株式会社新寿堂

ビジネス手帳「NOLTY(ノルティ)」のメイン工場である新寿堂は2013年、「納期遅延ゼロ」への挑戦をスタートした。「納期に対する意識改革」「リーダーの育成」の2本柱で進めた人材育成で、職人気質の従業員たちはどう変わっていったのか。そして、60年以上続く老舗に他社から新社長に就任した村上覚氏は、どのようにして彼らに想いを伝えてきたのか。「人は本当に変わるのだろうか」と苦悶しながら地道な活動を続けてきた今、新寿堂の人と組織は大きく変わりつつある。今回、村上氏にその活動の軌跡と今後の展望を伺った。

「NOLTY品質」を守りながら 「納期遅延ゼロ」を目指す

新寿堂は1950年の創業以来、手帳製造を専門に手掛けてきた。1952年からはビジネス手帳「NOLTY(能率手帳)」を日本能率協会マネジメントセンター(JMAM)とともにつくり続け、60余年を経た2013年、さらなる飛躍を目指しJMAMのグループ会社となった。

「NOLTY品質」と呼ばれる高品質な手帳づくりは、脈々と受け継がれてきた職人技に支えられている。1つのラインですべてが仕上がる製本とは異なり、手帳には20以上の短い工程ごとに人手が必要だ。左右ページの罫線をぴったりと合わせ、一点の小さなシミもつけないことが手帳づくりでは重要であるが、それは非常に難しいことでもある。新寿堂はNOLTYや法人手帳を中心に年間約2000種類、800万冊もの手帳を生産するなかにおいて、それを当たり前のこととして続けてきた。

こうした高品質な手帳をつくり続ける一方で、新寿堂はある大きな問題を抱えていた。納期遅延により顧客の信頼を失いかけていたのだ。2013年のグループ会社化を機にJMAMより代表取締役社長に就任した村上覚氏は、これを喫緊の経営課題として改革の方針を打ち出した。「決まっている納期にきちんと納品できないから、発注側は安心して発注できない。納期を守らないことがお客様の信頼を失った一番の原因ですから、まず『納期遅延ゼロ』を達成して信頼をもう1回取り戻そうよと。そこから始めました」

こうして2013年、新たな経営体制のもと、新寿堂の「納期遅延ゼロ」への挑戦が始まった。

vol65_02_MurakamiSatoru.jpg取締役社長 村上 覚 氏

人材育成の2本柱で 組織を抜本的に変える

改革をスタートするにあたり村上氏がまず行ったのは、全従業員との個人面談だ。「組織を抜本的に変えるためには、まず1回ウミを出しきることが重要です。みなさんの"仕事への考え方"や"やりづらいこと"などをいろいろと聞いていきました」。その結果、納期遅延の主な原因は次の2つであることがわかった。 ・ そもそも納期への問題意識が薄い ・ 計画的な生産をマネジメントする体制が不十分である  

村上氏とともにJMAMより工場責任者に着任し、個人面談にも同席した雲野正夫氏(取締役 生産本部 本部長)は「新寿堂は企業向けや代理店経由での受注が多く、毎年必ず受注がきていたので納期への問題意識が薄かったようです。また、工場には責任者が1人いましたが、あとは全員フラットな状態でした」と当時の状況を説明する。

「納期遅延ゼロ」を目指すためには、まずは人を育てることが必要だと感じた村上氏は、次の2つを柱として人材育成を進めていった。

① 納期に対する意識改革
② マネジメントできるリーダーの育成

まず、「①納期に対する意識改革」については、朝礼を毎週月曜日に行うことを習慣づけ、その中で繰り返し「納期の大切さ」を伝えた。「毎週1回の朝礼が教育の場だった」と語る村上氏は「最初はみんな『何を言っているんだろうな』とぽかんとした感じでしたが、わかりやすい事例を用いて何度も何度も伝えて、徐々に浸透していったように思います」と振り返る。当初はスタッフ全員から「機械を止めて朝礼するなんて」と反発があったが、今ではどんなに忙しくても全員が機械を止めて参加するようになった。

また、「②マネジメントできるリーダーの育成」については、各職場にリーダーを置いて朝礼の進行をさせたり、「今日必ずやること(製品番号とアイテム、数)」をリストアップさせるなどして、徐々にリーダーとしての自覚を醸成していった。

