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多様性(diversity)を抱きながら
~異文化コミュニケーションと企業の活性化~

メリルリンチ日本証券株式会社
代表取締役社長 小林 いずみ氏

メリルリンチは、全世界38の国と地域で事業所を展開し、6万1000人の従業員を擁している。その中にあって、日本は単独国としては、売上高・従業員数ともに、本国アメリカに次ぐ第2位という地位を占める。メリルリンチ日本証券には、正社員1200名の内、250名弱の非日本国籍の社員が32カ国から訪れている。そうした多文化を抱え込んだ環境の中にあって、最も重要なことは、まず相手に興味を示し、理解しようとする気持ちをもつことだ。1985年のメリルリンチ入社以来、私はそのことをさまざまな経験を通して実感させられてきた。いくら語学が堪能でも、相手の思考法や行動パターン、物事を判断するときの文化的背景を理解していなければ、メッセージは伝わらないし、コミュニケーションもはかれないのである。

クロスカルチャー組織の中で

こうした違いを抱えながらコミュニケーションをはかるには、まず自分の意見を発言しなければならない。この際、その発言が正しいかどうかは問題ではない。どんな意見や質問に対しても、まずは「それはいい質問ですね」とか「いい意見ですね」と言って、発言者をきちんとフォローする。重要なのは、相手の意見をきちんと聞き、必ず結果についてフィードバックすることだ。「黙っていてもわかるだろう」というのは、クロスカルチャーの組織においてはありえないことだ。

海外拠点によるプロセスの誤りを、連休を返上してチーム総動員で対処したときのことである。当時、私の部下であったアメリカ人のチームマネジャーの次の言葉に、私は少し寒気を覚えた。「本当によくやってくれたが、君たちがよくやったおかげで、このプロセスにおける本質的な問題点がクローズアップされず、米国の本社はことの重大性がわからなくなってしまった」失敗する勇気、失敗のリスクを取るだけの覚悟が、マネジャーには必要なのだということを思い知らされた一件であった。
日本人は細かいことを正確に行うことに非常に長けている。さらに、強い組織力を併せ持ち、その結果として強い現場力がある。これが日本人のDNAであり、競争力の一つの原点となっていることは間違いないが、一方で、その強み故、根本的な問題の解決が先延ばしになってしまうこともあるのだ。

「天分の自覚」を思い出す

人は、それぞれ皆、得手・不得手を抱えている。それらすべてが企業にとっては資源であり、そこから最大限の力を引き出して、活用していくことが経営の一番の課題であろうと思う。
将来、白人よりも有色人種のほうが人口構成で上回ることが確実なアメリカでは、今、多様性(diversity)が注目されている。社会の人口構成を従業員の構成に反映するのは、「白人だけで運営する会社が多様な顧客を満足させる商品やサービスを提供できるのか」という視点から、社会を先取りしたビジネス戦略の一つなのだ。これからの企業経営にとって、文化を反映できる柔軟性は欠かせないものだ。

しかし、こうしたことはあえて異文化コミュニケーションから学ぶようなことではないかもしれない。
「およそこの世には同じものは一つもなく、同じ人間は一人もおりません。おのおのその使命を異にし、その道を異にしております。すべての人を同じ型に当てはめ、同じ道を歩ませようとすることは、自然の理にもとることとなります。人みな異色異行、そのままに天分を伸ばしていくところに、自分も生き、全体も生きる道があります。そこに真の自由が生まれ、真の繁栄、平和、幸福が築かれてまいります」
松下幸之助氏の言葉である。本来我々日本人の原点はここにあったのだ。そのことを、少し思い出していただければこんなに嬉しいことはない。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.25 からの転載です。

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