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企業理念を体現する“7つのカギ” 出光「新行動指針」誕生の舞台裏

事例

2025.12.24

出光興産株式会社

池田上席執行役員と新行動指針策定プロジェクトのメンバー。出光興産本社にて

    

1911年創業の大手エネルギー企業。燃料油、基礎化学品、高機能材、電力・再生可能エネルギー、資源の各分野で、エネルギーと素材の開発・製造・販売を手掛ける。国内有数のサービスステーション網を保有。

  


大きな変革期にある、石油業界。その雄・出光興産では、2050年カーボンニュートラル・循環型社会の実現に向けた事業構造改革の取り組みを鋭意進めている。その一環として2025年に策定したのが「新行動指針」だ。同社のアイデンティティが色濃く表現されたこの指針がどう導かれたのか、その軌跡を追った。

出光興産の課題

事業構造改革の実現/企業理念の浸透・体現/人的資本経営の強化

企業理念に直結する 新たな行動指針の策定

 出光興産の主要ビジネスモデルは今、変革期のただ中にある。2050年カーボンニュートラル・循環型社会の実現に向け、同社は2030年ビジョン「責任ある変革者」を掲げ、事業構造改革投資と人的資本投資の両輪で事業ポートフォリオ転換を推し進めている。

 2021年に成文化した企業理念「真に働く」は、全社員が一丸となって事業構造改革を推進するための拠りどころであり、社員一人ひとりが「真に働く」を体現することこそが、事業構造改革のキードライバーになるととらえる。その一環として臨んだのが「新行動指針」の策定だ。

真に働く

 上席執行役員人事管掌の池田和馬さんは、背景にあった当時の課題を振り返る。
 「当社は2019年、昭和シェル石油との経営統合を機に、行動指針を新設しました。当時の行動指針は、大事にしたい価値観が網羅的に表現されている一方、用語が汎用的で当社らしさが感じられないという声が、社員から多く寄せられていました。その要因は、企業理念の成文化に先行して行動指針を策定したため、企業理念との結びつきが薄くなっていたことにあります。そこで、企業理念に直結する新たな行動指針を策定することにしたのです」

 さらに、この新たな行動指針は人事評価の項目とも一体化している。

 「当社の企業理念『真に働く』は、社員の間での認知度・共感度は高まりを見せているものの、実際の行動にどのように落とし込めばよいかわからないという声が多くありました。企業理念に直結する行動指針を評価項目と一体化することで、上司・部下間での共通理解につながり、日常業務の中でより企業理念の体現を意識できるようになることをねらいとしました」(池田さん)

上席執行役員 人事管掌兼人事部長・池田和馬さん

 JMACは、この取り組みの伴走役を務めた。プロジェクトの立ち上げ当初から携わる人事部企画課の竹内雅巳さんは、こう話す。

「JMACには2023年から当社の人財戦略を包括的にサポートしてもらいました。そのため、JMACは当社の実情や人事施策をよく理解してくれていました。また、人事コンサルティングの経験も豊富で、専門的・先進的な知見をベースにしたアドバイスやファシリテーションに期待しました」

 こうして出光興産では2023年4月、当時の丹生谷晋代表取締役副社長を含む10名弱の人事関係メンバーからなる特別チームを立ち上げ、新行動指針の策定にあたった。

同プロジェクト発足時から参画した人事部企画課 専任部員(人事制度企画担当)・竹内雅巳さん

〝壁打ち〟の積み重ねで設計全体の深みが増した

 同チームでまず取り組んだのが、企業理念の読み解きだ。プロジェクトの運営役を務めた人事部企画課の長谷場友さんは、こう明かす。

 「何よりものミッションは、企業理念を体現できる行動指針をつくること。そこでまず『真に働く』に付帯するステートメントの一文一文を取り上げ、『社員に求めている人財像』とは何かについて集中討議を重ね、読み解き、言語化したんです」

