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イノベーション人材開発のススメ

第1回 「やりたいこと」の自覚で人は変わる

大崎 真奈美

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「やりたいこと」は何ですか?

「イノベーション人材開発」。聞きなれない言葉かもしれない。だが、この言葉だけで、どのような人材なのかはある程度イメージできると思う。本コラムでは、イノベーション、つまり旧来を打破し、新しい扉を開く人材の育成について、コンサルタントの視点で話していこう。

 私はシステム開発会社A社で、組織活性化の支援をしている。支援の期間が2年目となったある日、お客さまから社員との個別相談の依頼を受けた。組織活性化の活動のことでもいいし、他のことでもいい。同じ会社の社員には相談しにくいことを何でも、ということでカウンセリングのようなコーチングのような面談の時間を持つことになった。
面談されるメンバーは「何を相談したらいいんだろう」と戸惑い気味だったが、いざ始めてみるとさまざまな悩みや疑問が出てきた。対話をするだけでもクライアントの気づきにつながってくるから面白いものである。

さて、面談4人目に登場したのは、入社5年目の社員Bさん。Bさんも最初は他の人と同じように戸惑っていたが、そのうち「仕事が面白くない」と口に出した。Bさんはいくつかの不満を吐き出していたが、詳しく話を聞くと「やりたいことができていない」らしい。かといって、「やりたいこと」をうまく表現できないし、この会社では「やりたいこと」ができないと思う、とのこと。

そこで、私はBさんの経歴を聞いて、今まで楽しかったことや面白いと思ったことを質問してみた。どうやら、Bさんはもっとお客さまの近くで、お客さまに喜んでもらえるようなことを考えたり、会話することに喜びを感じるらしい。
Bさんの現在の業務も、もちろんお客さまのためにはなっているものの、Bさん自身の実際の業務は自社のオフィス内での運用業務で、自らお客さまのために何をすべきかを考えるきっかけをつかめていなかったのだ。

いやいや、どんな環境にあっても、考えることはできるだろうと思われるかもしれない。しかし、「『お客さまのために何ができるか』を考えることに喜びを感じる」ということをBさん自身が自覚していないのだから、きっかけをつかむのはそもそも難しかったのだ。

30分で人は変わる

話し始めてから20分ほどたった時点で、Bさんは自分のやりたいことをおぼろげながら自覚することができた。

私はBさんが所属している組織で、新サービス企画の動きがあることを知っていたので、「手を挙げてみたらどうですか、何か不安なことがありますか」と聞いてみた。
Bさんはわざわざ手を挙げてまで参加しても活躍できるかどうかわからないと躊躇しつつも、「でもやってみないと、わからないですね。担当者に声をかけるのはちょっとハードルが高いので、まずは話しやすい自分の上司に相談してみます」と言って、30分の面談を終了した。

その後、しばらくたって、私は新サービス企画プロジェクトのメンバーにBさんの名前を見つけた。コロナでしばらくBさんに会えなかったが、面談から4カ月ほどたって実際に会えったときに、「企画プロジェクトに入ったんですね」と声を掛けた。少し恥ずかしそうなはにかんだ笑顔で「自分でやってみるって言ったので......」と答えてくれた。

「やりたいこと」から本当の自分を見つける

Bさんの変化は「やりたいことに自ら手を挙げることができた」ということに留まらない。現業の運用業務の改善についても、積極的に推進する姿が見られるようになったのだ。
それまでは上司との関係性も理由にして、与えられたタスクを推進するだけだったが、自ら改善計画を考え、他の人ともコミュニケーションをとるようになった。シャイな性格も手伝ってアグレッシブに進めていくタイプではないものの、着実に改善を実行できている。

Bさんの例からもわかるように、「やりたいこと」を自覚すると、やりたいことに今すぐ着手できなくても、目の前の仕事に対するモチベーションが湧いてくることが多い。こうなるのは「本当の自分を見つけられた喜び」を得たためと解釈できる。

私は2019年に半年以上かけて心理カウンセラーのトレーニングを積んだ。そのトレーニングの中に「インナーチャイルド」と呼ばれるカウンセリングの方法論がある。
人の本性というのは小学校に入るくらいまでにある程度、固まってくる。しかし、その後の親や社会との関わりの中で、さまざまな出来事をきっかけに、自分の本性を自らが否定せざるを得なくなる。その結果、逆に生きづらさを抱えてしまうことがある。
その生きづらさを解消する方法として、自分が否定してしまった自らの本性に向き合い、「否定してしまってごめんね」と子供のころの自分を認めて抱きしめて自分の中に取り込むイメージワークがあるのだ。

Bさんの例は、そこまで大げさなことではないかもしれないが、「そうか、自分は本当はこんなことがやりたかったんだ」と気がつけることは、インナーチャイルドのような根本的な喜びに近いであろうし、近道でも遠回りでも自分がやりたいことに向かっていくことは、生きる喜びそのものでもある。

「やりたいこと」を自覚する機会を設ける

今回はA社での個別相談で、たまたまBさんと向き合うことができた。実際には「やりたいことがわからない」ことに悩み、わざわざ自分からカウンセラーやコーチに相談する人はまれだろう。
そもそも「やりたいことがわからない」ということに気がつく機会を得にくい企業もあるだろうし、「やりたいことがわからない」ことで真剣に悩まなければならない状況も多くはない。
しかし、たった30分でやりたいことに気づき、モチベーションが上がって変革に向き合っていけるのならば、「やりたいこと」を自覚するための機会を、組織の中に設けてるべきだろう。

これは一般社員だけに当てはまることではない。管理職も同様である。私は管理職研修も多く手掛けているが、「この年でやりたいことと言われても」と尻込みする人や、やりたいことと称して与えられたミッションについて苦しそうに話す人は多い。「やりたいことだけをやれるわけではない」と怒りを表す人もいる。

確かに、自分のやりたいことだけをやればいいわけでもないし、やりたくてもできないこともある。だが、自分のやりたいことでやってもいいことに躊躇することはない。自分のやりたいことを自覚するくらいしたっていいはずだ。メンバーの「やりたいこと」、自身の「やりたいこと」を自覚するには、どうしたらよいだろうか。思いを巡らせてみてほしい。

 今回は「やりたいこと」を自覚すれば、組織と人は変わることができるということを話した。次回はその先にある「自由」について考えてみる。

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