人的資本経営の「今」と「これから」 ~“真“の人的資本経営の推進に求められること~
人事制度・組織活性化


「人的資本経営」という言葉がよく聞かれるようになって数年が経過した。人的資本経営は今、どのような状況になっていて、2026年以降はどうなっていくのか。そして、各企業が人的資本経営を推進していくために何が求められるのか。
ここ数年の状況を振り返り、人的資本経営の2026年以降の展望を考える。
2020年の「人材版伊藤レポート」を皮切りに、2022年には内閣官房から「人的資本可視化指針」が出され、人的資本情報の開示におけるガイドラインが示された。また、2023年には一部の人的資本情報の開示が上場会社に義務化され、有価証券報告書や統合報告書等において、多くの人的資本情報を目にすることになった。経済産業省が2024年に上場企業を対象に行った「人的資本経営に関する調査」では、2022年の同調査と比較して全ての項目において2024年調査のスコアの方が「高い」か「同じ」であった(※1)。筆者がいろいろなクライアントと接する中でも感じているが、人的資本経営は前進しているととらえている。
一方で、多くの企業では、まだまだ「途上」の段階であるともとらえている。先の経済産業省の2024年調査でも、すべての設問で「5(対応策を実行し、その結果を踏まえ必要な見直しを実施)」と「6(実行した結果、成果創出に明確に寄与)」の回答がなかった*1。また、弊社が2024年に日経平均株価の採用銘柄225社の2024年決算の有価証券報告書における人的資本情報の開示状況について調査したところ、「指標の独自性」の平均評価点は設問項目の中で一番低く、2023年に調査した評価平均点と変わらなかった(※2)。
これまでは、人的資本情報の「開示」に追われ、各企業で行っている人事施策を開示義務やガイドラインに沿って示している感が強かった。しかし、それらの施策の成果や価値の創出にたどり着いている企業は少なく、人材戦略やKPIの独自性を明確に打ち出している企業も多くないととらえている。
「開示」によって人的資本を「見える化」することは、“見えないものはマネジメントできない”という意味で重要である。しかし、「見える化」が進んだ今こそ、“真”の人的資本経営の推進が求められる。それは、人的資本情報の開示を通して企業内外のステークホルダーとの対話を積み重ね、企業独自の人的資本経営の課題と取り組み施策を明確にし、その実行と検証を繰り返して人的資本の価値を創出することである。
形式的な人的資本経営に終わらせないために、2026年以降は人的資本経営の「現場実装」が重要と考える。「現場実装」とは、全社の経営・人的資本経営方針に沿いながら各部門の現場実態を踏まえて人材戦略・施策を立案し、現場従業員への理解・浸透を丁寧に行いながら、人的資本経営のPDCAを現場で着実に回していくことである。「開示」に追われた人材戦略・施策でなく、現場実態に基づいた人材戦略・施策でなければ、成果や価値創出につながらない。「開示」が進んだ今こそ、「現場実装」に舵を切っていくときではないか。そのためには、以下の3つの取り組みが重要と考える。
事業ビジョン・戦略を実現・実行するために必要な人材はどのような人材か、その人材は現在何人存在していて今後何人まで増やすのか、それはどのような手段(採用・育成・異動等)で増やすのか、を具体的に定めている組織は、まだまだ少ないと感じている。
人的資本経営の「核」となる人材戦略について、経営全体としては人事部門が経営企画部門等と連携して策定していると思うが、各部門の事業戦略の立案・実行支援までは人事部門が関わり切れていない企業が多いのではないだろうか。その役割を担うHRBP(HRビジネスパートナー)が存在している組織はそこまで多くない。組織として各部門の実態に即した人材戦略の立案・実行支援を経営的観点から見極めて行っていくことは、人的資本経営の「現場実装」において重要である。
人的資本経営は組織の観点だけでなく、そもそもの人的資本である従業員の観点を忘れてはならない。既に副業や社内兼業、越境学習など従業員のキャリア自律支援やリスキリング施策を実行している企業も多いだろう。経験や学習の機会の付与は成長において重要であるが、各従業員のキャリア自律や成長に“心から”寄り添えているかを、今一度確認したい。
部門マネジャーの立場からすると、従業員のキャリア自律・成長支援は部下が自部門から離れるリスクもあるが、従業員は一部門の人ではなく、企業に属する存在である。従業員のキャリアや成長に“心から”寄り添うことは、「自分はこの環境で仕事ができることが幸せだ」というウェルビーイングの状態につながり、人的資本の能力が最大化される。人的資本には「心」があることを忘れてはならない。
組織として人材戦略やKPIを設定して施策を実行しようとしても、現場のマネジャーが内容について背景を含めて理解していないことが多い。「現場実装」においては、現場のマネジャーが人事戦略等の内容をしっかりと理解し、部門メンバーを動員・動機づけしながら推し進めていくことが必要である。
一方で、人手不足もあって現場のマネジャーが“疲弊“し、人的資本経営どころではなく、「プレーヤー」として動いていることの方が多いのが現場の実態であろう。現場のマネジャーへの説明・対話およびスキル面・精神面の支援を丁寧に行うことは、「現場実装」においてとても重要な取り組みである。
2026年は人的資本経営の推進においても、AIの活用は益々広がるであろう。人手不足の中では、AIエージェントを人材戦略の中にしっかりと位置づけたり、各従業員や現場マネジャーに寄り添うパートナーとしてAIを位置付けたり、AIを「価値を創出する存在」として捉えていくことが欠かせなくなるであろう。
AIがこれだけ浸透してくると、「人間ができること」が益々問われてくるが、人的資本経営を通して社会に価値を提供していくという「志」は人間にしか持てない。その志は、純粋に社会を良くしたいという「誠」の心から発せられるものである。AIと人間の共存は2026年以降、いよいよ本格的になっていくが、AIの成長とともに人間の成長、すなわち「誠」の心を育んでいく取り組みが、“真”の人的資本経営の基盤となると考える。
人的資本経営のカタチは各社各様である。本稿が貴社独自の人的資本経営をデザインする上での一助となれば幸いである。
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組織・人事コンサルティング事業本部
シニア・コンサルタント
大手製造会社にて総務・人事・経理、経営企画、事業開発、法人営業、業務設計コンサルタントを経験して現職。人事制度改革や人材育成推進など人材マネジメントを専門領域とする。近年は、人的資本経営の推進、ビジネスに貢献するHRやダイバーシティの推進など、より経営や事業に貢献する人材マネジメントにも注力。支援業界は、製造業を中心に、商社、金融、サービス、印刷、IT、独立行政法人など多岐にわたっている。
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