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第69回 人材ビジョンを実現する人事制度改革

  • 経営改革の知恵ぶくろ

神奴 圭康

人材ビジョンを実現するためには、人事制度改革と人材開発が必要です。 今回は、人材ビジョン実現を目指した、前向きな人事制度改革の事例を中心にお話しします。

H社の人材ビジョン

H社は、前回の「人材ビジョンを明確にする」でご紹介した、商業印刷・販売促進の企業です。 将来は、事業規模3倍のマーケティング・カンパニーを目指す優良企業です。 同社の人材ビジョンは、一言で言えば「プロフェッショナル人材」ですが、具体的には次の人材像を目指していました。

1.プレイング・マネージャーから、プロフェッショナル・マネージャーへ
 マネージャーは、業績開発と人材開発の両面で経営に貢献できる人材を目指す

2.案件対応型営業マンから、案件創出型営業マンへ
 営業マンは、顧客に密着して自ら顧客に案件を創出できる人材を目指す

3.バック業務IT活用人材から、フロント業務IT活用人材へ
 IT活用人材の拡大も含めて、顧客接点であるフロント業務IT活用人材を目指す

H社の人事制度改革

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H社人事部メンバーは、前述の人材ビジョンを実現するために、「人材採用~キャリア形成~人事評価」という一連の人事制度を、以下の3点を中心に改革する構想を策定しました(上図参照)。

1.人材採用の前提明確化

H社では、各部の人員要求をベースとした年度採用計画に基づいて、採用を行っていました。 しかし、その採用基準は抽象的で、共通認識もされていませんでした。 採用も、新卒が少なく同業他社からの中途採用が中心でした。

しかし、今回は、人材の量と質を明らかにした中期人材計画の策定を、トップから求められました。 人材の量的側面は、会社全体の付加価値と総額人件費に基づく人員計画、組織構想に沿った職位別・職種別の人員計画を策定しました。 一方、人材の質的側面は、マーケティング・営業、メディア企画開発、生産・物流、システム開発など、事業経営を支える職種ごとに採用基準を明確にしました。 採用も、将来性ある新卒採用やH社の顧客業界からの採用に、力を入れるように変えました。

2.多様なキャリアコースの設定

H社では、人材開発に繋がるキャリアコースは明示されていませんでした。 職種間の異動も、多くはありませんでした。 各部も、優秀な人材を手放すことに抵抗があったのです。

今回の改革では、一人ひとりの能力向上や全社の総合力を引き上げるために、各自が計画的にキャリアを積んでいくことができる、キャリアコースを明確にしました。 キャリアコースは、マーケティング・営業系、技術・生産系人材、スタッフ系の3つの専門職コースを設定して、各コースの資格能力要件を設計しました。 同時に、各キャリアコース間の異動を可能にしました。

また、マネージャー職コースも、キャリアコースの一つと考えました。 マネージャーの資格能力要件も見直し、マネージャー職コースと専門職コースとの相互異動もできるようにしました。

3.人材開発重視の人事評価

H社では、売上・利益・コストなど、業績目標の達成度による業績評価を軸とする、成果主義の人事評価が中心でした。 このような評価は、業績に対する動機づけには強く働きますが、人材開発に対する動機づけは強く働きませんでした。

今回、人事処遇(給与や昇格・昇進)にあたって、業績評価とのバランスを考えながら、たとえば次のような人材開発評価を重視するように変えました。

・マネージャー:信頼感を基本とした組織メンバーの動機づけと育成
・営業リーダー:社外顧客への企画提案力・実行力
・生産リーダー:社内外顧客へのQCD改革提案力・実行力
・スタッフリーダー:社内顧客への業務改革提案力・実行力
・社内外顧客とのフロント業務へのIT活用力   など

なお、同社は目標管理制度を導入していましたが、業績管理の色彩を帯びた運用でした。 そこで、各自が業績を上げるためには自身の能力開発をどのようにすればよいか、を目的とする目標管理へと変えたことを補足しておきます。

経営改革の一環としての人事制度改革

人事制度は、一番重要な経営資源である「人」に関わるマネジメント・システムですが、経営改革の一環としてその改革は行われます。 H社の人事制度改革は、自社のビジョン・戦略に基づく人材ビジョンを実現することを目的としたケースです。

H社に限らず、経営戦略の実現に向けた人事制度改革が急務な時代と言えます。 中堅企業においても、次のような人事制度改革が課題となっています。

・グローバル化に伴う、グローバル対応人材の確保
・M&Aに伴う、人事制度の再構築
・グループ経営に伴う、人事制度の共通化と個別化
・市場開発力や技術開発力など、事業競争力を強化する人事評価力の向上
・中高年齢者・女性・非正規社員など、人材活用に対する人事制度改革など

また、次のような事態が生じている場合は、人事部は、経営改革テーマとして人事制度改革に取り組むことが求められます。

・時代変化に対応していない、硬直化した人事制度
・行き過ぎた成果主義による、弊害の拡大
・人事評価の納得性の欠如による、やる気の喪失
・キャリアコースの有効活用度の低下
・長時間労働の常態化  など

人事制度改革は、自社の経営戦略や自社の置かれた実態を踏まえて行うことが重要と認識しています。

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