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ワクチンの効果の裏に 不断の改善の積み重ね

経営のヒント

2026.07.10

株式会社BIKEN

代表取締役社長 一般財団法人阪大微生物病研究会(BIKEN財団) 常務理事

田中 崇嗣

田中 崇嗣 氏プロフィール:1956年福岡県生まれ。薬剤師、薬学博士。85年広島大学大学院医学系研究科博士課程(分子薬学)修了。田辺製薬(現・田辺ファーマ)入社。2002年から生産企画部長、山口田辺製薬 取締役、小野田工場長などを歴任。07年田辺三菱製薬発足、田辺三菱製薬工場 代表取締役社長、CMC本部副本部長、執行役員、製薬本部長。19年田辺三菱製薬取締役退任。同年6月から一般財団法人阪大微生物病研究会常務理事、(株)BIKEN取締役に就任。23年6月から(株)BIKEN代表取締役社長に就任。

株式会社BIKEN  
設立:2017年9月1日/従業員数:709人(2026年4月1日現在)/事業内容:ワクチンを含む生物学的製剤の製造および供給

BIKENグループの事業拠点

BIKENグループの事業拠点


日本発、世界初の水痘ワクチンをはじめ、数々のワクチンを生み出してきたBIKENグループ。グループの生産機能を一手に担うのが株式会社BIKENだ。「供給体制の整備に費やす不断の努力が重要」と話す田中崇嗣社長にJMAC社長・大谷羊平が話を聞いた。

 香川県西部、瀬戸内海に面した観音寺市。 穏やかな海と山に囲まれたこの地に、 日本のワクチン供給を支える拠点がある、株式会社BIKENの八幡事業所と瀬戸事業所だ。
 大阪府の阪大微生物病研究会(BIKEN財団)と連携しながら、ここ観音寺市の2拠点がBIKENグループのワクチン生産の中核を担っている。

観音寺市にある瀬戸事業所/本社

帯状疱疹予防ワクチンも観音寺市の拠点で生産

 観音寺市にBIKENの研究所が設立されたのは1946年のことだ。戦後間もないこの時期、流行していた発疹チフスのワクチンを製造し、「国民を感染症から守る」というBIKEN財団設立の意思を具体化する拠点として、観音寺研究所が設立された歴史は、日本の感染症対策の歩みと重なる。
 第二次世界大戦の終戦を迎えた日本では、衛生状況の悪化などで赤痢、腸チフス、ジフテリア、発疹チフス、天然痘などが流行した。なかでも発疹チフスは日本全国で流行し、患者数は3万人を超え、死者の数は3000人を超えた。当時、発疹チフスワクチンは米軍からの配給。国産の発疹チフスワクチンの生産は喫緊の課題だった。

BIKENグループの構成

BIKENグループの構成

田中 知縁があったことと、養鶏が盛んでワクチンの原材料である良質な卵が入手しやすかったことから、この観音寺市に新たに生産拠点を設立したと聞いています。
 開設以来80年、ここで製造されたワクチンを 日本全国に供給し続けている責任の重さを、日々感じています。

大谷 先日、2025年4月に定期接種対象となった、帯状疱疹を予防する生ワクチンを接種しました。「乾燥弱毒生水痘ワクチン」は、BIKENグループが生み出した日本発、世界初の水痘ワクチンなのですね。

田中 そうです。水痘ワクチンをはじめとする数多くの国産第一号のワクチンを開発し供給してきました。弱毒ポリオウイルスを用いた不活化ポリオワクチンを世界で 初めて開発したのもBIKENグループです。

ワクチンを通じて世界の人々の命を守る

 BIKENグループの原点は1934年、大阪大学の細菌学者・谷口腆二博士による阪大微生物病研究会(現・BIKEN財団)設立にさかのぼる。篤志家・山口玄洞氏の支援を受け、大学発ベンチャーの先駆けとして誕生した。微生物病の基礎研究は研究所(現・大阪大学微生物研究所)が行い、その応用研究とワクチンなどの製造・供給・検査をBIKEN財団が担うという構成は、画期的なものだった。
 現在は、BIKEN財団のワクチン生産部門を分社化し、BIKEN財団と田辺三菱製薬(現・田辺ファーマ)の合弁会社として2017年に設立した株式会社BIKENが製造事業を行う。BIKEN財団のワクチン製造技術を基盤として、田辺ファーマの医薬品生産に関するシステムや管理手法などを融合(なお2026年4月1日に「株式会社BIKEN」は田辺ファーマとの合弁を解消)。合弁によりさまざまなことを学んだ株式会社BIKENは、今後BIKEN財団100%完全子会社として新たなステージへ向かう。
 田中社長は、田辺製薬(田辺ファーマ)出身で、2019年から阪大微生物病研究会常務理事、 株式会社BIKEN取締役に就任。2023年から同社の社長を務める。

