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「人間力」を磨き現場を動かす 大変革時代の経営者の条件

経営のヒント

2026.07.10

株式会社デンソー

取締役会長

有馬 浩二

有馬 浩二 氏プロフィール:京都大学工学部卒。1981年に日本電装社(現・デンソー)に入社。米国勤務を経て95年に帰国後、SCオルタネーターの開発に携わり、世界初となる加工技術を確立。2005年イタリア現地法人社長として事業の黒字化に貢献。帰国後の09年からは電機事業部を担当。13年生産革新センター長に就任し、生産に関わる技術開発および生産を統括。15年6月に代表取締役社長就任。23年6月代表取締役会長、25年6月から現職。

株式会社デンソー
設立:1949年12月16日/資本金:1,875億円(2025年3月31日現在)/従業員数:43,781人(2025年3月31日現在)/連結従業員数:43,781人(2025年3月31日現在)/事業内容:自動車部品・システムを中心に生活関連機器、産業機器の開発・製造・販売など幅広い事業を展開

  


 今日は「経営者とは何するもの?」というテーマでお話をします。少しでも皆さんの刺激やヒントになるお話がお届けできればと思っています。

 まず、デンソーとはどんな会社かを説明しますと、端的に言えば「自動車の部品屋」です。クルマのボンネットを開けたら見えるエンジン周りの部品はほとんど扱っていますし、車載用のエアコンも製造しています。製品単体だけでなくシステム面、制御面も支えていて、ECU(電子制御ユニット)や半導体の開発・設計・生産も手がけています。

 私たちは世界に190社ほどのグループ会社を抱えており、売り上げは年間約7兆円。毎週4億個、毎日2000万個ほどの部品をつくって、世界中のすべての自動車メーカーと取引しております。

 当然、これだけのことを自社だけではできませんので、物流を含め7500社を超えるサプライヤーと連携しています。複雑なサプライチェーンをつなげて、何とか日々、お客さまに製品をお届けするという、実はかなりたいへんな仕事です。

 また、皆さんよくご存じの「QRコード」も、 実はデンソーが開発したものです。2023年にはIEEE(米国電気電子学会)から、革新的な技術や製品で世界に大きな影響を与えた企業や団体に贈られる「IEEEコーポレートイノベーション賞」を授与されました。トロフィーは今も、弊社の正面玄関に大切に飾られています。 

経営者の仕事とは「人を幸せにすること」

 今日は経営者のあり方についてお話をしますが、実は私自身、自分が経営者になるとはまったく考えたことはなく、なりたいとも思っていませんでした。数々の経緯があって社長に就任したのが2015年、57歳のときでした。2023年からは会長となり、経営者としてはもう10年近くも仕事をしてきたことになります。

 では、経営者の仕事とは何でしょうか。ものやサービスを提供してステークホルダーを喜ばせ、企業を成長・繁栄させることは大前提ですが、それだけでは足りない。それなら一体何なのかといえば、結局それは「人を幸せにすること」だと私は考えています。

 経営者をやっていると、日々さまざまな判断を迫られます。時には、「人を幸せにできなくても、決して不幸せにしない」「一部の人が一時的に不幸せになることはあっても、それが長く続かないようにする」といった、究極の判断を迫られる場面もあります。それでも、経営者はやるしかない。経営は愛であり、愛は意志であり、意志は覚悟です。企業活動を通じて人を幸せにするという覚悟を持たなければなりません。

人を幸せにすること

変化の中で求められる瞬間的な多変量解析の能力

 では、その企業活動とは何なのでしょうか。どんなに素晴らしい技術を生み出しても、それだけでは不十分で、それを社会実装して初めて価値になります。新たな価値を生み出して社会実装することこそが企業活動の本質であり、その先にあるのが「人を幸せにする」ことです。

 ここであらためて、経営者に求められる資質について考えてみたいと思います。

 私はこれまで経営者として必死にやってきましたが、なかなか簡単ではなく、思うようにいくことのほうがまれでした。駅伝にたとえるならば、タスキを渡されたものの先が見えず、ゴールの場所もわからない。途中どんな起伏があるのか、距離がどのくらいかもわからない。そんな道を走り続けるような状況です。

