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第10回 社員への報い方・配慮を示す給与制度

 今回は部下指導や人材育成について考えてみたい。ここまでは等級、評価、給与各制度について述べてきたが、それぞれの制度は今回のテーマに関係している。等級制度では社員への期待を階層に応じて段階的に表している。それは、社員から見ると、現在の階層で求められていることであり、段階的な成長目標となる。評価制度では現状と今度の課題、努力すべき点を明らかにする。そして、そこを意識して取り組み、成長すれば、それが給与によって報われる。そういう意味で各制度は、社員の育成に機能する仕組みである。

 とくに日本の人事管理の1つの特徴は、社員の育成機能をどのように組み込むかだと思っている。きわめて単純化して述べれば、会社と社員との雇用関係が仕事中心であれば、会社としてもその仕事を会社が提示した条件で遂行してくれる人を採用すればよい。もし働く側がその条件に不満があれば別の会社を探せばよいし、会社としてもその条件で働いてくれる人を改めて探すだけである。そのような関係の中では、仕事を担当してもらいながら成長させよう、あるいは将来的にこんな仕事をしてもらうために今のうちにこういう経験をさせておこう、といった発想はしにくい。

 日本では社員がその会社でどんな仕事をするかではなく、会社との長期的な関係を築いてもらうことが雇用関係の基盤になっている。近年では以前に比べてこの感覚が薄れてきたとはいえ、まだまだベースとなっている。つまり、会社の中でいろいろな経験をしてもらいながら、会社の事業・業務・風土などを知り、より高い役割で会社全体を引っ張っていってほしいという期待を会社は社員に対し持っている。それゆえ社員の育成、そのベースとなる日常での部下指導が重要となるのである。

 社員の育成について人事部門が担う領域には、配置・異動による経験の積ませ方や教育研修などがあるが、ここでは人事制度を活用した指導のあり方とそもそも人材育成の目指す視点をどこに持つべきかという2点に絞って述べることにする。

評価制度を活用した日常での部下指導

 日常の部下指導に活用できる人事制度には評価制度がある。指導する内容を探る視点として評価項目を活用するのである。

 部下指導においては、部下の全体感(全体的によくやっている、あるいは不足している)を表現することに意味はない。その部下をいろいろな視点に分けて見ることによって、その部下の強み・弱みが浮き上がってくる。人の見方は人によってクセがある。そこで、ウチの会社の社員については、このような視点から見てくれということを表現したものが評価項目である。その項目で部下の見方を提示することで、それを活用した指導が実践されることをねらっているのである。

■指示と指導の違い

 ところで、上司の部下に対する働きかけを表す言葉に指示と指導があるが、昨今の職場を見ていると、指示はしているが指導になっていないことがよく見受けられる。部下に対して「ああしろ」「こうしろ」とやってほしいことを示しているが、どうすればそれができるかまで踏み込んでいないケースである。上司も部下もお互い忙しく、仕方ないこともあるが、指示と指導には違いがある(下図)。

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 指導という言葉には「導く」という言葉が入っている。「ああしろ」と言ってもできない部下に対して、どうしたらできるようになるか、できるようになるのを阻んでいる壁は何かを見極めて、それを乗り越える支援をするのが指導である(ときに手を貸さずに乗り越えさせることもある)。

 たとえば、部下の仕事の納期が遅れたという場面で「早くしろ」というだけでは指導にならない。この場合、なぜ遅れたかという要因を探り、その要因に対する指導施策を考える必要がある。ここで要因をどこまで探るかも指導を行ううえで大事なポイントになる。たとえば遅れた要因として、途中発生した問題にうまく対応できなかった、あるいは必要な折衝・調整がうまくできなかった、また計画の立て方が甘かったなど、いくつか考えられる。仮に問題対応の不備で遅れたとして、「次からは問題にうまく対処してくれ」ということで指導になるだろうか。なぜ問題に対応できなかったのかについてもう一段階深く考えてみると、そもそも問題に気づいていなかった、問題には気づいていたが対策を打つ対象となる問題の見極めができなかった、問題は特定できたが対策が浮かばなかった、対策は立案できたが実行していなかったなど、さまざまな要因が考えられる。

■部下の壁を見極める

 指導内容は、部下がどのような状況にあるかによっても変わってくるはずである。もし部下が問題に気づいていなかったならば、そもそも起きたことが問題であることに気づいてもらう必要がある。そのためには、その業務を遂行するためのチェックポイントを理解してもらうことが指導内容の1つになる。また、問題の見極めができない場合は問題を掘り下げて考える思考を身につけさせる必要がある。このように指導のためには、部下の壁を見極める必要があり、どこに壁がありそうかを探る入口として評価項目(能力や姿勢などの項目)が活用できる。

 また、業績評価と関連する目標による管理の仕組みを運用することは、部下の壁を考える機会にもなる。目標設定で「どこまで」目指すのかと併せて目標達成のためにどのような施策・手段をとるべきかを検討するときに、(極端に言えば)部下は放っておいてもできるのか、を考えてみるのである。放っておいてはできない壁があれば、それに対してどのような内容を、どんなタイミングで、どのような方法で指導していくかを部下と確認しておく。すなわち上司から見ると期中のマネジメント行動をあらかじめ計画することになり、また部下から見ても、どんな内容やタイミングで上司に相談したり、一緒に検討したりする場面があるかがわかるので、安心して取り組めるのである。

人材育成の目指すところ

 以上は、日常での指導に制度を活用する話である。その前提として、人材育成にはどのくらいの目線を持って取り組むかが大事な論点となる。これまでは「ウチの会社の社員としてどう育てるか」という目線が多かったように思うが、そこは基本としつつも、世の中から見てどうかという視点が今後必要になると考えている。

 近年では社員の転職に対する抵抗感も少なくなってきている。社員から見ても「この会社で通用する」ことよりも「世の中に出たとき(会社を変わったとき)でも通用する」かどうかという目線で自分の成長を考えることが多くなった。会社としても、たとえ転職してもそこで通じる知識・能力はウチの会社で身につけさせるという目線で教育施策を検討することも必要になるのではないか。

 この点について人事制度への影響を考えると、たとえば評価制度は、そのような成長を促す意味では、どんな仕事を行うにもベースとなる基本的な能力をどう見極めさせるかが課題になりそうだ。

 「世の中で...」ということでなくても、会社の中でも変化していく仕事にしなやかに対応する人材を育成することは重要なテーマである。とくに人手不足が見込まれる中、一人でさまざまな役回りをする必要がある職場では、大事なテーマになるはずだ。

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