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ボトムアップでつくる未来の道標 長期ビジョン策定の軌跡

事例

2025.12.25

フジモトHD株式会社

フジモトHD代表取締役副社長の藤本和裕さん。持株会社ピップ代表取締役副社長でワダカルシウム製薬とアブコも管掌。東京都神田の本社で話を聞いた

  

1908年創業の卸問屋「藤本眞次商店」を起源とし、「ピップエレキバン」や「スリムウォーク」などの健康・日用雑貨商品で成長。グループでは、メーカー事業と卸売・リテールサポート事業などを展開。

  


経営環境が目まぐるしく変化するなかで、現実的かつ挑戦的な長期ビジョンをどう設計するか—。「ピップエレキバン」で知られるフジモトHDは、創業家メンバーと現場を代表する従業員でこの難題に取り組んだ。フジモトHDの「長期ビジョン策定プロジェクト」のプロセスと変化、そして今を紹介する。

フジモトHDの課題

長期ビジョンの浸透/業界構造変化への対応/部門間・世代間の連携

予測不可能な時代、未来をどう描くか

「社内外の大きな節目がありました」と、フジモトHD代表取締役副社長の藤本和裕さんは長期ビジョン策定プロジェクトの背景を説明する。2024年7月〜2025年2月にJMACが支援したフジモトHDでは、2025年に長期ビジョンの最終年度をむかえるところだった。新たな10年を見据えるタイミングに加え、経営陣の世代交代という大きな転換期にも差しかかる。

 「これまでも長期ビジョンはつくってきましたが、思うように達成できなかった。経営陣と現場では温度感が違ったのか、現場にまでうまく浸透していなかったのがその一因だと思います」(藤本さん)

 社内の「節目」に加えて、業界全体にも変化の波が訪れようとしている。フジモトHDはドラッグストアへの卸売を主力とする企業だ。主要顧客であるドラッグストア業界は、米国にならって成長してきた。

 「昨年、アメリカに視察に行ったのですが、世界トップクラスの売り上げを誇っていた米ドラッグストアであるウォルグリーンがすっかり様変わりしていたのを見て、衝撃を受けました。棚に置いてある商品はまばらで、店舗に入った瞬間のワクワクがない。直近15年ほどの間に、化粧品や日用品、サプリメントなどの商品はAmazonなどネット販売で買われるようになり店舗の売り上げが激減したことは知っていましたが、目の前で見て愕然としました。日本が同じ道をたどるとはかぎりませんが、同じ課題を抱えている危機感が募りました。これからの10年で何ができるか、方向性を示す必要があると強く感じました」(藤本さん)

創業家として次世代経営陣を牽引するフジモトHD
代表取締役副社長・藤本和裕さん

 そこで、現会長・社長の子3人と執行役員1人の計4人で事務局を発足。これまで長期ビジョンは社内の人財だけでつくってきたが、「過去を分析し、達成できなかった理由を自分たちだけで突き止めるのは難しい。プロジェクト進行の王道を一度経験したいと考え、外部コンサルタントに支援を依頼した」と、フジモトHD執行役員・戦略企画室長の酒井潤一郎さんは言う。事務局とJMACの支援に加えて、卸・メーカー・海外・物流・人事など各事業部から参画メンバー10人を募り、長期ビジョン策定プロジェクトは動き出した。

長期ビジョン策定の推進体制

長期ビジョン策定の推進体制

長期ビジョン策定の肝 言語化と構造化

 プロジェクトではまず、ステップ1としてヒアリングによって会社の現在地と「見えていない壁」を可視化した。

経営層と若手、卸とメーカー、現場と戦略など、複数の軸に存在する「ギャップ」を整理。参画メンバーのひとり、ピップ海外事業部海外事業課の木下絵美さんは、「何となく感じていた違和感が、明確な言葉で示されたことで頭がクリアになった」と振り返る。

 ステップ2ではワークショップも導入し、事業戦略や事業ポートフォリオを検討。「市場性評価」「競争力評価」「事業性評価まとめ」「経営資源の面からの検討」など、調査分析から方向性検討、具体化までをJMACが準備した各種フォーマットを用いて行い、物流改革やAI導入、新規事業アイデアのほか既存事業の課題に対する議論が深まった。

JMAC支援の基本ステップ

JMAC支援の基本ステップ

 酒井さんは、「プロジェクトの雰囲気が一変したのは、2日間の合宿。事務局メンバーの創業家3人の人柄を知ってもらえるいい機会だった」と話す。2024年8月に第一回、9月に第二回の検討会が開かれ、続く10月に合宿を行なった。

執行役員・戦略企画室長・酒井潤一郎さん

 「合宿を通して、普段話す機会が少ない人たちとプライベートの話も交えて語り合い、人柄や考え方を知ることができたことで距離が一気に縮まりました。どこか探り探り、それまで馴染みがなく今さら聞けないなと思っていた物流の仕組みや導入しているAIについてなども気軽に聞ける空気が生まれました。初回に共有された、年齢や役職にとらわれないというプロジェクト推進の心得も腹落ちして、批判を恐れず安心して発言できるようになりました」(木下さん)

長期ビジョン策定プロジェクト参画メンバーの
ピップ海外事業部海外事業課・木下絵美さん

 初回、事務局から提示された「プロジェクト推進の心得」には、10の言葉が並んでいた。「やるべき、より、やりたいを優先する」「みんなの議論を誘導しない」「懸念ばかりを書き出さない」などのなかで、プロジェクト参画メンバーでピップ営業第一本部広域第三支店長の辻本俊和さんは、「規模の小さい話にしない」「それ知らないを放置しない」の2つがとくに心に刺さったという。

