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第2回 タイ製造拠点の実態 ―多くの課題を解決する処方箋とは―

 本コラムでは、製造拠点のアジア展開についてタイを事例として取り上げます。アジア製造拠点の実態や今後の方向性について筆者がタイ製造拠点を支援した経験から、拠点運営を成功させるための課題や処方箋を解説していきます。第2回となる今回は、タイ製造拠点の実態について説明し、そのために大切な「仕組みづくり」「人づくり」について説明します。

タイ製造拠点の経営課題

 タイ製造拠点は他のアジア諸国の製造拠点より高いレベルの成長を求められていると感じます。タイ製造拠点を軸にアジア展開を図っている企業が増えてきています。グローバルな視点で見るとタイ製造拠点は総じて改革道半ばという印象を持たざるをえません。その理由をこれまでの筆者の経験から整理してみます。すべてが当てはまるという拠点は少ないと思いますが、これらの問題がひとつもない拠点ということもないと思います。まずはこのような問題がないか考えながら読んでいただければと思います。

QCD面から見る経営課題

■品質面の課題

 まずは品質面についてです。日本の製造現場では「後工程はお客様」「源流保証」など各工程の品質意欲を高める取組みが重視されていて、クレームのみならず工程内不良をシビアに管理しています。しかし、この品質管理の方法や精神をタイ製造拠点にも持ち込んで品質管理をさせようとしても、なかなか効果が上がらないことが見受けられます。

 クレームが発生した場合、その発生工程や発生要因を追究、対策を実施することで再発を防止しますが、そのときに大切なのは関連するメンバーがその内容を知って行動することです。しかし、タイ製造拠点においては、管理者(日本人赴任者や現地管理者)が対策を検討し、現場の作業者へ指示命令するだけで展開している状況がよく発生します。現場の作業者はそのようなクレームが出たこと、管理者が対策をしたことを知らず単に管理者からの命令により作業方法が変わったという認識しかしていないことが多いのです。そのため、対策内容が徹底されず、あるいは誤解されたまま作業が行われるということもあります。

 また、クレームが出ていないとしても、各工程の品質基準が現場の作業者に理解されず、甘い基準になってしまうことがあります。ひどい場合には、誤った検査方法で検査をする、あるいは検査もせずにチェック表に記載するだけという検査になっていることもあります。そのため、検査結果だけを管理してもその実態には気づけず、問題を引き起こすことがあります。そのためにも、QC工程表を整備して現場の人に理解をさせ、現場で実践・定着させることが必要となります。これは調達する材料や部品についても当てはまります。サプライヤーの不良問題が自社の製品品質に影響を与えることも多々存在します。

 タイに進出している日系企業の現地調達率は50%を超えるという実態調査結果もありますが、まだまだ満足できる調達品質を実現できていない企業も存在します。

■コスト面の課題

 コスト面についてですが、タイ製造拠点運営の大きな目的のひとつは、このコスト面にあるといっても過言ではありません。しかし、製造拠点に問題が多発し、追加費用が多く発生している企業が多いことも見逃せません。

 たとえば、日本人赴任者、あるいは出張者が非常に多い企業があります。もちろん製造拠点に何らかの問題があって、日本人がサポートしているのですが、その結果タイ製造拠点の費用が増大し、ともすると複数の指示が飛び交い、製造現場の混乱を引き起こす場合もあります。また、品質面やデリバリー面でも基準や計画から逸脱することで多大な費用がかかるケースもあります。材料や部品の追加発注、緊急輸送のためのデリバリー費用、など余計な費用が発生する理由は多岐にわたります。

 いずれにしろ、安定した生産を実現できる拠点を速くつくり、ローコストオペレーションを実現する必要があります。

■デリバリー面の課題

 デリバリー面については、やはり在庫管理や納期管理の難しさがあげられます。製造部門においては生産計画どおりに製造することができない企業も見受けられます。調達部品の遅れ、生産計画のまずさ、製造現場のトラブルなどがありますが、これらの問題が同時多発的に発生して混乱している現場に出会うことも珍しくありません。また、計画的な生産ができないため、製品在庫も過剰に持たざるを得ない、逆に注文が減らされてしまうなど工場経営に大きな影響を与えている現場があることも事実です。

 もしかしたらタイ人の気質が影響しているかもしれませんが、納期を守ることへの意識が希薄なケースもあります。納期を守るためには日々の計画を完遂する(やりじまい)が非常に重要ですが、このやりじまいができている企業は少なく、終了時間がくれば作業終了となってしまっている現場が多いこともタイ製造現場の実態のように思います。

