広島県
「自治体主導型リスキリング」で 地域企業の変革を後押し

事例
2025.11.19
広島県

リスキリングを推進する広島県商工労働局人的資本経営促進課の職員。広島県庁前にて
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マツダを中心とした自動車や機械、電機、電子部品などの加工組立型産業、鉄鋼や造船などの重厚長大型産業が瀬戸内海沿岸に集積。地形を生かした漁業、養殖業も盛ん。県経済の成長は輸出動向に左右されやすい。
人材を「コスト」ではなく「資本」ととらえ、積極的に投資する時代へ。広島県では2022年度から、自治体主導のリスキリング推進に踏み出している。県内の産業構造の転換を迫られる製造業や、慢性的な人手不足を抱える介護業など多種多様な業種が対象だ。リスキリングの“広島モデル”が今、全国から注目されている。
広島県の課題
DX・イノベーションの推進/人材確保/地域産業の振興
リスキリング推進における企業・従業員・県の役割
「自動車、造船、鉄鋼などの重工業から、電気機械や電子部品などの先端産業まで、ものづくりを軸とした層の厚い産業群が広島県には集積しています。ただ、これまでのやり方のままで今後も競争力を保てるかというと、そうではない。設計や製造の現場ではすでにデジタル化が進み、〝人がやらない仕事〟が増えています。今までになかった新たな仕事が生まれていくでしょう」と、広島県商工労働局人的資本経営促進課長の上杉嘉之さんは話す。技術革新やビジネスモデルの変化に対応し、経営課題を解決するにはどのような人材が必要かを見極め、育てていけるかどうかが今後のビジネスの成否を握る。ただ、すでにDXを進めている大手企業はいいが、県内の自動車関連産業は、マツダを中心に300〜400社の中小サプライヤーが裾野を形成している。
「DX人材が必要だから育てなければと考えても、中小企業では通常業務が忙しく余裕がなければ手つかずになることもあります。県が先頭に立ってリスキリングを推進する必要があると考えました」(上杉さん)

左から商工労働局人的資本経営促進課参事・應和誠士さん、同リスキリング推進グループ主査・岡村徳久さん、同課長・上杉嘉之さん
広島県では2022年4月に、地方自治体では全国初となる「広島県リスキリング推進検討協議会」を設置。公労使の代表者を構成員としたこの協議会で、これからの企業に求められる人材育成としてのリスキリングの推進と労働者の円滑な労働移動を支える社会のあり方を検討し、2023年8月「リスキリング推進ガイドライン」を策定した。現在はそのガイドラインをもとに、県内企業のリスキリング促進に取り組んでいる。

取材を行った「イノベーション・ハブ・ひろしまCamps (キャンプス)」は、新たなビジネスや地域づくりにチャレンジする人々が集まる、イノベーション創出の拠点として利用されている
数ある広島県のリスキリング推進施策のなかで、JMACが支援したのはガイドライン策定後の2023年度事業の「リスキリング推進人材の育成研修」と、2024年度事業の「人事制度に関する伴走コンサルティング」だ。最初の支援では、ガイドラインに沿った形で全5回の実践研修と個別フォローを実施した。
リスキリング推進に向けた取組手順(ステップ)
たとえば、ステップ1のリスキリングの方針決定では、基本講義として「外部環境の変化(DX等)による新たな業務需要の拡大と減少に対応して、 企業等の経営戦略や人材戦略のもと、企業の主導によって、従業員が今後の新たな業務などで必要となる知識やスキルを習得し、活用(業務を創造・高度化)すること」という広島県のリスキリングの定義について説明。そのあと、各企業それぞれの戦略実現や経営課題解決のために必要となる「スキルの特定」を行った。講義だけでなく基本講義の内容をもとに、コンサルタントを交えて相談しながら自社について検討、活発な議論の時間を持った。
「単なる知識提供ではなく、〝この研修を受けたら、社内に持ち帰ってすぐに議論できること、実際、何を変えられるか〟に徹底的にこだわりました。対象は県内の経営層でしたが、各社2人での参加を強く推奨したのはそのためです。その場で2人で相談したり、社内に持ち帰って一緒に考えられるような後押しをしました。研修終了時には、演習で使用したシートがそのまま自社の計画となる、あるいは社内プレゼンで利用できるフォーマットを提供しました」(JMAC 庄司実穂)
ステップごとに、先進事例として身近に感じられる規模感の企業をゲストに招き、リスキリング推進の苦労などを紹介。まねできるところなどを自社に持ち帰るようにうながした。ステップごとの内容に応じて専門コンサルタント5人が持ち回りで講義を担当し、個別相談会ではできるかぎり相談したい内容や業界に詳しいコンサルタントが具体的なアドバイスをするようにした。
続く「リスキリング推進のための評価・処遇制度導入支援」では、単なる人事評価表の見直しで終わらせることなく、学びをどうやって評価や処遇にむすびつけるか、JMACの人事専門のコンサルタントによる個社支援も含め、実践につながる研修とした。
同課リスキリング推進グループ主事の穴水佑樹さんは、「ガイドラインに沿った形で〝こういった評価をすると人材のモチベーションが上がりますよ〟といった話だけでなく、自社の状況を題材としたワークショップによって、新たな制度づくりのイメージがしやすかったのだと思います。人材のリスキリングをうながすことと、リスキリングによる成果を活用できる部署に配属されること、スキルを身につけたことで給与がアップすることは表裏一体の取り組みとして重要だということも参加企業にしっかり伝えることができました」と振り返る。
JMACの庄司も、「学びの継続と企業への定着につながり、採用時に選ばれる会社になるということを経営層にしっかり浸透させることが重要」だと強調する。