 とくにこの10年間の自動車業界は、事業環境の変化がかつてないほど顕著になった期間でした。自動車の外見こそ以前とさほど変わっていなくても、内部の構造は激変しています。自動運転やコネクテッド技術の進化、電動化といったモビリティ革命は100年に一度の大変革と言われていますが、実際はそれ以上だと思います。

 人類はこれまでも蒸気と石炭による産業革命、  内燃機関と石油による   交通革命などの社会変革を 経験してきました。その後もIT革命、モバイル革命と、変化のスピードはどんどん速くなっています。気づかぬうちに「ゆでガエル*」にならないよう、アンテナを外に向け続けなければならないのです。

 このような変革の中で、私たちに求められる役割もますます 多岐にわたっています。激変する自動車業界の中で、 既存の技術進化と新たな技術開発を整理しつつ、 国内外のすべての自動車メーカーに全方位で対応する。 内燃機関関連の製品はもとより、ソフトウェアやシステム、一部の半導体やセンサーまで、扱う領域も広がるばかりです。電動化が進めばモーターの進化は必須ですし、知能化が進めばECU・半導体・通信機能の統合や連携が欠かせません。 

 そうした状況下でも絶対に忘れてはならないのは、私たちは人の命を預かっているということです。品質と安全を守りながらの新技術の実装には、どうしても時間がかかります。それでも、可能な限り時間を短縮できる新しい評価手法なども取り入れながら、変化に対応しなければなりません。

 こうした中で、経営としてとくに重要な判断を迫られるのは、リソースの配分です。何かに絞って集中するのも手だし、いろいろなことに手を出すのもありでしょう。考え方はさまざまですが、配分する場所を間違えると、せっかくの自社の強みもムダになってしまいます。

 ひとつ確実に言えることは、現状維持では不十分で、常に挑戦し続けなければならないということです。変化のスピードに「がんばってついていく」のではなく、少なくとも周囲と同等以上の速度でないと置いていかれます。変化を先取りして仕掛けていかないと、何も生み出せないし、人を幸せにできない。リーダーには、瞬間的に多変量解析をやってのける力が求められているのです。

*変化に気づかず対応が遅れ、手遅れになることのたとえ

「人の力」と「現場力」を どうやって引き出すか

 自動車業界のみならず、今やほとんどの業種がこうした過酷な状況下に置かれています。そんな中、経営者は何を拠りどころにすべきなのでしょうか。

 技術や知識はもちろん重要です。しかし、企業を動かしているのは最終的には人です。「人の力」を、いかにして最大限引き出すかが肝心になってきます。

 もうひとつは「現場力」です。さまざまな仕事の現場にある、類いまれなる知恵と力をどう引き出すか。意識・知識・風土の三位一体が現場レベルで変わらなければ、組織は変わりません。卓越した「人の力」と、非凡な「現場力」。この二つをどう活かすかが、経営者の要諦です。

 では、それを実現するために欠かせない、経営者の必要条件は何でしょうか。

 まず、挙げられるのは、「勝ち戦への執念」です。経営というのは結局、現場での戦いです。そして、勝つためには、「競争力への徹底的なこだわり」も必要です。

 競争力というものには、顧客から見えるものと、見えにくいものの二つがあります。
 目に見える競争力とは、製品力のことです。製品を紹介してお客さまに「いいね」と言われることと、「明日これちょうだい」と言われることの間には、大きな隔たりがあります。昨今は私たちの会社でも「いいね」で満足してしまう技術者が増えつつあり、強い危機感を抱いています。「明日これちょうだい」と言われるような、商品そのものの力を獲得しなければなりません。

 もう一方の見えにくい競争力というのは、開発リードタイムや生産性といった力です。こうした土台の力がなければ、製品力を継続的に高めることも、勝ち続けることもできません。

