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「伝統と革新の融合」が導く 未来の価値創造

株式会社島津製作所
代表取締役会長
上田 輝久 氏

上田 輝久 氏プロフィール:1957年、山口県生まれ。京都大学大学院工学研究科を修了後、1982年に島津製作所へ入社。分析計測機器の事業拡大に尽力し、2015年に社長、2022年に会長に就任。2022年には「エコ・ファースト推進協議会」議長に就任し、環境経営にも注力。また、京都産業21理事長や国際高等研究所理事長も務めるなど、産学官連携の推進にも貢献している。

株式会社島津製作所 
創業:1875(明治8)年3月[設立 1917(大正6)年9月]/資本金:約266億円/従業員数:14,481人(2025年3月31日現在)/事業内容:計測機器/医用機器/産業機器/航空機器


150年も前から、「科学は人の役に立たなければ意味がない」と社会への貢献を事業の柱としてきた島津製作所。最新技術を生み出しながら見据える未来とは。

科学を「実学」として届けるということ

小澤 本日は、京都で150年の歴史をもつ島津製作所の上田会長に「伝統と革新の融合」をテーマにお話を伺います。まずは島津製作所の創業についてお聞かせください。

上田 創業者の島津源蔵は仏具職人でした。廃仏毀釈で需要が低迷し、都が東京に移された1868年から京都の人口は大きく減少したのです。そのような中、1870年に京都舎密局が設立され、源蔵も「日本の進むべき道は科学立国だ」と理化学機器の製造、販売で創業したのが始まりです。

 源蔵の息子、梅治郎(二代源蔵)は1897年に蓄電池の工業生産を開始し、1909年に日本初の医療用X線撮影装置を完成させています。「科学は実学である。人の役に立たなければ意味がない」と、誰もが科学を体験できる教育用理化学機器の開発から着手し、のちに医学・化学・工学などあらゆる現場に製品を届けていきました。二代源蔵の生涯の発明考案は178件にものぼります。この〝社会課題に向き合って技術を届ける〟というDNAは、今の私たちの製品づくりにも脈々と流れていると感じます。

 伝統というのは150年の中で先輩たちが苦労をして創りあげてきた文化です。今、私どもが社会課題として取り組んでいることには先人たちも同じように取り組んできたわけで、その積み重ねが現在の島津につながっています。私たちが当たり前のように持っているものの中に、守っていくべきものがある。一方で、固執するだけでは成長できません。たとえば質量分析計のような装置も、原理は古くからありますが、近年はAIやデジタル技術などの新技術との融合によって分析のスピードや精度が飛躍的に向上しています。革新とは、伝統を否定することではなく、伝統の中にある本質を未来に向けてアップデートし続けていくことです。

二代源蔵が1896年に初のX線写真の撮影に成功

小澤 先ほど、最新の医療機器や分析機器などを拝見いたしました。歴史の中で培われた優れた技術が応用範囲を広く展開されているのを拝見すると「科学は実学である」という創業の理念が事業に活かされていることがよくわかりました。では、改めて上田会長のご経歴についてもご紹介いただけますでしょうか。

上田 私は山口県岩国市の出身で、大学から京都に出てきました。学生時代は化学を学び、分析化学に興味があったこともあり、液体クロマトグラフの研究に取り組みました。

 あるとき、研究室に島津製作所の方が液体クロマトグラフの新製品のデモンストレーションに来られたんです。それまで研究室で使っていた分析機器はデータ処理の手間がかかるものだったのですが、島津製作所の製品を用いると、データが一瞬のうちに自動計算され、たいへん驚きました。「これはすごい、優れた技術を持っている企業だ」と意識したきっかけでした。

 液体クロマトグラフというのは、液体試料にどのような成分がどれくらい含まれているかを定性・定量分析する機器です。たとえば、食品に含まれる機能性成分の分析や、医薬品に含まれる有機酸やアミノ酸の分析、ポリマーの分析など、さまざまな試料の分析が可能です。

 1982年に島津製作所に入社後は液体クロマトグラフの開発に携わり、1989年から2年間、アメリカのカンザス大学との共同プロジェクトで現地に赴任しました。文化も言葉も違う中で、多国籍メンバーと研究所を運営したのは、自分の中に多様性への理解を根づかせてくれた経験です。