「Pコース」で実践力を強化! 「改善活動がわかるリーダー」を育てる

さらに、3年前からは生産現場においての知識を習得すべく、全員必須で「生産マイスター講座」(JMAM通信講座)を受講し始めた。村上氏は「それまでは"品質"といってもみんな理解が違いましたが、『こういうことを言っているんだな』という共通言語ができたのがとてもよかった」と評価する。

一方で、「その知識を現実の仕事にどう結びつけるのかが難しい」とも感じており、その打開策として知識を実践につなげる「Pコース」(現場改善実践研修)をJMAC支援のもとスタートした。Pコースの"P"は、"Production"を指し、「生産現場で行う改善活動のコア人材を育成する」ことに主眼を置いている。まさに先の「②マネジメントできるリーダーの育成」を目指す上でも最適な研修だった。

1年目の去年はどちらかというと受け身だったが、2年目の今年はPコースに合わせて生産を少し前倒しにして臨んだ。「今年は若手リーダー3人が受講しましたが、今までの学習が実践につながったので、きつかったとは思いますが楽しそうでしたね。一緒に受講したJMACとJMAMの新人たちとも活発な議論をしていたので、そういった面でも大変良い経験ができたのではないでしょうか」(雲野氏)

さらに今年は、技能伝承についてもPコースの中で取り組んだ。それまでは繁忙期に手伝いに来るOBに若手をつけて3~4か月のOJTを行ってきたが、こうした言葉や文字にできない部分はなくしていこうと、熟練の職人技を分析して手順書に落とし込むことにも挑戦した。

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取締役生産本部本部長 雲野正夫氏

Pコースとは?

PコースとはJMACが提供している実践型研修プログラムの1つで、「現場で自律的に問題解決ができる改善力を早期に育成する」ために、・現場改善に必要な手法をIE(Industrial Engineering)中心に修得すること、・「現状分析(改善余地把握)→目標設定→改善案検討→改善実施」の改善サイクルを実践し修得すること、・グループでの改善活動を通じて、異業種の人達との交流を図ること――を目的としている。  自社の生産現場、実際に稼動しているラインを教材にして、JMACのコンサルタントと一緒に問題点を抽出し、解決を図ることができるのだ

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「自信」と「自覚」が原動力 自律的な活動を始めたリーダーたち

Pコースを受講したリーダーたちの変化について、村上氏は「あの後、彼らは大きく変わりました。堂々としている。自信がついたのかもしれませんね。今までは『うまく伝えなくては』『こういうことを言うとどう思われるかな』と考えてはっきりものを言えなかったのですが、今は朝礼などでも堂々と話せるようになりました」と語る。  

さらに、事務所内にリーダーたちの席を設けると、交流を深めながら自律的な活動を始めたという。「彼らは現場の人なので今までは席がありませんでしたが、事務所内に席を設けました。Pコース終了後には『データをとりたいのでパソコンを購入してほしい』ということで1人に1台パソコンを与えたのですが、みんな工場での仕事が終わると集まってきて、情報共有しながらいろいろとやっていますね」(村上氏)  

今後はリーダーの指示を全体に浸透させていくことが課題となるが、今回のPコースでリーダーたちが改善活動を理解したことは、その大きな一歩となった。村上氏は「Pコースを受講して、やっと点と点が線につながりました。来年もリーダーもしくは次期リーダーでやっていきたいですね」と期待を込める。

Pコースの講師を務めたJMACの有賀真也(チーフ・コンサルタント)も「改善活動は『測定なくして管理なし』の言葉が示すとおり、地道な取組みを継続して行うことがとても大事です。Pコースにおいても新寿堂のみなさんはこの考え方を十分に理解し、それぞれのリーダーシップを発揮しながら短期間で一定の成果を創出しました。これからもさらに飛躍が期待できる組織風土が醸成されつつあると感じています」と評価している。

「人は必ず変わる」 トップの信念が人を育て、組織を変えた

村上氏には、毎週の朝礼のほかにも5年間ずっと取り組み続けてきたことがある。従業員とともに行う工場での作業だ。主に製品の積み上げなどを行ってきた。雲野氏は「最初はみんな本当に驚いてしまって、『今、社長が工場にいるんですが、どうしたらいいですか』と事務所に駆け込んでくる人が相次ぎました」と振り返る。村上氏は「メーカーは現場が一番だと思っていますし、いろんなことが起きるのも現場です。そこに入り込まなければ、この会社のことは何もわからないと考えています」と説明したのち、こうも述べた。「5年前に社長就任の挨拶をしたときの、彼らの不安そうな目が未だに忘れられない。『子会社になって、新しい社長が来て、私たちはこれからどうなるの?』と。だから、『まずは彼らと一体にならなければいけない』と思ったのです」

