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第4回 市場と自社の位置づけ・実力を知るには(3)~事業特性とKFSを知る(2)~

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

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前回のご説明で、事業の特性から論理的に考えてKFSを導き、そのKFSを押さえることが、そのまま基本戦略に繋がることはご理解頂けたと思いますが、その他にも「KFSを見つける視点」があります。正面から特性分析を行っても同じ内容が得られはずですが、特徴から特性を考えるという道筋だけでなく、このような角度からもチェックした方が考えやすくなります。

ビジネスフローごとに重要なものを考える

まず、上図の「ビジネスフローごとに重要なものを考える」という方法をご説明しましょう。これは、「開発・設計~購買~生産~マーケティング~販売~物流~アフターサービス」といったビジネスフローの流れに従って企業活動を分解し、それぞれのステージごとに重要なことは何かをリストアップするものです。そして、それらの中で特に重要なものがKFSではないかと見当をつけるのです。特性の見つけ方のところで、企業活動の各機能(ビジネスフロー)ごとに考えられる特徴をリストアップすると説明しましたが、それに似ています。

なお、KFSは単に重要であるというレベルを超えた存在であると前述しましたが、ここでは、KFSと言うまでには当たらないと思うレベルまで間口を拡げてリストアップしておいた方が良いでしょう。と言いますのは、実務的には、KFS以外の重要なファクターに対しても何らかの手を打つことが必要になりますので、何が自社の事業にとって重要かをしっかりと押さえておくことは後々役に立つからです。

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さて、このビジネスフローごとにKFSの例を整理したものが、上図です。特性とKFSについては、できるだけ多くの事例を見て頂くのがベストですので、この図に挙げたもののから幾つかピックアップして説明していきます。

スピードが命のアパレル産業

「変化対応スピード」がKFSとなっている事業の典型が、婦人アパレル産業です。
この業界は流行の移り変わりが激しく、いかに早く流行を先取りするか、いかにタイミング良く流行の波に乗り、また、降りるかが成功の鍵となっています。もたもたしていたのでは流行遅れの商品の在庫の山を築いてしまいます。したがって、この業界では、その年のファッションの流行を掴むためにアンテナを先鋭にしておくことと共に、「生産のフレキシビリティ」を高めることがKFSになっています。

たとえば、ベネトンは昔、先染めの糸を織り上げていくのが主流のアパレル業界にあって、後染め方式の採用で成功して話題になりました。先染めの糸を織り上げる方式では、カッティングと縫製まで終えた商品は色が流行から外れてしまっても、何とかそのまま売るしか手がありません。しかし、後染めであれば、流行色から外れるリスクは大幅に軽減できます。
一方、円高と人件費の安さに惹かれてアジア諸国に出ていったものの、激しい変化に対応できるだけの生産のフレキシビリティを確立できなかった多くのメーカーが日本に戻ってきたことが、対照的な事例として思い起こされます。

なお、「生産のフレキシビリティ」と言った場合、他の商品に切り替えるフレキシビリティ、需要の急増に応ずる増産のフレキシビリティ、需要の急減に応ずる減産のフレキシビリティとがありますが、どれを重視するかは業種や商品で異なります。例に取り上げたアパレルのように、パタッと売れ行きが止まる可能性のある商品の場合は、増産のフレキシビリティには若干リスクがあります。たとえば、今年話題になったユニクロのヒートテックはかなり早い時期に品切れになりながら年度内の増産には踏み切りませんでしたが、増産のフレキシビリティのリスクを考慮したのかもしれません。(ヒートテックはファッション商品というよりも機能性商品と捉えた方が良いと思いますので、もう少し増産しても良かったような気もしますが、採算に見合うだけのロットを生産するには時期的に中途半端だったのかもしれませんし、他の戦略的意図があったのかもしれません。)