 そうして言語化した人財像を携え、各部室の人事担当役職者、社員の声を収集する役割を担う出光社員会の理事、社外取締役や経営層など、さまざまな階層と複数回の意見交換を行いながら推敲を重ねた。

同プロジェクトの運営役を務めた人事部企画課 専任部員(人事制度企画担当)・長谷場友さん

 その中でJMACは、素案の提示、討議のファシリテーション、資料作成などを担った。プロジェクトに参画した人事部企画課の立野宏美さんは、こう評価する。

 「JMACは、私たちとの壁打ちにとことん付き合ってくれて、それがとくに力となりました。各所から出たさまざまな意見を持ち帰っては、どう考えるべきかをJMACと何度も議論して。それがあったからこそ設計全体の深みが増し、私たちの理解も深まり、あわせて社員からの多様な問い合わせにも自信を持って答えられるようになりました」

 こうしたJMACとのセッションは週次で3時間程度行われ、多くはオンラインではなく対面で実施した。プロジェクト開始以降、その回数は100回近くに及んだ。

同プロジェクトに参画した人事部企画課 専任部員(人事制度企画担当)・立野宏美さん

〝エッジ〟の効いた表現を採用した新行動指針

 こうした熟議を経て策定されたのが、3つの基本姿勢「徹底的当事者意識」「飽くなき成長意欲」「誠実・相互信頼」と、4つの能力「大胆に挑み続ける」「常に考え決断する」「相違を乗り越える」「人を活かす」からなる、7つの行動指針だ。

 この中でもとくに重要で、指針の根幹となるのが「徹底的当事者意識」である。出光興産では、社員一人ひとりが経営者意識を持ち、自らの責任と権限で働く「独立自治」という考え方を、創業者・出光佐三の経営理念のひとつとして大切に受け継いできた。また昭和シェル石油では、指示を待つのではなく主体的に考えながら動く「自律考動」を、行動指針のひとつとして掲げてきた。

 「両社がこれまで大切にしてきた、そして今後も堅持していきたい価値観である『自分はどうしたいかを明確に持ち、自らの考えで周囲を巻き込みながら物事を推進すること』が人財像の核になっています。7つの行動指針には当社の特徴的な表現をふんだんに盛り込んでいますが、何よりも当社らしさを表しているのが、この『徹底的当事者意識』です」(竹内さん)

 7つの行動指針は「徹底的」「飽くなき」「常に」といった特徴的な表現を用いており、一般的な企業の行動指針と比べてエッジの効いた印象となっている。
 「当初は『言葉が強すぎる』『均一的な人財を求めているように感じる』『いや、当社らしくていい』など賛否両論がありました。JMACを交えて何度も議論し、最終的には事業構造改革を実現するには力強さは不可欠であると判断し、この特徴的な表現を採用しました。一方で、どれくらい『徹底的に』行動するのかといったレベル感は、『等級定義書』の中で表現しました」(立野さん)

7つの行動指針

 この「等級定義書」は、7つの項目ごとに求める水準を社員の等級別に定めたもので、新たな行動指針の策定に合わせて同チームで全面的に再整備した。
 「7つの行動指針は評価項目でもあるため、育成評価制度の運用に耐えられるよう、等級定義書は言葉一つひとつの細部に至るまで非常にこだわりました」(長谷場さん)

 同書は目標設定や評価の場面で全社員の共通の物差しとして参照される。これにより、社員一人ひとりが7つの行動指針を、自身に求められている具体的な行動へと落とし込んで理解できる設計となった。

〝自分ごと化〟を促す 理解浸透策の展開

 ここから同チームは、もうひとつの大きなミッションに取り掛かる。新たな行動指針を社内に浸透させることだ。まずは2025年2月に、行動指針に関する全社説明会を実施。司会は立野さんが務め、登壇者との掛け合いを取り入れるなど、フランクな雰囲気づくりを心がけた。策定プロセスで悩んだ点も率直に共有し、副社長自らがこれまでに「徹底的当事者意識」を感じたエピソードも語った。こうした工夫で、参加した社員が新たな行動指針を自分ごととしてとらえられるようにした。