 見える競争力と見えにくい競争力。これらの両方に徹底的にこだわり、磨き上げていくためには「現象・進捗・結果の可視化」を常に意識することが大切です。見えないものは磨きようがありませんから。

経営者としての条件

経営者としての条件

「らしさ」を磨いて勝てる集団をつくる

 とはいえ、デンソーと自分たちの会社では、業種も仕事のやり方もまったく違うと思われる方もいらっしゃるでしょう。これはそのとおりで、それぞれの会社にはカルチャーがあり、会社のそれぞれの現場にもまたカルチャーがあります。これは良い悪いではなく、先人たちが苦楽をともにしながら積み重ねてきた歴史に形づくられた「らしさ」です。

 その「らしさ」を強みにして、武器にする。それが競争力になって、勝ち戦につながります。反対に、自社のカルチャーとかけ離れた飛び地に挑むことは、不可能ではないものの想像以上にハードルが高い。これは私自身の経験からも強く感じることです。

 勝ち戦をするためには、どういう勝ち方をするのかを徹底的に考え抜く必要があります。目標に向けた山の登り方は無数にあるけれど、あれも、これもはできません。そうしたときに、自社のカルチャーを意識して「らしい登り方」を追求する。これこそが経営です。

 たとえば、トヨタのクルマが売れている理由はいろいろあると思いますが、やはりあの安心感がブランドになっていることもひとつの理由でしょう。そうした意味での「らしさ」を、トヨタはやはり、徹底的に磨いています。

 もうひとつ大切なのは、企業とは個人ではなく、集団で戦うものだということです。リーダーとして、集団に対していかにして「ああ、この人についていこう」と思わせられるかが重要です。ここで必要になるのが「巻き込む力」です。

 私の経験から得た感覚としては、巻き込む力が強い人ほど、周囲に小さな成功体験を積ませています。それが周囲の人々の自信となり、さらに多くの人を前向きな行動へと導いていきます。

 では、どうすれば戦う集団の雰囲気をつくっていけるでしょうか。勝つ準備ができている集団として私がイメージするのは、「挑戦に夢中になっている集団」です。

 勝つために挑戦は欠かせませんし、挑戦には失敗がつきものです。失敗を恐れず挑戦し続ける集団になるには、枠に収まらず、前のめりに試していく空気が必要です。そういう「やんちゃ」な雰囲気を、リーダーが率先してつくらなければならない。みんなで日々、ワクワクする未来設計図を描いている集団には、思いがけない勝機が巡ってきます。

一流の経営者が持つ人間的な魅力とは

 ここまでが経営者の必要条件ですが、それだけでは何かが足りない気がしませんか。仮にそれを経営者の十分条件だとすると、それはやはり、「人間力」です。これは、ここまで述べてきた必要条件を弾力的に包み込むようなイメージで、多少の障害はその弾力が吸収してくれるので、必要条件に専念できます。

 では、人間力とは何でしょうか。組織のトップである経営者としてまず必要なのは、やはりエネルギー。「とてつもない熱量と活力」です。

 「何だか、あの人についていきたい」と思わせるリーダーは、次の三つの力を兼ね備えています。

 困難な状況に直面しても、決してくじけない「突破力」。圧倒的なスピードでとにかくやり抜く「実践力」。失敗しても、そこから必ず立ち上がる「挫折力」です。すごいエネルギーだな、と思わせる経営者にはこれらがそろっていて、熱量と活力に満ちあふれています。

 さらに、私がお会いして一流だと思う経営者には共通点があります。それは、「半端ない、小さな気配り」なんです。 

 一流の気配りには、「細部へのこだわり」と「おもてなしの精神」がにじみ出ていて、半端ではない手厚さにもかかわらず押し付けでもなく、さりげないんです。

 これに加えて私が大切にしているのは、余韻です。初対面の人と会食したときや、会議で議論したときなど、それが終わった後の感触を、私はよく「前味・中味・後味」と表現します。とくに後味、そして、その後に残る余韻が大事です。