ワイン事業の成否はブドウが握る

次は、購買の項に挙げてある「原料安定確保」を取り上げましょう。
この「原料安定確保」が事業のKFSになっている事業にワイン事業があります。ワインは、原料となるブドウの品質がワインのグレードを決めます。したがって、一定のレベルのブドウが安定的に確保できなければ、ワインの品質が一定せず、消費者の信頼を勝ち得ることはできません。その上、ワインの原料費、つまりブドウの仕入れ代が売上高に占める割合も高く、いかに必要以上に高い買い物をしないかが事業採算の決め手になります。原料の安定供給先をしっかりと確保しておかなければ事業として成り立ちにくいことがお判り頂けると思います。

医療機器事業の命綱はサービスネットワーク

三番目は、アフターサービスの項の「迅速修理体制」です。
これがKFSとなる事業には、医療機器事業があります。特に、人命に関わる手術用機器はその典型です。もし手術中に機械が故障すれば、スペアの機械を使用するにしても、すぐに直しておかなければ次の患者の手術に差し支えます。また、取り替えたスペアの機械に不具合が生じることもあり得ないわけではありません。したがって、病院から修理依頼があって何時間もしてから病院に到着するようでは話にならず、かなりのサービスネットワークを築いておかなければメーカーあるいは販売者としての責任が果たせません。医療施設向けの機械が一般企業向けの同じような機械と比較して、かなり高い値付けになっていることは珍しくありませんが、サービスネットワークの費用をある程度製品価格に負担させざるを得ないという事情もあるのです。帝人の酸素供給装置が、そのすぐれたサービス体制を武器にシェアを伸ばし、日経ビジネスなどに紹介されたことがありましたが、同社では、この事業のKFSがサービス体制にあることを見抜き、製品の販売に先立って拠点と人員の増強を図ったのでした。

アプリケーション力がものを言う製菓材料業界

最後にもう一つ例を挙げておきましょう。
マーケティングの項の「アプリケーション力」です。このアプリケーション力がKFSである業界には、製菓材料の業界があります。この業界では、材料メーカーは単に材料を納めるだけでは済まされません。明治、ロッテ、森永といったユーザーが要求する味を出すために、ユーザーの技術者と一緒になって成分の調合を行って始めて販売が完了します。特に昨今は、ユーザーの要求に応えるだけでなく、ユーザーがライバルと差別化できるような提案も行っていかなければ勝ち残ることが難しくなっていますので、半分はアプリケーション技術を売っていると言うことができます。たとえば、この業界の優等生である不二製油は、このアプリケーション力で伸びてきた会社です。

ライフサイクル別KFS

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ところで、このKFSはライフサイクルのステージによっても変化します。(上図)
たとえば、「仲間づくり」が開発期のKFSになることがあります。それは、互換性の無い商品やサービスで競争し、規格争いをしている業界に見られます。古くは、ビデオ業界でVHS方式がβ方式を駆逐した例がありますし、最近では電子マネーを提供する各社が「仲間づくり」にしのぎを削っています。マイナーな存在では、時間の経過と共に淘汰される可能性が高く、生き残りが難しいからです。

また、成長前期においては、余力のある設備を持つことがKFSの一つになることがあります。これから急成長する市場では、余力のある設備があれば需要の伸びに合わせて商品を供給することができますが、商品供給力が弱ければせっかくの成長の波に乗ることができません。これで失敗したのが、米国の優良企業スリーエムのオーディオテープです。同社は、一気に沢山作ることに消極的であったため、TDKを始めとする日本のテープメーカーにその王座を奪われてしまいました。もっとも、日本の各メーカーがビデオテープで過剰設備に陥り失敗をしたのは前述の通りです。

また、製品が成長後期にかかってくれば、研究開発や設計によって差別化を図っていく余地は少なくなり、生産コストが成功の大きな鍵になってきます。さらに、成熟期に入りますと、商品自体での差別化が難しく、コストも各社間でそれほど大きな違いは無くなるため、ブランドやサービスあるいはアプリケーション等、商品以外の面での差別化がKFSになるケースが出てきます。簡単に、これらのケースをご紹介します。

