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第12回 自社の市場地位と競争余地を知る(6)~強者の戦略とは(2)~

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

需要拡大戦略

「需要拡大戦略」というのは、シェア競争ではなく、需要それ自体を拡大することによって売上増を図ろうとする戦略です。市場が成熟化してきた場合や、自社のシェアが50%を超えるほどのガリバー型支配となり、これ以上シェアの拡大を狙うとかえってコストの方がかさんでしまいそうな場合によく採用されます。シェアアップによる更なる売上拡大の余地が少ない強者にとっては有効な現状打開策です。

この「需要拡大戦略」は、現在のメイン市場そのものを拡大しようとする戦略と、周辺市場を拡大することによってメイン市場への波及効果を狙う戦略とに分けることができます。

メイン市場の拡大戦略

まず、メイン市場の拡大戦略ですが、これは「用途開発による新分野開拓」、「裾野マ-ケットの創出」、「使用量増加による需要拡大」などによって行われます。それぞれについて幾つか具体例をご紹介しましょう。

【1】「用途開発による新分野開拓」とは、従来にない使い方を創り出すことで市場を拡大する戦略を言います。既存市場での売上増がそれほど望めなくなった時に、「今のままでは頭打ちだ、同じ製品や技術で勝負できる市場は他にないだろうか」と考えるのは自然の成り行きです。そのため、強者・弱者を問わず、ありとあらゆる会社が日夜、新しい用途と分野の開発に知恵を絞っています。

たとえば、耐熱性プラスチックを金属代替材料として発展させる、食品凍結技術を医療分野の凍結保存技術に応用する、軍事・宇宙関連技術を民生分野で展開する、シルクをその柔らかい特性を活かして化粧用・ボディー摩擦用ブラシに使うなど、枚挙に暇がありません。
「強者・弱者を問わず」と述べましたが、用途開発に限らず、「需要拡大戦略」は弱者にとっても重要な選択肢の一つです。

それでは、なぜ、「需要拡大戦略」が強者の戦略として取り上げられるのでしょうか。それは、新しく需要が拡大した部分についての各社の取り分も現在のシェアと同じ割合になることが多く、強者により有利だからです。つまり、パイが増えたことの恩恵をもっとも受けるのは、現在のトップシェアの会社となる確率が高いということです。

そのような強者の戦略として用途開発をした典型的な事例に、インスタントコーヒーのケースがあります。古い話ですが、ご紹介しておきます。
昔、ネッスル(現ネスレ)が「和食にコーヒー」というメッセージのテレビコマーシャルを流して、コーヒーの需要を掘り起こそうとしたことがありました。今では「和食にコーヒー」は珍しくも何ともありませんが、当時は、和食には日本茶が常識でした。ネッスルは、この伝統的な思いこみに対して、「いや、コーヒーは和食にも合いますよ」と、コーヒーの新しい飲み方、つまり用途を提案したのです。このテレビコマーシャルの成果がどの程度あったかは確認していませんが、おそらく、シェアの高いネッスルが、ライバル他社以上に需要拡大のメリットを享受したのではないでしょうか。

また、電気カミソリでトップシェアの松下電工(現パナソニック電工)が、ひげは朝剃るものだという習慣に挑戦して、オフィス用のシェーバーを開発したこともありました。その後、オフィス用シェーバーについては話を聞きませんので、あまりうまくいかなかったのかもしれませんが、強者ならではの戦略です。

【2】「裾野マ-ケットの創出」は、既存製品とほぼ同機能の製品を、それまでは使用されていなかった裾野の広い市場に発売する戦略です。前述の、一眼レフの業界からポケットカメラの業界に出ていったケースもこれにあたりますし、業務用に使われていたFAX機やコピー機をコンシューマー(一般消費者)市場向けに開発して売り出すのも、「裾野マ-ケットの創出」です。ポケットカメラもコンシューマー向けコピー機も、それまでのリーダー企業が先鞭をつけたものではありませんでしたが、リーダーが先に手をつければ、既存分野での力関係をそのまま新しい分野に持ち込むことができ、リーダーにより有利なケースとなることが多いのです。

