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【最終回】第12回 人事制度改革に関する私的問題意識(2)

 このコラムも今回で最終回となった。前回に引き続き、私の中で「モヤモヤしていること」を書くことにする。

その5:人事制度「が」影響を与えるものと人事制度「に」影響を与えるもの

 人事制度は何のために会社の中に存在するのだろうか、と改めて考えることがある。制度という形自体は人事部門を中心に組み立てることはできるし、形の改革をきっかけにそこに込められたメッセージを社員に伝えることはできる。しかし、会社業績への影響を問われると直接結びつけて答えることはできない。業績の向上・維持を図るために社員に対して期待することを伝えるツールになることは間違いないが、ツールはツールである。人事制度のメッセージに対して社員がきちんと向かい合い、日ごろの行動として実践されるようになるまでを視野に入れなければ、人事制度の存在価値はない。

 一方、人事制度は会社の方向性、そしてそれを踏まえた社員への期待を踏まえて組み立てられる。期待には大きく2つあり、1つはそのときどきに求める期待であり、もう1つはいつなんどきでも「ウチの社員として」期待することである。

 前者については、近年では目標管理制度を通じて、上位方針と一人ひとりの仕事を結びつけようとしている。その中では具体的な仕事の成果・取組みについての議論がなされる。

 後者については、バリュー評価などの仕組みで経営理念や行動指針などと社員に期待する考え方・行動の実践を結びつけようとしている。ただし、こちらの場合、全社員に共通して適用する内容をシンプルに表現しようとするため、いわゆる抽象的な表現にならざるを得ない。したがって、どの会社でも似たような表現になりやすい。行動指針などの作成に携わったメンバーにはその表現の裏側が見えるかもしれないが、他の社員にはそこまで読み取れないのが現実である。表現したい思いを吟味し、言葉の一つひとつにこだわり、ウチの会社らしい個性的な内容・表現を選び抜き、それを評価制度と関連させると、より社員にも浸透しやすく、実践のきっかけになるのではないか。

 このように、人事制度「が」影響を与えるものと人事制度「に」影響を与えるもの、その双方を踏まえ経営の根幹(経営理念など)と現場の実践の橋渡し役を果たしていることが、人事制度の1つの存在価値であると考えている。

その6:人材の多様性・個性を包含する仕組み

 会社の中には多様な人材が存在する。そのような多様な人材の存在を前提にしつつ、ここは共有してほしいという部分を仕組みとして設定することになる。

 会社側の論理と働く側の論理という視点で考えたときに、以前に比べて働く側の論理を受け入れる余地を広く持つことの重要性が高まっている。こうした中で、どこまで会社の共通ルールとして制度化すればよいのか。要するに、どこまで多様性を認めるか、ウチの会社としてどこを共有してもらいたいかの仕分けを、仕組みとしてどう表現していくのか。より丁寧に考えていく必要がある。

 ところで、多様性をとらえる視点も、適性、能力、性格、勤務形態、働き方の価値観などさまざまである。組織として成果を出すには、多様な人材の組み合わせが必要になり、それぞれの違いは優劣ではなく、個性としてとらえなければならない。もちろん、従来の人事管理も個性を吸収しながら運用されてきているが、優劣ではなく個性を認めるということを人事制度の中でどのように組み込んでいくか。これはしくみを検討する際の1つの視点である。

 さらに、多様な人材の組み合わせがより有効となるためには、ベースとしての個が強いことが不可欠だと考える。いくらつながりを求めても、一人ひとりの個が強くなければ、いずれ天井にぶつかる。共通の目的を持つことを前提として、お互いに強み・弱みがある中で、強み同士を組み合わせる、あるいは強みと弱みを補い合う取組みにより、組織が機能する。一人ひとりの強みと職場におけるその組み合わせをどのように評価していけばよいだろうか。

その7:業種に応じた人事制度は存在するか

 「ウチの業種に合った人事制度を構築したい」――このような言葉をかけられることがある。

 人事制度を検討するうえで、仕事の特性およびそれに応じたマネジメントのポイントなどが制度内容に影響することは間違いない。そのため、目指す成果の定義、成果の生み出し方、職場の動き方(役割分担、チームワーク.etc.)などによって制度内容が変わることがあり、これらは業種による特性に基づくことも多い。ただし、それだけでは人事制度は決まらない。

 人材についての価値観(社員は決めないと動かない、基本的に働いてくれるなど)、人事管理の哲学(信賞必罰、長く雇用する、生活面も考慮するなど)、制度改革する必要性とその強さ、またこれまでの人事管理の考え方・慣習の慣性などにより、同じ業種でも異なるしくみでないと機能しないことがある。冒頭の言葉には同業の世の中水準に合わせたいという気持ちも入っていることも想定されるが、人事制度は各社個性的であってかまわないと思う。

 会社として人事管理面で何を大事にするか(これから必要なこと、これまでから脱却すること、これまでどおりに続けることなど)、そこから考えることが大事ではないか。

その8:苦しい時代の人事制度とは

 会社は存続していくために業績の維持・向上を目指す。そうはいっても、経営環境の不透明感、日本の人口減少などを踏まえると、経済成長期の考え方が合わなくなることも想定される。

 会社にとっても社員にとっても稼ぎを求められる中で、なかなか稼げないという苦しい時代が来そうだ。そのような中で、何にこだわって仕事をしていけばよいのか。数字的な大小という視点で比べると小さくなっても、取り組む仕事内容や取組み方にはこだわり続けなければならない。そこにこだわる人材をしっかり見極め、そういう人材に働き続けてもらうように機能する人事制度が必要となる。

 お金がなければ何もできないというのも確かであるが、可能性として一度失ったお金を取り戻すことと一度失った人材を取り戻すことでは、後者の方がはるかにむずかしい。どちらも大事なことはわかっているが、極端に言えば「お金があるが人がいない会社」と「お金がなくても人がいる会社」ではどちらが存続していくだろうか......。

 以上、前回・今回の2回にわたり、とりとめのないことを書いてみた。これらは人事制度改革を進めるうえで考え続けていきたいことである(コンサルタントという仕事上、考えるだけでは仕事にならないが)。人事制度は形として大きく転換するのは、何十年に1回のことかもしれない。ただ、人事制度を意味あるものにするために細部にこだわり検討し続けなければならないと考えている。

 最後になりますが、このコラムにお付き合いいただき、ありがとうございました。コンサルタントの主たる仕事は、基本的に個々の会社の課題解決に向き合うことです。そこで見受けられた世の中に共通すると思われる課題については、折に触れて発信していきたいと思います。また何かの機会でご縁がありましたら、そのときはよろしくお願いいたします。

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