株式会社オカムラ
“自前”のビジネススクールで次世代経営人財の育成に挑む

事例
2013.05.01
株式会社モスフードサービス
モスバーガーを展開する株式会社モスフードサービスは2012年、創立から40年目を迎えた。一貫して「食を通じて人を幸せにすること」を企業目標とし、「おいしさ、安全、健康」にこだわった商品を「真心と笑顔のサービス」とともに提供することに取り組んでいる企業である。
今回、さらなる安全管理体制の強化と今後の海外展開を見据え、2012年10月18日、公益財団法人日本適合性認定協会より食品安全管理の国際規格ISO22000認証を取得した。当認証の取得は大手外食チェーンとして、初めての取得である。食の安全に対して、高い自負心と実績があり、社会的にも認知されているモスフードがなぜ、この取組みを行ったのか。その背景とともに取組みの苦労と今後の展望をみていきたい。
「モスバーガーからコンサルの依頼があった。業界でも『品質・安全』が高いことで有名だがどんなことを期待しているのだろうか?
株式会社日本能率協会コンサルティング(以下JMAC)のチーフ・コンサルタントの平林晃一から話を聞き、担当コンサルタントの島崎里史はそう思ったという。後にISO22000の認証取得につながる株式会社モスフードサービス(以下モスフード)からの依頼は、当初、「品質管理の仕組みに対する診断」という形でスタートした。2010年7月のことだ。
そのいきさつを、モスフードCSR推進室品質保証グループシニアリーダーである長瀬健一郎氏は次のように語る。
「日経BPの調査をはじめ、当社への外からの評価は、ありがたいことに本当に高いものがありました。社内においても、安心・安全、品質管理においてはリーディングカンパニーであるという自負もあります。しかし、お客さまの食の安心・安全へのニーズが日に日に高くなっていることと、海外展開の拡大を踏まえたときに、本当にうちがやっていることが正しいのか、外の目からの検証も必要ではないのかと考えたのです」。
モスフードでは、食品安全については、各部門ごとの権限にゆだねられた上で、細かな部分は従業員一人ひとりの責任と力量に任されていた。もちろん、これまでに大きな事故があったわけではない。
しかし、今後、海外へ展開するに当たって、日本国内で通用していたやり方が、そのまま受け入れられるのか。また、ヒューマンエラーによるリスクの懸念もあった。
JMACによる「診断」の結果は、「仕組みと基準が見えにくい」ことへの指摘だった。「評価の高いモスさんですから、どのような管理体制をとられているか興味がありました。想像通り、品質・安全に関する意識は皆、非常に高いのですが、属人的な部分の良いところ、悪いところが十分整理されてなかったことがわかりました」。
平林はこう振り返る。社風としては素晴らしい。しかし、このままでは品質と安全を担保しながら一層の海外展開の拡大をすすめるのは不安が残るという答えが出されたのだ。
JMACから提案されたのが、ISO22000の認証取得を視野に入れた食品安全管理体制の基盤改革だった。
ISO22000とは、HACCPシステムの適用と運用をマネジメントシステム化するために開発された国際規格。国内では、食品工場などで取得したケースはあるが、大手外食チェーンが取得した例はない。モスフードが取得すれば国内初となる。国際規格の認証取得ができれば、海外展開を拡大していくうえでも大きな武器になる。しかし、ここに2つの大きな問題があった。モスフードにはISOに対する「トラウマ」があったこと。そして、型にはめられることが嫌いなモスフードに、「規格」という枠をはめることの矛盾だ。
「トラウマ」とは、以前、環境に関する国際規格ISO14000の認証を取得したときのことだ。企業として必要なことだという認識は共有されていたものの、取得そのものが目的化されてしまい、現場に疲弊感が漂ってしまったのだという。
そもそも2つ目の問題点とも重なるのだが、何においても実務に直結しない形式的なルールにあてはめることが社風としてあわないのだ。これまでに問題があったのならともかく、何の問題も起きていない。むしろ、高評価を得てきているではないか。社内にそうした声があったことも事実なのだ。その声をどう説得するかが大きな課題となった。
