アネスト岩田株式会社
未来をどこに置くか。 課題を共通言語で議論できる価値

事例
2025.12.25
株式会社セイバン

本社と工場を集約した新工場によって業務効率化はもちろん、社員同士の連携も深まった
「天使のはねランドセル」のブランドで高い知名度を誇るセイバン。一時は少子化やニーズの多様化に対応できず、ブランド存続の危機に陥っていた。窮地に立つ会社の経営を託された若き4代目社長は、旧態依然の体制に直面しながら、どのような改革を進めてきたのか。その軌跡をたどる。
セイバンの課題
余剰在庫の削減/直販の推進/現場の意識改革
「このままでは本当にブランドが終わってしまうと危機感を持ちました」そう過去を振り返るのは、ランドセル製造大手・セイバン代表取締役社長の泉貴章さん。
「天使のはね」で広く知られ、トップクラスのシェアを誇る同社だが、かつては老舗ゆえの古い体制に縛られ、時代の変化に追いつけずにいた。生き残りをかけて泉さんが主導した大胆かつ的確な改革を振り返る。
泉さんの曽祖父が1919年に創業したセイバンは、第二次世界大戦後、兵庫県内の工場で本格的にランドセル製造を始めた。
泉さんの父で3代目社長の正義さんは「背負いやすさ」を追求し、軽量化に尽力。2000年代に入ると、体感重量を軽くするために肩ベルトの付け根に樹脂パーツを内蔵してベルトを立ち上げ、肩や背中に密着させる仕組みを開発した。このパーツが羽の形に似ていたことから誕生したランドセル「天使のはね」は2003年に販売開始。テレビCM効果もあり、大ヒット商品に。
一方、1974年生まれの泉さんは大阪大学工学部で生物工学科を専攻。大学院では微生物について研究し、卒業後の2000年、サントリーへ入社した。在職中はビールの商品開発を担当するなど充実した日々で、経営学修士(MBA)も取得。家業を継ぐつもりはなかったが、病を患った正義さんから後を継いでほしいと頼まれ、2010年10月、セイバンに入社した。
そのころはプリントをA4のファイルで持ち運ぶのが日常的になり、従来のランドセルには入れにくいという声が増えていた。そこに登場した大手流通スーパーが売る大きいサイズのランドセルに人気が集中。「脱ゆとり教育」で教科書も増える中、コンパクトなセイバンの商品は在庫が余る事態となっていた。
また、かつては黒と赤の2色が定番だったが、2001年に同スーパーが24色展開を始め、カラーの多様化が徐々に浸透。しかし製造元としては赤と黒だけをつくった方が効率良く、セイバンでは他のカラーの商品製造の遅延もあったという。
これらの変化への対応を試行錯誤していた矢先、2011年1月に正義さんが急逝。その翌月、入社わずか4カ月の泉さんが社長に就任し、改革の舵取りを担うことに。
「どうしようかと迷っていたとき、サントリー時代の友人から『ザ・ゴール』という書籍を紹介されました。本にはボトルネック(業務全体の流れを妨げる要因)に注目する制約理論を通じ、〝全体最適〟を重視する視点が示され、これだと。それで流れの悪いところを集中的に改善し、全体の流れを良くすることをコンセプトにしたのです」(泉さん)

