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時代の変化を捉え、既成概念を突破する
~マネジメントの原点は「次の一手をどう打つか」を考え続けるところにある~

株式会社岡村製作所
代表取締役社長 中村 雅行 氏

株式会社岡村製作所は1945年(昭和20年)、「協同の工業・岡村製作所」として創業した。オフィス家具・商環境の店舗什器などの開発・製造・販売を一貫して行い、そのシェアは国内トップである。「座り仕事」と「立ち仕事」をひとつの机で可能にする上下昇降デスク「スイフト」を開発し、話題となったことは記憶に新しい。2012年6月、社長に就任した中村雅行氏は27歳という若さで部長に抜擢されて以降、既成概念にとらわれない発想で数々の改革を断行してきた。今回、中村氏に当時の想いや経営者にとって必要な視点、今後の展望についてお聞きした。

自分のやりたいことができる会社それが岡村製作所だった

 鈴木:中村社長は大学の理工学部を卒業後、1973年に岡村製作所に入社されましたが、会社を選んだ理由や入社当時の印象についてお聞かせください

 中村:私は理工学部で経営工学を専攻し、工場運営に関わる生産計画や運搬工学などを学びました。卒業後はこれから伸びる会社、やりたいことができる会社に入りたいと思っていましたので、この会社は面白そうだと感じた岡村製作所に「物流の改革をやりたい」との想いから入社しました。

 新入社員のころは毎日物流センターに行って、フォークリフトでモノを運んだり机を組み立てたりと、自分にできることを一生懸命やっていましたね。高度経済成長期で世の中も会社も活気に溢れていました。創業者の社長は業務改革が好きで、当時まだ珍しかったオンラインシステムを1966年に導入するなど、常に何か新しいことをやっていこうという自由な風土がありました。システムキッチンや移動間仕切りなど、業界に先駆けて世界からいいものをいち早く導入し、多角化に向け新規事業にも積極的に取り組んでいて、それを面白いと感じるような個性的な人が当時の岡村製作所にはたくさんいましたね。

わずか27歳で部長に。経営で大切なことは、このとき学んだ

 鈴木:中村社長は入社5年目、27歳のときに設計施工管理部長に就任されました。初めて部門を統括することになって、どのようなことをお感じになり、またそれがその後のマネジメントに対する考え方にどう影響したのかについてお聞かせください。

 中村:設計施工管理部では、お客様のところで製品を搬入、組み立てをする工事の施工・管理をしていました。お客様のところに部材を持ち込んで製品を組み立てるのですが、自社工場から部材が入らず、作業が遅れて納期に間に合わないということがたびたび起こっていました。そのたびに私は責任者としてお客様のところへ謝罪に行き、部材の手配に奔走しました。

 このときに学んだのが、「経営は、少し先を見てプロセス全体を考え、何か手を打っていかないと成長もしないし、利益も上がらないし、顧客も失う」ということでした。売上げの予測をして、設備投資により工場の能力をアップさせない限り、自分がいくらお客様に謝っても解決する話ではなく、せっかくとった注文も全部ダメになってしまう、と痛感したのです。

 この7年間の経験は、その後経営企画部長としてシステム改革を行う際に大いに役立ちました。施工現場には、川上で起きたミス、たとえば営業の手配、工場の設計、製品の運搬などのミスがすべて集約されます。川下側から川上を見てきた経験から、「全体の仕組みの中で、どこをどう変えれば会社が変わっていくのか」「ここを成功させるためには何をやるべきか」といったことがわかるという点では、現場を知っているか知らないかは大きかったように思います。

 企業はこうやってトライ&エラーを重ねながら仕組みや理想的なプロセスをつくっていくのだなと実感し、この一連の経験は今でも社内のシステムや業務のあり方を考えるときに非常に役立っています。

