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ものづくり立国日本の原点に立ち返る
~地域の力、現場の力を新たな視点で取り戻す~

東北エプソン株式会社
代表取締役社長 酒井明彦氏

今、まさに現場を抱えていなければ、「ものづくり」の本質は分からないのだ、ということを東北の地にいて痛感している。製造の効率性の追求や、付加価値の有る無しを超えて、日本という国の中に、常に製造の現場を抱えていなければならないということだ。1970年代に本組立てから始まった日本の製造業の海外移転は、サブ組立て、部品製造、金型製造、そして企画・設計にまで及んだ。それらと並行し、80年代から2000年代にかけてエプソングループではデバイスコンポーネント事業が急拡大し、日本経済全体でも半導体・液晶事業が急伸して、完成品の海外移転に伴う雇用の空洞化を埋めてきたのではないだろうか。 ところが、リーマンショック、サブプライムローン、欧州の財政危機に至って、世界の経済・金融の様相は一変。日本経済も金融も大幅な収縮が始まっている。成長期には有効であった選択と集中、そして海外移転という施策までもが、全体経済が収縮する中で雇用の受け皿をなくし、それが更に市場の収縮というデフレスパイラルを助長する。 海外移転や選択と集中の先頭を走って来た私は、深い自省の念と、そして今まさに訪れようとしている21世紀の製造業の試練を、新しい考え方で乗り越えていくのだという強い思いが交錯している。

中国、アジアにコストで勝つ

我々東北エプソン株式会社が、日本での製造にこだわる理由は極めて単純だ。今ある当社の雇用は当社以外には考えられないからである。更に2011年度上期、福島第一原発から直線で16キロの距離にあったエプソントヨコム福島事業所(11年10月閉鎖)の従業員約200名を受け入れた。これはエプソングループの製造を担う会社としては至極当然のことであり、福島からの方々を含めて2400名の雇用を長期に守り抜くことが、現在の私の最大の命題となっている。

確かに労務費コストで単純に比較すれば、中国と日本では今でも10倍程度の開きがある。無論、我々は常に効率化・生産性を追い続けているが、現状を切りとってコストを見比べれば、中国はおよそ3分の1の総コストでものを製造していると評価される。長い目で見れば、コストに端的に表れない、装置の維持管理能力や生産革新がもたらす価値、コストダウンで必ず勝てると思うが、今この世界的な経済危機の中、長期で見ればと言い訳している猶予はない。今、眼前のコストを曖昧にするわけにはいかないのである。品質・デリバリーがよいのは当たり前、「コストで勝つ」ことが、日本の製造業に課せられた宿命である。

となると、総コスト3分の1の中国にコストで勝つための知恵を絞り抜かねばならない。兵の数では絶対不利でも作戦と士気で勝つ。今我々が直面しているのは、日本の21世紀の天王山であり、21世紀の二〇三高地とも表せるだろう。それは、大げさでもなんでもなく、分水嶺にあると見ている。現在、工場では3班2直の厳しい労働に耐えていただいている。当然、新しいラインをつくって常に新たなものを導入し、垂直立ち上げで歩留まりを急激に上げる努力もしている。そこには大きな評価もいただいている。しかし、新規の製品だけでは、常に2400名すべての雇用を維持し、加えて新入社員の雇用を確保し続けていくことはできない。利益率の高い新規領域、汗と知恵と努力で稼ぐ現流製品とを、うまくバランスしていく必要がある。そのような中でどうやって勝ち抜いていけばよいのだろうか。

生産圏の再生と地域の力

私は目標達成の鍵は常に現場にあり、課題解決の答えも現場でなければ見つけることができないと考えている。

たとえば、「調達」はコストの中で大きな割合を占めている。私は当社が所在する山形県と秋田県境の機械加工業社数社を視察して歩いたことがある。この辺りは古くは北前船の港があった地域であり、加えて大手機器メーカーが早くから進出しており、モーター修理から、金型加工、金属加工まで、優れた文化を育んできた。実際に歩いてみて非常に優れた工場が数多くあることに驚かされた。ある工場では、ツール類が磨き抜かれ銀色に光って、きれいに並べられていた。それを見ただけで、仕事への造詣と品質の高さがうかがえた。別のところでは、牛小屋を改造した工場に据えられた加工機からそのコストの低さが想像できた。そうした地域の経験豊かな会社を発掘することができれば、従来とは比較にならないほどの低コスト・高品質・最短の納期が実現するにちがいない。我が社の生産性向上に向けた、自動機の内製化実現にも、そうした会社の力は大いに発揮されるだろう。これは調達という概念を超えた「生産圏の再生と地域の力の再結集」という課題である。今まさにもう一度生産圏のつくり換えが必要な時なのである。

