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第11回 自社の市場地位と競争余地を知る(5)~強者の戦略とは(1)~

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

強ければ強いなりの、弱ければ弱いなりの戦い方があります。これについては、「強者の戦略、弱者の戦略」「1位の戦略、2位の戦略」あるいは「リーダーの戦略、チャレンジャーの戦略、フォロワーの戦略」といった表現で、至るところで紹介されています。このテーマひとつで厚い書籍が書けるほど奥が深いものですが、ここでは、とくに重要と思われることに絞ってご紹介します。
まず、強者の戦略ですが、これは下図のように、大きく分けて、「規模の戦略」、「現競争条件の維持強化」、「同質化戦略」、「需要拡大戦略」の4つがあります。

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規模の戦略

「規模の戦略」とは、自社の規模の大きさを活かした戦略のことです。とくに確率がものをいう勝負には有効です。たとえば、銃による攻撃を中心とした戦争では、敵に与える損害は確率により決まりますから、弾数を沢山撃てる鉄砲の数が多い方が勝ちます。つまり、それだけの規模の陣容を備えることのできる強者が勝つことになります。

それに対して、一騎打ちの戦いは確率の勝負ではありません。1対1になれば軍団の規模は無関係になり、強者も弱者もなくなります。したがって、弱者はできるだけ一騎打ちに近い局地戦に持っていくのが有利ですし、強者は弱者が一騎打ちに持ち込もうとするのを阻止して、確率が活きる広域戦を仕掛けなければなりません。

ビジネスの世界でも同じようなことが言えます。トップシェアの会社が大量の広告で勝負するのは、この確率勝負の典型です。弱者では強者の大量の広告にコスト負担力の点で対抗しきれず、結局、量で勝る強者の広告を記憶にとどめる消費者が多くなります。

また、仮に弱者が自ら大量広告を投入したとしても、シェアの高い強者を利することにもなりかねません。弱者の広告に触発されて、強者の製品を思い出し、そちらに流れる消費者が少なからず存在するからです。

この有名な例としては、かつてキリンビールが70%近くのシェアという圧倒的な強さを誇っていた頃のビール市場があります。その頃は、アサヒビール、サッポロビールといった下位のビールメーカーがせっかくテレビのコマーシャルを流しても、自社ビールの売上アップ以上にキリンビールが売れる結果となりました。アサヒやサッポロのテレビCMを見てビールを飲みたいなと思った人々が、実際に買ったビールはキリンビールが多かったというわけです。

もちろん、このことは、弱者にとって広告の効果が少ないということを意味するのではありません。広告を出さなければ、自社製品の存在や特徴を消費者に知らしめることは難しいでしょう。要は、弱者の広告は投入量ではなく、内容で勝負しなければならないということですが、画期的な新製品発売の場合(前記のビール業界でいえば、アサヒビールのスーパードライ、サントリーのザ・プレミアム・モルツ等)には投入量も意味を持ってきます。

フルライン戦略(すべての商品系列を揃える戦略)も、強者の典型的な「規模の戦略」です。品揃えを増やしておけば、弱者が活躍する余地を狭めることになりますし、弱者がフルライン戦略を採っては、資源の分散によるコスト高を招いてしまいます。ただフルラインといっても、すべてを自社でまかなう必要はありません。自社でフォローしきれないものについては、他の会社から仕入れるといった具合にフレキシブルに考えることも必要です。

また、市場のカバレージを高めることに重点を置くのも、確率に期待するものであり、「規模の戦略」の一つです。弱者は、市場のカバレージを高めたくとも、営業コスト上の限界がありますので、カバレージよりも自社が得意な分野での深掘りを優先することになります。前記の局地戦にあたります。局地戦を阻止し広域戦に持ち込むというように、弱者ができないことをやっていくのが強者の戦略のポイントです。

さらに、競争力の源泉となるようなコア部品の応用性や共通性を高めて生産量を増やし、いわゆるスケールメリットを実現することによって、コスト上の優位性をさらに高めるのも強者の戦略です。(理論的には、単なるスケールメリットよりも累積生産量の効果と言われますが、ここではその詳細は省略します。)たとえば、シャープは液晶を使用する自社製品のラインアップを増やすと共に、ライバル会社にも液晶の供給を行うことによって、生産量を高める戦略を採用しました。