 日本に帰国後、再び液体クロマトグラフの開発に従事しましたが、2007年に品質保証部に異動に。液体クロマトグラフだけでなく分析計測機器の10のカテゴリー製品すべてを品質保証の観点で見る役割を経験しました。すると、優れた製品もあればそうでない製品もある。そのことに初めて気づいたのです。
 当時は製造能力に課題があり、品質保証部に異動してからは「新製品のクレームゼロ」「クレーム対応の迅速化」「サービスマン教育」の3つを新たなミッションに。さらに、重要な品質課題に遭遇したときは、部員から報告を受けるだけでなく、自ら現場に出向いて、現場の人達と会話することが問題解決の迅速化につながることも経験しました。現場を自分の目で見て、自ら行動することで周囲を動かす姿勢の重要性を実感した経験でした。

 私は開発部門にいたときから、何かあれば「まず自分が現場に行く」というスタンスです。たとえば、ある海外顧客で製品トラブルが起きたとき、自分が真っ先に現地入りして現地スタッフと一緒に検証を進めたことがありました。結果として顧客からの信頼も獲得し、「責任感のある対応だった」と評価をいただいた経験があります。しかし、その後は事業部しか経験してこなかった自分が経営者として経営戦略を担う側になり、新たな体験で苦労することもありました。

京都・三条の島津製作所本社にて、JMAC代表取締役社長(現会長)・小澤勇夫と

島津製作所の4つの柱 医療から航空事業まで


小澤 島津製作所といえば分析機器で知られていますが、産業機器でもターボ分子ポンプは世界トップシェアです。現在の事業全体についてお聞かせください。
上田 私どもの事業は4つのセグメントに分かれています。主力は計測機器事業で、売り上げの約65%を占めています。食品中の成分や医薬品の分析、環境汚染物質の検出など、あらゆる分野で活用されているものです。最近ではメンタルヘルスや感性測定など、人間の感情や感性をデータ化するという新たな領域にも取り組んでいます。

 次に医用機器事業。X線診断装置をはじめとする画像診断装置は祖業とも言えます。血管撮影システム「Trinias(トリニアス)」は、低被ばくで高精細な画像を提供できる製品です。循環器や脳血管の治療などで用いられ、救急現場では迅速かつ的確な判断を支えています。

 伸びてきているのは産業機器事業です。ターボ分子ポンプをはじめ、半導体など新たな分野の発展に貢献する産業機器を提供しています。半導体業界では、高い精度で真空を制御できるかが製品の命運を分けますが、ここでも私たちの精密機器の技術が生きています。

 4つ目は航空機器事業です。防衛や民間航空機向けに、精密部品やアクチュエータ(エネルギー変換装置)を供給しています。とくに航空機の安全性に関わる部品には、高い信頼性と長期供給体制が求められます。創業以来続く「正確さ」へのこだわりが、こうした分野でも生きているのです。

小澤 まさに「科学を実学に」を実践されていますね。島津製作所は「技術者のチャレンジを否定しない文化」があるとお聞きしました。ユニークな考え方や創造性を重視する企業風土は創業の源流にあると思いますが、それを維持してきた組織のメカニズムはどのようになっているのでしょうか。

上田 私どもは長い歴史の中で「開発会議・技術会議」を重視しており、古くから技術者たちのアイデアを議論する場があります。まずは顧客の要望に応えるために「やってみよう」という企業風土です。売れるもの、売れないもの、どちらも出てきますが、そこで得られた知見はすべて資産として残る。新型コロナウイルスの試薬も、そういう企業風土の中から生まれました。
 もうひとつは、外部の方々や機関との共同です。足もとの業績をしっかり上げていく一方で、中長期的なテーマを多くの専門家や先生方と共同研究・共同開発する。これが島津の技術力の研鑽につながっています。

小澤 外部との連携はサステナビリティ経営においても重要なポイントですが、島津製作所では単にコラボレーションするのではなく、本質的な連携には、まず幅広い分野への理解や好奇心が必要であり、それがあって初めて「何と何を組み合わせると何が生まれるか」という発想が生まれる。つまり、連携には土台となる学びや探究心が不可欠だという視点があるということですね。