海外では、P&Gがこの戦略を明確に意識しています。同社の戦略には発展途上国を中心にしたBOP(ボトム・オブ・ピラミッド)市場、すなわち裾野マ-ケットの開拓がうたわれています。世界規模での裾野マ-ケット進出は、流通させる物量も膨大になるなど、それまでの延長線上でビジネスを考えることはできず、それなりの新しい体制を整えることが必要ですが、強者であるP&Gだからこそ可能な戦略と言うことができるでしょう。

【3】「使用量増加による需要拡大」は、食品業界によく見られます。パッケージの容量を増やすことによって、使用量の増加をはかるのです。たとえば、ウーロン茶や清涼飲料水の1.5リットルボトルを2リットルボトルへ切り換えたり、1人用に加えファミリーサイズボトルを発売すれば、需要は増加します。胃袋の大きさは一定だと言っても、いったん、大きなボトルを開栓すれば、分けて飲むことはせずに、その場で飲みきってしまうことが多いからです。

その他、あまり感心したやり方とは言えませんが、耐用年数の短縮やふりかけビンの穴を大きくするのも、この「使用量増加による需要拡大」と言えるでしょう。

周辺市場の拡大戦略

一方、周辺市場の拡大は、自社事業のマ-ケットに対するプラスの波及効果を狙って、その関連市場を拡大する戦略です。当然のことですが、関連市場との結びつきが強ければ強いほど、メイン市場への波及効果は大きくなります。

周辺市場の拡大によって巨大マ-ケットに成長したのが、ゲーム機の市場です。任天堂のニンテンドーDSやソニーのプレイステーションといったゲーム機が日本のみならず世界で圧倒的な支持を獲得しているのは、ゲームソフトという周辺市場の育成に力を入れたからに他なりません。おもしろいゲームが増えれば増えるほど、そのソフトを楽しむためにゲーム機を買う人が増えていきます。そのため、両社は、ソフト開発をするソフトメーカーを厳選するなど、ソフトの質の向上には相当の力を注いでいます。

また、光回線市場の需要拡大を目指してNTTも周辺市場の拡大を重視しています。たとえば、2005年には、東京駅コンコースでフレッツ光を利用したソニーのロケーションフリーテレビのデモンストレーションを展開するなど、機器の普及に一役買い、2007年には、サザンクロスブランドでの直接販売も始めました。

このロケーションフリーテレビは、外出先や海外のパソコンからインターネット経由で自宅のテレビの視聴やビデオの録画・再生ができる装置です。テレビやビデオの動画のスムースな再生のためには通信速度の速い光回線が適しているため、この装置の普及が光回線の新規ユーザー獲得と既存ユーザーの通信量増加に結びつくと踏んだわけです。

さらに、光回線市場の成長が鈍化し始めた最近では、NTT東日本がライフネット生命と提携して遠隔テレビ健康相談サービスを始めていますし、光回線と接続して使える通信機器をシリーズ化した光LINK(テレビにつないで簡単にネットを楽しめる光BOXなど)事業にも力を入れています。また、同様に、NTT西日本でも、シャープと情報家電サポートで連携するなど周辺市場の拡大を通じての通信量増加に意欲的です。(日刊工業新聞 2009年6月10日)

なお、このような周辺市場の拡大は用途開発による新分野開拓でもありますし、弱者でも、ライバルとの製品やサービスの互換性が少ない場合には有効な戦略です。したがって、この「需要拡大戦略」はメイン市場の拡大か周辺市場の拡大か、あるいは、新分野開拓になるのか用途開発にあたるのかなどと、区分することに神経質にならずに、戦略発想時の目のつけ所というレベルで受けとめてください。

(小林 裕)

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