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第94回 「マーケティング発想の風土づくり(1) ~新しい視点で市場変化に対応する~」

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

笠井 和弥

新しい視点から市場変化へ対応する

市場の成長が止まり、競争が激化してくると、作り手よりも買い手の方が優位に立ちます。このような買い手優位の時代にどう対処すべきでしょうか。
企業は、今まで以上に、顧客の求める価値を出発点として潜在ニーズを掘り起こし、新しい市場を創り出していかなければなりません。既存商品のリニューアル対応だけでは生き残っていけなくなります。
競争相手より優れた価値を提供するためには、企業を改革することが求められます。そして従来の仕事のやり方を、全く新しい視点から見直し、新しい情報の取捨選択を積み重ねながら進めることが重要になります。

何といっても商品は、企業の命です。
だからこそ、これからの商品開発は、過去の成功体験を脱却するところから始めることが重要です。その商品を使う人の立場(Customer Oriented)で考えなければなりません。

『なぜ売れないのか』でなく『なぜ買われないのか』という発想から顧客が自社商品やサービスをどのように使っているかを観察するだけでなく、様々な問題についてどのように感じ、どのような意見を持っているか、そして商品やサービスを使用する時どういう行動をとるのかを理解する必要があります。
しかし、このような情報は、これまでの調査方法では、ほとんど手に入りません。なぜならば、顧客自身も気づいていないかもしれない真のニーズを、より深く理解するためには、顧客とより多くの接点を持つことを通じ、微妙なニュアンスを感じ取り、何が必要とされているかという根本的な問題を掘り下げることが求められるからです。
そのため、個々の顧客との接点を増やし、顧客の立ち位置から内面にあるニーズを引き出す仕掛けが必要になります。

しかし、多くの企業では、このような仕掛けを組み込んだ仕事の進め方が確立していません。
その理由は、既存市場への対応に追われ、新たな市場へ資源投入できていないことにあると考えられます。また、多くの企業の開発業務が、従来の開発部門など組織階層を中心とした検討から抜け切れていないことも一因です。
企業は、本来新しい商品やサービスを創造することを通して存在意義を社会に訴求し、維持発展を図っています。その構成員である全ての役員、社員が有機的につながり、個々の力が発揮されているかどうかにより企業間格差が生まれます。
女子サッカーワールドカップで優勝した当時のなでしこジャパンのように、監督が選手の持つ力を的確に評価し、選手が動きやすい環境を作り、選手一人ひとりが、常に相手の動きと味方の動きを見ながら、パス、シュート、フリーランニングなど最適な動きを選択します。それを連続的に行うことで、チームとして統合され勝利という果実を得ることに繋がったのです。チームの総合力で勝負するという点ではわかりやすい例ではないでしょうか。

益々重要になるトップの役割

通常、新商品やサービスを開発し事業として成功させるのは、開発部門の役割と思われていますが、本来は、経営トップの仕事です。
にもかかわらず、開発部門にだけ商品開発の責任を負わせ、結果だけを追求します。そのため、開発担当者は、早く商品を仕上げることを焦り、もう少し我慢すればモノになる芽をつぶしているのです。

新しい商品やサービスのアイデアのきっかけは、役員、社員個々人の問題意識によるところが大きいのです。
自分の身の回りで起こる変化に「?」という気づきを持つことから始まります。そして、そのアイデアを誰かに伝え、賛同を得られた人を集め、対策を練るステージへと進んでいきます。このステップは、全て、自主的なものであって、組織から強制されたものでは意味がないのです。
製造、営業、総務など機能代弁者の立場で考えるのでなく、個人的な問題意識から湧きあがってくるものです。

商品開発のアイデアのうち、成功するのは、何百、何千分の一程度です。大半は、失敗のように見えますが、必ずしもそうでなく、開発アイデアを検討することにより発想の幅が広がり、技術力が磨かれるのです。その技術力が、一つの商品やサービスを成功させるために活かせるかどうかは、会社全体の力によるところが多いのです。そして、この会社全体の力は、経営トップ自らが指導力を発揮するかどうかにより決まります。

アイデアを成功に導く上で、経営トップが行うべき重要な仕事は、成功の見込みのないものをやめる決断をすることです。
多くの経営者は、「せっかく社員が出したアイデアを途中でやめさせたら、仕事に対するモチベーションが下がる」と考えています。
しかし、開発担当者は、多くのテーマを抱え、成功の見込みがないと思いながら、やめられずに困っています。むしろ、トップから、やめろと言われることを望んでいるのです。

このような状態を放置している方が、士気の低下につながります。成功の見込みのないテーマをやめることは、見込みのあるものに力を集中できるということです。
ただし、途中でやめる場合は、その担当者の能力を低く評価しないことが重要です。新商品やサービスは、成功確率の低いものゆえ、責任を追及しすぎると、担当者は失敗を恐れ、やめることができなくなってしまいます。

サワデーなどトイレタリー商品でもおなじみの小林製薬では、様々な商品開発アイデアの創出に取組んでいます。
開発担当者や広告代理店・原材料メーカーからの持ちこみアイデアなどと並び最も重視しているのが一般社員からのアイデア提案です。同社が扱う商品は、生活者でもある社員や家族からのアイデアが重要な情報源になっています。

一般社員からの商品アイデアを促進するため、1982年から社員提案制度を導入しています。提案制度は、他の企業にもありますが、小林製薬の制度の特徴は、社員の関心を高めるため、提案書の記入が業務活動の一環として認められています。そして、出された提案アイデアは、どんなばかげたアイデアであっても全て評価の対象として真剣に議論されるのです。何段階にもおよぶ評価プロセスを通じ商品化されるアイデアは、一握りのものですが、自分が提案したアイデアが、無視されずにキチッと評価の対象となることが分かっているから、社員は、積極的に提案するのです。年間15000~20000件出されるアイデアから自分のアイデアが、製品化された時の喜びを感じられることが積極的な取組みにつながっているのです。

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(シニア・コンサルタント 笠井 和弥)



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