上田 そのとおりです。

社会実装のためのシナリオづくり

小澤 島津製作所の経営理念は「『人と地球の健康』への願いを実現する」ですが、事業や製品を社会実装するためのポイントはどのようにお考えでしょうか。

上田 いちばん大事なのはシナリオづくりですね。製品を開発して、はい売ってきてください、ではもちろんダメで、社会が共感するシナリオが必要です。そこでは単なる一時的な共感で終わらずに、多くの人に共鳴という形で広がっていくこと。するとそこで、共創、コ・クリエイションが生まれ、つながっていく。「共感、共鳴、共創」はいろいろなところで言われていますが、社会実装にはこれが不可欠です。
 今年、私どもは創業150年を迎え、記念事業の一環として京都の伝統工芸と当社製品の融合に取り組みました。私が開発に関わった液体クロマトグラフも、京都の伝統産業のひとつ、西陣織を輝かせてきた蒔絵で彩られています。
 頭部と胸部専用のPET装置には京友禅のお誂えの柄を。ほかにも金継ぎや京七宝、京漆器などの伝統工芸を機器に施していただきました。このプロジェクトは「技と業」がコンセプトの『Craftech(クラフテック)』と位置づけています。創業当時の理化学機器にも漆塗りや銅板加工などの技術が応用されており、その「手仕事の品質」は現代の高精度を誇る工業製品にも脈々と受け継がれている、ということを表しています。

小澤 まさに「伝統と革新の融合」ですね。では、さらに未来に目を向けると、どのようなビジョンをお考えでしょうか。

「技と業」の融合をコンセプトモデルとして「蒔絵」を施した液体クロマトグラフを製作

分析が家庭の中へ 未来を変える解析技術

上田 今ある分析機器のサイズはまだまだ大きい。たとえば血管撮影システムなどX線撮影装置、PET装置などの医用機器は人間を診断するものなので、ある程度のサイズが必要になります。しかし、分析機器はもっとコンパクトになっていいと思っています。

 たとえば「AGEsセンサ」を先ほど見ていただきましたが、あれは指一本で老化につながる成分「AGEs」を簡単に測定できる装置です。体内のたんぱく質が糖と結びつき、コゲのような状態になったのがAGEsで、老化物質のひとつ。「AGEsセンサ」では、その蓄積量をわずか数十秒で測定できます。また、人間は幸福感を感じるとオキシトシンというホルモンが分泌されますが、オキシトシンは血圧を下げ、心拍数を下げるなど、リラックスしてストレスを軽減させる働きがあります。近い将来、オキシトシンも簡単に短時間で測定できるような技術が開発されることを期待しています。

数十秒で測定が可能になった「AGEsセンサ」

 このように分析機器が小型化されると、測定がもっと身近になります。どんどん個人の健康管理の中に入っていき、データがリアルタイムに解析され、フィードバックされていく。ですから分析機器は多くの分野に広がり、いずれはBtoCにも浸透する時代がくると考えています。そのときには、ただ測定するだけではなく、どうしたらもっと健康改善に寄与するか。そこまでわかるものでなければなりません。単に、健康のために「食事、睡眠、運動に気をつけてください」だけではなく、何を行えばどのような効果があるのか、その効果測定も含めて、各種分析データに裏付けられた対策を提案できるような仕組みが必要です。

 機器はもっとコンパクトになり、データの活用方法を提案していく。そしてわかりやすい形で人々にフィードバックされていく。そのような未来を考えています。それらを実現するための最先端技術の開発も視野に入れており、分析と医用の技術を融合し、幅広い領域で製品やサービスを提供していきたい。

 たとえば心の健康を見守るロボット技術や、AI技術、センシング技術、データ管理技術、高感度化などで人に優しい診察室をつくる。あるいは自宅が診察室になる遠隔医療を実現するIoT技術や、生体データを常時計測できる小型化技術、ウェアラブル技術など、未来を予測した最先端技術の開発を進めています。