現競争条件の維持強化

強者が、強者としての立場を保つのにプラスに働いている現在の競争条件を維持し、さらに強化しようとするのは当然のことです。たとえば、現状の法規制や業界のルール等が自社にとって好ましいものであれば、その枠組みを維持する方向で動くことになりますし、逆に、その枠組みを壊そうとする動きは阻止することになります。ここ10年の規制緩和に対する関連各社の思惑の交錯は、これを象徴しています。

また、現在の競争条件を自社に有利なように変えた有名な例としては、インテルのケースがあります。同社は米政府に働きかけて、1984年の半導体チップ保護法の制定と1986年の日米半導体協定の実現に成功しました。その結果、日本企業がMPUに積極的に出ていくことはなくなり、インテルの独占的地位は確固たるものになったのです

さらに、自社製品を業界の標準にすべく、グループ作りに動くのは、この競争条件の強化にあたります。いわゆるデファクトスタンダード作りです。(公的に認められた標準ではなく、市場によって事実上の標準とみなされるようになった規格のことをデファクトスタンダードといいます。)

古くは、1980年代にビデオテープ業界で起きた、ビクター、松下(現パナソニック)やシャープなどが推すVHS方式と、ソニー、東芝などが掲げるβ方式との業界標準を巡っての戦いが有名ですが、最近の事例としては、東芝やマイクロソフトが推すHD-DVDと、ソニー・パナソニックなどが推すブル-レイ・ディスクとの次世代DVDの規格争いがあります。この戦いでは東芝がHD-DVDから撤退し、ソニー陣営が勝利しました。

なお、この仲間作りに関しては、おもしろい話があります。40年近くも前の話ですが、参考になると思いますので、ご紹介しておきます。1969年、医療用光学機器ではトップのオリンパスが「パールコーダー」というブランドでマイクロカセットテープレコーダーを発売した時のことです。同社は、せっかく良い製品を開発したのに、同製品向きの十分な販路を持たない自社だけで扱っていたのでは、育つ製品も育たないと考えて、松下電器(現パナソニック)に特許を提供してマイクロカセットテープレコーダーへの進出を促したと言われています。強者の戦略としてのグループ作りとは若干ニュアンスが異なりますが、まさに戦略的な発想と言えましょう。

さらに、スイッチングコストを高めることも現競争条件の維持強化に役立ちます。スイッチングコストとは、顧客が他のブランドあるいは他の企業へ乗り換える場合に顧客にかかってくる負担や犠牲のことで、金銭的負担ばかりでなく、手続きの面倒さや新しい操作方法への不安等の心理的負担も含みます。この負担や犠牲が大きくなればなるほど、顧客は他社に乗り換えにくくなります。

番号ポータビリティー制度が導入される前には、電話番号が変わる煩わしさを嫌って、他社の携帯電話に乗り換えようとしない利用者が多かったと前に述べましたが、この「電話番号が変わる煩わしさ」は心理的なスイッチングコストにあたります。また、この携帯電話の業界では、短期脱退のコストを高くする、家族割引制を導入する、自社サービスを使えば使うほど得になる価格設定をするといったことが行われましたが、いずれも他社へ乗り換えにくくする手だてです。また、ゲーム機のようにソフトがあって初めて成り立つような製品やカメラのようにセットを充実させることによって機能を高めていく製品の場合には、魅力的な資産(ソフト、周辺機器等)を増やすことが、顧客のスイッチングコストを高めることにつながります。たとえば、交換レンズをたくさん揃えた消費者はなかなか他社の一眼レフには乗り換えません。

その他、身近な例としては、航空会社会社のマイレージプログラムや小売業者・レストラン・クレジットカード等のポイント制があります。 ポイント制などは、今や、街の小規模小売店までが導入し、強者の戦略とは無関係に思われるかもしれませんが、顧客をライバルにとられて一番痛手が大きいのはシェアの大きな強者ですから、スイッチングコストを高めることは強者にとって有効な選択肢の1つです。 前記の携帯電話のケースでも、番号ポータビリティー制度導入によって業者間乗換が容易になることで一番ワリを食ったのは、トップシェアのエヌ・ティ・ティ・ドコモではなかったでしょうか。

同質化戦略

「同質化戦略」は、2位以下のライバルが新しい戦略を打ち出してきたならば、それに歩調を合わせて同質の戦略を採用し、ライバルの戦略の効果を減殺してしまおうとするものです。たとえば、ライバルが新しい製品を出してきたならば、すぐに同様の製品を出すというケースがこれにあたります。

