営業・マーケティングの知恵ぶくろ

第3回 市場と自社の位置づけ・実力を知るには(2)~事業特性とKFSを知る(1)~

戦略とはKFSを押さえること

KFS(キー・ファクター・フォー・サクセス)という用語をご存じの方は多いと思います。文字通り、事業を成功させる鍵のことです。しかし、このKFSの重要性が本当に理解されているかというと、NOと答えざるを得ません。せいぜい、「KFSとはビジネスを成功させる上で重要なこと」という程度の理解ではないでしょうか。しかし、KFSは単に重要であるというレベルを超えた存在です。それなくしては、その事業の成功はおぼつかないというものがKFSです。どのような事業にも必ず押さえ所がありますが、それがKFSです。人間の体で言えば、ツボに相当します。ツボをはずして一生懸命に押してもまったく効果が無いのと同じように、KFSをはずしていたのでは、立てたつもりの戦略も役に立ちません。「戦略とはKFSを押さえることである。」と言っても良いくらいです。私自身も、このKFSをきちんと押さえられるようになってから、コンサルタントとしてやっていく自信がつきました。

さて、事業のKFSを捉えるには、次に紹介する事業特性分析が不可欠です。事業特性分析がKFS分析の入口と言って良いでしょう。事業特性とは、特定の事業あるいは企業に固有の特徴であって、戦略的に意味を持つ特徴のことを言いますが、以下、いくつかの事例を通じて事業特性とKFSの関連をご説明しましょう。

なぜ携帯電話はゼロ円で売られたのか

まず、携帯電話やPHSの事例です。これらの機器は、発売されてからかなり長い期間にわたって、街の販売店でゼロ円で売られていました。なぜこのようなことが可能だったのでしょうか。それは、これらの事業が「ライバルへの乗り換え障壁が高い」「機器での損失を通信料で取り戻せる」という特性を持っていたからです。現在のように番号ポータビリティー制度はありませんでしたから、一旦、機器を購入した消費者は、電話番号が変わる煩わしさを嫌って、余程のことが無い限り他社の機器には乗り換えません。したがって、事業者からすれば、初期費用をかけても後で元が取れますから、早く消費者を取り込んだ方が得という「早い者勝ちの事業」になるわけです。

そして、この「早い者勝ちの陣取り合戦の事業」という特性が「成長期には事業の展開スピードを上げる」というKFSに繋がり、初期の営業マン数を増やしたり、販売店の数を増やすという面の作戦が有効になってくるわけです。
(現在は、2007年秋の総務省の指導もあり、ゼロ円販売は影をひそめ、代わりに機器の差別化による乗り換え促進や他社への乗り換え障壁を高める家族割りのような施策が打ち出されていますが、成熟期に入った上に、番号ポータビリティー制度も導入されて、上記のような初期の特性が無くなったことを考えるとマーケティング戦略上も理にかなっていると言えます。)

なお、このような特性を持った事業は少なくありません。同じ通信事業では、マイライン制度が導入された7~8年前、とにかく早い者勝ちと言うことで、歩合契約制の営業マンが短期間に集中して投入されました。また、今は成熟事業になっている自動販売機オペレーターやコピー機の事業も、一度設置してしまえば撤去されにくく、消耗品等で稼ぎ続けられるという事業特性があるため、成長前期の陣取りに相当の費用がかけられました。

価格で売れ行きが左右される消耗品事業

次に、昭和62年7月と、かなり古い事例ですが、わかりやすいので、紙おむつのケースを取り上げましょう。日付の記録が無くて恐縮ですが、同年8月ないし9月の日経流通新聞に資生堂のピンポンパンツが価格を15.6%値下げして、僅か1ヶ月でマ-ケットシェアを7.6%から15.3%に拡大したという記事が掲載されました。更に同記事によれば、8%値下げしたP&Gのパンパースはシェアを回復し、価格を据え置いた花王のメリーズは6%のシェアダウンとなったとのことです。

この事実からは明らかに「低価格が紙おむつ事業の成功の決め手、すなわちKFS」であることが判ります。価格でこれだけシェアが動くのですから、この点を押さえなければ、他のどのような手だてを打っても効果は少ないでしょう。

