AI時代のナレッジマネジメントとは
- DX/デジタル推進
塚松 一也
AIがもたらすナレッジワークの本質的変化
生成AIの登場は、日々新たな能力を示し、Google検索の様相さえ変えつつある。従来の検索は、適切なキーワードで必要なファイルを探す「検索パラダイム」であった。しかし、AI時代は異なる。AIとの対話を通じ、知りたいことを語りかければ、AIが情報を要約し、出所とともに教えてくれる。これは「対話パラダイム」への移行である。対話パラダイムでは、AIはウェブ上や社内のファイルを全て読み込む。そのため、小手先のSEO技術よりも、AIが良質な学習をできるよう、信頼できる質の高い情報を供給することが本質的に重要となる。
この変化は、19世紀後半に蒸気機関から電動機へ移行した第二次産業革命に例えられるだろう。当時、電動機関は単なる蒸気機関の置き換えと見なされ、電気の特性を活かした工場全体のレイアウト最適化には約25年を要したという。これは、ノウハウ不足や、従来の機械配置を前提とした思考、経営者の投資への躊躇が背景にあったようだ。
現在、IT化やDX化を経てAIが登場したが、これも単なるDXの一部と捉えられがちである。しかし、過去の電動機への移行が機械化の単なる延長ではなく、工場設計思想や作業者の役割を変えたように、AIはナレッジワーカーの働き方とナレッジマネジメントの本質を変えると認識すべきだ。AIは単なるツールではなく、共に働く存在となるのである。
AIとの新たな働き方と知の創造
従来の検索パラダイムでは、いかに欲しいファイルを見つけるかという「検索精度」が重視された。しかし、対話パラダイムでは、AIが常に傍にいるため、AIとの対話を通じて自身の思考を深め、発見や気づきを得ることが可能となる。
現在進んでいるAIの活用には2種類ある。ひとつは設備異常検知や予知保全など「モノを賢くするAI活用」であり、もうひとつは人材育成や技術伝承に用いられる「人を賢くするAI活用」である。前者は設備投資の側面が強く資金力がものをいう。一方、後者は教育に資する良質なナレッジの蓄積整備が鍵である。
AIの利用方法は進化しており、当初の「作業代行」(情報要約など)から、「コラボパートナー」(ブレインストーミング相手)、そして現在では、自身の能力を伸ばすための「コーチ役」という利用もある。これは、AIに命令する「司令パラダイム」から、自身の思考を深めるためにAIに相談する「相談パラダイム」への移行を暗示しているように思う。
これまで優れた生産現場が標準設備を改良改善し現場能力を高めてきたように、AI活用においても個々の工夫と上手な活用方法の共有が重要である。各自が作成したボットやテンプレートなどの工夫を共有し、組織全体でAI活用能力を高めるべきである。
また、AIとの対話は、私たちの思考メンタリティにも変化をもたらす。従来の斜め読みや倍速再生によるタイムパフォーマンス追求から、AIによる要約や音声生成の活用へと移行するだろう。会議においても、AIが議事録作成や要約を自動で行うため、参加者はメモ取りから解放され、相手の話を深く聞き、自身の思考に集中できる。
ナレッジマネジメントのあり方も変わる。従来の形式的な共有資料にこだわらず、個人のメモや音声データがAIのソースとなる。AIがこれらを学習し、必要に応じて情報を提供してくれるため、形式的なドキュメント作成の重要性は低下する。
AIとの対話を通じた思考の深化には、まずAIに相談を投げかけ、言語化を試みることである。AIは思考を深掘りし、マインドマップ作成なども支援する。また、AIからのフィードバックを通じて、自身の思考の改善点に気づくことも可能である。AIは、疲れたり怒ったりせず、何度でも付き合ってくれる「わがまま」を許容する存在である。人間相手に気になる他者の目、心理的安全性の欠如などが一切ないため、圧倒的な心理的安全性と絶対的な記憶力により、人間は純粋に思考に集中できる。これにより、一人で考える、皆で議論する、という二つの思考スタイルに加えて、AIと共に考える「With AI」という第三の思考スタイルが加わるのである。
ナレッジマネジメントの再定義
AIとの対話で思考する環境が整う中、ナレッジのインプットはテキストだけでなく、音声や画像にも広がり、アウトプットも多様化している。これからはコンテンツの「形式」ではなく、コンテンツの「質」こそが重要になる。たとえば、マニュアルの考え方も変わるだろう。従来は人間が読むことを前提に、分かりやすさや体系化が重視された「ヒューマンフレンドリー」なマニュアルが求められた。しかし、これからはAIが学習し、人間がAIに質問する時代である。そのため、AIは順序やボリューム、重複を気にしない。重要なのは、AIが正しく理解できるよう丁寧に説明された「AIフレンドリー」なナレッジソースである。
