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新価値創造マネジメントの新潮流

第6回 ソリューション開発におけるプロジェクトマネジメント 〜事業展開シナリオをつくる〜

高橋 儀光

 前回は、ソリューション開発は最終的な仕様はあえて確定させずに、お客様の半歩先くらいまでの提案を繰り返しながら、お客様との二人三脚で理想的なソリューションに発展させていくことがポイントであることを説明しました。順調に当初のシナリオどおりにスパイラルアップしていければいいのですが、現実の多くのケースでは当初自社で描いていたシナリオどおりには運ばず、シナリオの修正を迫られることがあります。

 これは従来の仕様・数量がある程度確定させてから開発がスタートする場合と比べて、開発プロジェクトマネジメントを担う立場や、実際にものづくりをする工場の立場からすると非常にやりにくい開発です。

 今回から複数回に分けて、お客様にソリューション提案が通り、実際に開発がスタートした後の開発プロジェクトマネジメントのあり方について解説していきます。

市場・お客様の要求事項が確定しない開発を計画に落とすには

 既存事業の新規開発テーマ、もしくは新事業でも従来の「モノ」提供ありきの開発であれば、開発計画を立てるにあたり、開発の前提条件を確定させることから始めます。具体的には、市場・お客様が求める機能や開発要求事項の明確化を行ったうえで、どのような製品の品揃えをすればいいのか、製品ラインナップ展開計画とそれに応じた開発体制を見積もります。この製品ラインナップ展開が、事業環境による影響度や自社の経営方針と整合しているかどうかを検証し、開発の前提条件を確定させます。

 これに対し、ソリューション開発は、市場・お客様の求める機能や開発要求事項は最初の段階では確定されず、不確定な状態でスタートします。先行的にお客様の半歩先までは提案しますが、その次の一手はお客様とのコラボ次第で変化するためです。したがって、最初の段階で製品ラインナップ開発の全体像を精緻に計画しても、市場・お客様の反応次第では、以降の製品ラインナップ方針をゼロから考え直さなければなりません。このような開発を効率的に進める場合には、逆説的に聞こえますが、「開発の前提条件は、あえて最初の段階では確定させない」ことがポイントになります。

 前提条件を確定させないからといって、出たとこ勝負で総花的に開発を進めていては、いくら開発リソースがあっても足りません。フォーキャストがまったくない中では、生産計画も立たなくなり、ものづくりの体制構築・材料手配もできません。そこで、開発の前提条件が今後どのように変化していくのか、あらかじめ複数パターンの事業展開を想定し、展開パターンを切り替える判断をするための基準とジャッジを行うタイミングを決めるのです。従来の開発のように、ある展開パターンを1つ決めて開発スタートの前提条件とするのではなく、最初はある展開パターンでスタートしても、途中で代替案に切り替えができるようにしておくのです。この事業展開のパターンのことを、JMACでは「事業展開シナリオ」と呼んでいます。

状況変化に応じた事業展開シナリオの軌道修正がカギ

 お客様が求める理想的なソリューションに至るまでの展開には、複数パターンの可能性が存在します。実際にコンサルティング支援をした事例をもとに説明します。

B to Cの経験がない中で一般家庭向けの事業展開シナリオをどう描いたか

 ある企業で最終的には「再生可能エネルギー発電システムの投資回収を劇的に早めることで、広く一般家庭に普及させ、低炭素社会実現・エネルギー問題解決に寄与するソリューション」の新事業開発のテーマ提案を行い、経営トップの承認を受けて新事業開発に着手することになりました。支援したのは今から10年前で、その当時の事業環境では対象とした発電システムは非常に高価であり、初期投資分の元を取る前にシステムの老朽化で更新のタイミングが来てしまうのです。このため、二酸化炭素の削減には非常に有効であるものの、経済的な面から一般家庭への普及が進まない状況でした。

