働きがい向上のヒント
第2回 「あいさつ」ができる職場、できない職場~職場の相互理解と尊重の第一歩をどう踏み出すか~
- 人事制度・組織活性化
江渡 康裕
第1回では、職場のマネジメントにおける「デジタル」と「アナログ」の使い分けについて取り上げた。IT企業でのホワイトボードを活用した朝礼の事例を通して、管理の本質を理解していれば、ツールの種類に関わらず効果的なマネジメントが可能であることをお伝えした。
第2回となる今回は、より身近で基本的な要素でありながら、職場の働きがいに大きな影響を与える「あいさつ」に焦点を当てる。物流業界大手企業での実例を基に、なぜ「あいさつがある職場」と「ない職場」で働きがい実感度に差が生まれるのか、そしてその改善にはどのようなアプローチが効果的なのかを探っていく。
はじめに
物流業界は「華々しさはないし、ミスがなくて当たり前」という、なかなかお客さまからもほめられる機会の少ない事業である。そんな中で、全国に物流拠点を持つ大手物流企業A社は、ES(従業員満足)と呼んでいた頃から15年以上にわたって働きがい向上に取り組んできた。
A社が大切にしてきたのは、それぞれの職場(拠点)でのコミュニケーション、互いの業務に敬意を払うこと、そしてお客さまのために一丸となって協力し補い合うことだ。物流業界は縁の下の力持ち的な存在であり、社会インフラを支える重要な役割を担っているにも関わらず、その貢献が表に出にくい業界特性がある。だからこそ、組織内での相互理解と尊重がより一層重要になってくる。
社長が気づいた「あいさつの格差」
そんなA社で、興味深い発見があった。社長が各拠点を訪問した際、「あいさつがある職場とない職場」があることに気が付いたのだ。これは社長に皆があいさつするかしないかではない。外部の運送会社の方や出入りの協力会社の方、また職場内での日々のあいさつ(出社時、休憩時、出先から帰社した際、退社時など)のことである。
物流拠点では、多くの協力会社の方々が出入りする。ドライバーの方々、荷役作業をお手伝いいただく方々、設備メンテナンスの方々など、実に多様な人たちが同じ空間で働いている。
社長の気づきは、そうした環境においてあいさつの有無は職場の雰囲気を大きく左右する要素となっているのではないか、ということだった。
私は働きがい向上をコンサルタントとして支援する中で、社長からこの体験を聞いた。
エンゲージメント調査で見えた相関関係
そこで、早速、同時期に実施していたエンゲージメント調査の結果を確認してみた。すると、社長が「あいさつがある」とした拠点は概して働きがい実感度が高く、「あいさつがない」とした職場では低い拠点が多いということが分かった。
偶然の一致とも思えたが、社長の要望で「あいさつをする職場」「しない職場」で何が起こっているのかを詳しく調べることになった。そこで、実際に複数の拠点を訪問し、現場観察とヒアリング調査を実施することにした。
見えてきた決定的な違い
調査の結果として分かってきたのは、あいさつをする職場では「拠点長自らが率先して、自らあいさつをする、自ら部下に声をかけている」ということだった。
「当たり前」と思われるかもしれないが、「あいさつがない」とされた職場でも「あいさつの励行」は掲げられていた。しかし、拠点長やマネジャーから率先してあいさつはしていなかった。
興味深いことに、あいさつができている拠点の拠点長に話を聞くと、「特別なことをしているつもりはない」という答えが返ってきた。彼らにとって、朝一番に事務所に入ってきた瞬間から「おはようございます!」と大きな声で全体に声をかけることは、ごく自然な行動だった。
一方、あいさつが少ない拠点では、拠点長が朝出社しても自分のデスクに直行し、部下からの挨拶には返すものの、自分から積極的に声をかけることは少ない傾向があった。この微細な違いが、職場全体の雰囲気を大きく変えていた。
従来の問題解決アプローチの限界
一般的な「問題解決」の手順で言えば、「あいさつをしない原因」を「なぜなぜ」で掘り下げ、真因や重要な原因に焦点を当てて対策を打つことが多いだろう。
実際に「なぜあいさつをしないのか」を調査チームで検討した。すると、「忙しいから」「恥ずかしいから」「相手が先にしてくれないから」といった表面的な理由から始まり、掘り下げていくと「これまでの人生、生活、職場体験であいさつをしてこなかったから」「家庭環境でそういう習慣がなかった」という、下手をすると人間性に関わる原因に行き着く。
このような原因追究アプローチでは、解決策として「あいさつの重要性についての研修」「あいさつ運動の展開」「あいさつカウンターの設置」といった施策が考えられがちである。しかし、これらの対策は一時的な効果にとどまることが多く、根本的な変化をもたらすには限界がある。
