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第53回 消費財ビジネスの事業システム改革例

  • 経営改革の知恵ぶくろ

神奴 圭康

今回は、消費財ビジネスを展開するH社の経営改革事例をご紹介します。 事業戦略の重要性と消費財ビジネスの事業システム改革ポイントを理解して頂ければ幸いです。

経営改革の背景には

H社は事業の多角化を推進していましたが、その一環として一般消費財(生活用品)の企画・生産・販売のビジネスを、社内カンパニーY事業部を通じて展開していました。 一般消費財メーカーは、CPG(コンシューマー・パッケージド・グッズ)メーカーと呼ばれ、収益を還元するためにはデマンド(需要:開発・営業)とサプライ(供給:購買・生産・物流)をマッチングさせることが永遠の経営課題だと言われています。

Y事業部は、強い商品力を武器に市場シェアNo.1を維持してきました。 しかし、消費の成熟化と共にライバル企業との市場競争が激化していました。 H社Y事業部は、強い商品力を持っていることもあり、メーカー起点の事業システムの色彩を帯びていました。

たとえば、営業面では、卸の組織化と卸への営業を中心とする事業の仕組みとなっていました。 SM(スーパーマーケット)、CVS(コンビニエンス・ストア)、HC(ホームセンター)、DRUG(ドラッグ・ストア)などのチェーン小売への営業を支援する事業構造には課題がありました。

また、供給面では、全国津々浦々に商品を流通させるために全国に物流拠点を自社保有し、地域卸を通じて販売する方針でした。 工場の原料在庫に加えて商品の流通在庫が膨らみ、キャッシュフロー上の問題を抱えていました。

当時、H社は、全社的に事業モデルの変更を伴った新情報システムの導入を2年後に計画していました。 そこで、Y事業部の新任事業部長は、この新情報システム導入に合わせて、事業モデルの改革と事業システムの再構築を意思決定しました。

改革推進のステップ

H社の経営改革推進のステップは、以下の図の通りです。

mg53_1.jpg

事業システム改革推進の特徴としては、次の3点があげられます。

1. 事業戦略の見直しから事業システム改革に繋げていること
  ・事業システム改革の前提となる事業戦略の見直しからスタートしている
  (業務システム改革や情報システムの調達・開発が後戻りしないことに繋がる)

2. 事業システム改革の取組み視点が明確であること
  ・DCM(デマンドチェーン・マネジメント)SCM(サプライチェーン・マネジメント)の両領域において
   事業モデルを具体化している
  ・事業システム改革を、業務システムと情報システムの両面から取り組んでいる

3. 業務システム改革の先行実施と情報システム導入後のレベルアップ
  ・情報システム導入前に、業務システム改革を先行実施している
  ・情報システム導入後に、業務システムをレベルアップさせている

事業戦略の見直しから事業システム改革へ

■事業領域と市場/商品戦略の見直し

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H社Y事業部は、中期経営計画において事業戦略を既に策定していましたが、事業領域と市場/商品戦略の見直しを改めて行いました。 詳細は述べられませんが、事業領域については、上図に示す3つの事業ユニットを明確化、今後の事業方向について共通認識を得ました。

  ・チェーン小売BUは、経営資源投入を積極的に行い拡販する
  ・未組織化小売BUは、経営資源投入を効率化して現状維持を図る
  ・商品開発を担う新商品BUは、新商品売上比率を30%に拡大する

市場/商品戦略については、今まで手がつけられていなかった流通チャネル戦略の改革が核となりました。 歴史的に長い取引がある卸との機能分担と取引制度の改革です。

  ・チェーン小売BUは、商談はメーカーが直接商談を行い、
   物流は、卸の間接物流とメーカーの直接物流を骨格とする
  ・未組織化小売BUは、商談・物流機能共に卸が担当する
  ・機能分担に応じて、価格や販促費の取引制度を決める  など

■事業モデルの改革

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従来の事業モデルは、強い商品を卸に販促費つきで販売し、全国の物流拠点から卸に商品を流通させるメーカー起点の流通モデルでした。 事業モデルの改革は、生活者である消費者と商品の出会いの場である店頭を起点とする流通モデルにすることでした。 事業モデルの変更は、一人ひとりの意識改革を伴うものですが、H社でも最終的には共通認識を持つことができました。(上図参照)

事業システムの改革とは

事業戦略を具体化して実行するためには、事業運営の土台である事業システム改革が必要となります。 H社では、DCMとSCMを改革することでしたが、次のようなテーマに取り組みました。

■需要開発を目的としたDCM改革

消費者の購入場所である店頭情報に基づく需要開発を実施し、売上拡大を図ること。

1. 店頭起点の営業プロセス改革
  ・小売本部への商談企画提案システムと担当者商談企画提案力の強化
   → 取引店舗シェア(ショップ・シェア)の向上
  ・小売店頭フォローシステムとフィールド人材力の強化
   → 店頭シェア(ウインドウ・シェア)の向上
  ・店頭情報活用による卸への商談企画提案システムの強化
   → 卸における自社ブランド占有率(商品別取引シェア)の向上

2. 消費者起点の商品開発プロセス改革
  ・開発・営業間の連携による消費者の生活シーンのウォッチングを活用した新商品開発
  ・消費者コンタクトセンター運営システムの見直し

3. 情報系情報システム導入による改革
  ・小売および卸への提案書、小売店頭フォローデータ、消費者の声データなどの蓄積と活用
  ・3次元(エリア・商品・得意先)販売情報の分析・活用を行うBI(ビジネス・インテリジェンス)系
   情報システムの導入

■販売機会損失防止と在庫最適化を図るSCM改革

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店頭起点販売データに基づく効果的な商品供給プロセスを確立し、販売機会損失の防止と在庫最適化を図ること。(上図参照)

1. SCMセンターの設立とSCP(サプライチェーン・プラニング)の策定・運用
  ・店頭販売データ(POSデータ)による需要予測、特売計画、卸への販売データ
   および卸再販データ(卸から小売への販売データ)のSCP(販売・生産・在庫計画)の反映

2. 販売・生産・在庫の計画プロセス改革
  ・月次計画システムから週次計画システムへの変更

3. 物流業務の改革
  ・受注・販売・在庫データ活用による卸・小売の物流センターへの商品自動補充
  ・物流拠点の集約・アウトソーシングと受発注・出荷・在庫業務の効率化

4. 基幹系情報システムの再構築による改革
  ・ERPパッケージの導入による情報システム再構築
  ・EDI拡大によるリアルタイムデータの活用

■KPIによる事業経営

DCMおよびDCMを通じて得られるデータを蓄積し、KPI(キー・パフォーマンス・インディケータ)による事業経営の目標設定と検証を行って、マネジメント力を向上させること。

1. DCMのKPI
  ・チェーン小売の取引店舗シェア、商談企画提案の採用率
  ・チェーン小売の店頭シェア
  ・卸の商品別取引シェア、小売業態別売上比率
  ・新商品売上比率(売上に占める新商品売上の比率)
  ・販促費比率(商品別や得意先別の売上に対する販促費の比率)  など

2. SCMのKPI
  ・需要充足率(納品率や納期遵守率)
  ・在庫回転率(在庫日数)
  ・設備稼働率、設備能率
  ・物流コスト比率(商品別や得意先別の売上に対する物流コストの比率)
  ・卸および小売とのEDI率  など

H社Y事業部の経営改革は、事業戦略を見直して事業システム改革に取り組んだ例ですが、事業部長と事業部メンバーが連携して改革を実施したことに留意してください。 また、事業モデル変更を伴った情報システム改革の事例として、社内外で評価されたことを最後に付記しておきます。

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