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ビジネスの創造性をはぐくむアートと向き合う体験

国立新美術館長
逢坂 恵理子 氏

国立新美術館長 逢坂 恵理子 氏

逢坂 恵理子 氏プロフィール:学習院大学文学部哲学科卒業。専攻芸術学。1994年から水戸芸術館現代美術センター主任学芸員、97年から2006年まで同センター芸術監督。07年から09年1月まで森美術館アーティスティック・ディレクター。09年4月から20年3月まで横浜美術館館長。19年10月に国立新美術館長に就任。21年7月からは独立行政法人国立美術館理事長を兼任。

国立新美術館
開館:2007年1月/所在地:東京都港区六本木7-22-2/開館時間:10:00-18:00 休館日毎週火曜日(祝日または振替休日に当たる場合は開館、翌平日休館)、年末年始/事業内容:展覧会事業、情報資料収集・提供事業、教育普及事業

国立新美術館

©︎国立新美術館



ビジネスにおける「アート思考」が注目されている。美術に求められる「鑑賞眼」は、そのままビジネスシーンに置き換えられるという。国立新美術館長にお話をお聞きした。

美術鑑賞に必要な「多様な視点」が重要

小澤 「リベラルアーツ」が昨今の産業界における「学び」に採用される例が増えてきています。ビジネスにおいて「アート思考」はどのように影響するのか、本日は国立新美術館の逢坂恵理子館長にお話を伺います。どうぞよろしくお願いします。

 逢坂さんは水戸芸術館、森美術館、横浜美術館を経て、2019年に国立新美術館の館長に就任されたわけですが、美術館の役割をどのように感じられていますか?

逢坂 みなさん小学生のときに絵を描く授業はあっても、「鑑賞教育」はほとんど受けてこなかったと思います。ですから美術館を「敷居が高い」と感じてしまう方が多いんですね。美術館の役割としては、「自分の目で見るたのしさ」を体得してもらう場でありたいと思っています。

 美術作品には正解がありません。ひとつの作品を観て、10人が10通りの解釈をする。作品は観る人によって解釈がまったく異なります。観る側がどう感じるかが大切で、そういう体験こそ人間が人間らしくいるために必要なことだと思っています。

 作品の価値を「これは何億円の絵画だ」と金銭的な価値で捉える人は少なくないと思います。数字はとてもわかりやすいので、そういった評価の側面もあると思いますが、実際にその作品の価値というのは、観る側の「心の中」にあるんですね。

小澤 まさに多様性であり、今、ビジネスにも問われています。

逢坂 そうですね。たとえば古い名画であっても、描いた画家が間違って伝達され、現在に至るというケースもあります。何十年もの間、男性の画家とされていた作品が実は女性の作品だった、というようなこともありました。まさに「思い込み」がここにもあったわけです。先日、国立新美術館で開催したメトロポリタン美術館の展覧会でも、「新しく発見された解釈」を紹介いたしました。

 ひとつの見方に拘泥せずに、いろいろな角度から物事を見ていくのは、美術展の鑑賞にはとても大切なこと。知識に縛られることなく、自由に観ることが出発点ですので、そういった発想はビジネスにも役立つのではないでしょうか。 

国立新美術館長 逢坂 恵理子 氏

アートを通じて他者を知り相互理解を深める

小澤 国立新美術館は、美術館の中ではどのような役割、特徴があるのでしょうか。

逢坂 日本の国立美術館は独立行政法人国立美術館という組織が運営しています。その中に5つの美術館と1つの映画館があり、国立新美術館は5番目にできた一番新しい美術館です。国立美術館のなかではもっとも広い建物で、ギャラリースペースだけでも1万4000平方メートルあります。企画展とともに公募団体の展覧会などがあり、稼働率も高い美術館になっています。

 私たちが注力していることのひとつは「アーティスト」の支援です。「アート」という言葉にはみなさん、広がりを感じていらっしゃると思いますが、「美術」となると絵画や彫刻をイメージされると思います。美術も時代とともに常に変遷していますので、新しい時代に即した多様な表現を積極的に紹介していく美術館の役割を担っています。
 もうひとつの特徴は「作品を収集しない」ということ。その代わりに、作品に関わる資料を収集し、アーカイブとして整理、保存してアーティストや作品の研究資料として提供しています。

小澤 持っているものに制約されず新しく創造していく、あるいはそこに脈絡をつけ、新しいものをつくっていくという作業は、ビジネスの世界でも非常に求められています。

逢坂 生みの苦しみはありますが、私たちはそれを「展覧会」という形で提供します。来館者の方々が私たちが想定していなかったような反応を示してくれたり、こちらの意図を超えた解釈をしてくれることで、より見え方が広がっていくということを、私たちが教えられることもあります。

小澤 アートやアーティストを通じて他者を知り、相互理解を促すことができるということですね。

 2000年頃からビジネス界でも「リベラルアーツ」という言葉が台頭してきまして、もともとの意味は「生きるための教養」といったものですが、自由に意見を交わすことで、多様性を認め合うことにつながるのではと考えています。