社会科学的、特に人の意識と行動に関わる現象について考える場合は、一般的な原因究明アプローチはうまくいかないことも多い。
解決志向アプローチのすすめ
そこでJMACでは「解決志向」アプローチを採用した。問題の原因を深く追究するのではなく、「うまくいっている場合は何が起こっているのか」に着目したのである。
具体的には、「あいさつは上長から行う」ということをシンプルに徹底するよう、社長から全拠点に向けて発信いただくことにした。もちろん、それ以外の働きがい向上施策も並行して実施しましたが、このシンプルな原則が大きな変化をもたらした。
実施から3ヶ月後の調査では、多くの拠点で「拠点長が率先してあいさつするようになった」という報告が上がった。そして興味深いことに、拠点長の行動変化に引っ張られる形で、スタッフ同士のあいさつも自然と増加していった。
この取り組みにより、職場のコミュニケーションが大きく改善された。「朝の雰囲気が明るくなった」「質問や相談がしやすくなった」「職場に活気が出てきた」といった声が多数寄せられた。
コミュニケーション促進のもう一つの発見
また、職場コミュニケーションが活発な拠点では「拠点長のデスクの横に椅子を置いている」という傾向も見られた。これは、拠点長と部下の関係性において重要な示唆を与えている。
従来多くの職場では、部下が上司に報告や相談をする際、立ったまま話すという光景が見られる。しかし、椅子を置いている拠点では、互いに座って対話することで、より対等で建設的なコミュニケーションが生まれていた。
「立って話す」と「座って話す」では、心理的な距離感が大きく異なる。座ることで、相手の話をじっくり聞く姿勢が自然と生まれ、部下も安心して本音を話しやすくなるのだ。これも「なぜコミュニケーションが円滑でないのか」を掘り下げるよりも、「うまくいっている場合の要素を取り入れる」という解決志向アプローチの一つである。
この物流企業ではこれらの他にも働きがい向上につながっている「よいアクション」を、拠点長、マネジャー、担当者に応じて整理し、「理屈はともかくおすすめのアクション」として発信していくことになった。
解決志向の重要性を裏付ける知見
実は、解決志向の重要性に注目したきっかけは、チップ・ハース、ダン・ハース著『スイッチ! ──「変われない」を変える方法』という書籍だった。
この本では、人の行動変容において「問題」ではなく「解決」に焦点を当てることの重要性が説かれている。著者らは「ブライトスポット」(明るい点)という概念を紹介し、うまくいっている事例を見つけて、それを他の場面に応用することの有効性を実証的に示している。
A社での取り組みは、まさにこの「ブライトスポット」アプローチの実践例と言えるだろう。あいさつができている拠点の成功要因を特定し、それを他の拠点に展開することで、組織全体の変化を実現したのである。
小さな変化が生む大きな効果
あいさつという一見些細な行動変化が、なぜ働きがいの向上につながるのだろうか。
あいさつには、相手の存在を認め、尊重するという意味が込められている。とくにリーダーが部下に対して積極的にあいさつすることで、「あなたを大切に思っている」「あなたの貢献を認めている」というメッセージが伝わる。
また、あいさつは職場の心理的安全性を高める効果もある。心理的安全性とは、チームメンバーが不安を感じることなく、自分の意見や懸念を表明できる環境のことだ。リーダーから気軽に声をかけられる環境では、部下も安心して発言や提案ができるようになる。
さらに、あいさつは組織の一体感を醸成します。同じ空間で働く人々が互いに認め合い、声を交わすことで、「チーム」としての結束力が高まる。
まとめ:「できているのはどんな時か」に着目する
働きがいを左右する従業員の思考と行動を変容しようとする際には、原因究明アプローチだけでなく、「解決志向」で「できているのはどんな時か」に焦点を当てることも試していただきたいと思う。
A社の事例が示すように、複雑な組織課題であっても、シンプルで具体的な行動変化から始めることで、大きな変革を実現することができる。重要なのは、「何が問題なのか」ではなく、「何がうまくいっているのか」を見つけ出し、それを広げていくことだ。
あいさつという身近な行動から始まる職場の変化は、組織全体のエンゲージメント向上につながる第一歩となる。リーダーが自ら範を示すことで、職場の雰囲気は確実に変わる。皆さんの職場でも、まずは管理職から「おはようございます」の一声を始めてみてはどうだろうか。
明日の朝、あなたが最初に職場に足を踏み入れた瞬間から、変化は始まる。
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