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第29回 マーケティングの個別戦略を考える(10)

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

笠井 和弥

前回は、消費財ビジネス(ユニクロ社)の4P戦略事例について述べました。
今回は、生産財のSI業界(SIer)について4Pの枠組みで考えてみます。

定義:SIとは

SI(システムインテグレーション)とは、顧客の業務課題を解決するため、情報システム開発において、企画から設計、構築、運用・保守業務までを一括して請負うことです。SIを行う企業をSIer(システムインテグレータ)と呼びます。
ただ、一口にSIerといっても数多くの企業が様々な事業を行っており、ビジネスタイプによってメーカー系、ユーザー系などに分類されることがあります。
今回は、自社製品を持たない(マルチプラットフォームの)SIerを例に、業界の特徴と合わせて、4P戦略の枠組みを考えてみます。

Product戦略:"+"αの付加価値

自社製品を持たないSIer(以下SIer)は、顧客企業の業務課題を解決するため、海外も含めた様々なベンダのハードウェアとソフトウェア製品を統合することにより、最適な"ソリューション"を提供します。そのため、提供される"ソリューション"は顧客ごと案件ごとに異なります。
ベースとなるハードウェアやソフトウェア製品は、基本的に競合企業でも販売できますが、完成された製品のみを提供する案件は発生頻度も利益率も低くなっています。また、組み合わせた製品群をパッケージ化して販売する場合もありますが、多くのケースでは顧客に合わせてカスタマイズします。

以上の通り、提供される"ソリューション"は個別性が非常に高いため、Product戦略面では、"パッケージのハード要素"や"ネーミング"が持つ価値は小さいと考えられます。競合製品と差別化するためには"コンセプト"すなわち、製品に"+α"の価値が不可欠です。
+αの価値とは、ターゲット顧客や競合企業の特徴によって変わりますが例えば以下のようなものです。


①企画・提案力
顧客のニーズを引き出すスキルや、問題・課題を把握するスキル、そして、問題・課題をどのように解決するかを企画・提案するスキルは、依頼された案件だけを請負うケースと比べると大きな付加価値となります。
また、開発・構築力は優れているのに、企画・提案がずさんで期待するパフォーマンスを引き出せないケースや、自社が売りたい製品を中心とした提案を行うケースがみられます。顧客課題からシステム構築まで一貫して支援することも付加価値となり、顧客との信頼関係を築くことができます。

②保守力
情報システムの特性上、顧客は製品そのものだけでなく、アフターフォローも重視します。システム障害によるサービスの停止を未然に防ぐスキルと、システム障害が発生してしまったときに、素早く駆けつけ、短時間で利用できる状態に戻すスキルの両方が必要です。
このような信頼性の高い保守を提供できることが大きな付加価値となります。

③インテグレート力、一括請負体制など
競合が、特定の製品のみを扱うベンダである場合、SIerであること自体も付加価値となります。

Price戦略:製品の付加価値を反映したプライスバリュー

複数の製品を組み合わせて保守も行うので、一案件の契約金額は高額になり、必然的に稟議など購買決定プロセスに時間がかかります。
SIerは様々なメーカーの製品を自由に選ぶことができるため、競合ITメーカーなどの"自社製品ソリューション"よりも利便性が高く低価格な"ソリューション"を提供できる余地があります。
また、顧客はアフターフォローを重視することから、問合せ窓口の一元化や信頼性の高い保守は、顧客担当者の負荷軽減につながり、"プライスバリュー"になります。
このように、Product戦略の"付加価値"は、Price戦略に強く関連します。

Promotion戦略:高いスキルによる人的アプローチの重要性

一案件の契約金額が高額で個別性が非常に高い点、付加価値を十分に説明する必要がある点から、Promotion戦略では人的なアプローチが非常に重要です。
"顧客獲得"では、営業やSEが直接顧客に訪問し、ニーズ把握→提案プロセスを通じ受注に至ります。広告や自社HPでソリューション事例を載せたからといって、そのまま注文がくることはありません。そのため、スタッフには高度な製品知識やSI知識が必要です。
 "ロイヤリティ形成"では、日々の営業活動に加えて、保守対応のプロセスや実績が重視されます。また、運用・保守業務を通じ顧客の情報をつかんでおくことは、リピート案件の獲得に有利となります。

Place戦略: 既存顧客徹底密着による安定受注体制

消費財や他の生産財の営業と比べて、SIerの営業が担当する顧客数は少数です。優良顧客では、複数の営業担当者で1社を担当するというケースもあります。既存顧客の維持や拡大案件獲得に活動のウェイトが置かれ、新規顧客の開拓・獲得はなかなかできていないのが現状です。その理由は以下の通りです。

① 営業やSEの業務が多忙でかつ人数が限られていること。

② 既存顧客の方が、獲得売上の期待値も受注実績も高いこと。継続・追加案件の対応だけではなく、将来の大規模案件の獲得を有利にする、既存顧客は手厚くフォローする必要があります。

③ 新規顧客の開拓は、獲得売上の期待値も開拓成果も低いこと。契約価格より、ターゲット顧客は投資に  余裕のある中堅以上の企業が中心となりますが、既に他社が入りこんでいます。自社システムへ切り替えるハードルは非常に高く、本来組織的な対応が必要ですが、人事評価上、短期的な受注成果を求める傾向が強く、後手に回っています。

以上のように、SIerについて、業界の特徴と合わせて、4Pの枠組みで関係性を見ました。それぞれの"P"が他の"P"と関係していることがわかります。そして、すべての根幹となるのは製品コンセプトつまり"付加価値"です。

ただし、営業活動上重要なのは、ターゲット顧客の特徴に合わせた付加価値を伝えるための"人的アプローチ"であり、そのために人的スキルを高めることが必要となりますが、同時にキーパーソンとのロイヤリティを形成することも重要となります。

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(今回の原稿執筆に当たっては、弊社CS・マーケティング事業部コンサルタント二村 悠さんにご協力いただきました。)

次回テーマは、「 財の違いによるマーケティング 」についてお話しします。

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