 エネルギー問題の解決を図るソリューションということで社会的な大儀もあり、自社の保有技術も活用できることから実施の承認を得ていましたが、大きな問題はこの会社のビジネスは産業用のB to Bであり、一般家庭向けのB to Cビジネスの経験がありませんでした。そこで、理想とするソリューションを最初から一般家庭用として自社ブランドで発売する事業展開シナリオも考えましたが、まずは既存の商流を活用して産業用・工場向けに提供し、そこで一定の実績を積んでから一般家庭向けに事業展開する、段階的なシナリオで進めることにしました(下図)。会社の中期計画では、まずは導入期の産業用・工場向けの開発実行の承認をいただき、開発をスタートさせました。

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 工場向けであれば、既存製造ラインの一部を改造するだけの小額の投資規模で製造を開始できます。また、お客様も既存の商流で商談ができるため、案件受注も現業の営業活動の中で行うことができます。新事業開発は長期の開発期間を要するものが多くなりますが、このように段階を経るシナリオでは、先行投資リスクを最小化しながら、短期間での収益確保が可能となります。この事例では、開発実行の承認をいただいてから約1年で発売にこぎつけ、最初のお客様・ある工場への提供を開始しました。

想定しなかった事態が発生しても事業展開シナリオの軌道修正で成功に導ける

 工場向けと平行して、本来の目的である一般家庭向けのシステム開発を進めていましたが、新事業開発スタートから3年経った時点で当初は想定していなかった大きな事業環境変化が起こります。経済成長著しい中国のメーカーが市場参入し、一般家庭向けのシステムの価格破壊が起こりました。高額な初期投資の回収スピードを早めるソリューションを目指していたところ、そもそも初期投資が高額ではなくなったのです。

 そこで、工場向けシステムと平行して一般家庭向けのシステム開発も進めていくという事業展開シナリオを見直すことにしました。当初考えていた製品構造を設計思想から根本的に見直し、新工法・生産技術の開発で製造原価を劇的に下げ、市場価格の下落スピードを上回ることができなければ、一般家庭向けの開発はここで中断するジャッジを行うことにしたのです。新事業開発のプロジェクトメンバーと集中検討会を開催し、営業・製造部門のキーマンも入れて知恵を絞りましたが、残念ながら目標原価には到達できないという結論に至り、一般家庭向けの開発は中断することになります。

 だたし、工場向けは安定収益になっていましたので、こちらは少数のプロジェクトメンバーを残して継続して開発することにしました。また、当初一般家庭を目標としたソリューションでは「投資回収を早める」でしたが、産業用のお客様はそれよりも「大規模システムへの拡張性」を求めていることから、大規模システム開発での事業展開シナリオを軌道修正しました。

 10年経過した現在、法改正で急激に産業用システム市場が立ち上がったこともあり、この産業用システムはその会社の非常に大きな事業収益の柱となっています。この会社の事例のように、もしも10年前に開発スタートした際に、一般家庭向けのシステム開発をひたすら目指す一本のシナリオだけで進めていたとしたら、今日の成功はなかったでしょう。

不確実性の高いソリューション開発の成功確率を上げるには

 新事業テーマが承認されても、ストレートに理想とするソリューションに向かう、一本道の開発計画ではなく、「開発前提条件を、あえて最初の段階では確定させない」ことがポイントです。予期せぬ事業環境の急激な変化や、お客様の求めるソリューションが変化することをあらかじめ盛り込んでおき、途中でジャッジを行い、事業展開シナリオを軌道修正することが、新事業開発の成功確率を上げることになります。

 ここで注意が必要な点は、事業展開の軌道修正を経営判断でジャッジしても、開発や工場・ものづくり側がスピーディに軌道修正に対応できなければならないということです。ビジネス面での判断がいかに迅速であっても、設計変更や製造工程変更、サプライヤー変更の対応が後手に回れば、結局ビジネスチャンスを逃すことになります。

 次回は、開発前提条件が急に方針変更になった場合にも柔軟に対応するための、開発プラットフォーム設計の考え方を解説します。

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