工場に併設された直営店で笑顔を見せる代表取締役社長・泉貴章さん
まず取り組んだのが生産数の調整と流通構造の変革だ。当時は10社ほどの卸問屋を介して小売業者へ卸すという流通体制をとっていた。卸問屋は「天使のはねは売れるから」と大量注文してくれたのだが、実際は販売不振で在庫過多となり、最終的には値下げして叩き売る状態に。
「このままでは、育ててきたブランドがダメになってしまう」と危機感を抱いた泉さんは生産数を抑制し、ブランド価値を守ろうと指示。だが、現場からは反発の声が上がった。「先代のころは、とにかくつくれと言われてきたので理解できなかったのだと思います」(泉さん)
生産数を半分に絞ると売り上げも下がり、幹部からは「会社を潰す気か」という声が飛んだ。しかし泉さんには確固たる信念があった。
「つくりすぎて在庫を余らせることが良くないのは前職のサントリーでも、MBAでも学びました。まずは売れるものを必要なだけつくることを徹底しました」(泉さん)
市場の変化は速く、商品にはデザイン性が求められ、購入時期もどんどん前倒しになっていた。卸問屋の注文に頼っていてはお客さまのニーズがつかめず、生産計画を立てられない。そのため段階的に卸問屋との取引を減らし、小売業者との直接取引や直営店の運営でのニーズを把握し、生産計画に落とし込む「需要連動型生産」に変えていくことにした。
「見通しなくつくりすぎ、安売りされる事態にならないよう販売動向を見定め、生産数を調整するようにしました」(泉さん)

工場併設のミュージアムに展示されたランドセルのパーツ。
点数の多さが見てわかる
多様化するニーズに応えるには多品種少量生産に転換し、変化に対応できる体制が必要だ。しかし当時の現場は「パーツがそろったものからつくる」という認識で、製造途中の仕掛かり品が工場内に滞留し、場当たり的な生産が続いていた。そこで泉さんはJMACに支援を要請し、サプライチェーンマネジメント(SCM)改革に取り組み始めた。
当時、ランドセルの生産指示から箱詰めまでのリードタイムは100日近くもかかっていた。課題は仕掛かり品をいかに減らすか。そこで製品をひとつずつ順番に次の工程へ流す「1個流し」の生産方式を推進。「必要なものを、必要なときに、必要なだけつくる」、トヨタ生産方式でいう「ジャストインタイム」の考えを取り入れ、仕掛かり品や在庫を減らそうと努めた。
また、ランドセルのパーツは小さなものまで含めると250個以上にもなる。以前は下請け業者や個人の内職に製造を任せたパーツが多くあり、品質管理が難しいという課題もあった。そのため、外注をやめてパーツは内製化。資材管理の見直しにも着手した。
何よりランドセルの製造には多くの手作業が生じ、完全な機械化は不可能。職人技が支える職場だからこそ、一人ひとりに意図を理解してもらわなければ改革は進まないのは明白だった。

ランドセルの製造過程では、今も手作業が欠かせない
そもそも泉さんが入社したころは町工場の延長のような雰囲気で、各工場で独自のルールがはびこり、会社としての人事部もないような体制。そのような環境を変えるため、泉さんは組織体制を整えるとともに、従業員らに全体最適の大切さを訴え続け、ときには衝突も恐れず対話と議論を繰り返してきた。
JMACのコンサルタントも現場に入り、5S活動やSCM活動の普及をサポート。現場でキーマンとなる幹部には研修や他社見学を通じて見識を広げてもらい、意識改革を促した。
「目指すベクトルが一致するまでに7年かかりました」(泉さん)
ランドセルの製造現場では、立体のフォルムを縫う作業など随所で巧みな技術を必要とする。だからこそ、作業の標準化や見える化の推進も不可欠だった。
泉さんは「誰かが休んだら製造が止まる、という状況にならないよう、多くの人が従事できる仕組みをつくりたいと考えました」と振り返る。検品作業でも品質規格標準を明文化し、担当者によって基準が変わらないようにした。
取り組みの結果、2018年にはリードタイムが5日と大幅に短縮。だが県内3カ所に分散する工場と本社を一個所に集約できれば、さらに短くできるはずだった。実は泉さんは社長就任当初から工場を集約し、移動にかかるロス解消や、各工程の連携強化を図りたいと考えていた。
そこで創業100周年の記念事業として、兵庫県たつの市内に敷地面積約2万2000平方メートル、のべ床面積約8800平方メートルの本社兼工場を建設。直営店やミュージアムも併設し、2020年から稼働を始めた。
「SEIBAN SMILE FACTORY」と名づけられた新工場は壁のない見通しの良いフロアで、資材のピッキングから完成品の搬出までスムーズに進行する。ランドセルは、一定数を1ロットとして生産し、日ごとに複数ロットを製造。ランドセル事業部生産部長で工場長の藤田督大さんによると、その日に製造する分だけの資材がラインで流され、やることが明確に示されているため作業者に迷いはないという。
藤田さんは、普段からできるだけ現場に入り、整理・整頓の徹底や作業手順の遵守を第一に声かけを続ける。そのうえで「さらに改善できるところはないか、みんなの声を聞くようにしています」と語る。

