
ナレッジマネジメントが話題になっている。ここ数年のITの発展はめざましく、知識・情報における共有化へのインフラは整った。しかし、インフラが整い、ツールも揃ったにもかかわらず、その成果を出している企業は少ないようだ。ナレッジマネジメント阻害要因を探り、その克服策を2回にわたって解説する。
企業の情報システム部門は「システムを仕様どおりにつくった」と言い、経営トップは「掛け声もかけたし、必要な投資も行った」と言う。その結果、システムの検索機能は強化され、ほしい情報にアクセスしやすくなったり、入手も可能になった。だが、その一方で「何かが違う」「しっくりこない」「満足いく状態とはいえない」という不満を持つ会社もあるようだ。今回は、このような状況にあるナレッジマネジメントを、ツール論ではなく、マネジメント革新の側面から考察し、現状打破の鍵を探ってみたい。
文字どおりの“マネジメント”を実現する
SE的な経営革新は、情報の電子化により、ワークフロー化が進み、効率化・品質の低下防止・即時化などが実現される。情報のやりとりを標準化したり、それをシステム化することが革新の中心となる。つまり、コンピュータ導入によって効率化が図られるのである。一方、KM的な経営革新とは、コンピュータを導入しただけではうまくいかない。情報共有化のためにグループウエアやウエブシステムに投資したものの、データベースには閑古鳥が鳴いているという状況は、まさにこのKM的なものの特性が認識されていないのである。KMの場合、全員が知識や情報を提供し、検索・活用しないと、その成果は生まれない。
したがって、情報システムを導入することも大事だが、一番のポイントは、情報・知識を共有化する組織風土への変革、すなわち“人間系の改革”である。一人ひとりが、自発的に知識・情報を提供し、活用する。つまり、日常の基本行動を変えなければならないのである。これがマネジメントの仕事であり、この点に留意しなければならない。

ナレッジワーカーは知識で組織に貢献
KMを推進するうえで、思想的なバックボーンとなるのはP.F.ドラッカーが『プロフェッショナルの条件』などで指摘した“ナレッジワーカー(知識労働者)”の定義による。詳しくはドラッカーの著書を読んでいただければよいが、ナレッジワーカーを簡単に定義すると以下の2点に集約されよう。①組織の目的に貢献してはじめて成果になる②自分の成果を他の人間に供給することに意味がある図表2で示すように、ナレッジワーカーとは職種によらず、日々の仕事のなかで、組織にとって意味ある知識を生み出し、それを共有化するように努めることで組織に貢献する。また、共有化された知識を利用して、業務遂行において高い生産性を実現する。
ナレッジワーカーは、ナレッジコントリビューター(知識提供者)という面と、ナレッジユーザー(知識利用者)という二つの側面を同時に持つ。「自分さえよければ、それでいい」というようなことではなく、組織としていかに知的生産性を高めていくかという話なのである。この点が、従来から議論されてきた個人レベルの知的生産性向上論と、本質的に違うところである。個人の知的生産性向上論においては、個人の行動レベルのメソッド論が主体であるのに対して、ナレッジマネジメントでは、マネジメント論、組織変革方法論がその主体となる。ナレッジマネジメントの推進にあたってはまず、この「ナレッジワーカーたるもの組織に知識をもって貢献せよ」という基本哲学を認知するところから始めるのが、革新をうまく進めるコツである。

共有化されない理由と現状の打開策を探る
ITツールが導入され、経営トップのナレッジマネジメント推進の掛け声も出されている。それにもかかわらず、なかなか情報共有化がうまくいかないという実態を考察してみたい。図表3は、ナレッジコントリビューターとナレッジユーザーのそれぞれの立場で、情報登録しない理由、情報活用できない理由のうちの代表的なものをあげた。程度の差こそあれ、このような理由が、ナレッジマネジメント推進の障害になっているといえよう。これまでに述べてきたとおり、ナレッジマネジメントというのは、情報システム系の刷新ではなく、人間系の変革、すなわちマネジメントの仕事と認識すべきである。
極論をいえば、ナレッジマネジメント革新とは、図表3の状況を克服すべく対処していくことにほかならない。そこで、すぐに思いつくことはトップダウンで強制的に情報入力させるとか、情報入力についてインセンティブをつけるというものだ。そうした方法は、速攻性もあり有効な点もある。しかし、なかなか長続きしないため、抜本的な改革には至らないのである。そこで、もう少しこの問題事象について掘りさげて考察し、解決方法を見出す努力をしていくことにしよう。

