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第11回 人事制度改革に関する私的問題意識(1)

 このコラムも残すところあと2回となった。これまでコンサルティングの現場で直面した問題意識を背景に、各人事制度の内容や運用について書いてきた。その内容は従来の人事制度の考え方を劇的に変えるものではないが、どんな制度であったとしても、会社の中で人事制度を意味あるものとするために大切なことだと私は考えている。
 さて、これまでのコラムと重複している内容も一部あるが、残り2回は私の中でモヤモヤしているものを"徒然なるまま"に書いてみようと思う。これらは私的な問題意識であり、解決の方向性・具体策が何か見えているものではないし、また取り上げるテーマも大小が混ざり合い整理されているわけではない。分量の都合上シンプルに割り切って表現している部分があることもご容赦いただき、お付き合いいただければと思う。
 以下、8つのモヤモヤについて2回にわたり書いてみる(ちなみに、「8つ」であることの意味は、内容を8つに整理したというわけではなく、不透明感の漂う世の中で、人事管理の領域が「ひとごと」ではなく、末広がりに意味あるものになっていくことを願うためである)。

その1:日本的な雇用慣習の中で求められる「しなやかな人材」とは?

 人事管理の基本スタンスには大きく2つある。1つは会社としての事業展開があり、それに必要な人材を確保し、管理するという考え方である。もう1つは既存の人材を活用・育成し、事業展開を図るための人事管理を行うという考え方である。
 経営環境の変化が激しく、速い状況下では、前者の考え方が重視されるだろう。一方で、日本では(以前より弱まっている傾向があるとはいえ)、社員を長期間雇用する考え方(社員もその会社で働く安定感を求める考え方)が強い。そのため事業を縮小・撤退し別の事業に注力する局面に対して、社外から必要な人材を確保するというほかに、社内の既存人材でどのように対応するかを考えなければならない。
 そうは言っても、事業展開のスピードと既存人材の変化(適応・成長)のスピードは異なる(人材の変化の方が遅いことが想定される)。そのギャップをどう埋めるか、それが人事管理上の1つの課題となる。事業展開に応じて必要な人材を集結・離脱させる中で、さまざまな状況に対応できる「しなやかな人材」をどのように育成・活用するのか。身近な例では、異動により部署が変わった人の中には、速やかに新しい部署に適応する人もいる。そのような人の特性は何なのか。それが「しなやかな人材」を見極める視点のヒントになるのではないか。もちろん、状況が変化する中、今まで培った知識、技術・スキル、経験が活かせるのかという不安や会社での将来的な処遇への不安など、働く側の気持ちにも会社は向き合わないといけないが......。

その2:仕事そのものの評価と人事評価

 成果主義の傾向が強まるとともに、評価制度の中での業務実績評価のウエイトが高まった。目標による管理の仕組みと関連させた目標達成度評価がその典型である。
 目標達成度評価について評価者の方と議論しているときに、時折仕事そのものの評価なのか、それともその仕事を遂行した人(人物という意味でなく、仕事を遂行する人材としての人)の評価なのかが区別されていないことがある。たとえばプロジェクト・チームを組んで仕事をしているときに、プロジェクトそのものの実績がプロジェクト・メンバーの評価になることがある。仕事そのものの評価としてはそれでよいが、人事評価は(プロジェクトの実績ではなく)そのプロジェクトの中で各メンバーがどのような取り組みをしたかを見るものである。プロジェクトとしては実績が出たとしても、その中で自身が行うべき取組みをしていなければ人事評価として低いものになる。
 あるまとまりの仕事に対して、それを遂行する人が1対1の関係であれば仕事そのものの評価イコール人事評価(業務実績評価)と考えてとくに問題ない。しかし、仕事は複数の人が連携して実施・推進されることが常である。会社として生き残るためには業績にこだわることは必要であり、したがって業務実績評価のウエイトが高まることになるが、人事評価の仕組みの中で何を見ていけばよいか、もう少し噛み砕いて制度として表現し、現場に伝えていく必要があるのではないか(実際には、業務実績いわゆる成果の定義は各社で検討されていることも多いが、現場まで浸透していないことが見受けられる)。

その3:「評価しやすい」と「仕事の大事なところを見る」は一致しないことがある

 「評価をしやすくし、評価結果の納得性を高めるために、評価基準を定量的に表現する」という考え方がある。それでよいのだろうか。
 仕事には量と質の側面がある。量的な側面を定量的に表すのは自然なことではあるが、それはあくまで仕事の1つの側面を表したに過ぎない。その部分が過剰に強調されると、仕事の大事なところを見ていないことにならないか。たとえば、定量的に表現した目標の達成度を評価する場面で多く見受けられることに、目標に対する結果としての実績確認のみの検討に終わってしまうことがある。そうであれば目標と実績の比較表をつくってしまえばそれで済む。
 評価としては、それだけではなく、その数字の重さ(会社業績への影響度、戦略的な優先度、むずかしさなど)や実績に対するその人の取組み内容も見なければならない。評価しやすいことと仕事の大事なところを見るのは別のことなのだ。ちなみに、その人の取組み内容については「日常のマネジメントの中で見ている」という声も耳にする。実際にやられている方も多いと思うが、評価研修時にその内容が言葉として出てこないことがある。その部分を言葉として表すことは、評価制度運用上求められるコミュニケーションのポイントの1つである。
 なお、定量的に表現することを決して否定しているわけではない。定量化するにしても、そもそも数値そのものに本人が背負う妥当性があるか、また仕事とそれを遂行する人の取組みの大事な部分を表した数字であるかどうかの検証は必要である。

その4:むずかしいが仕事の質を議論し続ける

 前項とも関連するが、仕事には量・質の両面があり、どちらも大事である。どちらかと言えば、世の中では定量化を目指す傾向が強い。確かに定量化により、何を、どこまで目指せばよいかについての量的な側面はわかりやすくなる。その一方で、定量化すると、そこで思考が止まってしまう可能性もある。人はすでに見えてしまった(と認識している)ものは考えなくなる傾向にあるように思う。
 定量化のねらいの1つに、誰でもが同じような判断ができるようにすることがある。しかし、それは考えなくてもよいことと表裏一体ではないか。思考を止めないためには、むずかしいテーマではあるが、仕事の質とはどうあるべきかの議論をし続ける必要あるのではないか。人にとっては見えないものを見えるように考えること自体が大事なのだ。人が考えることをやめて(やめさせて)よいのだろうか。質というものを考えたり、表現したりすることはむずかしいが、それを追い求め、それにこだわった思考・議論をすることが良い仕事を生み出し続けるはずだ。

 以上、今回はまず4つのモヤモヤを書いてみた。残りの4つは次回で取り上げる。

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