古典的な事例ですが、松下電器産業(現パナソニック)は、ライバル他社が何か新しい製品を発売するとすぐに、同様の製品を発売することで有名でした。そのため、マネシタ電器と揶揄された時期があったほどですが、戦略としては理にかなったもので、かなりの成功を収めました。先にも触れたように、ダントツの市場接触シェアを誇っていたということに加え、他社の新製品の発売後、間をおかずに対抗製品を市場に流せるだけの体制が確立されていたからですが、このようなことは強者だからこそ可能であると言えます。

もう一つ事例を紹介しましょう。デジタルカメラが本格化する前の写真用フイルム業界でのでき事です。1970年代に富士写真フイルム(現富士フイルム)にトップの座を奪われたコニカ(現コニカミノルタですが、現在は写真関連事業からは撤退しています)は、シェアを少しでも挽回するために、従来16枚撮りだったフイルムを20枚撮りに増やした新製品を発売しました。「これまでと同じ値段で枚数が多いからお得ですよ」ということを売りにして、シェア1位の富士写真フイルムに攻勢をかけたわけです。ところが、これに富士写真フイルムがすぐに追随したために、コニカの販売攻勢は一時的なものに終わり、結局、フイルム1本当たりのコストが上がっただけに終わってしまいました。この例からおわかりのように、弱者は、すぐに真似をされるような戦略を安易に仕掛けてはいけません。

ところで、「同質化戦略」が強者の戦略として有効だからといっても、価格の追随には慎重でなければなりません。ライバルが低価格で攻撃をしかけてきた場合、うっかりとそれに乗ってしまうと、値下げ競争という泥沼に陥ることになりますが、それで一番損害を被るのは、シェアが高く売上高がもっとも大きいリーダー企業だからです。

したがって、強者としては非価格競争を原則とすべきですが、価格弾力性が高い製品の場合には、むしろ積極的に値下げに応ずることが必要となってきます。前記の富士写真フイルムの対応はこれにあたります。(同一価格で内容量を増やすのは実質的値下げです。)詳しくは価格戦略の項でご説明します。

プラグ戦略

なお、「同質化戦略」の一種にプラグ戦略があります。これは、下位企業が現実に戦略を仕掛けてくる前に、弱者がどのような戦略で来るかをあらかじめ予測して先に手を打っておくものです。弱者が目をつけそうな穴を塞いでしまうことによって、つけいる隙をなくすのです。穴に栓(プラグ)をするという意味でプラグ戦略と呼びます。

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強者にとってはあまり魅力的ではなく、市場の穴(隙間)と呼んでもよいような市場で、弱者が事業展開をしたケースを考えてみましょう。この場合、弱者がその隙間市場に留まっている限りは問題はありません。しかし、上図のように、その市場で力をつけて、市場の外にまで進出してくるとやっかいです。したがって、強者としては、放置してよいのか、それとも栓をしなければならないのかを考えなければなりませんが、放置して失敗するケースも少なくありません。

というのは、弱者が目をつけるような市場は、強者にはそれほど魅力的な市場ではなく、進出することによって、それまでのブランドイメージを壊してしまう危険性もあります。その上、強者としてのプライドもありますので、「そんなところまでわが社が出ていく必要もないだろう」と考えがちだからです。 たとえば、第8回で述べたように、カメラメーカーI社は、ポケットカメラ市場を「高級機メーカーであるわが社が出ていくような市場ではない」と判断したために後れをとってしまいました。しかし、当時、このプラグ戦略をとっていたら、もっと違った展開になっていたのではないでしょうか。

一方、このプラグ戦略で成功したケースとしては、時計メーカーのセイコーがあります。同社はデジタル時計が登場してきた頃、ALBAという新しいブランドを作って、低価格のデジタル市場に対応しました。この分野はそれまでのセイコーの発想からすれば、安物という位置づけになるはずですが、別のブランドを開発することで、セイコーのイメージを落とすことなく低価格分野に出ることができました。

また、継続的な製品改良で弱者の革新意欲を低下させることも、このプラグ戦略の一種と考えてよいと思いますが、これについては、製品戦略のところで詳述します。 なお、前述したフルライン戦略は、規模の優位性を活かした戦略であると同時に、予め下位のライバル会社がつけいる余地をふさいでおくという点で、「同質化戦略」を先取りしたものであるとも言えます。

(小林 裕)

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