることを考えるようになり、部下から「ビジョンを示してくれるので仕事がしやすい」と言ってもらえたときに、研修を受けた甲斐があったと感じました。

 今後は、視野をもっと広げて、「どうしたら本質的に変われるのか」を極める力を身に付け、自部門や技術本部全体、そしてアステラス全体を変える提案をできるようになりたいと思っています。


上田 さとみ 氏(技術本部 物性研究所 分析第4研究室 主管研究員)

チャレンジはきっと実を結ぶ

vol62_02_05.png 技術本部メンバーに寄せる期待について、技術本部 技術企画部 人事統括グループ課長の小林幹央氏は「アステラスが今後も事業を継続し、患者さんに貢献していくためには技術の視点を持つ人も経営にいないといけないはずです。コーポレートで人材開発できればいいのですが、専門分野に特化している現状では難しさもあり、各専門部でその一翼を担う必要があると考えています。みなさんには技術本部の一員としてのプライドをしっかりと持っていただきたい」と語る。

 戸田氏は「外を知ることはとても大切だと考えます。この先何が起こるかわからないビジネス環境において、外で起きていることを感じ取る感性を持っている人こそが、何かのビジネスチャンスや組織変革をするときのきっかけになれるのではないかと思っています。技術本部のみなさんには、そういった感性を持っていただけるようなプログラムを提供していきたいと思います」と話す。

 最後に松田氏はこう語った。「みなさんには『何のためにこの会社にいて、何のために仕事をしているのか』を、もう一度自分自身にしっかりと問い直してほしい。上司から言われた作業を単にこなすだけで、本当に患者さんに価値を提供できるでしょうか。バリューチェーンと呼ばれるように、個々の役割がきちんとつながって初めて価値が生まれます。最終目的が何かを経営的な視点で一人ひとりが常に考えながら行動しなければ、真に強い組織力は生まれません。ニューモダリティに対しても、世の中にないものを、誰でもない自分がつくり上げるんだ、というオーナーシップマインドを持って、果敢にチャレンジしていってほしいですね」

 「世界にまだないくすりのために」----アステラス製薬は、革新的な新薬開発へのあくなき挑戦を今日も続けている。技術経営の感性を持つ技術者たちの新たなチャレンジは、近い将来、きっと大きな実を結ぶに違いない。

担当コンサルタントからの一言

優秀な技術者を企業変革のリーダーに変える

医薬品産業は社会面、技術面ともに大きなパラダイムシフトのまっただ中です。"変革し続けること"が生き残りのキーワードと言えるでしょう。MOT実践研修では通期約12日間にわたり、他部署の受講生や普段は話を聞くだけだった本部長とJMACコンサルタントとの徹底した議論が行われます。合わせて研修と研修との間の自主トレで外部や経営へと視野が広がり、"変革し続けること"の意味の気づきと納得が醸成されていきます。変化常態の環境の中、技術者が経営視点を持ち、変化を見据え、自らの技術の本質を問い直すとき、企業の変革をリードできる人材に変わっていくと考えます。

「変化常態! 徹底した議論で変化と不安を考えよう」
佐藤兼一(シニア・コンサルタント)

※本稿はBusiness Insights Vol.62からの転載です。