田中 われわれのミッションは明快です。「優れたワクチンを通じて、世界中の人々の大切な命を守る」ことと「病の不安から解放された、すこやかな未来をめざす」こと。そのためには、数多くつくって多くの方々に接種してもらわなければなりません。そのためにも供給体制の整備に費やす不断の努力が重要だと考えています。

大谷 BIKENグループのワクチンは、ウイルスや細菌といった病原体の成分や不活化したウイルスなど、生物由来の原料を用いた生物学的製剤です。化学技術を用いて人工的に合成された成分を含む医薬品とはまた違った難しさがありそうです。

田中 そうなのです。多岐にわたる専門分野を総合的に集約しないとワクチンはできません。目に見えないウイルスなどをあつかっており、バイオ医薬品の中でもとくにデリケートで、製造が難しい産業です。

大谷 そういった難しさがあるなかで、ものづくりの観点においてもさまざまな工夫をされているのでしょうね。

日本発、世界初の水痘ワクチン

田中 もちろん、長い歴史に培われた技が強みですが、今はそういった匠の技のようなものからサイエンスベースに落とし込んだ工業製品に転換することに力をいれています。属人的な勘や経験値をデータやエビデンスといった科学的知見に落とし込むことは、われわれだけでなく、どこの企業も苦心しているところではないでしょうか。

ワクチンとは何か   その社会的責任

 ここで改めて、ワクチンの特性に触れておきたい。
 ワクチンは、感染症から社会全体を守るために、「健康な人に接種される医薬品」である。通常の治療薬とは異なり、「罹患した人」ではなく「これからの感染を防ぐ人」に使われる。
 そのため、国は定期接種制度を設け、多くの人が接種できる仕組みを整えている。多くの人々がワクチンを接種し社会全体で免疫の壁をつくることによって、感染拡大を防ぐ。それがワクチンの本質だ。

ワクチンの培養室

 実際、日本では定期接種化によって患者数が劇的に減少してきた。たとえば、1948年に予防接種を開始したジフテリアは、1946年4万9864人いた患者数が2023年時点で0人。ポリオは、1960年5606人いた患者数が2023年時点で0人。はしかは、1947年18万1303人だったのが、2023年には28人にまで減っている。
 世界に目を向ければ、WHOの予防接種拡大計画(EPI)により、50年間で推定1億5400万人の命が救われたと報告されている。

田中 ワクチンは、効いているときには「何も起きない」医薬品です。流行が起きないこと自体が成果。ただその裏には、やはり供給体制の整備に費やす不断の努力が重要だと考えています。

日本におけるワクチンの貢献

日本におけるワクチンの貢献

 多くの人が予防接種を受けることで、感染症予防の効果を発揮する。これがワクチン接種の前提だ。だからこそ、製造体制の強靭さ、品質保証、現場の規律が不可欠になる。

ワクチンの製剤工程

大量供給するため組織力を底上げ

 薬剤師・薬学博士でもある田中社長は、広島大学大学院修了後、田辺製薬(現・田辺ファーマ)で生産・CMC・工場経営に長く携わってきた。

大谷 もともとは製薬業界に研究者として入社されて、ものづくりの現場を経て、開発や生産に携わり、株式会社BIKENの社長として今、どのようなお気持ちで経営に取り組んでいますか。

田中 ワクチンの品質と供給責任をどう果たすか。社会的使命が重い組織だと実感しています。

大谷 2017年、合弁による新体制へ移行したころは、急速な組織再編のなかで、現場には負荷が集中していた。

田中 このままでは、持続的な改善が進まない。供給体制を整備して組織力を底上げする必要があると思いました。

 そこで導入されたのが、JMACのKI活動である。チームで「見える計画」をつくり、計画段階で課題を解決することで、知的生産性と職場の活性化を同時達成するプログラムだ。株式会社BIKENではこれを「ワンチーム活動」と名づけた。