2段階データベース法とは何か
ナレッジコントリビューターが、共有データベースに情報や知識を提供を阻害する要因の一つとして、ナレッジユーザーからの共有データベースへの“素直な要望”がある。ナレッジユーザーの立場からみると、共有データベースにある知識・情報は、「自分が知りたいことを見つけやすく、ゴミ情報が少なく、それでいて知りたいところは詳しく、事情があるところはそのいきさつまでわかりやすくあってほしい」ということになる。この要望を満たすデータベースを維持し続けるのはむずかしく、徐々に情報が減っていき、使われなくなるようなものとなる。
データベースを一、二度使ってみたものの、ほしい情報がなかったというような経験をしてしまうと、データベースは「使えない」という評価を下してしまいがちだ。そのため、ナレッジコントリビューターに対して、「もっとしっかりした情報を載せてくれよ」という素直な要望を直接いってしまう。ところが、この直接的で素直な要望が、ナレッジコントリビューターの情報登録に対する敷居を高くしてしまう。ナレッジコントリビューターにとっては、「とやかく言われるぐらいなら情報を出したくない」「検索しやすいように、カテゴリー分けやキーワード登録するのが面倒」「個人的なメモでは叱られるので、ちょっと体裁を整えるのだが、手間がかかる」という気持ちになってしまう。ナレッジコントリュビューターにとって、本来は気楽に情報提供すればよいものであったはずのことが、ナレッジユーザーの“素直な要望”を聞き入れているうちに、おのずと情報提供行動の敷居を高くしてしまい、データベース登録数を減らしている。
これが、ナレッジマネジメントがなかなかうまくいかない典型的な例である。これを打開することでナレッジマネジメントへ一歩近づくことになろう。その一つのアイデアとして図表4に示すように、情報登録のデータベースと、閲覧のためのデータベースを分ける方法がある。

まず、徹底的にナレッジコントリビューターが情報提供を億劫がらずに、やりやすくするために、情報を気軽に書きためることができるデータベースへの登録を簡単にすることだ。そこには、日々の仕事のなかで獲得された知識・情報を、日報やメールのやりとりなどをそのまま残すようにする。ここでは、「情報の質」の善し悪しは問わないという姿勢を貫くこと。とにかく素情報をためないことには始まらない。
まずは、登録データベースに情報を蓄積する。筆者のコンサルティング先の企業では、社内では仕事のeメールは原則禁止とし、仕事のやりとりはグループウエアであるNotesのデータベース上で行うルールにしている。そのような行動を推奨することで、情報の質はともかく、とにかく素情報は残ることになる。しかし、この登録データベースは、“玉石混交”の情報で、そのままの状態では検索・閲覧するには適さない。そこで、登録された第一次情報のうちから、ナレッジスタッフによって良質のナレッジだけを抽出し、閲覧データベースに登録する。閲覧データベースは、洗練された知識、情報の宝庫であるので、ナレッジユーザーにとっては、使いやすいものになる。ただ単に登録データベースから良質の知を見つけ出すだけでなく、定期的に過去情報の要約やダイジェストをつくったり、個別事例をもとに普遍的知識としてまとめることも、知を洗練することになる。それゆえ、この登録データベースのさまざまなレベルの情報を覗き、それを洗練された閲覧データベースに登録していく役割を果たすナレッジスタッフを置くことが望ましい。
そのような役割の人間を配置することで、ナレッジユーザーは、閲覧データベースの情報の質について、ナレッジコントリビューターではなく、ナレッジスタッフに要望をいえる。前記で問題にした、“直接的で素直な要望”によって、情報提供に対する敷居が高くなる問題は生じなくなる。たとえば、この方法などは、ナレッジマネジメントの仕組みを工夫した一例である。情報システムの工夫・改良というよりは、このような仕組みの工夫のなかに、実はナレッジマネジメントを成功に導く可能性がひそんでいる。次回は、引き続きこのようなヒントをいくつか紹介するとともに、こうした変革を行ううえでの留意点について述べることとする。
本コラムは、日本能率協会発行『JMAマネジメントレビュー( 2001年4月号および5月号)』掲載の「ナレッジマネジメント成功への鍵〈上〉創造的組織と個人を生み出すマネジメントを実践するために」からの転載です。
塚松 一也
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R&Dコンサルティング事業本部
シニア・コンサルタント
R&Dの現場で研究者・技術者集団を対象に、ナレッジマネジメントやプロジェクトマネジメントなどの改善を支援。変えることに本気なクライアントのセコンドとして、魅力的なありたい姿を真摯に構想し、現場の組織能力を信じて働きかけ、じっくりと変革を促すコンサルティングスタイルがモットー。ていねいな説明、わかりやすい資料づくりをこころがけている。
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