製造拠点のインフラ面に関する課題

 次いで製造現場のインフラである設備の問題です。製造拠点の構築では、日本で使っていた設備や日本と同様の設備を現地に持ち込むことが多いです。そのような設備を立ち上げる際に、日本人が大挙して出張し、据付け、量産試作、初動確認までを行うというのがよくある実態です。しかし、立上げに関わった人がいなくなった後、現地にメンテナンスのスキルを保有した人材がいないという問題がよく見受けられます。トラブルがあるたびに日本人が出張して対応し、費用発生やトラブル復旧までの時間という面で大きなロスを生み出しています。

 また、極端な例になるとすでに日本の拠点で外注化・派遣化などが進んでいて、日本の工場にも設備の固有スキルがなくなっているということも、まれに発生している事実です。次に述べる人材育成とも関係しますが、製造拠点の安定運営のためには早期に解決すべき課題だと思います。

 最後に人材育成についてですが、優秀な現地人を採用できない、採用しても直ぐに辞めてしまうなど、人が育たないという問題です。タイにおいては、失業率も非常に低く単純に人が集まりにくくなっているため、優秀な人の給料は上昇し、採用するための費用が高くなっているのが実態です。また、会社に対するロイヤリティは低いため、本当にこの会社で自分のキャリアアップになる、給料が増えるなど直接的に欲求を満たす対策をしなければ離職率の低下も避けられません。

安定運営を早期実現するための処方箋

 筆者のタイ製造拠点の支援経験から課題を整理してみましたが、これらの課題がひとつもないというタイ製造拠点は数少ないことと思います。これらの課題を早期に解決することが必要ですが、そのための解決策をまとめると「仕組みづくり」「人づくり」という2つが大きなポイントとなります(下図)。

仕組みづくりと人づくりは同時に連動させる。このとき文化や風習など各国・地域への適応を考慮する。

 まずは「仕組みづくり」です。安定した運営を早期に実現するためには管理者や作業者に極力依存しない仕組みをつくることが大切だと思います。ここでいう仕組みとは、調達や製造、生産管理など製造拠点の中におけるあらゆる作業や業務の方法のことを対象とします。この仕組みを管理者や作業者が極力考えず、間違えない方法に設計すること(余計な作業をさせない)、そしてそれを明文化して実施し、定着を図ることが大切です。

 また、不具合が発生したら次に進まないような工夫を埋め込むことも重要です。日本の現場では作業者の高いスキルを前提とした作業方法になっていることが見受けられます。セル生産方式などはその最たる生産方式というように思いますが、タイ製造拠点にセル生産を展開したものの、思うような生産性が実現できず、ライン作業方法に変更して製造している企業もあります。

 日本では当たり前になっている高いスキルの作業者を前提とした仕組み、たとえば、現場で出た不良について作業者が判断し対応する、設備トラブルを現場で復旧し、自主保全を展開する、高度な切替え作業を作業者が行う、生産計画調整を現場で発案し、生産管理と調整する――など、このような製造システムを現地にそのまま展開すると、多くの場合前述したような混乱が起こることが予想されます。

 なお、すでに製造拠点が存在し、多くの問題が出ている場合は、仕組みの改善を進めつつ、人の育成(マネジメント力、固有スキル向上)を同時に実現できるような取組みが必要だと思います。これが2点目の「人づくり」です。

 具体的には、解決すべき課題の優先順位を明確にし、優先順位の高い課題解決を日本人とローカルとの連携で進めることです。この問題解決の実践を通じ、日本人とローカルの連携が進み、日本人からローカルへの技能伝承を進めることができるのです。この問題解決は指示したことをやらせるという類の方法ではなく、目的・手段を一緒に検討し、ローカルに腹落ちさせながら行うことが肝要です。とくにタイで重視すべきと感じるのは対策の定着度を測定すること、その結果を振り返り、次に活かす点を理解させることです。また、この問題解決が仕事であり、その時間を確保したり、意識づけをしたりすることも重要であることも忘れてはいけません。

 このような問題解決サイクルを継続実践している製造現場こそが、期待を実現している拠点であり、ある意味では日本の製造拠点を凌駕する可能性を持った製造拠点だと考えられます。

 第2回はタイ製造拠点の実態としてどのような経営課題があるか、その経営課題を解決するためには「仕組みづくり」「人づくり」を同時に進めることが重要だということを説明してきました。次回は「仕組みづくり」について具体的事例を交えて整理することとします。

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