「ルールや基準をつくりすぎないのがうちのやり方。理屈や基準でおいしいものができるのか、という食に対する強い気持ちがあるんです。サービスでも品質管理でもそこは同じ。そもそもおいしさと安全って、相反するところがある。ハンバーグは程よい焼き具合が絶対においしいけど、過加熱気味にしないと安全安心ではない。機械で温度を設定して焼き上げてしまえばいいのでしょうが、それはうちのやり方ではない。安全とおいしさのバランスをどう取るかをずっと追究してきた歴史もあります。地域や季節によって微妙に鉄板の温度も変わるため、職人技の部分を大切にしてきましたからね。
ISO22000導入検討プロジェクトの一員として、この問題の対策に当たった、CSR推進室品質保証グループリーダーの後藤賢一氏はこう語った。
ISOでは22000導入に当たって何をしたのか。チーフ・コンサルタントは、次のように語る。「食の安心・安全への思いが本当に強い皆さんでしたので、まずは、現状どんな問題があるのかを検討してもらうことにしました。ISOを取得するのが目的ではなく、現状の問題を解決して、よりよい安全、安心の仕組みをつくることが目的なのだと。それにISOを絡ませる、という手法です」
長瀬氏も、「とにかく、徹底的にISOっぽさを消してもらいましたね。ISOという言葉も極力使いたくなかった。ISOから入ると、難しい専門用語がたくさん出てきて、その段階でアレルギーになっちゃいますからね(笑)。完全に実務を中心に据えた活動としました」と語る。
プロジェクトメンバーには、食の安全管理に関わる20人ほどが選ばれた。いずれも「安心、安全」に対する思いは強い。現場のことも熟知している。実態に合わせながら、今以上の仕組みをどう構築するのか。目的が明確になれば、その後の流れは速かった。
後藤氏も、「自分たちが日頃抱えていた問題点を出すことで、プロジェクトへの参画意識も高まってきました」と語る。
モスフードの衛生関連を担うグループ会社のエム・エイチ・エスの品質管理チームリーダーとしてプロジェクトに参加していた小川岳敏氏は、「これまで属人的に、個別にやってきていたことを、グループ全体として見たことはなかったので、問題点を出し合えたことはとても有意義なことでした」と振り返る。
ただ、ISOアレルギーが強いモスフード。「問題点を解決するに当たって、ISOが合わないのだったら導入を見合わせる。合言葉は、『うちのやり方に合わなければISOやめてしまえ』でしたね」と長瀬氏。島崎は、「実は、内心ドキドキしていました(笑)。こちらとしては基盤の構築においてISOが有効という考えがありましたから......」と当時を振り返る。
プロジェクトメンバーから上がってきた現状の問題点の解決を図りながら、実効性をもっていかにISOの規格に適合させていくのか。それができてこそ、コンサルタントの面目躍如だ。
「そもそもISOって、規格という枠にはめていくものです。それをしないでください、というのですから、すごくやりにくかったと思います。けれど、こちらの要求にその都度応えていただき、調整しながら進めてくれました。柔軟性が実に高い。ISOとは枠なのでこの通りにしてください、なんていわれていたら、とてもじゃないけれどできなかったと思います」と長瀬氏。
「JMACのコンサルタントって、人間くさいですよね。一般的なイメージですが、コンサルタントの方って、型にはまっているというか......(笑)。それがまったくない。こちらが譲れない点を認めていただきながら、「モスらしさ」を大切にして本当によくやってくれたと思います」とは後藤氏。
モスフード側の両氏の言葉を受けて、島崎は「モスフードさんからの要望には、共感できることがたくさんありました。工夫しながら改善しようと。それを一つひとつ実態にあう形で丁寧に乗り越えていくやり方は、色々と苦労もありましたが納得感と実効性という面でとても意義がありました」と語る。
平林は「ISOは取得が目的になりがちで、本当の意味で自社にあうやり方というのは、われわれとしても実現できる場面がほしかったんです。どうしても、企 業側が枠組みにとらわれてしまいがちですので。今回は、自分たちも理想と思うやり方でやらせてもらえたので、やっていて楽しかったですね。一つのいい事例もできた。しかも、モスさんのようなトップ企業でできたということが、社会的に大きな意味があると感じています」とも。
結果として出来上がったISO22000のマニュアル類は、シンプルでモスフードらしい形のものとなった。ISOのマニュアル類といえば、膨大な文章があって、さらにそれを説明するフローがつくのが一般的だというが、「フローを中心にシンプルで実効性があり、わかりやすい形」になったという。