チャレンジの場をつくり任せる信頼関係で生まれる成果

 鈴木:経営企画部でシステム改革を行ったのち、製品開発担当のオフィス家具部長や生産本部長と、開発や生産の現場で改革を司るお立場となりました。具体的にはどのような改革に取り組まれたのでしょうか。マネジメント方法についてもあわせてお聞かせください。

 中村:製品開発を担当したときは、製品を開発するというよりは開発の仕方を変えて、新たな市場をつくり出すことに注力しました。

 当社では、イスや机、キャビネットなどの製品ごとに専門の開発担当者をつけています。今でこそお客様が使うシーンに合わせた製品の提案・提供をビジネスの主軸としていますが、当時は担当者ごと個別に開発していたため、それぞれの製品のデザインや色がバラバラでした。私が「お客様はイスと机を一緒に使うのに、何かおかしくないか?あわせてひとつのものをつくろうよ」と言うと、開発担当者は「それは難しい」と消極的でした。そこで、「予算は私がとってくる。失敗してもいいから、君が企画して、とにかくやってみないか」と言って任せてみました。そうして開発されたのが、デザインや色を統一した「Fシリーズ」です。これは、1991年に岡村製作所初の「総合型オフィスファニチュア」として発売されました。

 そして生産本部長の時代には、利益に直結する生産現場づくりを目指しました。そのためには、現場にいる一人ひとりの意識に働きかけることが必要ですから、「現場の力を全社の競争力に変える」という標語をつくり、「現場のみなさんの1秒の積み重ねが最終的にその製品の原価低減に結びつき、会社の競争力が高まる、すなわち利益が増える」ということを浸透させていきました。

 言葉で言うだけではなく、自身も何かすべきだと考えていた私は、まず当時2つあった赤字工場の黒字化に取り組みました。毎月各工場を回って、課長以上を集めた経営審議会を行い、現場での改善活動を進めて、数年後にやっと2工場とも黒字にすることができたときは、うれしかったですね。

 そのうちのひとつの工場では当初、製品1台をつくるのに30分かかっていました。私が「1台10分以内でつくれば黒字になるから、それを目指そう」と言うと、みんな最初は半信半疑の様子でしたが、「精神力だけではできないから、設備投資もするし改善活動もやって、とにかくトライしてみよう」と言ってスタートしました。

 その後、一人ひとりが工夫を重ねてムダをなくしていった結果、今ではそれができるようになりました。5年かかりましたが、人の能力は本当にすごいと改めて感じました。あのとき私は目標を与えただけで、実際にやり遂げてくれたのは現場の方々です。事業部長や事業所長が信じてついてきてくれたからこそ実現できたのだと思っています。

「つなぐ」「背中を押す」マネジメントが会社と人を育てる

 鈴木:中村社長は2012年に社長に就任されました。入社以来40年間、いろいろな部門や会社の歴史をご覧になってきた中で、自ら社長になったときのお気持ちや心構え、経営するうえで大切にされていることをお聞かせください。

 中村:社長になる前も、次のポジションを任されるたびに「自分にできるのか」と自問自答してきましたが、社長になれと言われたときは一番衝撃的でした。「わかりました」とは言いましたが、「本当に自分に全うできるのだろうか」と1週間悩んだものです。

 しかし、「世の中にはスーパーマンなんか一人もいないのだから、自分のカラーを出すしかない」と思い、割り切りました。社長になってからは、「こういうことが起きた、これはどういう尺度で、どう判断すべきか」と考え続けているので、毎日が勉強のようなものです。

 経営というのは、会社が今まで積み重ねてきたものを、うまく効果が出るように業務をつなげたり、仕組みを変えたりすることだと思っています。仕事は、みんながそれぞれよくしようと思ってやっているわけですから、それらがうまくつながれば成果が出るはずですし、良い方向に行くようにつなげていくのがマネジメントだと思っています。

 そして、社員一人ひとりの意識が変わらなければ会社も変わっていきませんから、彼らがやりやすくなるように背中を押してあげることが大切だと思っています。私が部長のときから「責任は私がとるから、思い切りやれ」と言ってきたのもこのためです。また、彼らが「こういうことをやってみたい」と言ってきたらよく話を聞いて、それをいいと思ったら同じように背中を押してあげることが大切だと思っています。

