ASKUL LOGIST株式会社
- 人事制度・組織活性化
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- 物流
モチベーションアップだけでなく事業拡大も目指す人事制度改革
ASKUL LOGIST:事務用品の通信販売を行うアスクルの100%出資会社。物流・配送サービスを提供する。東京、大阪はじめ仙台、横浜、名古屋、福岡など全国13の物流センター拠点を構える
長時間労働の制限やコロナ禍で当たり前になったリモートワークなど、さまざまな環境の変化に応じた人事制度改革は多くの企業が頭を悩ませるところだろう。手つかずだった人事制度改革に着手し、運用しながらさらなる改善を重ね、進化するアスクルロジストの事例を紹介する。
重要だと考えているが実現できていない課題
始まりは2019年7月に実施した「組織文化調査」だった。良い点、改善点などアンケート調査を行った結果、アスクルロジストの多くの従業員が「評価制度」と「育成制度」の改善を望んでいることがわかった。
「集まった人事制度に対するコメントをカテゴリーごとに分けて整理したところ、給与の納得性が低いので改善してほしい、適正に管理職の配置を行ってほしいなど、多くの従業員が重要だと考えているが実現はできていないと感じている部分が浮き彫りになりました。会社設立から10年が経った当時、人事総務部としてもそろそろ時代に合った形に変えていかなければならないと思っていたところでした」(人事総務部部長・中村力さん)
ただその改革には、アスクルロジストならではの物流部門と配送部門という大きな部門の壁があった。2つの部門は別会社のようにそれぞれ独立しており、役員・本部長クラスでさえ一枚岩になれているとは言い難い状況であった。全国にある物流センターと配送営業所では別の会社と言ってもいいほど事業体が異なるのだ。たとえば、配送の面から考えると小口配送の方が運びやすい。一方で物流センターの運営効率を考えるとまとめて作業する方がいい。
アスクルロジストの人事制度改革には、物流部門と配送部門の間にある大きな壁を取り払い、一体となって最適な形を目指すことが必要だった。
「組織文化調査」の定性コメントを構造化して問題点をはっきりさせた
顧客と「並走する」 JMACと改革を推進
「会社の成り立ちや独特の背景がある。だから外部の力を借りず社内で人事制度改革をやるべきだと考えていました」と代表取締役社長・天沼英雄さんは当時を振り返る。中村さんも、会社の根幹となる人事制度は自分たちでつくる必要があると考えていたが、一方で、できる限り改革を早く進めたい。
「人事評価制度と教育の一体改革が必要」と語る代表取締役社長・天沼英雄さん
「外部に丸投げせずに私たちが主体的に改革を進めることができ、並走してくれそうなJMACに支援していただくことに決めました。決め手は専門的知見を持っていて実務レベルでも効果が出そうなプレゼン。JMACのコンサルタントの中村文生さんの提案は、理路整然と具体的なケースの説明を交えながらだったので新しい人事制度導入後のイメージがしやすかったんです。自分たちだけで進めるよりスピード感を持ってできると感じました」(中村さん)
人事総務部部長・中村力さん
人事制度改革にあたって、まず問題となったのが組織体制だ。物流センターにはそれぞれセンター長の下に副センター長が置かれているが、たとえばAセンターはセンター長の代理としての副センター長を1人設置、一方でBセンターには倉庫内担当の副センター長と事務担当の副センター長が2人設置されている(下図参照)。
つまりAセンターとBセンターでは、「副センター長」という役職は同じでも役割の大きさがまったく違う。人事異動でAセンターからBセンターに転勤となった副センター長は、転勤先でそれまでとはまったく異なる業務を行うといったことが起こっていた。
また副センター長の下は、「係長」だったり「統括リーダー」だったりと拠点によって名称が異なっていた。組織図上の位置づけは同じなのに名称が異なることで、人事評価や給与・賞与にバラツキがでていた。
そこで、人事制度改革の方向性を次の4点に絞った。
- 一人ひとりが担うべき役割の明確化・見える化
- 「職責(=役割の価値)と貢献に対して適切に報いる公正な処遇の実現
- 納得感のある人事評価の運用の確立
- 社員一人ひとりが一段高い役割を担えるようになるための教育機会の提供
方向性は明確になったが、大きな変化は現場を混乱させる。従業員全員が新しい人事制度を受け入れるにはそれなりの時間と話し合いが必要だった。
合意形成に重要だった現場の声の吸い上げ
人事制度改革に向けて論点を整理し始めたのが2020年のことだ。役員と人事総務部で全8回の検討会議を実施した。続く2021年、人事制度改革プロジェクトが正式にスタート。月1回のペースで、全役員と全本部長が参加する会議を約1年実施した。
ただ、役員と本部長が人事制度についてそれぞれどのような考えを持っているか、今後どういった仕組みにしたいか腹を割って話す機会はこれまでなかった。初めての取り組みに、「手探り状態だった」と人事総務部人事企画課課長の泉真也さんは言う。
「各物流センターそれぞれが1つの会社のように機能して、それぞれの運営最適化を図ってきたわけです。それを全社統一します、合わせてくださいといきなり言われたら混乱して当然ですよね。物流部門、配送部門の垣根なく、目線を合わせて腹落ちしてもらうのはたいへんでした」(泉さん)
人事総務部人事企画課課長・泉真也さん
なかなか前に進まない話し合いを一歩進めるため、コンサルタントの中村は「役員、本部長クラスだけではなく現場の意見も吸い上げ、より多面的に話し合いをしてみてはどうか」とアドバイスした。そこで各部門の20〜40代の代表者20人にインタビューを実施。拠点長・副拠点長および一般社員で構成する2種類のワーキングチームをつくり、より現場に近いところで現行の人事制度についてどう思うか情報収集を進めた。