 「また会いたい」と思ってもらえるかは、最後のひと言や、別れ際の笑顔にかかっていることも多いのです。一流の経営者ほど、こうした人間の機微に敏感で、当意即妙のセンスを備えていて、力強さだけでなく柔らかさも併せ持っています。

職場の空気感をカラダ全体で感じてみる

 もうひとつ、経営者に欠かせない能力が、直感力、本質を見抜く力です。これは、「現場の空気を読む力」であり、「将来の風を読む力」でもあります。

 では、直感力を身につけるためにはどうすればよいでしょうか。 

 先天的なものもありますが、感度・感性・嗅覚を磨くことです。私の経験から申し上げると、歴史を学び、人と会い、現地に赴くことです。そこには、画面越しでは得られない空気・温度・匂いがあります。現場に身を置き、目的を持って見聞し感じることが、直感力の源泉です。

経営者に欠かせない能力

 私は現場に赴くとき、「リズム感と気」を意識して感じるようにしています。

 たとえば工場などに行くと、必ずその場所特有の空気感があります。まずはそれをカラダ全体で感じて、「こういうこともあるのかな」と想像したうえで、現実の現場を見てみる。リズムも大切で、人も生産設備もうまく回っているときには人も生産設備も良いリズムになっていますし、逆もまた然りです。こうした観察を繰り返すことで、私のような者でも多少は、直感力が磨かれてきたように感じています。

 経営にはさまざまな局面があります。だからこそ、目先のできごとに振り回されず、泰然として事にあたる姿勢が求められます。そのために欠かせないのが、「大局観」です。

 大局観とは、自らの歴史観や世界観、そして倫理観といった判断の軸が凝縮された、いわば思考のプラットフォームのようなもの。大局観を磨き上げることも、経営者の十分条件のひとつだと思います。

経営者に必要な大局観

経営者に必要な大局観

デジタル時代にこそ自然に触れて感性を磨く

 ここまで経営者の必要・十分条件についてお話ししてきましたが、最後に「人間としての絶対条件」ということについても少し触れておきたいと思います。

 私が思う絶対条件は、「健康」と「知的好奇心」です。

 まず、健康でさえあれば大抵のことは乗り越えられますし、おのずと直感力も磨かれてくるものだと思います。これは、皆さんも重々承知のはずですが、その割に不摂生をしてしまいがちではないでしょうか。私もそのひとりですが(笑)。

 そして、人生を楽しく有意義にするには、さまざまなことに興味関心を持ち続けることが欠かせません。私は現在67歳ですが、知的好奇心があると頭が鈍くなりにくいという実感がありますし、気持ちのうえでも若さを保てると感じます。

 ちなみに私は、読書を「知の寄り道」と呼んでいます。読書は、すぐに役立たないこともありますが、人生のどこかで必ず伏線として効いてきます。

 そして、デジタル時代だからこそ自然や人にも意識的に関心を向けてほしいと思います。私たちは普段、人工物に囲まれて暮らしていますが、大自然の迫力や生態系の不思議に触れると、人間は自然に生かされている一方で、自然を壊してもいるという事実を、自分の感覚としてとらえられるようになります。そうした実感があれば、 SDGsなど言葉をあえて持ち出さなくても賢慮が育まれ、経営に必要な正しい感覚を見失わずにいられるはずです。

 こうした感性はこれからますます重要になり、経営者には欠かせなくなると思います。

 AIが進化する社会では、いわゆる「優秀な人」は増えていく一方、気づかないうちに他者への関心が薄れ、感情の感度が劣化していくことも起こり得ます。たとえ社会の景色が変わっても、人間らしい感情を保ち続けることは欠かせません。

 私たちは人間であるからこそ、心豊かに支え合う社会を求めているはずです。そのために何をすべきか。冒頭に述べた「人を幸せにすること」という経営の目的ともつながってきますが、やはり人を支援すること、人の心を豊かにすることが、一層求められるようになるのではないでしょうか。

JMAC代表取締役社長・大谷羊平と

   

※本稿は2025年12月に開催した「JMACトップセミナー」の講演を再構成したものです。

    

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』81号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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