ランドセル事業部生産部長兼工場長・藤田督大さん。
黒い帽子は工場長であることを示している
工場内ではボールペン一本に至るまで道具類を徹底的に管理し、異物混入を防止。各工程では仕掛かり品を置くスペースなどを区分けし、コンパクトに整理されている。必要に応じてレイアウト変更ができるため、改善活動もやりやすい。
ほかにも従業員のかぶる帽子はベージュを基本とし、工場長は黒、主任は黄色、新入社員は緑など一目で立場がわかるようにするなど随所で工夫。工程技術の難易度を設定し、従業員のスキル、標準作業時間なども一覧で張り出し、見える化している。
さまざまな改革の結果、新工場でのリードタイムは3日と大幅に短縮された。工場の集約で全工程が見通せるようになり、理想としていた「全体最適」が一段と進んだ形だ。

手作業の必要な工程が多く、たくさんの従業員が働くが、整理・整頓が徹底され滞りなく作業が進む
次の100年を目指して新たな一歩を踏み出すため、2019年に刷新されたスローガンは「Making quality with love.」。「愛情のものづくり」をベースに、子どもとその家族を幸せにするサービスを提供する企業、そしてグローバルな展開を目指す決意表明でもあった。
「子どものためにいいものをつくる、というDNAは、社内で自然と受け継がれてきました。そこで、さらに一歩踏み込み、自分たちがつくっているものは、ただのカバンではなく、愛情の象徴的なものだという思いを明文化しました」(泉さん)
ランドセル事業で培った確かな技術をもとに2020年からは大人向けバッグブランド「MONOLITH(モノリス)」を展開。さらには保育事業やメディア事業に取り組むなど経営の多角化を進め、コロナ禍で中断した海外展開も今後、強化していきたいという。
泉さんがかつて勤めていたサントリーでは、創業者・鳥井信治郎氏の口癖だった「やってみなはれ」の文化が息づいていた。この言葉に代表されるような挑戦の風土を、泉さんはセイバンにも根づかせたいと願う。
その思いに応えるように、藤田さんは「常に新しいことにチャレンジしていく工場にしたい」と語る。実際、今までにない斬新な発想で新しい製品づくりに挑戦するチームも動き出している。子どもとその家族を幸せにするために。

流通構造の抜本改革とその思想に対応するための生産体制の再構築。この両輪の取り組みは、業界を超えあらゆる製造業で大いに参考になるはずです。ポイントを一言で集約すれば「生産から販売に至るサプライチェーン上の商材すべて(製品・仕掛かり・材料)をいかに同社主導でコントロールするか」。その姿を描くには豊かな想像力が求められますが、従来の当たり前を否定して従業員に思考転換を図り、新しいやり方を仕組み化し実行につなげてきました。この困難さが背景にあることを読み取ってください。
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dXコンサルティング事業本部
シニア・コンサルタント
生産戦略と呼応した生産システム再構築を領域とし、新工場建設、生産プロセス再設計領域で活躍。TP(Total Productivity)マネジメント手法や、IPS(理想目標コスト)手法によりものづくりの収益性向上を支援。JMACスマートファクトリー研究会でIoTをコアコンセプトとした今後のものづくりのあり方を研究。
自立・自走できる組織へ
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