「実際、制度を運用する現場の従業員がどう感じるかを役員や本部長クラスは重要視しています。現場はこう言っています、こう考えています、と伝えることで、役員・本部長の納得感が増し、合意形成が進んだ。ワーキングチームの考え方を導入したことで、人事制度改革はスピード感を持って進んだように思います」(泉さん)
現在、アスクルロジストでは、このワーキングチームの声をもとに「役割定義書」が作成され、2022年5月より、役割を基軸とした新人事制度の評価や昇格等の運用がスタートしている。役割定義書には、本部長、拠点長、副拠点長、物流部門リーダーなど役割に応じて期待される成果や行動が明確に記載され、全社員に公開されている。
「それぞれの役割が明確に定義づけられたことで、評価する人の意識が変わってきました。上司も部下にきちんと役割を担っているのかどうか見られるわけです。自分が今、何を求められているのか、さらにはひとつ上の等級にいくにはどういった役割を担うべきかがはっきりわかるようになっています。自己申告による目標設定もやりやすくなっています」(泉さん)
新しい価値を創造する「LOGIST大学」構想
「人事評価制度のベースができた今、次に必要なのは人事制度と一体化した教育だ」と天沼社長は意気込む。目指すのは単なる研修プログラムの整備ではなく、社員自らが主体的に学んだり、社員同士が職場の好事例などを共有したりできる「大学」のような場。人事総務部人材開発課課長の坂井博基さんは、LOGIST大学の構想を次のように話す。
「講座を開講し知識を埋め込むのではなく、事例を『共有』し、互いに『共創』し、『共に学ぶ』というイメージです。あるセンターの事例を共有し議論して新たな価値が生まれる仕掛けをつくりたい。全国各地に拠点がある当社だからこそ、〝1を10にする(=1つの拠点の好事例を他拠点に展開する)〟を実践していく場になることが理想です」(坂井さん)
人事総務部人材開発課課長・坂井博基さん
LOGIST大学では、等級別の教育プログラムを実施する一方で本社、配送、物流といった事業ごと、職種別の専門教育プログラムも行っていく予定だ。他拠点へ短期・交換留学の形式も取り入れ、経験学習サイクルを回していく。
天沼社長が教育の重要性を強く感じたのは2020年、全国行脚し従業員の声を聞いたときだった。
「拠点ごとに運営がうまくいっているからといって、現場に任せきりではいつか疲弊してしまう。つねにモチベーション高く働いてもらうには、できる限り公平感が保てるような会社全体で横串を刺す制度とセットで、現実と理想のギャップを埋めるための専門知識や経験を手にできる教育が必要だと感じました」(天沼さん)
制度はつくっただけでは機能しない。導入後、どのように運用されているか検証し、アップデートすることがその定着に大きく影響する。
「定期的な座談会を通じて、しっかり運用されているか、規定どおり面談を行っているかを確認し、できていないところがあればフォローするようにしています。会社と従業員がともに成長するための環境づくりが私たち人事総務部の仕事ですから」と泉さんは言う。中村さん、天沼社長も続ける。
「教育制度の不満も人事評価制度の納得いかない点も、従業員のリアルな声や悩みを吸い上げ、一つひとつ解決していくのはたいへんですが、やりがいもあります。従業員の満足度を高めていけば、ゆくゆくはお客さまのよろこびにつながる。今後も従業員の声を聴いて進化させます」(中村さん)
「人事制度に正解はありません。外部環境や会社の戦略に合わせて変えていくものだと考えています。やる気のある人材がより成長できる環境づくりがアスクルロジストの進化につながる。目指すのは、育てる文化によって豊富な人材を創出することです」(天沼さん)
アスクルロジストの人事制度改革は従業員のモチベーションを上げただけでなく、事業の幅を広げる可能性をも秘めている。
東京、大阪はじめ仙台、横浜、名古屋、福岡など全国13の物流センター拠点を構える。多品種アイテムをシステム的に在庫管理し、配送する体制を整えている
担当コンサルタントからのひと言
中村文生(なかむら ふみお)
JMACチーフ・コンサルタント
今回のプロジェクトの最大の特徴は、人事部門のメンバーと経営層(社長・役員・本部長)が一体となって検討を進めた点。人事制度改革は、多くの関係者を巻き込み、議論をまとめるのにも多大な時間とパワーを要します。アスクルロジストのみなさんは、プロジェクトの推進方法として〝茨の道″を選びました。経営層や人事部門のメンバーが、人事制度の「先」を見据えていたからです。人事制度改革の本質は制度そのものの検討だけでなく「会社のめざす姿」も検討すること――同社のみなさんから私自身も多くのことを学びました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』75号からの転載です。
※社名・役職名などは取材当時(2023年3月)のものです。
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人事制度・組織活性化
人事制度の改革では、"経営課題の実現を後押しするための人事制度"という位置づけを明確にしたうえで、"現場"の実態をしっかりと踏まえて制度設計に反映していきます。また、「○○主義」や「○○システム」のようなコンセプトや手法ありきではなく、クライアントとの議論を十分にしながらオーダーメイドで制度を設計します。そして、制度設計の後の運用を特に重視し、人事制度をマネジメントツール・セルフマネジメントツールとして活用できるようにしていきます。 組織活性化の手法・テクニックを覚えても「課題解決」はできません。現場・現物・現実を見る目と、「思考プロセス」・「ものの見方・考え方」を体験から身に着けることが重要であると考えています。コンサルタントが、経営課題を解決していく体験知から蓄積・検証されたノウハウをベースにして、プログラムとして提供しています。お客様の育成課題に応じて事例や体験学習を重視した構成でコンサルティングを企画いたします。