 「長く営業部門にいると、現実的な話を先行してしまうのですが、最初にこの考えはいったん捨ててくださいと言われたことがその後の議論に大きく影響しました。それ知らないを放置しない、という心得も大きな学びを得るきっかけをつくってくれました。たとえば、海外で売れない商品について、海外事業部の木下さんは障壁があって売れないと言う。それはどういった障壁なのか、それは本当に障壁なのか、議論を深めていった結果、どうしたら海外で売れるようになるのかの議論に移る。スケール大きく可能性を感じる議論は新鮮で楽しいんですよね」(辻本さん)

 木下さんもまた、「所属している海外事業について、考えたこともない視点からの質問を受けることがありました。いったん持ち帰り、上司に情報をもらい次の検討会で説明するうちに理解が深まり、私自身もこれまで考えもしなかった視点で、考察ができるようになっていきました」と話す。

 辻本さんは、「部署の壁を越えて議論する機会を持ったことで、普段の業務では考えないような視座の高い問いかけができるようになった。そのおかげで、マーケットの変化や自社の強みを踏まえて自分が所属する部署で何ができるかを考え、メーカー部門との情報共有など他部署と連携して動けるようになった」と自身の成果を語る。

長期ビジョン策定プロジェクト参画メンバーの
ピップ営業第一本部広域第三支店長・辻本俊和さん

拡がりすぎた議論はその都度「軸」に戻す

 支援を担当したJMACの栗栖智宏は、製造業やサービス業など幅広い業種で100社以上の改革活動を支援してきた。栗栖の支援があって良かった点を聞くとプロジェクトメンバーは口を揃えて「議論が白熱したときの論点整理」を挙げる。議論が迷走し始めると、栗栖はパワーポイントで論点を1枚に整理してリアルタイムで構造的に見える化した。

「今、私たちは何を話しているのか」「その論点は、長期ビジョンのどの要素に関わるのか」、あるいは他社事例や業界動向を踏まえて「それはわが社らしい選択か」という点を毎回整理する。栗栖は、議論が拡がりすぎたときに戻る軸を提示することで、思考を拡散させず深く掘り下げるようにうながした。

傘下にあるピップは「ピップエレキバン」や「スリムウォーク」など自社開発商品の販売・製造を行う

 「たとえば、新規事業についての話は興奮してどんどん話が膨らんでいきます。一方で、既存事業の話は、実現性や現場との整合性などを考えると思考が止まりがち。栗栖さんのファシリテーションと論点整理があると、議論がよそゆきのアイデアで終わらずより現実的、具体的になるんですよ」(藤本さん)

 藤本さんには、検討会での深い議論を通して次世代を担う経営者としての気づきもあった。

 「薄く広く、さまざまな部署を経験してきましたが、現場の言葉に深く触れたのはこのプロジェクトが初めて。最前線にいるメンバーの熱量高い生声を聞いて、会社を良くしたいというエネルギーをどう受け止め、どう生かしていくかを考えさせられました。これまでの長期ビジョンも方向性は間違っていなかった。大事なのは、伝え方、浸透のさせ方なのだと実感しました」(藤本さん)

「トライ・ファスト!」始動 長期ビジョン浸透へ

 完成した「長期経営指針」のタイトルには、「トライ・ファスト! 提供価値をアッP!デート」が掲げられた。事業間の連携を高め、付加価値を向上しながら収益性を高める10年に—。「カスタマーファースト」「MAKE PIP GREAT AGAIN」「支える未来、動き出す今」「挑むピップ、チャレンジ」「開拓宣言、開拓宣言元年」など30案以上のなかから選ばれたこの言葉は、シンプルかつ行動をうながすフレーズとして社内に浸透しつつある。

「〝トライ・ファスト!〟には、考えてから行動までをテンポよくできるようになろう、失敗を恐れずたくさん挑戦しよう、試してみたことに対して検証するようにしよう、トライしている人に頑張ってと言う人ではなく、手伝える人になろうという考えが込められています。実際、上司から『〝トライ・ファスト!〟でいこう』と言われるようになり、スピード感ある挑戦ができる環境になってきたなと感じています」(木下さん)

 あわせて長期ビジョンの全社への浸透施策も進行中だ。辻本さんが中心となり、「トライ・ファスト!」をわかりやすく伝える動画を制作した。企画、撮影、編集など未経験でありながら辻本さんは1カ月で制作。まさにトライ・ファスト!を地で行く行動力で、事務局の創業家3人の語りかけをコミカル、ポップに8分間の社内向け映像に仕上げた。「長期ビジョンの言葉をつくっただけじゃない。行動につながる仕掛けを設計できた」と藤本さんはこのプロジェクトを評価している。

  

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』80号からの転載です。
※記事内容に関しては、取材時(2025年8月)のものです。

担当コンサルタントからのひと言

将来を担う若手技術者の育成には、OFFJTだけでなく、日常業務における経験から学習できるOJT環境をつくることが重要です。そのためには、ミーティングの場を“課題発掘”と“知恵集め”の場に変え、仕事の目標達成のために何でも言い合える雰囲気づくりが肝となります。こうした日常業務の改善が、若手技術者のコミュニケーションを活性化し、職場での経験を通じて自律的に成長する「好循環のサイクル」を生み出します。KLSの皆さんの今後のさらなる工夫が好循環をより大きくしていくことを期待しています。

栗栖 智宏

シンクロノス・イノベーションユニット
シニア・コンサルタント

2006年 JMAC社以来、製造業を中心に100社以上の改革活動を支援。経営計画や事業計画策定を中心に、多数の収益改革や業務プロセス改革の支援実績を有する。また、新規事業創出支援も手がけるなど、事業全般のテーマに対するコンサルティングを展開中。

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