 そして4月からは、日本全国の各部室および海外拠点に同チームが出向き、理解・浸透を図る取り組みがスタート。ここでは、大きく分けて説明会形式と座談会形式の2種類を、部室と相談しながらカスタマイズして展開している。説明会形式では、全社説明会の内容をかみ砕き、行間の部分を補足説明するとともに、部室のメンバーが行動指針を意識したエピソードを紹介するなど、双方向性を意識したつくりとした。一方の座談会形式は、部室メンバーを少人数グループに分け、新行動指針に関する意見を出し合う場とした。
 「とくに座談会は、自分で考えて発表し、それに対する意見を周囲からもらうことで、より行動指針に対する理解が深まり、自分ごとにとらえられる面が強いように思います。手間はかかりますがとてもいい取り組みだと感じています」(長谷場さん)

東北支店で実施された座談会。7つの行動指針について、各自が意見を出し合った

 7月末までに同チームでは、全60部室中26部室を訪問。訪問済みの20部室を対象に実施したアンケートでは、理解度・共感度とも「かなりできた」「おおむねできた」という肯定的な回答がおよそ9割を占めた。長谷場さんは「実際に現場の方々と相対することで『すごく理解が深まった』『行動指針に愛着が持てた』といった生の声を聞け、大きな手応えを感じています」と語る。

 一方で、新行動指針を評価項目として運用するにあたり、「評価者と被評価者間で認識の齟齬が起こらないか不安」などの声も一部で挙がっているという。
 「等級定義書やガイドブックなどのツールは整備していますが、最終的には上司・部下間での認識のすり合わせが何よりも重要です。今まで以上に丁寧なコミュニケーションを促す必要があると実感しています」(立野さん)

 同チームは2025年度内に、全60部室で理解浸透策を展開することを目指す。さらに、アンケートなどで得たフィードバックをもとに改善を重ね、浸透度を定点観測しながら2026年度以降も続けていく計画だ。竹内さんは、継続の大切さを強調する。

 「浸透・定着にはあと数年はかかると考えています。社員一人ひとりがこの新たな行動指針を自分ごととして深く理解し、実際の行動に移すことができたとき、企業理念『真に働く』を体現できたと実感できるはずです。当社のあり方を的確に理解し、共に歩んだJMACには、引き続き専門的かつ先進的なアドバイスをいただきたいと思っています」

 表面的な変化ではなく、本質的な変革に真摯に臨んでいるからこそ、時間を要する。出光興産の変革の旅路は、この先も続く。

   

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』80号からの転載です。
※記事内容に関しては、取材時(2025年8月)のものです。

担当コンサルタントからのひと言

経営統合時に制定した行動指針を再定義したことは、会社にとって大きな変化だったと思います。その源にあったのは事業構造改革の推進。事業戦略と人財戦略を連動させながらも、日頃から社員の行動を会社側がよく観察して決断されたことに、「常に考え決断する」を見ました。

また行動指針の言葉一つひとつとっても、こだわりを持って議論を何度も重ね、社内コミュニケーションも丁寧に行われたことに、「徹底的当事者意識」を見ました。今回の活動自体がまさに「企業理念の体現」だったととらえています。

村上 剛

組織・人事コンサルティング事業本部
シニア・コンサルタント

大手製造会社にて総務・人事・経理、経営企画、事業開発、法人営業、業務設計コンサルタントを経験して現職。人事制度改革や人材育成推進など人材マネジメントを専門領域とする。近年は、人的資本経営の推進、ビジネスに貢献するHRやダイバーシティの推進など、より経営や事業に貢献する人材マネジメントにも注力。支援業界は、製造業を中心に、商社、金融、サービス、印刷、IT、独立行政法人など多岐にわたっている。

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