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自ら動く人が高収益をつくり出す
~無限の能力を引き出す経営~

キヤノン電子株式会社
代表取締役社長 酒巻 久氏

人間の能力は無限に近い。人間の意識とやる気だけで、会社はどんどん良くなっていく。そのことを私は、経営改革を実行する中で実感してきた。私が社長に就いた99年、キヤノン電子は売上756億円、経常利益率1.6%、75億円の不良資産と、250億円の借入金を抱えていた。売上1000億円、経常利益率20%の会社にしていけば、世界トップレベルの高収益企業になれる。私はこれを10年計画で考えた。

シンプルでわかりやすい方針を示す

利益率20%を実現するために、我々は「TSS2分の1」という標語を掲げた。時間(T)、スペース(S)をすべて2分の1にセーブする(S)。私が出した方針は、この三つだけだ。方針は、シンプルでわかりやすい言葉で表現されなければならない。その短い言葉を何度もしつこく繰り返して、はじめて全社・全員に方針がしみ込んでいく。

すべてのメンバーに方針が行き渡ったとき、必ず出てくる疑問がある。それは、「本当にできるのか?」というものだ。「TSS2分の1」は、コスト削減、製品開発の基本でもある。消費者に近い商品の場合、新商品を出すと3年後には価格は2分の1になる。これに対応できなければ、競争に勝てないし、会社は成り立たない。そのとき考えるのは、重さを半分にし、部品を半分にすることだ。

そうは言っても、2分の1という目標はハードルが高い。これを達成したとき、働く一人ひとりにどんなメリットが生じるか。それを、一人ひとりに考えてもらうために、派遣の人も含めた従業員全員から「自分達の目指す会社の将来像」を標語の形で募った。募集期間は2週間、1件200円で公募したところ、1万件の将来像が寄せられた。これを集約して、全員参加で目指すべき会社の将来像ができあがった。

自分達がつくった「会社の理想像」に向かうのだから、「TSS2分の1」は自分達にとってよいことだ。そうした認識が全員の中に広がっていった。目標を周知徹底させるには下から盛り上げさせる。それが最善、最速のやり方だ。

自分で考える癖をつける

もう一つ重要なのは、意識の改革である。指示待ち、命令待ちの体質から、自分で考え、自分で動く体質に変えていく。目標を自分のものに置き換えて、達成するプロセスを自分で考え、実行する。全員がそうなれば、会社は間違いなく世界トップレベルの高収益企業になれる。

全員に「自分で考える癖」を植えつけるには、「現状認識」ができなければならない。「現状認識」とは、今行っていることを知ることではなく、10年前と現在がどう変わっているか、変化に対して現状は適切か、を知ることである。過去との差分を的確に把握して、改善点を考えればコスト2分の1は必ず実現できる。70分かかっていた段どり替えが、1カ月で半分になり、3カ月後には1分でできるようになった事業所もある。嘘のような話だが実際に経験したことである。

我々は、「TSS2分の1」を2年間で達成した。その後、現場から「2分の1は簡単すぎるから、4分の1にしよう」という意見が巻き起こり、10年後には当初の8分の1になる計画をしている。大事なことは、目標を決めて、実行して、達成したら、みんなで喜んで、それなりのインセンティブを与えることだ。インセンティブには、金銭や賞状といった物理的なものと、精神的なものがある。精神的なものとは、社長以下全員の前で発表してもらい、その発表にみんなで感動することだ。

意識が変わったら、全員でそれを褒め、喜び、感動の声を上げることだ。そうすることで、人は自ら動き始める。社長である私が行ったことなど何もない。すべての変化は、従業員が自律的に動き始めたところから始まったのである。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.29 からの転載です。

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