お問い合わせ

人を経営の軸とする
~人が企業風土をつくり、経営の基盤となる~

テルモ株式会社
代表取締役会長 和地 孝氏

テルモは、1921年、北里柴三郎先生をはじめとしたドクターたちが発起人となって始まった医療機器メーカーである。創業85年、業績の推移は順風満帆というわけではなかった。1990年から3期連続の連結赤字を計上していた。 私が経営に携わるようになった10年前、名門企業は多くの問題を抱え、病んでいた。問題はさまざまあったが、最も深刻だったのは、「企業風土」の在りようだった。病んだ企業風土の中では、どんなに優れた戦略を立て戦術を練っても、組織に"刺さらない"。喫緊の経営の最重要課題は、企業風土の改革にあった。

厳しく、温かい組織を目指す

私はまず、「人はコストではない、資産である。決して首切りには手をつけない」と全社員に宣言し、実行した。これで、多くの社員の心が安定したと思う。人件費の圧縮というと、すぐに人員削減となりがちだが方法はそれだけではない。今まで100であったモラルを200に上げれば、人件費は半分に下がることになる。一番先に行うべきは、社員のモラルアップだと考える。

「甘い」と思われそうだが、決して甘やかしているわけではなく、むしろなるべく「叱る」ようにしている。その代表例が、「降格」である。降格は人事委員会をつくってオープンな議論の元で決定され、敗者復活戦も日常のこととなっている。実際、一度降格した人が、関連会社の社長になったケースもある。敗者復活した人の中には、月に一度、社内に流しているビデオニュースでそれとなく紹介したり、若い人向けの研修で講師を務めてもらうこともある。そうした人の話のほうが、私の話よりもよほど迫力があり、社内への浸透効果がある。
叱るばかりではなく、褒めることもする。現場を見ていると日の当たらないところでコツコツと頑張っている人が必ずいる。派手さもないし、人事部長も気がつかない。しかし、そうした人がいるからこそ、経営が安定する。

私は現場を歩いていて、そうした人をなんとか褒めたいと思った。そこで、つくったのが「現場の誇り賞」である。毎年他薦で300ほど集まる。創立記念日で表彰し、ビデオニュースで推薦人と受賞者に話をしてもらう。これほど社員全員が喜んでくれる賞はなく、これ以上ないと思えるほどのいい話を聞くことができる。
私が目指しているのは、「厳しいけれども冷たくない組織」である。企業というのは城であり、人は石垣だと思う。日本人は、一つの思いをもって企業に集まり、志を一つにして日々の業務に励んでいる。人を動かすには、人の心に火を点けることだ。それには、まずは自分が燃えることである。リーダーが決意することだ。決意するところから、気が生まれ、その気に火が点くのである。

"何かが変わる"の期待に応える

風土改革の取り組みの中で、私が一番力を入れたのが全国行脚である。北海道から九州まで、当時、国内4200人の全社員の現場に足を運んで話を聞いた。「全社員」というところがミソである。工場から1キロも離れたところで汚水管理をしている人の現場にも、道も整備されていないような山中の駐在事務所にも、残さず足を運んだ。自分の思いを説明するには、直接対話しかないのである。そうすると気持ちが通じるのである。
大事なことは、意見を聞いて実行すべきと思ったことはすぐに実行することである。そして、言葉にできない気持ちを慮る感性を持つことである。間違いなく言えることは、何かが変わるという期待を社員全員が持っているということだ。それに気づいて実行することが経営者の役割でもある。
私は、「人を大切にして育てる体制」こそが、日本の精神土壌にマッチした経営の鍵だと考えている。世界でもまれに見る平準的に高いレベルの国民こそが、日本の最大の資産なのだ。企業風土の善し悪しは、企業経営の基盤となる。そして、人の心を動かす。人こそが、企業風土の中心となる。これを、経営の土台に置くことが、経営の王道なのではないだろうか。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.20 からの転載です。

経営のヒントトップ