お問い合わせ

自前主義を脱し、「フィジカルインターネット」で物流の構造改革を目指す

一般社団法人ヤマトグループ総合研究所
理事長 木川 眞 氏

ヤマト_木川氏

コロナ禍で、改めて重要性が再認識された物流業界。日本の物流を担うヤマトグループが見据える「物流のこの先」は経営資源のオープン化「フィジカルインターネット」の世界。

フィジカルインターネットとは

 米国ジョージア工科大学のブノア・モントルイユ教授、パリ国立高等鉱業学校のエリック・バロー教授が学問的に研究を進めてきた、物流の新しいあり方です。ひと言でいえば、「オープンで標準化された究極の共同配送プラットフォーム」。「自前主義ではなく、今までのコンペティターが力を合わせて効率よく運びましょう。競争は別の次元で」という考え方です。物流を進化させるためのキーワードでもあります。私どもは、2019年の9月にジョージア工科大学と覚書を締結し、12月に民間企業12社とフィジカルインターネットについての研究会を発足させました。

hint_yamato_p03.jpg
2019年9月、ジョージア工科大学と覚書を締結

 物流業界は、荷物は増え続け、人材は不足するというクライシスに直面しています。輸送効率を上げるには、各社の物流を組み合わせていくしかない。フィジカルインターネットを確立し、それぞれの物流センターをリレーさせることができれば、物流効率が格段にアップします。また、コロナ禍において、「物流を止められない」ということも再認識しました。

 実は、日本のトラック輸送事業者は6万数千社あり、ほとんどが中小事業者です。彼らなくして物流は成り立ちません。しかし、大手物流会社と彼らとで統合プラットフォームをつくれるかというと山ほど課題があります。どうすれば彼らも乗ることができるオープンなプラットフォームを、フィジカルな面でつくり上げることができるのか。実現していくために、私どもの研究所をはじめ、産官学で準備をしているところです。欧米でもこの研究が盛んになっています。フィジカルインターネット、共同配送の考え方を加速させるタイミングがきていると思います。

hint_yamato_p01.jpg

3つのキーワード

 フィジカルインターネットを語るとき、3つのキーワードがあります。一つは「オープン化」。冒頭に申し上げた、脱自前です。二つ目は「標準化」。インターネットの世界でいうと「パケット」のようなものですね。中小事業者も含めて、国際間で一緒に使っていくものでなければなりません。パケットのような輸送単位ごとにそのまま運べる状況にすること。国が変わると積み替えます、などということにならないように、それがそのまま国境を越えられることが必要です。三つ目は、それを共通のプラットフォームとして活用していくということ。「デジタルデータの共有化」です。

 オープン化という考え方は、日本人にとっては目新しい発想ではありません。ずいぶん前からビール業界や食品業界、コンビニなどでも実現しています。物流のトラック事業でも「ボックスチャーター事業」といって、中ロットの荷物を、「カゴ車単位で、共同で運ぶ」という取り組みが15年前から行われており、利益を生み出す事業として、すでに成り立っています。

 日本企業にとってオープン化のハードルは高くない。ただし、今まではそれが「部分最適」であり、「全体最適」にはなっていないのが問題です。限られたメンバーの中でオープン化するのがファーストステップですが、次は全体を標準化していく必要があります。ここから途端にエゴが出るんです(笑)。個社のエゴというよりは、グローバルで、どこの国のスタンダードが世界共通になるかという競争になる。しかし、効率化を考えると世界標準をつくらなければなりません。日本がガラパゴス仕様をつくってはいけないのです。そのためには、まさに「国家戦略」レベルの取り組みが必要だと思います。

日本のクール宅配を世界標準にする

 ガラパゴスといえば、クール宅配、私どものサービスでいうと「クール宅急便」があります。日本人にとっては至極当たり前の日常的サービスですが、世界を見回してみても類がなく、これまでは極めてガラパゴス的でした。しかし今、中国で小口のクール宅配需要が爆発的に増え、ヨーロッパでもサービスをスタートさせる動きが始まっています。

 ここに問題があります。日本人がのんびりしていると、日本クオリティよりもサービスの質が低いものが、世界標準になってしまう可能性があるということです。逆に、ヨーロッパは食の安全という観点で、とても厳しい基準をつくるかもしれない。すると、「世界の標準化」がまた遠のいてしまいます。