まず、再ブランド化で成功した例としては、コシヒカリ、あきたこまち、といったブランド米が有名です。
次は、サービスによる差別化あるいは流通の差別化の一例です。ブリヂストンは、2009年2月、トラック・バス業界に向けて、新品タイヤの販売にメンテナンス、摩耗したタイヤの再生サービスを組み合わせたエコバリューパックを販売することを発表しました。同社は、タイヤ市場の成熟化に伴った新しいビジネスモデルだと言っています。(日刊工業新聞2009年2月17日)

アプリケーションによる差別化としては、マイクロソフトの戦略転換の例が挙げられます。同社は、2008年秋に、WINDOWSやOFFICEといった主要製品の技術情報を無償公開すると発表しましたが、これは、関連のアプリケーションや互換ソフトを増やすことで、自社製品の裾野拡大と基盤強化を狙ったものです。自社のソフトウェアを競争力の源泉として手の内に囲い込んで、絶対に公開をしなかった同社としては戦略大転換と言うことができます。独禁法がらみで欧州委員会から受けた是正命令や、Linuxの登場があるにしても、成熟期ならではの戦略と言うことができます。

このように、KFSは時間の経過と共に変化することを知らなければなりません。過去の成功体験に囚われ過ぎて失敗した、という話をよく耳にしますが、これは、KFSが昔と変わってしまったことを見逃したということに他なりません。
たとえば、製品の優位性で、当初、成功を収めた専門メーカー等が、各社間の品質の差が縮まって、差別化よりもマーケティングやコストが重要になってからも、依然として僅かな品質差と技術力に頼りすぎて、退場を余儀なくされるなどは日常茶飯事です。2009年に入ってから、パイオニアがプラズマTVからの撤退を決めましたが、大型テレビがコモディティ化(一般商品化)していく中で、技術を重視しすぎて高めの価格設定を行ったことが原因と言われています。導入期から成長期への展開スピードの速さを見誤ったようです。

付加価値やコストの比重を見る

前述の「付加価値やコストの比重の大きいところに潜んでいないかを考える」の良い例は、先に説明したワイン事業でしょう。前述のように、ブドウの仕入れコストがワインの売上に占める比率はかなりのものになりますので、品質の安定継続性という要素が無くとも、ブドウのリーズナブルな価格での仕入れがKFSになります。高く買っていたのでは商売にならないからです。

なお、このコスト比重については、上述のライフサイクルステージも確認する必要があります。新しい技術が登場した場合、しばらくは、その技術に付加価値があり、それを入手するコストも高いので、その技術自体やその技術で構成される部品等を有利な条件で確保することがKFSになります。しかし、その技術自体がほぼ普及してコモディティ化した段階では、KFSはその他の要素に移っていきます。たとえば、ICに希少性があった時代には良質のICを確保することがKFSでしたが、ICがコモディティ化した後は、組み立てコストの比重が高まったために、人件費がKFSとなり、安い人件費を求めて海外に出ていった電卓等は、その一例です。

顧客の購買決定要因から見当をつける

「顧客の購買決定要因から見当をつける」は、顧客の購買決定要因が売上を直接左右することから、特に説明をしなくともお判り頂けるのではないかと思います。

一つだけシステムキッチンの例を挙げておきましょう。システムキッチンはある程度のことはカタログで判りますが、価格が高いのでショウルームで実物を確認して納得してから買う消費者が大半です。つまり、ショウルームで顧客に的確な情報を伝えられることがKFSの一つになっているのです。したがって、充実したショウルームと腕の良い説明員を配置することが非常に重要になってきます。なお、このような商品を説明を受けてから買うという意味で説明商品と言えます。

KFS徹底集中度の重要性

さて、このKFSは判っただけでは何の役にも立ちません。徹底して押さえ続けることが肝要です。私の経験では、業界のトップ企業と二番手、三番手企業との差は、KFSへの徹底集中度の差にあります。トップになれない企業は、あれも大事、これも大切、と貴重な経営資源を分散させ、KFSに力を集中しきれないのです。

なお、以上の分析は事業区分ごとに行うことは当然ですが、かなり特異性を持った重要な市場セグメントがあれば、そのセグメントに特有の特性やKFSも分析します。このことは次項以降に続く顧客構造や市場地位の分析にもあてはまります。

(小林 裕)

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