同課リスキリング推進グループ主事・穴水佑樹さん
広島県では、全国の自治体に先んじて、リスキリングの専門部署を設けている。経営者や人事担当者を対象に、人的資本経営の重要性やリスキリングの概念などを伝える「人的資本経営理解促進セミナー」を開催。補助金制度の実施や各社の状況に応じたコンサルティングにも力をいれ、リスキリングを通じた成長産業への労働移動を目指していることが評価され、2024年度に「日経リスキリングアワード」を受賞した。
こうした県の積極的な取り組みによって、具体的なリスキリングの推進事例は数多く生まれている。たとえば、介護事業を行う社会福祉法人・正仁会では、リスキリングの対象者がクラウドアプリ活用やマニュアル作成、プログラミングなど実践を見据えた学びを実施。アプリを開発して、これまで紙ベースで管理していたデイサービスの利用状況を一元管理、可視化することで業務効率化につなげた。
「職員の方々はつねづね、施設利用者との対話時間をもっと増やしたいと思っていました。そこで、直接的ケア以外の間接的業務をデジタル化することで、空いた時間を直接的ケアに回すという方針を固め実現されました。職員のなかには、部下のマネジメントが課題だという方や人材の入れ替わりが激しすぎるという方もいる。経営層だけでなく現場の方々の声を拾うことで、リスキリングで解決する経営課題は企業のDX化だけではなく、リスキリングは現場の希望をかなえるための手段でもあることを実感しました」と同課リスキリング推進グループ主任の新田一希さんはいう。

同課リスキリング推進グループ主任・新田一希さん
広島県では、2022年度から「リスキリング推進宣言制度」も展開している。これは、企業が社内だけでなく対外的にも「リスキリングに取り組む」と宣言するもの。

県内企業が社内外にリスキリングに取り組むことを宣言することで、リスキリング推進の機運向上を図っている
「開始当初はリスキリングという聞き慣れない言葉に対する理解が進まず難航した」と、同課リスキリング推進グループ支援員の岡村明子さんは当時について語る。県はセミナーなどで丁寧に、人材を「コスト」ではなく「資本」としてとらえ、人材に投資することで企業価値の向上を図る経営のあり方を人的資本経営ということ。リスキリングは、この人的資本経営に必要な手法の1つと位置づけられること。人材の成長を後押しする人的資本経営の重要性を伝え続けた。結果今では、500社超がリスキリング推進を宣言している。

同課リスキリング推進グループ支援員・岡村明子さん
「ここ数年、学生の就職活動では、自分が成長できる会社かどうかが重視される傾向にあります。この宣言制度に登録することで、従業員の学び、成長を後押しすることを重視し、共に成長しようと考えている企業なのだということを就職希望の方にアピールできると県内企業の経営層や人事担当の方々に認識されているようです。SNSで発信する企業も増えていて、若年層の関心も高まっています」と、同課リスキリング推進グループ主事の王野ゆ海さんは説明する。

同課リスキリング推進グループ主事・王野ゆ海さん
今後の展望について、同課リスキリング推進グループ主査の岡村徳久さんは次のように語る。
「経営戦略にリスキリングが組み込まれていない企業もまだまだ多い。十数人規模の企業でも数百人規模の企業でも、リスキリングはできるのだと伝えたい。経営者層にリスキリングの意味と価値を知っていただき、従業員に学びの楽しさを知ってもらう。リスキリングを文化として根づかせ、地域経済の持続的成長につなげていくことが次のチャレンジです」
広島県はリスキリングを「成長戦略を実現する人材投資」と位置づけ、さまざまな施策にチャレンジしながら企業支援に取り組んでいます。変化の激しい時代、企業と個人が共に幸福になるために、学習と成長への思いを深く分かち合う企業経営へ変革が求められています。技術や事業の展開シナリオだけでなく、人・組織の進化を経営計画にいかに具体的に組み込むか。社員の動機や能力を引き出し、その挑戦を後押しする経営をいかに内外に示すか。社会との共創、持続成長の実現策とすることが支援のポイントです。
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R&Dコンサルティング事業本部
シニア・コンサルタント
「顧客の顔が見える研究・開発」、「自ら提案するプロアクティブな集団」、「一人ひとりの能力を最大化するマネジメント」を目指すみなさんとともに、日々、現場第一線で奮闘中。
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