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第11回 これからのマーケティング(2) 価値を変革する

 「これからのマーケティング」と題した本コラムのまとめとして「価値の変革」をとりあげる。第10回でも述べたが、マーケティングの大目的のひとつが「価値の創出」である。マーケティングに関わる以上、「価値を生み出すこと」はきわめて本質的な役割であり、今後の論点を整理したい。

キーワードは「価値共創」

 ここ数年、「価値共創」はマーケティング界の合い言葉となった感がある。しかし「価値共創を目指して」と銘打った事例紹介の数々のなかで、本当の意味で価値共創の事例だと言えるものは非常に少ない。

 改めて価値共創とは何かについての解説は別の機会に譲るとして、ここでは外せない論点を共有しておきたい。

まず、価値共創と従来の価値づくりは何が違うのか。C・K・プラハラード、ベンカト・ラマスワミ著の『コ・イノベーション経営」から象徴的なチャートを抜粋したので見ていただきたい。

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 詳細の解説は避けるが、価値共創とは企業が価値を一方的に提供するものではなく、顧客こそが価値を創造するという考え方である。企業の役割は、価値提供から「顧客が価値を創造できるよう経験の場・ネットワークをつくること」にシフトする。解釈、賛否はさまざまであろうが、私は企業と顧客の関係がまさに価値共創に向かっていく、その流れは力強く変えようがないと考えている。

価値共創の典型的な例:製造業のサービス業化

 この価値共創が必要とされる典型例が製造業のサービス業化という領域である。このサービス業化についても定義やそのパターンなど考え方はさまざまである。あえて、製造業のサービス業化を一言で言うならば「製造業がモノだけでなくサービスにより顧客に価値を提供することで競争優位に立つこと」と言える。数年前から提唱されてきた考え方であり、サービス業化のレベルや内容に差こそあれ、多くの製造業企業が取組みを進めている。

 背景としてよく言われるのは「モノの差がなくなってきた」「コモディティ化が進んでいる」といった点あり、モノによる差別化ができない以上、製造業が生き残る方向性はサービス業化だと考えられているからであろう。

しかし、本当に競争優位を勝ち取れるだけのサービス業化を実現できているケースはまだまだ少ないと認識している。その理由は「本気度が足りない」という点にあるのではないだろうか。さきほど「レベルや内容に差こそあれ」と書いたように、純粋にモノだけで価値を提供している製造業は少なく、何らかのサービスが付加されていることが一般的であり、それが「まあ、うちもある意味ではサービス業化できているよな」という甘えを生んでいると考えられる。

 結局、競争力が高まるほどにはサービス業化できていない例が多く、たんにアフターサービスのコストが上がっただけに終わったり、コールセンターをつくってみたが結局誰の役に立っているのかわからなかったり、とりあえずネット販売を初めて川下に進出したつもりになっていたり、本当のサービス業から見ればお遊びに映るような事例も多い。

 改めて言うまでもないが、製造業がサービス業化するということは、サービスを付加することではないし事業の構造転換を迫られるものである。これらの点については、コラムの次シリーズのどこかの回で、「本当のサービス業化」について考え方や取り組み方を紹介していく予定である。

価値共創のための決め手が「顧客洞察」である

 価値共創、その典型例としての製造業のサービス業化といった論点は今後いよいよ「実践段階」に入っていくし、多様な事例が生まれるはずである。そしてその成功の要因として必ずクローズアップされるのが、本コラムでも再三指摘・主張した「顧客洞察」である。

 多くのコンサルティング経験のなかで、何度も遭遇したことだが、「顧客をわかったつもり」の企業やマーケティング部門は非常に多い。また、顧客理解のための「業務」もパターン化され、ルーティン化されているケースが非常に多い。年に1回の総合的な顧客満足度調査、商品開発におけるニーズ調査と称した「仮説検証ありき」のネットモニター調査、インタビューの基礎知識・技術を習得していない担当者による「知らず知らず結論誘導してしまう」フォーカスグループインタビュー----これらの「わかったつもり」企業に対して、本当に一握りの先進的な企業が実現している顧客洞察との間には大きなギャップが生じている。

 こういったマーケティング力を支える顧客洞察のレベルの差が、企業間の価値発明力の差に直結していくことは間違いない。気づきはじめた企業が先行して取り組み、競争力を高めていく一方、従来からの狭義のマーケティングから抜け出せない企業は、今後厳しい現実に向き合うことになるであろう。

 ぜひ手遅れにならないうちに、自社流の顧客洞察のあり方を見出していただきたいし、そのためにこれまでのコラムを読み返していただきたい。さらに理解を深めたいというご要望があれば、すぐにでもお問い合わせいただきたい。

CX(カスタマーエクスペリエンス)をはやり言葉で終わらせない

 価値共創、製造業のサービス業化やそのための顧客洞察であるが、これらをつなぐ考え方がCX(Customer Experience)である。これもさまざまな場面で安易に使われている言葉であり、このままでは一時期のはやり言葉で終わる懸念がある。しかし、CXは価値共創という意味では経験のパーソナル化という意味で非常に重要な考え方であるし、製造業のサービス業化という意味でもいわゆる文脈価値を生成するためにも欠かせない概念である。もちろん顧客洞察の対象を的確に捉えるという意味でも必ず活用する枠組みでもある。

 CXの視点から、自社と顧客の関係をどう描くかということを真正面から捉え、デザインしなおした事例も徐々にではあるが着実に出てきている。しかし一方で、言葉だけ使っているが実は顧客との接点も、その向こう側にある体験も何も変えることができていないケースの方が多いのが実態である。CXは考え方から活用、すなわち顧客体験のデザインの実行段階に入っていくべきであり、今後のマーケティングの重要な論点のひとつである。

 つまるところマーケティングの役割は価値を変革していくことであり、そのために今後絶対に考えるべき概念や論点を紹介した。これらの他にも多種多様な視点やキーワードをあげることもできるし、新しい言葉や概念が次々と提唱され続けることは間違いない。しかし、この25年のマーケティングの動向から見て「生き残る概念」は今回紹介したものが中心になるはずである。

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