小澤 大阪・関西万博にも出展されていますね。こちらも「未来社会における科学技術の社会実装」としてとらえられているのでしょうか。

上田 まさにそのとおりです。未来社会を体感していただくことを目的に、いくつかの展示を行っています。
 ひとつ目は、大阪大学大学院工学研究科と島津製作所、伊藤ハム米久ホールディングス、TOPPANホールディングス、シグマクシス、ZACROSの6者が運営パートナーとして参画する「培養肉未来創造コンソーシアム」のプロジェクトです。私どもは3Dバイオプリンターを開発して人工的に肉を生成する技術を展示し、将来的には動物実験の代替や、栄養バランスに配慮した個別対応の食品開発、あるいは人口増に起因する食糧不足対策などにもつなげていくことを目指しています。

 2つ目は、先ほどご紹介した京都の伝統工芸技術を融合したコンセプトモデル4機種を関西パビリオン京都ゾーン「ICHI-ZA KYOTO」にて6月22日まで展示しました。

 3つ目は、京都大学特定教授・アーティストの土佐尚子先生のアートのひとつである「Sound of Ikebana」。これは高速度ビデオカメラで水滴が広がる瞬間を撮影し、その映像をアート作品として可視化するものです。このようなアートを見たときに、人はどれを見てインスパイアされるかを当社の脳機能計測技術「NIRS(ニルス)」で計測するという共同研究も進めています。またアートによる脳活動の反応を見るために、鑑賞者の脳波や心拍などを感性計測技術でリアルタイムに計測し、「感情」と「科学」の接点を探るという試みも進めており、万博会場の「フューチャーライフヴィレッジ」でご覧いただけます。
 そして4つ目は、量子化学と赤外分光技術を融合させた、次世代型の小型分析装置の展示です。これまで研究室の中でしかできなかった高精度な分析が、将来的にはスマートフォンサイズの機器で実現できるかもしれない。そんな近未来の姿を感じていただける内容になっています(EXPOメッセ「WASSE」にて8月14日~8月20日まで展示)。

小澤 いずれも、技術そのものよりも〝社会との接点〟に強く意識が向けられているのが印象的です。

上田 そうですね。万博は未来の課題解決に向けて共に考える場を提供する場ですから、私たちの展示も単なる技術紹介ではなく、「科学技術があなたの未来をどう変えるのか?」というメッセージを込めています。

上田会長が開発した液体クロマトグラフの前で

若手技術者へ専門と広さ、両方を持て

小澤 それでは最後に、これからの社会を担う若い技術者たちへのメッセージをお願いします。
上田 私が共同開発相手のひとりから教えられたことは、自分で限界をつくってはいけないということ。専門分野を深めていくことと、広い分野を学ぶこと─その両方を持ってほしい。よく「どちらかを選べ」と言われがちですが、専門性は磨きつつ、広い視野も必要です。それが自分自身の成長と自信につながっていきます。

 社会の課題が多様化し、複雑化している現在は、自分の専門に軸足を置きつつ、異なる分野とつながる柔軟性こそが、これからのイノベーションを生むために必要だと思います。私自身、理系の道を歩んできましたが、最近は孫と一緒に歴史まんがを読んだり、世界史を学び直したりしています。社会や人間、文化の背景を知ることが、本当の意味で技術を〝人に届くもの〟にするために大切だと感じているからです。

 また、若手の皆さんには「失敗してもよい」とも伝えたいですね。挑戦して失敗して、その中から何を学ぶかが重要で、そこにしか本当の成長はありません。

 私自身、数えきれないほどの失敗を通じて数多くのことを学んできました。でも、その学びを周囲と共有して、再び新たな挑戦につなげることで、次の一歩が踏み出せた。そうした挑戦と失敗と通じて周囲と信頼関係を築くことも、技術者として大切な力だと思っています。

小澤 島津製作所の150年は、単なる企業の歴史ではなく「科学を社会に活かす」という強い信念のもとに、人と社会の役に立つ技術を生み出し続けてきた軌跡であると感じました。
 技術が進化する一方で、人とのつながりや現場のリアルな声がますます重要になっていく時代。その中で、島津製作所が体現する「科学と社会をつなぐ姿勢」は、未来を志すすべての技術者と企業にとって、強くて温かい道しるべになると確信いたしました。本日はありがとうございました。

上田 ありがとうございました。


※本稿はJMAC発行の『Business Insights』79号からの転載です。

※本稿は2025年4月に実施した対談の内容を構成したものです。

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