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従業員の命を守って災害復旧へ
実践を重ねて磨く「使えるBCP」

日綜産業株式会社
1968年創業。建設、土木などの現場に必要不可欠な“足場”を中心とする仮設機材の開発、設計、製造、販売、レンタルを行い業界トップクラスのシェアを誇る。創業以来、自社製品に起因する死亡災害ゼロを続けている。


大規模災害が相次ぐ中で重要視されるようになっているのが、企業などが緊急事態下でも事業を継続するための計画である「BCP(Business Continuity Plan)」。策定しただけで満足してしまう企業も多い中、日綜産業では訓練と計画のブラッシュアップを重ねている。「使えるBCP」はいかにして磨き上げられるのか、話を聞いた。

日綜産業の課題

人材育成/組織力向上/業務効率化

東日本大震災も教訓に災害復旧企業の自覚

 日綜産業がBCPの取り組みを始めるきっかけになった出来事のひとつが、2011年の東日本大震災だ。岩間事業所(茨城県笠間市)の機材センター(右の写真)では、倉庫内や屋外に積み上げられた機材の一部が崩れ、復旧に1カ月ほどを要する大きな被害を受けた。仙台支店は、輸送手段を失い孤立。小野大代表取締役社長(当時は副社長)は物資を積んだワンボックスカーを自ら運転して救援に向かった。
 

「社員の中には、親族を失った者もいました。極限状態を目の当たりにして、水や食料のように普段当たり前にあるものがひとつでも欠けると人間は生きていけないのだと実感しました。社員が安全に働ける環境をつくることが何より大事だという思いが一層強くなりました」

 災害については、もうひとつ考えなければならないことがあった。建設現場に必要不可欠な「足場」など多くの機材を保有する同社は、大災害のたびに復旧作業に貢献してきた。橋脚の崩壊を防ぐための仮設構造物など、同社でなければ運用が難しい機材もある。「災害復旧に貢献できる企業として、自社が被災した状況下でも迅速に支援体制を整えることが私たちの使命」だと小野社長は言う。

3・11後も各地で災害が頻発する中、緊急事態下で社員の安全を守り、業務を継続するためのBCPを策定・運用する取り組みが2020年秋にスタートした。
しかし、この時点ではBCPに関する社内のノウハウはほぼ皆無。策定・運用作業については、それ以前から生産効率を高めるためのコンサルティングを行ってきたJMACの支援を受けることとなった。本社に設置されたBCP事務局を中心に、JMACと二人三脚での作業が進められた。

サーバーの外部移管は費用対効果面でも合理的

事務局はまず、全国の各拠点から災害時の想定リスクをヒアリングし、リスト化。優先順位を考慮しながら対策を考えていった。事務局メンバーを務める管理本部 総務部 総務課の城戸嘉浩さんが語る。
 

「社員やその家族の命を守ることを最優先に、雇用やお客さまからの信用を守り、最終的に復興支援により社会的責任を果たす、という原則に基づいて対策を考えていきました。1週間で緊急復旧機材の出荷準備が整うことを目標にしています」

社員の安全面に関しては水や食料などの備蓄を用意したほか、全社で安否確認システムを導入し、災害発生時の安否確認をスマートフォンから迅速に行える体制を整えた。東日本大震災の際に荷崩れが発生した機材センターにも、新たな安全対策がとられた。事務局メンバーの管理本部 総務部 企画厚生課の髙岡朋子さんがこう説明する。

 「資材の中には重さ100㌔を超えるものもあり、落下すれば人命にも関わります。通路に近い場所では積み上げの段数を低くして、奥に行くに従い階段状に高くなるように配置を変更しました」

日々の業務に欠かせない社内システム用サーバーの被害対策にも取り組んだ。それまでサーバーは千葉県千葉市の本社内に置かれていたが、社外のデータセンターに移管することになった。

 「本社内のサーバーは停電でビルの電源供給が止まれば停止しますが、社外のデータセンターであれば自家発電装置などのバックアップ体制が整っているので、災害時のリスクを低められる。コストもかかりますが、システムが停止した場合の被害を想定すれば、費用対効果の面でも合理的だと考えました」(髙岡さん)

事業継続訓練を重ねながらBCPをブラッシュアップ

こうして2021年夏までには、基礎的な事項を網羅したBCPがひととおり定められた。日綜産業が他の企業と一味違うのは、ここで満足して立ち止まらなかったことだ。小野社長が次のように語る。

「せっかく時間とお金をかけて計画をつくっても、実際に機能しなければ意味がありません。災害が起きたらすぐに動けるように、トレーニングの反復が重要だと繰り返し伝えてきました」

日綜産業におけるBCP基本方針

日綜産業におけるBCP基本方針

こうした方針のもと、BCPの策定後はそれを全社に定着させるための各種訓練が行われている。事務局メンバーは全国の拠点をめぐって「意識醸成勉強会」を開催。BCPとは何かという説明から始まり、同社におけるBCPの考え方や実際の行動手順などを確認していった。勉強会後には「理解度テスト」が行われ、「導入編」については小野社長の強い要請もあって、社員全員が合格するまで続けられた。