こうした取組みを続けた結果、今では従業員の「納期に対する意識」は大きく変わった。「『これ間に合いますか』と納期を意識した発言が出るようになり、何か問題が起きると『私にできることはありますか』と協力を申し出る人が非常に増えてきました」(雲野)。ただ、まだまだ改善の余地があるとする村上氏は「計画的に仕事を進めるPDCAと、基本中の基本である報連相については、いまだに口を酸っぱくして言っています」と述べる。

また、以前は全員フラットだった組織にはリーダーが育ちはじめ、会社のあるべき姿についても皆で考えるようになった。「今、20代から30代前半の若いリーダーたちが課長の補佐としてすごく引っ張ってくれています。年1回の合宿会議では、みんなでいろいろな問題点やどのような会社にしたいかも話し合うようになりました」(村上氏)

村上氏はこの5年間を振り返り、「人は本当に変わるんだうかと思い悩んだこともありました。しかし、われわれが諦めてしまったらそこでおしまいです。時間はかかるけれど諦めず、理解してもらうまで同じことを繰り返し言い続けてきたという感じです。だからこそ、教育や日頃の関わりはすごく大事だなと思いますね」と語る。

新寿堂ブランドを発信し 夢とキャリアを描ける会社に

今後の経営課題について村上氏は「まず、企業として当たり前のことをしていきたいですね。売上を上げて経費を削減し、利益をきちんと出して社員の人たちにもっと還元したいと思っています。それと同じウエイトで、みなさんが新寿堂で2年後3年後に自分が目指したい姿、キャリアを描けるような会社にしたいですね。社員があってこそのものづくりの会社ですから、人を大事にしたいという想いがベースにあります」と語る。

また、IT化とうまく共存していくことも大切であるとし、「本当に人でやらなければいけないところとセンサーやロボットでもできる作業をしっかり見極めて、IT化できる部分を担っていた人たちにはもっと別のこと、たとえば製本をより深く研究してキャリアアップできるような方法を考えていきたいですね。そういった現代の力を借りて、製本業をレベルアップさせていきたいと考えています」  

最後に、新寿堂の未来、そして社員への想いをこう語った。「現在はOEMで手帳をつくっていますが、いずれは新寿堂のブランドとして日本もしくは世界に手帳を出していきたいと考えています。そうして外に発信していくことで、社員もやりがいを感じ、夢を描きやすくなるのかなと思っています」

「納期遅延ゼロ」を目指して始めた人材育成で、新寿堂の人と組織は大きく変わりつつある。手帳づくりのプロフェッショナルたちの新たな挑戦は、今始まったばかりだ。

熟練の技がNOLTY品質をつくり込む

熟練の技がNOLTY品質をつくり込む  1949年の誕生以来、多くのビジネスパースンに愛用されてきた「能率手帳」は、2013年に「NOLTY」ブランドとして生まれ変わった。長年愛されて続けてきたのは、徹底した品質へのこだわりがあり、それがユーザーに伝わるからこそ。そのNOLTY品質は新寿堂の熟練の職人たちに支えられている。印刷から紙の断裁、折り、丁合、背固め、表紙付けまでのそれぞれの工程で、熟練のカンと技がNOLTY品質をつくり込んでいく。とくに表紙付け(写真)は機械ではできないため、熟練者が1つひとつ手作業で仕上げている。

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担当コンサルタントからの一言

「実感」は組織改革活動の有益な処方箋>

新寿堂さんが取り組まれた「生産マイスター講座」と「Pコース」は、同社が目指す組織像を"実感をもって"確立するために、非常に有効な取組みであったと認識しています。今回、新寿堂さんは、座学および実践研修を通じて「QCD」をはじめとした各種言葉の定義・意味づけを社内で統一し、並行して改善活動サイクルを「組織として」完遂する経験を得ました。これらの取組みを通じ、組織改革を行ううえで必要なプロセス・ステップを、新寿堂さんのメンバーの方々は実感することができたのではと思います。今後のさらなる研鑽を期待しております。

チーフ・コンサルタント 有賀 真也

※本稿はBusiness Insights Vol.65からの転載です。