「ISOを真面目にやりすぎると、どんどん細かくなっていく。でも、そうなるとケースバイケースの問題に対応できなくなる。現場が回らなくなるんですね。今回、モスさんからの意見を取り入れて、大きな枠組みを共有し、細かいところは自由度を持たせたものになりました。まさに実際に使えるマニュアルを共同で作り上げることができました」と島崎は胸を張る。
今回、2012年10月にモスフードがISO22000認証取得をしたのは、本部と国内の5店舗だ。今後は、認証取得でつくりあげた仕組みを「モス食品安全基準」として、国内の店舗に水平展開していく。さらに、海外各国のモスバーガー事業、国内の新規事情、関連企業にも、これに準じた食品安全管理体制の整備を進める。
「はじめから全店舗でISOを取得しない、というのは合理的な考え方だと思います。認証取得のメリットは外部審査を受けられるということ。審査で指摘された事項の改善策を水平展開する。これは、チェーン展開しているお店の参考になるやり方ですね」(平林)。
また、協力工場に対しては、内部監査研修を受けた工場監査員を配置して、1年に1度、すべての工場の定期監査を計画している。店舗に対しては、エム・エイチ・エスの衛生指導員に、内部監査研修を実施し、店舗監査を行う。
小川氏は、「これまでも総合衛生検査というのを実施していましたが、ISOの視点を持った店舗衛生監査に置き換えていきます。工場もそうですが、監査する際の共通の基準ができたことは大きいですね」と語る。
長瀬氏も、「部門ごとにバラバラに動いていたものに、一本串を刺して、全体がチェックできる仕組みができました。今後の課題は、これをより適正化していくこと。当社らしさにこだわりながら、全体的に展開していきたいですね」と語る。
後藤氏も「課題」として次の点を指摘する。「ISOを入れて、何がどう変わったのか、成果を見える化することです。これまで大きな事故がなかっただけに、事故がない、ということがISOの成果なのかどうか。見えづらいだけに難しいですね。でも、決して安くはないコンサル料をかけたのですから(笑)、何らかの形で提示していきたいと思います」と。「あ、でも、コストパフォーマンスはよかったですよ。感謝しています(笑)。よく頑張ってくれました」とも。
見えにくい成果の一つとして、現時点でいえるのは、「店舗の人間が、今まで以上にプライドを持てたこと」だと指摘するのは、小川氏だ。「ISOを取得したことが、一つの自信になったのだと思います。この自信が、全店舗に広げていくことも今後の課題ですね」とも。
診断の段階から関わった平林は、最後に「今回のプロジェクトで印象に残っているのは、時間がかかってもいいから徹底的に議論してほしい、といわれたことです。通常、コンサルタントには決められたスケジュールで進めることが期待されるのですが、取得ありきでやってほしくないと。モスさんらしさに本気でこだわっていることが伝わる言葉だったと思います」と語った。
当初、相反すると思われた『おいしさと安全』に『モスフードらしさ』で挑戦した今回の取り組みは全店舗、さらに海外へと展開されるだろう。モスフードのさらなるチャレンジが楽しみだ。
生産革新コンサルティング事業本部
チーフ・コンサルタント
製造業を中心としたコンサルティングを行なっている。「品質保証システム監査支援(国内及び海外工場)」、「品質管理基礎研修および改善実践研修支援」、「工程管理に関する改善支援」を主な支援領域としている。品質保証システム監査支援では品質保証方式の妥当性を詳細に点検しており、自動車部品、金属、化粧品の製造工場において支援実績がある。
SX&パブリック事業本部
シニア・コンサルタント
製造業を中心に、主に品質改善および生産性向上のコンサルティングを実施している。品質・原価の同時実現を競争力の源泉とする改革実現にむけた改善推進が得意。食品製造業での経験を活かし、フードチェーン全体の改革の必要性を感じ、農業から食品製造、流通小売におけるコンサルティングを推進中。農林水産省の食品製造業におけるイノベーション事業の責任者を複数年経験。
主なテーマは、食品製造業における生産システム・工程改善、品質管理強化、品質保証の仕組みづくりなど経営改革、生産性向上、作業効率化、収益改善、人材育成、研修などを中心に、コンサルティングを展開中。
自立・自走できる組織へ
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