私は地元の鶴岡工業高等専門学校の客員教授を拝命している。そういう立場を通して、地元の教授陣や学生に、新たな技術開発の方向性に関する具体的なテーマの話を聴かせていただきたいと考えている。当社だけでは開発にかける時間も人材も足りない。地元の教育機関や研究機関、行政とも刷り合わせをし、企業や大学、高専、研究団体の枠を越えて、一つひとつのテーマを具体的に進めながら、テーマの完遂と人材育成を合わせて図りたいと考えている。ここでも、もう一度テーマの全体刷り合わせが必要な時期が来ている。こうした地域の力は、今まで日本経済を実質的に支え、日本経済が築き上げてきた日本の強みそのものである。高品質、高生産性、低コスト、優秀な人材を保持し、製品を産み出す地域の企業や研究機関を見つけ出す。そして、彼らと協業・共存を図り、息の長い補完関係をつくらなければならないだろう。これらは自走化という概念を超えた「地域の力の再結集」という課題である。今、これらすべてを見直すべきタイミングなのだ。

直接労働に社員をおき、多能工化を目指す

「コストで勝つ」試みの一つが、直接労働と間接工の比率の圧縮である。最もコストの重みが大きい部分であり、日本の製造業を本当の意味で活性化させるには、現場の声が自由に上に上がり、横につながる仕組みをつくらなければならない。現場に携わる直接労働の人の意見やアイデアを発信させ、それを受信することが重要であり、彼らにこそ経営の言葉を伝えるべきである。そうでなければ、中国やアジアから製造を取り戻すことはできない。製造現場の原点に立ち返り、手に触れ、汗を流す現場を取り戻すことが鍵になる。私は50年前のセイコーの腕時計を愛用しているが、いまだに何の狂いもなく、錆もついていない。当時の製造現場の写真を見ながら、「なぜ当時は高い生産性、高い品質、高い技術、安いコストが維持できたのか」と考える。写真に写っているのは、多くの女性工員の方たちだ。女性の持つ細やかな作業性、生産管理力や製造技術力は傑出していたのだろう。日本中の多くの製造現場で、マニュアルには書かれていない現場の知恵や刷り合わせが自ずと働いていたにちがいない。日本の強みは、その現場の声が活かされるシステムにあるはずだ。現場にこそ、改善・改革の種が眠っている、にもかかわらず、我々はそれを手放してしまったのではないかと自省している。

但し、現在は同じ製造現場に長期間いるのが過酷すぎる環境になっている。そこで重要な施策は多能工化である。生産現場の人は、設備のことをいちばんよく分かっている。ラインの作業をしている人たちが次は装置のメンテナンスに異動して、設備メンテナンスの人がたとえば機械をつくる側へ動く、といったトライアルを行っている。これは、職場が変わらずとも職場の機能や意義を変えながら、いかに人をダイナミックに変換させていくかがポイントになる。異なる製造経験を積むことで、新たなヒントやアイデア、改善が生まれるのだ。

現場とのコミュニケーション

私は現場の方々との直接対話を重視してきた。福島から来られた方々とは、ご家族も含めて、毎月談話会を行ってさまざまなお話をお聞きする。単身で来られている方もいれば、介護が必要なご両親を伴っている方もおられる。立場や環境の異なる方々の生き様や仕事への思い、改善のアイデアに向き合うことが社長に課せられた仕事だと認識している。一人ひとりに声をかけ「あなたが卒業するまで必ず仕事は潤沢にある」「業績は必ず伸ばしてみせる」「中国・アジアに勝つために生産性を3倍にしよう」と、短いフレーズを伝える。最も効率的な伝え方は、イントラネットでもなければ、部長からおろしていくやり方でもない。長時間働いた後では、パソコンを見るゆとりもないだろう。ましてや、上司からの伝言では気持ちが伝わらない。最も効果的なのはトイレポスターだ。ゲリラ的かつアナログ的なコミュニケーションを積み重ねることでしか、一人ひとりに伝わらないだろう。

歴史に学び、現実に学ぶ

我々日本の製造業はまだ大きな可能性を持っているが、今、分水嶺にある。20世紀と同じ手法でやろうとしても、それはもはや収縮していくだけだろう。これからの21世紀に向けて、日本の製造業は全く異なるやり方でゴールに向かうしかない。 

東日本大震災で我々のサプライチェーンはずたずたに分断された。中国、深センでは労働ストが今もあると聞く。タイの水没で多くの部品の供給が止まる始末だ。残念ながら人は何度も過ちを繰り返し、歴史に学ばず、現実に学んでこなかったように思う。2011年、東日本大震災の多くの犠牲を、決して我々日本人は無駄にしてはならないと思う。21世紀、日本企業がどう生きるか。もう一度、原点に立ち返り、これまでとは異なるやり方で戦略を描き直す契機を、我々はあの震災から授かったのではないか。先に述べた、「生産圏の再生と地域の力」「地域の力の再結集」「直接工化」「多能工化」「現場とのコミュニケーション力」「サプライチェーン」、いずれも言い古された概念でしかない。しかし、どれもこれも完遂したと言えるだろうか。今、全てを見直すタイミングが来ているのではないか。

ものづくり立国日本の原点に立ち返り、全てをゼロベースで見直し、全力で雇用を守り、全力を尽くして日本を再興して豊かな国にしていきたいと思っている。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.44 からの転載です。

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