分類の必要性も従来に比べて低下する。従来のファイル整理やハッシュタグは、人間が情報を見つけやすくするための工夫であった。しかし、AIが文脈情報を含めて全てを学習することで、分類やハッシュタグの相対的な重要性は薄れる。情報メンテナンスも「修正」から「追加」へと変わる。従来のナレッジ管理では、鮮度と信頼性を保つために定期的な点検、修正、削除が求められたが、実際にはこのメンテナンス・維持が面倒で続かないこともよくあった。AIは情報がいつのものか、どの情報が最新かを理解できるため、常に新しい情報を追加していくことが基本となる。古い情報は残っても問題なく、誤った情報に対しては「これは間違っている」と追加で指摘すればAIが学習する。組織としては、発生した情報を常にAIに学習させる習慣を築くべきである。
チェックリストの利用も変化する。人間にとって負担であった膨大なチェックリストも、AIが学習し、見落としがちな問題や懸念を発見してくれることで、大きな安心感が得られる。
研修の場面では、グループディスカッションにAIを同席させることで、議論の全てが記録され、要約・構造化される。これにより、他のグループの議論内容や過去の議論も参照可能となり、学習効果が高まる。研修アンケートは、中規模の「ブロードリスニング」ができるだろう。大量の意見をAIが分析・要約・分類することで、質の高いフィードバック収集が可能となる。
変革を牽引するリーダーシップ
AIは思考のパートナーとして常に傍にいる「友達」のような存在であり、知識が豊富で、不平を言わず、学習し続ける。人間は、もはや自力だけで考える必要はなく、AIとの対話で思考を深め、ひらめきを得られるのである。新しいテクノロジーを使う少数派は、古い仕事スタイルを不思議に感じ、不満を抱く。これは過去のパソコンやスマートフォンの普及と同じである。今日の社会に出てくる世代は「AIネイティブ」であり、まずAIに聞くことが当たりまえとなる。社内や顧客からの問い合わせに対し、AIチャットボットがないことに不満を感じる時代が到来するだろう。
知的生産の入り口が検索からAIに変わるため、AIがナレッジを認識し学習しなければ、そのナレッジは存在しないに等しい。AIはあらゆる情報源から学習するため、たとえ個人的な音声データであっても、残されてさえいれば必要とする人に届けられる時代が来たのである。
言うまでもなく、AIを導入すること自体が目的となってはならない。AIの利用者数や利用率を数値目標とすることは本質から外れている。もっと良い仕事をすること、これまでできなかった課題を解決すること、仕事の質とスピードを高めることといった本来の目的を追求すべきである。
AIの導入だけでは良いナレッジワークは実現しない。日本の製造現場が現場の工夫と改善で強くなってきたように、ナレッジワークも現場の個々人がAIを理解し、思考を深め、創意工夫してこそ能力が高まるのである。マネジメントは、このような現場の能力を高め、お互いに知恵を分かち合う組織文化を醸成するべきである。この組織変革と新たな習慣化、文化作りは容易ではないため、今こそリーダーシップが求められる。製造現場を強くしたようなリーダーシップと同様に、「まずはAIと会話しよう」「会議には必ずAIを同席させよう」「困ったらまずAIに聞く」といった行動を促し、組織能力を高めるべきである。
新しいことの普及はイノベーション曲線に従う。現在は、技術的な面白さに関心を持つ「イノベーター(テクノロジーマニア)」の段階を越え、技術がもたらす変化に気づく「アーリーアダプター」(ビジョナリー)の段階にある。多くの組織の上位層は「アーリーマジョリティ」(様子見)か「レイトマジョリティ」(変わりたくない)である可能性がある。漠然とした危機感で予算をつけるトップダウンは、本質的な変革を生まない。変革を牽引すべきは、AIに期待感、機会感、ワクワク感を抱き、夢中になっている「ビジョナリーなアーリーアダプター」である。彼らが、周囲の人々を「With AI」の世界へ引き連れていく必要がある。他者の事例を待つのではなく、自らの職場から創意工夫を始め、それを共有する行動習慣と組織文化を育むことこそが、AI時代のナレッジマネジメントの本質である。
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