 そこで5年ほど前に、関係省庁、同業者を巻き込んで、クールの小口貨物の世界標準をつくるプロジェクトを立ち上げました。まず私どもがスポンサーになり、関係省庁、同業者もご参加いただきました。日本のクール配送を担う企業であれば使える標準を考えながら、「英国規格協会(BSI)」の「PAS(パス)規格」による基準をつくってもらったのです。BSIは世界最古で最大の、標準をつくる協会です。そして次に経済産業省に全面的に担っていただくようにし、この基準をISO(国際標準)化しました。ISO化は欧米を含めて主要国の議論に参加する国の100%の賛成が必要になりますから、たいへんではあります。そのため、食の安全を世界でリードしてきたフランスの協力は不可欠で、フランス郵政傘下にあるDPDという輸送事業者が強力な支援を申し出てくれました。

注:PAS規格:Publicly Available Specificationの略で、一般に公開された誰でも使用できる規格のこと。「公開仕様書」と訳され、業界内でリーダーシップを取る企業が正当化された基準として制定することが多い。規格開発期間が1年以内で発行できる。

 まさに、フィジカルインターネットのキーワードである「オープン化」です。もう自前主義ではないということです。自社のやり方で最適なものをつくり上げる時代は終わり、オープンなプラットフォームをつくる。そのためにどこと協力ができるかを考える時代になっています。そして、それを国境を超えて実現する。今回のISO化はまさに、脱自前化だったと思います。

 2020年に発行されたクール宅配のISOは、企業がどんどん採用する動きが始まっています。実は、日本基準でISO化される第一号なのです。日本もルールメーカーの一翼を担えるようになることは夢ではない、ということを示すことができました。

「ラストワンマイル」のヤマト品質はどう変わるのか

 フィジカルインターネットが導入されると、自前のサービス品質はどうなるのか、という議論が出てきます。3年前に、私どもの荷物がオーバーフローして「この荷物をどうするか」となったとき、それを他の事業者に依頼する、あるいはシェアリングを活用することで乗り越えることを考えました。しかし、「ヤマトの宅急便の品質自体を、すべてのお客さまに提供する」という"ラストワンマイルのヤマト品質"を維持できなくなるのではないか、という懸念もありました。

 創業者の小倉昌男は「最高のサービスを適正な価格で提供する。あまねくそれを最高のサービスとする」という考え方で、それが企業のDNAでもありましたから。しかし、一方で時代の変化とともにお客さまのニーズも変化しています。私どもが最高のサービスだと思って提供していたものが、一部のお客さまにとっては過剰なサービスになっているかもしれない。あるいは「何度も再配達で来てもらうのは申し訳ない」という気持ちを抱かれるお客さまもいらっしゃるかもしれない。これは果たして最高のサービスでしょうか。

 やはり、お客さまのニーズに対して、適切なサービスを行うことが重要で、プッシュ型になっているサービスではなく、そこをプル型に変えましょう、と舵を切りました。ラストワンマイルの部分はロッカーやコンビニ受け取りも可能な時代です。あるいはシェアリングという考え方で、他の事業者に委託するのもよしとする。むしろ、そちらのほうがいいというお客さまと、従来型のヤマトのサービスレベルを求めるお客さまと、両方に対して私どもは最適なサービスを提供する。

 つまり、効率を求めるものはやり方を変え、従来型のサービスはもっと進化させる。ここのセグメントを分ける戦略に、私どもは切り替えたのです。

hint_yamato_p02.jpg
ラストワンマイルで最適なサービスを提供する。

次世代の経営者へ

 4つのキーワードをお伝えします。「挑戦力」「決断力」「危機対応力」そして「発信力」です。
 なかでも挑戦力は大事にしてほしい。今のように大きな変革期には、価値観が変わり、社会構造が変わります。世の中が大きく変化するとき、経営者に求められるのは「挑戦をする」ということです。それも、従来型の挑戦ではありません。自前にこだわるとスピード感が落ちます。DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略を行うにも、新しく事業展開するにも、そこにいかに新しい仲間を入れるか、それによる相乗効果でいかに成長できるかという挑戦を、日本の企業、次世代の経営者たちが柔軟にできるようになることを望んでいます。

hint_yamato_p04.jpg
一般社団法人ヤマトグループ総合研究所
「物流の、社会の可能性を拓く」という理念のもと2016年4月に設立。ヤマトグループの既存事業や枠組みを超えた取り組みを行う。主な事業内容は、政治・経済・産業等の領域横断的な調査分析や新たなソリューションの研究開発。グローバルリーダー等の人材育成、ヤマトグループの歴史的史資料の収集・保管など。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』JMAC40周年特別号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

経営のヒントトップ