 座学だけでなく、災害時の避難経路の確認や、非常食や備蓄品の在庫確認なども定期的に実施。こうした基本的対策に加え、事業継続に主眼を置いて災害翌日や1週間後、2〜3週間後といったタイムスパンを想定したシミュレーション訓練も行われている。災害後に設置される「対策本部」を中心に「救護班」「情報収集班」「物品統制班」などの班ごとに分かれ、それぞれの行動を机上でディスカッションしながら確認していくのだ。

 「発災当日から翌日にかけては、社員の安否確認や非常食の配布、家に帰れない社員が寝泊まりする場所の確保といった動きを確認します。その後は、復旧支援のための機材を出荷できる体制を構築しなければなりません。全員が出社できない状況下でどうやって仕事を回すのか。機材を運搬するトラックのドライバーにはどのような手段で連絡するのか。こういった点を、一つひとつ議論していきます」(髙岡さん)

こうしたシミュレーションを行ううち、当初の計画では考慮しきれていなかった課題が浮かび上がってくることもある。これらは、BCPを改善するための貴重なデータになる。BCP事務局を統括する専務取締役 管理本部の土屋豊さんは、その意義を強調する。

 「拠点の近くに住む社員を集めると計画されていても、緊急時に実際に出社できる状態なのかなど、訓練して初めて気がつくことや、見えてくることがあります。訓練後にはそうした情報を出し合い、BCPをブラッシュアップしていく作業をしています」

計画と現実とのギャップは、その都度柔軟に見直されている。たとえば機材の輸送に必要な燃料は当初、自社で設備をつくって備蓄することが考えられていた。しかし詳細を検討していく中で、安全面やコスト面から現実的ではないことが判明。このため現在は、普段から取引のある外部の運送業者と連携し、災害時の輸送に優先的に協力してもらえるよう交渉を進めているという。

 日々の実践や訓練を通じてPD CAを回すことで磨かれてきた同社のBCP。こうした流れをより強固なものにするために、2023年からは社内の推進体制も強化された。従来の事務局に加え、経営幹部も参加して会社としての方向性を決定する方針策定委員会と、各部門の代表者が集まり日ごろのBCP推進活動の要となる代表委員会が発足。定期的に会合が開かれている。生産部門の代表委員を務める生産本部 管理統括部 統括長の高橋誠さんはこう語る。

 「代表委員の活動を通して、現場のBCP推進チームから上がってきた意見を吸い上げて会社全体に共有したり、他部門の対策を聞いてよいところを取り入れたりしてきました。これまで部門ごとの取り組みが中心でしたが、今後は部門を横断した一連のプロセスとしてBCPの仕組みを構築していく必要があると感じており、そうしたことも議論していきたいと考えています」

変わってきた管理職の意識自走化へ向け続く試行錯誤

ここまでの活動によって、社員の意識にも変化が見られるという。安否確認システムを使った訓練は導入当初、回答しない社員も一定数いた。その後、繰り返し訓練を行った結果、現在では事前通告なしの訓練にも関わらず、回答率は当初より25%超上昇し、大部分の社員が応答するようになった。城戸さんはこう語る。

 「当初はBCPという言葉自体を知らない社員が多かったのですが、今では『自分自身の生活にも関わること』という意識が生まれています。弊社のBCPでは、緊急事態下では各拠点長は本部の指示を待たず、社員の安全確保のための判断を下すことが明記されています。これについて、『こんな災害があった場合どうするべきか』と事前に拠点長から相談が来るようなりました。管理職も自分たちが社員の安全を確保する役割を担っていることを理解して、真剣に対策を考えるようになった証なのではないかと思います」

BCPに関わる活動は2025年夏で5年目。現在は、推進体制をさらに進化させるための検討が進んでいる。土屋さんはこう説明する。

「今後はJMACの支援を受けなくても、BCPの活動を自走化できるようにしたい。現在、自分たちの手でPDCAサイクルを回せる体制づくりを目指した3カ年マスタープランを策定する作業を進めています。3年後の2028年は弊社の60周年に当たるので、そこに向けてさらなるレベルアップを目指しています」

 小野社長はBCPについて「確実によくなってきているけれど、まだまだ課題がたくさんある」と道半ばであることを強調しつつ、会社として真剣に取り組む意義をこう語った。 「BCPを通じていざというときに備えておくことで、社員は自分たちが守られていると感じ、安心できる。『社員を大事にしたいと考えている』という経営者からのメッセージになりますし、それは最終的に社員のエンゲージメントの向上にもつながってきます。経営者ならば、絶対やっておくべきことだと思います」

担当コンサルタントからのひと言


シニア・コンサルタント
大森 靖之(おおもり やすゆき)

幾多の壁を乗り越え、未来への確かな道標を築かれている日綜産業。その多大な労力の歩みに長年伴走させていただいたコンサルタントとして深く感動しております。BCPの物語は、一人ひとりの理解と粘り強い努力、そして何より「社員と社会を守る」という強い意志によって紡がれてきました。計画に魂を吹き込むのは、反復される訓練と改善サイクル。実践こそがBCP定着の鍵であることを皆さまの姿が示しています。さらなる安心の未来を創り上げることを信じて、自走化への挑戦をサポートいたします。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』79号からの転載です。

社名、役職名などは取材時(2025年2月)のものです。

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