田中 最初は、「さらに忙しくなるのではないか」「これ以上仕事を増やさないでほしい」という声もありました。ワンチーム活動導入時に実施した「吐き出しワーク」では、自ら現場に立ち会い、現場の不安や課題に耳を傾けました。導入で今以上に負担が増えるのではなく、かえってラクになるということを理解してもらうのは本当に苦労しましたね。それでも、時間をかけたことで、上から下まで、水が土に染み込むようにその感覚が浸透していったのを覚えています。

ワンチーム活動「4つの武器」

ワンチーム活動「4つの武器」

現場をひとつにする知識欲とコミュニケーション

大谷 社長の本気が、現場をひとつにしたとお聞きしています。

田中 私自身、これまでのキャリアのなかで先輩や上司に育てられたと実感しています。思いやりや、相手の立場に立って物事を考えること。当たり前のことですが、かつて教えられたことによって、自分の行動に責任を持てる私が育ったように感じています。私が現場に赴き、じかに触れ合い声を聞くことが呼び水になり、私が気づかないことにも、現場の人々が気づいてくれるといいなと考えました。

大谷 実際、ご自身が経験してきたような上司と部下のコミュニケーションができていますか。

田中 どうでしょうか(笑)。私は若いころは「歩く百科事典」と言われていたくらい、学びたいという思いや知識欲が高かったんです。サイエンスやメカニズムへの興味も人一倍強い。今も、そのエネルギーは衰え知らずで、さまざまな事象を分析して解釈したいと思い続けています。だから、もっと現場の人々ともコミュニケーションしていきたいと個人的には考えています。

 ワンチーム活動の核となったのが、「ワイガヤコミュニケーション」「見える計画づくり」「合意と納得のマネジメント」「振り返り」だ。仕事を進めるうえで妨げている壁やネックといった潜在的な問題を、ワイガヤコミュニケーション、見える計画、合意と納得の3つを武器に早期に発見。振り返りによる気づきをもとにして、工夫や改善が継続的に行われ、成果につながる。このように業務の見える化を進めることで、管理職や現場責任者に集中していた業務を分散し、負荷を軽減した。

JMACが掲げる「集団天才」という思想

大谷 取り組んだ結果、「ラクになった」という実感が、活動のドライブになりましたね。単なる改善活動ではなく、対話の文化をつくること自体が変革だったと思います。

田中 対話によって外とつながり、広い視野で学び、マネる。それによって一人ひとりがどんどん強くなっていきました。ワクチンの安定供給は、誰かひとりヒーローがいても成り立ちません。一人ひとりが自分で理解して動ける集団でないとうまくまわらない。命令や指示だけではワクチンはつくれない。研究、品質、製造、物流、全員の連携と自律が必要なのです。

大谷 JMACでは「集団天才」という言葉をよく使うんです。一人ひとりにすごいキャリアがなくても、天才じゃなくても、三人寄れば文殊の知恵。ともに考えることで集団で天才になろうと言っています。社会に貢献したいと考えてもひとりの力には限界がありますよね。

田中 ワクチンの製造は皆で協力し合うことで力が発揮できる分野です。人財の活かし方がそれぞれ違うので、得意不得意を組み合わせてチームをつくり、力を発揮するほうが勝ち筋に近いのではないかと思います。
 ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでも、団体競技がとくに印象に残っています。チームで仕事をする、みんなで協力し合うのがわれわれは得意な気がします。だからこそ、ワンチーム活動がピタッとはまるのかもしれませんね。

本社エントランスホールにあるギャラリーではワクチンやウイルスの概要を知ることができる

 ワクチンは、感染症の流行が起きなければ注目されない。一方で、供給が止まれば社会は混乱する。観音寺市の静かな風景の裏側で、品質と供給を守るための改善活動は続く。

田中 ワクチンは個人のためであり、社会のためでもある。その両方を守り続ける責任があります。社長に就任したときに決めたのは、「困難から逃げない」ということ。小さな改善の積み重ねが、社会全体の安心につながると信じて取り組んでいます。

JMAC代表取締役社長・大谷羊平と

   

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』81号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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