変革への挑戦を続け、新たなステージを目指す

 鈴木:「つなぐ」と「背中を押してあげる」、とても貴重なお話で、中村社長が今までずっと貫いてこられたポリシーを伺えたような気がします。中村社長は今後、岡村製作所をどのような会社にしたいとお考えでしょうか。方向性や目指したい姿などについてお聞かせください。

 中村:岡村製作所は1945年の創業以来、数々の変革を遂げてきました。現在は、近未来を洞察して、そのコンセプトをもとに新製品の開発・提案・販売を行っています。

 2015年1月に発売した上下昇降デスク「スイフト」は、「立ったり座ったりを繰り返すことで、健康状態にも仕事の集中力にもプラスの効果があらわれる」という実証データ(岡村製作所と公益財団法人大原記念労働科学研究所の共同実験による)をもとに、新しい働き方へのご提案をしたいとの思いから開発されました。働き方や日常生活が多様化する今、岡村製作所はこれからも変革への挑戦を続け、常に一歩先を見据えた製品開発をしていきたいと考えています。

 また、社員一人ひとりにとっては、常に新しいことに挑戦できる会社でありたいと思っています。人間が成長するためには、人生のある時期に無我夢中で何かを成し遂げようと努力し、その苦労する中から何かをつかんでいくことが必要です。ですから、全社員が情熱を持って打ち込めるものがある、常に新しいことに挑戦できる、そういう会社でありたいですね。

時代の変化を捉えて不連続的に進化する

 鈴木:最後に、中村社長kから次世代を担う経営幹部の方々へのメッセージをお願いします。

 中村:会社を経営するうえで大切なのは、「変化を捉える」「不連続的に進化する」ことです。

 まず、「変化を捉える」とは、時代の大きな変化を捉えるという意味です。世の中で毎日少しずつ起きている変化は、はっきりとは見えませんが、ある期間で捉えると急激に変化していることがあります。たとえば、「5年前から今日まで少しずつ変化してきたけれど、5年前と今とではこんなに変わってしまった」という場合、それは何なのか、それがビジネスや自分の会社、市場の環境などに与える影響はどのようなものなのかを見極め、何か手を打っていかないと企業は成長しません。これは非常に重要で、すべてのことにつながります。

 もうひとつの「不連続的に進化する」については、よく走り高跳びにたとえて話すのですが、かつてはベリーロールという跳躍法が主流で、記録も少しずつ伸び続けていました。しかし、背面跳びが登場してからは記録が大幅に塗り替えられ、走り高跳びは大きく変化しました。このように、ずっとベリーロールの延長線上で考えるのではなく、それまでとはまったく違うことをしてみる、どこかでガラリと不連続的に変えていくということが大切です。

 人も会社も既成概念を突破しない限り、いつまで経っても変わりません。今までにないものをつくり出すために、何か違うことにチャレンジしてみる、石をポンと投げて波紋を広げる、そういうことをやり続けるのが経営者です。同時に、「チャレンジしてダメなら次を考えよう」という柔軟性もときには必要です。

 新しいことへのチャレンジには、困難がつきものです。しかし、それをやり遂げたときには、大きな満足感と成果が残っているはずです。次世代のリーダーには、時代の変化を捉え、既成概念にとらわれないチャレンジを続けながら、思い切った舵取りをしてほしいと思います。

【対談を終えて】鈴木亨のひとこと

 インタビューを通して中村社長は現場との一体感を重視していると思いました。現場の状況を察知し、そこで働く方々と一体となって現場をステップアップさせていきたいという想いが、言葉の端々に感じられました。「責任は私がとるから、思い切りやれ」という言葉のとおり、常にリーダーシップを持ち、岡村製作所のさまざまな部門を牽引してきた姿が目に浮かんでくるひと時でした。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.62からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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