逢坂 そうですね。美術館として発信する側から言うと、古いものを保存して見せていくことも大切ですが、今の時代の「新しい表現」を紹介することも必要です。アーティストの表現は一般の方々の2歩くらい先に進んでいるケースが多いので、ちょっと難しく感じるのはそのせいかもしれません。現代美術はコンテンポラリーアートと言いますが、「コン・テンポラリー=同時代」という意味です。今、私たちが生きている時代の美術ですね。印象派が生まれた19世紀後半は、それが新しい試みだったためジャーナリストに批判されました。でも徐々に受け入れられその革新性が称賛されるようになりました。アーティストは同じものを継承するのみではなく、今までの表現を乗り越え、オリジナリティを模索しながら活動しているので、多様性をはらんで当然なんです。そういう意味でも、美術館は常に多様性と向き合っていると言えます。

 享受する側は、自分が見たことのないものに対しては拒否感があります。教科書などで見たことがあるものは「本物を観た」という安堵感がありますが、自分が知っているものばかりに囲まれていたら発展はないわけです。私たちは「わからないから面白い」ことを大切にしています。その言葉は美術館だけでなく、ビジネスにおいても必要不可欠なのではないでしょうか。

小澤 そのとおりですね。自分が理解できるもの、できないものをフラットに観る場、感じる場は本当に必要だと感じています。 


私はフリーハグが嫌い

対談後、美術館のパブリックスペースを使った小企画シリーズ『NACT View03 渡辺 篤(アイムヒア プロジェクト) 私はフリーハグが嫌い』を鑑賞。"数字では測れないもの"を、五感を通して観る

美術館で養われる創造力とは

小澤 ここまでお話をお聞きして、ものの価値は数字だけでは測れないこと、ものの見方は人の数だけあること、自分で感じて考えることが大切であるなど、たくさんのヒントをいただきました。改めて、アート思考がビジネスに影響を及ぼすとしたらどのようなことでしょうか。

逢坂 ビジネス界の方にお話しする機会も多く、その際にいつもお伝えしている「創造力を高める9つのポイント」というものがあります。これはスタンフォード大学で起業家育成コースの授業をされているティナ・シーリグさんが提唱しているものです。アート思考のことではないのですが、まさに美術館や美術に向きあう姿勢とつながっています。簡単に紹介します。

創造力を高める9つのポイント

by  ティナ・シーリグ

1. Observation (観察)
読解力を鍛える

2. Challenge Assumptions (自分の前提、思い込みを疑う) 
先入観を取り払う、他者の意見に耳を傾ける

3. Metaphor (関連性のないものをつなぐ)
多様性をみいだす

4. Reframe the Problem (問題の捉え方を変える)
複数の視点を知る

5. Space Matters (空間が重要)
創造的な異空間

6. Teams Matter(チームワーク、異なった役割を理解)
異なる能力を認める、コミュニケーションを図る

7. Time Matter(限られた時間を有効に使う) 
計画性

8. Try lots of Things & Know what works (失敗を恐れず実践する)
負を正に転ずる柔軟性

9. Attitude(意欲的態度)
独自の発想、向上心

※ティナ・シーリグ講義動画を元に逢坂氏が作成

 ひとつめは「Observation(観察)」です。多くの人は作品を1分も観ないんですね。作家名と年代を眺めたら、次に移っていく。でも作品をよく観て、そこに何が描かれているか観察してみると、発見があるんです。さらに複数の人が観察すると、自分では気づかないことに言及してくれることも。

 2つめは「Challenge Assumptions(自分の前提、思い込みを疑う)」です。新しいことを始めるときに、先入観を取り払って他者の意見にも耳を傾けること。美術鑑賞も同様です。3つめが「Metaphor (関連性のないものをつなぐ)」こと。美術ではそこに描かれているものと違うことを想定することなのですが、関連のないものをつなげることで、違う見方ができます。

 4つめは「Reframe the Problem(問題の捉え方を変える)」。つまり、複数の視点を持ってみるということです。5つめは「Space Matters(空間が重要)」であるということ。自分が働く環境、空間にも配慮しなければならないということです。6つめは「Teams Matter(チームワーク、異なった役割を理解)」。いかに多くの人の能力を集合させたチームワークができるか、能力が違うからこそチームワークが生きるということ。

 7つめが「Time Matter(限られた時間を有効に使う)」。時間をどうやってデザインしていくか、計画性ですね。8つめが「Try lots of Things & Know what works(失敗を恐れず実践する)」。七転び八起きです。9つめが「Attitude(意欲的態度)」。今まで人が行っていないことに挑戦するのは重要なこと。アーティストはまさにそれですね。

小澤 イノベーションを考えるときの基本のものの見方ですね。アートの世界でもそれが同様なのは新たな気づきになりました。

逢坂 美術館が誰にとっても必要な場であることをお伝えできたらうれしいです。

小澤 アート思考を養う場としても、もっと美術館を楽しみたいですね。本日はありがとうございました。

対談を終えて

JMAC代表取締役社長・小澤勇夫と


※本稿はJMAC発行の『Business Insights』76号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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