ところで、この「低価格がKFS」ということは、紙おむつ事業の特性から容易に見当がつきます。「紙おむつは消耗品」です。使い捨ての商品に大金をはたくとは思えません。また、「メイン購買層は価格に敏感な若い主婦」という特性もあります。子供が生まれる頃は夫婦とも若く、それほど収入が多くはない時期です。したがって、たとえ、かわいい我が子のためと言えども、品質に大きな開きがなければ安い方を求めるでしょう。

ビデオテープ業界の失敗

次も消耗品事業のケースです。紙おむつ同様に古い事例ですが、「価格政策のよくある誤り」のケースですので、ご紹介しておきます。今はDVDにほぼ置き換えられてしまったビデオテープ業界の失敗例です。この業界は、事業立ち上げの時期に、「ビデオテープは消耗品である」という特性を見落としたために、慢性的な値崩れ現象に悩まされました。

これは消耗品としてどんどん使いたいというユーザーのニーズとかけ離れた高い価格設定(昭和57年前半でVHS120分テープの標準価格は3500円でした。)からスタートしたことが、そもそもの間違いでした。消耗品という価格弾力性の高い商品を高価格で販売すれば、ディスカウンターの格好の標的となり、値崩れを起こすのは当然です。(前記の紙おむつのように、価格によって売れ行きが大きく左右されることを、「価格弾力性が高い」と言います。「価格戦略」の項で詳述します。)おまけに高価格にしたことが業界への参入業者を増やし、供給過剰になってしまいました。これでは値崩れが起きない方が不思議です。

今まで世の中に存在しなかった、かつ、よく売れるだろうと思われる新商品を市場に導入する時、スキミングプライス(需要の上澄み層をすくい取る高価格の意)政策という高価格路線をとることがよくあります。まだ普及率が低い初期の段階では価格には余りこだわらないアッパークラスが主ターゲットであるため、高価格でも売れるからです。また、商品のハイクラスイメージを長く維持できるという利点もあります。そして、普及率が10%を超えたあたりから徐々に価格を下げていきます。

おそらく、ビデオテープ業界の各社は、このスキミングプライスを意識していたのではないかと思います。しかし、スキミングプライス政策は、低価格ということが重要である消耗品には通用しません。このような商品の場合は、先発メーカーが他社に先駆けて思い切った設備投資を行い、量産を前提にした価格設定で後発の意欲をそいでしまうのが定石です。ビデオテープ業界でもこのような戦略がとられていれば、さほどの乱売状態にはならなかったはずです。

なお、「ウチは品質が良いから価格では勝負しない」という声をよく耳にしますが、消耗品の場合には要注意です。消耗品の場合は、余程の品質差がない限り価格差が重視されるからです。その品質差が消費者も認識できるほどの大きさであることが絶対条件です。さもなければ、良い品質も結果的に自己満足に終わってしまいます。

特性分析の方法とは

以上、3つの事例を中心に特性分析のケースをご紹介しましたが、次に、特性分析の方法をご説明します。
まず、市場を構成する要素および企業活動の各機能ごとに考えられる特徴、他業界あるいは他企業とは異なると思われるものをリストアップすることから始めます。 市場を構成する要素とは、顧客、流通(代理店、小売店等)、ライバル、商品であり、企業活動の各機能とは、原材料調達、生産、マーケティング・・・・といった機能を表します。ここでの特徴のリストアップは、何でも思いつくものを挙げれば良く、難しく考えすぎないことが肝要です。特性として使えるか使えないか、すなわち、戦略的に意味のある特徴か否かについての考察は、次のステップで行います。最初から絞り込みながら行うのはかえって効率が悪く、見落としも生じがちです。

さて、問題は、リストアップした特徴から特性をどう引っ張り出すかです。上記の事例から判るように、特性とは、言われてみれば当たり前のことであり、その企業のメンバーであれば誰でも知っていることであるため、あえて言葉に出すことすらしないのが普通です。それだけに、その重要性を見落としがちであり、それらがどのような戦略的意味を持っているかを考えるのはけっこう難しいものです。

では、どうすれば良いのかですが、一つは、マーケティング戦略立案の手続きの一つとして、この特性分析を意識的に行うことであり、もう一つは、特性とはこういうものだというケースを蓄積しておくことです。ケースが多ければ多いほど、特性についてのイメージが頭の中に形成され、類推によって考えることができます。
したがって、KFSについて詳しく述べる予定の次回も、KFSと特性のケース紹介を中心にしたいと考えています。
なお、下図は特性項目のイグザンプルです。参考にして下さい。

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(小林 裕)